シンは真夜中の道路をバイクで走っていた。
といっても、ドライブに不釣り合いなものが背中に一つ。
「あはぁ。悪いねシン~」
ベロベロに酔った女性。成実ゆいがシンの背中に抱きつきながらヘラヘラ笑っていた。
「……いえ」
シンは注意深く辺りを見渡しながら運転する。
なぜこんな状態なのか。
それは一時間前、泉家に、ゆいから電話がかかってきた頃にさかのぼる。
「はい、泉ですけど」
丁度風呂から上がったシンは腰にタオルという格好で電話を取った。
もちろん、思春期の男女が一つ屋根の下で住んでる環境上、いつもならこんな軽率な真似はしないが、
こなたとゆたかは共に柊家にお泊まりしているので問題は無い。
『あはぁ~。シンちゃんかい~? 私だよ~あなたのゆい姉さんだよ~』
「……ゆいさん。酔ってますね」
電話の後ろから、
(おっ、ゆいちゃん浮気かい!?)
(もしかしてあの生意気そうなイケメン君ですか~)
とかの声と共に、どんちゃん騒ぎが聞こえてくる事から、今だにお店で盛り上がっている事が伺える。
『飲み過ぎちゃったし~、終電過ぎちゃったから迎えに来てほしいんだけど~。も~。だから、ツバメじゃないったら~!』
「はっ? ツバメ?」
『なんでもないこっちの話だよ~。
そうじろうさんいる~?』
「えっと、そうじろうさんは……」
シンは電話を持ったまま台所をチラリと見る。そこには一升瓶を抱え、泣きながらうなだれているそうじろうがいた。
よく分からないが、お泊まりのこなたに何度も電話を掛けたため『お父さんウザイ!』って言われたらしく、
それからずっとあの調子だ。なんか「せめて大っキライと言って……」とかブツブツ呟いてるし、
正直あまり近寄りたくない雰囲気でもある。
「あ~そうじろうさんは今、珍しくお酒が入ってるので店まで迎えに行けません」
『え~、シンでいいから迎えに来てぇ~。免許取ったじゃない~』
「俺、この前普通自動二輪取ったばっかっですからまだ二人乗りは無理ですよ」
普通自動二輪を取ってから一年は二人乗り禁止である。
『な~に言ってるの~。この前バイクのレーシング場に連れていったらあんたの運転技術、ウルトラCだったじゃないの~』
「いや、そういう事じゃなくて道路交通法……」
『それに警察官がいいって言ってるんだから大丈夫だってぇ~。タクシーで帰ろうにもお金が無いのよ~。お願いね~シンちゃん♪』
(きゃー! シンちゃん♪ とか言っちゃってマジで浮気ですか先輩~)
という声が電話から聞こえつつ、一方的に切られた。
というわけで、ゆいを迎えにいったシンは辺りをキョロキョロ見ながら運転していた。
「ねぇ、な~にビクビクしてんのぉシン~?」
「当たり前です! 電話でも言いましたけど、これ違反ですよ!」
確かに、シンは向こうの世界でバイクを持ってたし、自分で言うのもなんだが、
操縦はプロレーサー並の腕前だし、二人乗りしてもそれが原因で事故らない自信もある。
けどせっかくバイトを増やして、苦労して取ったばかりの真っ白な免許に傷を付けたく無いと思うのは当然の心理だ。
「あはははは~。大丈夫大丈夫~。もし警察に見つかっても~」
『現在逃亡中の重要参考人を追跡中! 見逃されたし!』
「ってこれ見せながら言えばオッケ~!」
と、国家権力の象徴を取り出すゆい。
「まさか、いつもその手を使ってるんじゃ……」
「飛ばせ! 風になれシン~!」
「……使ってるんですね」
とんでもない警察官である。
(ほんと、ゆいさんってノリだけに従って生きてるよなぁ……)
初めて出会った時は妹想いのしっかりしたお姉さん。っていう印象を受けたのが嘘みたいである。
もっとも、そんな印象は一日も保たなかったが……。
と、ここでシンは後ろがやけにおとなしい事に気が付いた。
「あれ、ゆいさん。急に静かになりましたね――」
気になって後ろを見ると、
「ごめ……ちょっと止まって……」
「えぇぇぇ!」
青い顔で口を押さえている人妻がいた。
公園のトイレから出てきたゆいはまだ青い顔をしていた。
「うげぇ。きもちわるぅ……」
ベンチに腰掛けながらうなだれるゆい。その表情は少し暗かった。
「なんだよ……私より仕事が大事なのかよ~」
今日は会う約束をしてたのにドタキャン。そりゃあ酒も飲みたくなる。
一回や二回ならまだしも、ここ最近ずっとだった。正直、少しツライ。
「……それにしても、シンおっそいな~。こんな所に女の子ほっぽっといてどこ行ってんだか」
というかジュース買ってこい、って言ったのはゆいなのだが、そんな些細な事は今の彼女にとっては関係無いらしい。
ちょっと探しに行こうかな。そう思った時、
ヒューヒュー。
という口笛を鳴らしながら、いかにも深夜にうろついていそうな若者五人組が近寄ってきた。
「……何よあんたたち」
「いや、ただ通りかかっただけなんだけどさぁ」
「そうそう。何かお姉さん淋しそうだったから」
「一緒に楽しいことなんてどうかなぁ、なんて思ってさぁ」
ゆいは無視して立ち上がり、歩きだそうとした。が。
「ちょっと。待てよ!」
若者の一人に腕を捕まれた。
「警察官をいやらしい手つきで触るなぁ~!」
当然、ゆいは手を払いのける。
「警官?」
若者五人は眉をひそめた。
「そうよ。これ以上悪さするつもりなら逮捕するわよ」
言いながら国家権力の象徴を前に突き出す。
大抵のトラブルは、これで解決するのだが今回はちょっと相手がやっかいな奴だった。
「いいね、そういうのも嫌いじゃないぜ」
「へっ?」
「ああ、むしろ燃えてきた」
「ちょ、ちょっと……」
かまわずに近寄ってくる若者に、ゆいが恐怖を感じ始めた時、
「待て!」
缶ジュースを二つ抱えたシンが自販機から戻ってきた。
「あ、シン!」
ゆいは急いでシンに駆け寄る。
シンはまわりを見渡し、
「……なるほど。大体状況は分かりました」
と、ゆいの前に庇うように立った。
「あぁ! なんだこのガ、キ……」
若者の一人が肩を揺らしながら勢い良く前に出る。だがその足もすぐ止まった。
「……」
シンの視線がチンピラ五人を完全に怯ませた。
普段は学生でこなた達とゆる~い日常を送っていることから忘れられがちだが、
元は十五才で軍の最新機テストパイロットまで任され、しかも常に前線で成果を上げてきた天才軍人。
視線一つとっても、数々の死線をくぐってきた“戦士”とそこいらのチンピラでは比べものにならない。
「く、来るなら。来いよ!」
それでも五人の中の一人が前に出た。恐らくリーダー格なのだろう、
おおむね、見た目高校生のシンにビビったとあっては顔が立たないとでも思ったのだろうが、
その声が震えている事から、明らかに虚勢だと分かる。その上、足が小刻みに震えていた。
「やっちゃえシン!」
シンはゆいの声に促されるように、男共を睨みながら一歩前に出る、そして、
「すいません! 勘弁して下さい!」
見事に土下座した。
「「「「「「へっ?」」」」」」
六人の声が見事にハモった。
もともと完全に腰が引けていたチンピラは、シンの行動で引く口実ができたので、結構潔く去っていった。
もっとも、その時のシンに対する捨て台詞のいくつかは、ゆいをイラッとさせたが……。
あれから十分弱。シンは何事も無かったかのように、完璧な安全運転で道路を走っていた。
「ねぇ、何で土下座したの。あっちが悪いのに……」
シンは答えず、前をジッと見つめている。
「それにシンってメチャメチャ強いんでしょ? そこらのチンピラ五人から十人ぐらいならわけもないってこなたが言ってたよ」
シンは答えない。ゆいは少しイラッとした。
「ねぇ、シン!」
シンはため息を一つの吐くと、相変わらず前を見たまま口を開いた。
「確かに、ゆいさんを守りながら五人ぐらい倒すことはできる……と思います。
でも、倒すって事は倒される可能性もあるって事です」
「でもシンなら~」
ゆいは唇を尖らせた。
「確かに俺だけなら問題無いですよ。でもゆいさんに危害が及ばない保障なんて無かった。
相手が銃を持っていたら? ナイフを持っていたら? しかもそれが全員ゆいさんに向かっていったら?」
「うっ、それは……」
銃は大げさにしてもナイフはありそうな連中だった。
「いざとなったら守るために戦うのは当たり前ですし、もちろん俺はそのつもりです。
でも戦わないで守れるなら、そっちの方がいい」
「えっ……」
「誰かを守る時の教訓なんですよ……俺の」
ゆいは少しドキッとした。
(……て事は私が居たから? あのプライドの塊みたいなシンが土下座までしたってこと?)
「わ、私は警察官だよ? そんな気配りは――」
「それでも、ゆいさんは女性です。何かあったら男の俺と違って大変でしょ」
「……」
ゆいはそれを聞いて、酔っていたとはいえ、軽率に喧嘩をけしかけた自分を恥ずかしく思った。
そして、同時にある一つの事を納得した。
(なるほどね、これは“妹達”が騒ぐわけだ……)
カッコいいし、優しいし、面倒見いいし、まだ子供みないに我儘な所もあるけど、
でも出会った頃に比べたら考え方もグッと大人っぽくなってきてる。それも大人の自分が感心するぐらいに。
「……こりゃあ、私も旦那より早く出会ってたら放っとかなかったなぁ」
「んっ、何か言いました? 風で良く聞こえないです」
ゆいは「えへへ」と楽しそうに笑うと、
「べぇ~つにぃ! 何でもないよ! えい!」
といって、シンに強く抱きついた。
結果。シンの背中に何か柔らかいものが襲った。
「ってええ! あんた何やってんですか!」
「純情少年め! こんな事で動揺してて、わたしの妹達を幸せにできるのかね! うりうり!」
柔らかい物は無情にも、シンに容赦無い波状攻撃を仕掛ける。むごい……
「なに訳の分からない事言ってるんです!? っていうか止めろ! あんた人妻だろ!?」
真っ赤な顔で叫ぶシン。
その様子をホントに楽しそうに見つめるゆい。
「止めて欲しかったら飛ばせ飛ばせぇ! 遅かったら最低速度違反で検挙だぁ!」
「あんたムチャクチャだぁぁぁぁぁぁ!」
少年が一瞬見せた大人の顔。それを垣間見て、ちょっぴりシンを見る目が変わった、ゆい姉さんでした。
作者追伸。ネタで書きましたけど、バイクの二人乗りは法律に従って行いましょう(´ω`)。
最終更新:2007年12月02日 10:23