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 ○

 マユが母と二人で夕食を済ますと、ちょうど父が仕事から帰ってきた。
 そのまま父は風呂に入り、母はカレーだけ温めるとすぐに一階の自室に戻っていってしまった。
『マユ。母さんは?』
 マユがリビングで本を読んでいると、風呂に入ってパジャマ姿になったシンが入ってきた。
『お父さんが、お風呂に入ってる間にネトゲ。すぐ戻ってくるっていってたけど。まだ戻ってない……』
『そうか……』
 シンは呆れたような顔をしながら食卓に腰掛ける。
 そして、目の前に置かれている料理に気付いて、またため息をついた。
『今日もチキンカレーか……』
『なんか飲む?』
 マユは台所に向かいつつ、シンに尋ねた。
『ビールあるか?』
『あるよ』
 大体予想をしていたマユは、言われる前に冷蔵庫から缶ビールを取り出してリビングに戻る。
 そして、すでにテーブルに腰掛けていたシンの前に置いた。
『はい、お父さん。ビール』
『ありがと』
 そしてシンはまずビールで喉を潤し、チキンカレーにパクつき始める。
 マユはそんな父の対面に座り、頬杖を付きながら、その光景を眺めていた。
『ん? どうしたマユ。父さんの顔にご飯粒でも付いてるか?』
『ううん。なんでもないよ……チキンカレー、美味しい?』
『美味しいよ。……けど一ヶ月に一回ぐらいのペースで出てこればもっと美味しいと思うよ』
『そうだね……』
『買い物に行かないのか、あいつは……』
 あいつ。というのはもちろん母、飛鳥こなたの事である。
『秋葉原に行ってから行くつもりだったらしいけど、コスチューム屋巡りしてたらいつの間にか夜になっててスーパーに行けなかったんだ

って』
『呆れ果てた奴だな……』
『私が料理覚えればいいんだけど。そうすれば、私が作ってあげられるし』
『ダメだ。包丁を持つなんてまだ早い』
『もう、私十歳だよ』
『まだ十歳だ』
『心配性だなぁ、お父さんは……』

 シンは本当に心配性だった。箸より重たいものは持たさないと言っても過言ではないぐらいだ。
 このままでは、せっかくの生まれ持った優れた身体能力が無駄になる。と思われたが、でもその点は母がちゃんとしつけてくれた。
(やっぱ、あの事はお父さんには言えないな……)
 実は、マユはこなたのダイエットの手伝いとして日々組手をやらされていた。
 ちなみにシンはその事を知らない。知られたら絶対止めさせられる。だからマユは絶対にその事をシンには言わなかった。
 隠すのは別にこなたのダイエットのためではない。
 マユは母との組手はなんとなく好きだった。
 母と組み手をすればするほど、なんというか己が強くなっていく感覚があり、それは凄く快感だった。
『父が娘を心配するのは当然だ。料理は中学校に入ってからでもできるじゃないか』
 しかし、こんな事を言っている父に、そんな事を説明しても理解が得られるとは思えないので、マユはあえて黙って頷いた。
『……でもさお父さん、ずっと同じご飯でもいいの?』
 シンはカレーを運ぶスプーンをピタリと止めた。
 そして、明らかに嫌そうな顔をした。
『……そ、そうだな、ここらで歯止めをかけておきたいところだな』
 シンはそのまま、腕を組んで何かを考え始める。やがて、
『次も同じだったら。禁止にするか』
 とボソっと言った。
『何を?』
『ネトゲ』
 マユは小さく首を振った。
『駄目だよお父さん。罰としては最高だけど隠れてやるだろうから無駄だと思うな。私もお父さんもずっと家にいて見張っていられるわけ

じゃないし……』
 しかし、シンは自信満々で言った。
『なに、あいつのやってるゲームの会社にちょっとハッキングすれば、一、二ヵ月、いや永遠にデータを凍結するぐらいわけないさ』
 マユは、もしそれが実行されたらどうなるか考えてみた。
『そんな事したら、お母さん泣くね』
『大泣きだろうな。へたしたら、というか確実に絶望の淵に沈むだろう……嫌か?』
『全然。っていうかいい歳なんだしそろそろゲームとかやめてほしい』
 とここで、マユは今まで疑問に思っていた事を父に尋ねてみた。
『お父さん。何でお母さんと結婚したの?』
『へ?』
 父は素っ頓狂な声を上げて、口に運ぼうとしていたスプーンを落とした。
『ど、どうしたんだ急に?』
『いや。なんとなく疑問に思って』
 シンはそのまま考え込む。

 マユはそんな父を眺めながら答えを待った。
『愛してたからに決まってるだろ』
 シンは落ちたスプーンを拾いつつ、すこし照れながら言った。
『本当に?』
 しかし、マユが確認するとシンはフッ、と自嘲気味に笑いながら。
『……多分な』
 と自信なさげに言った。


「という会話を」
 娘はとんでもない事を、なんでも無い感じで言った。
「マ、マ、マ、マ、マ、マユ! あんた! なんでそれを黙ってんの!?」
 こなたはマユに詰め寄り、その小さな肩を大きく揺さぶった。
「いや~、私もいい加減、お母さんにゲーム卒業してほしいし」
 そしてマユは大変愛い笑顔を浮かべなさった。
 こなたは、信じられない! といった感じで後ろに後ずさったあと、崩れ落ちて泣いた。
「うう……。かなたお母さん、私の築いた家庭に味方は一人もいません……」
『ただいまぁ』
 と、その時、飛鳥家の大黒柱が帰宅した。
「あっ、お父さん帰ってきた♪」
 父親が大好きなマユは声を弾ませて、玄関に行き。
「うえぇぇぇぇ!」
 旦那が大好きな妻は、悲鳴染みた声を出しながら、この場から逃げる事ばかり考えていた。

 つづく。



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最終更新:2009年06月30日 00:42
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