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 平民より数ランク上の家が並ぶ、閑静な住宅街。
「へぇ~、これは良いわねぇ」
 そんな中。みゆきの母、高良ゆかりは近所の家におじゃまして、お喋りに花を咲かせていた。
「本当にこれがタダで貰えるの?」
 ゆかりは、お菓子と共に出された銀皿を手に取りながら、目をキラキラさせた。
 その様子を見ながら、ゆかりの友達である、この家の奥さんは、優雅にティーカップを傾けながら答えた。
「ええ、ウチの息子がこの店に行って、貰ってきたのよ」
 そう言って奥さんは、テーブルに一枚のチケットを差し出した。どうやらお店のサービス券のようだ。
 ゆかりは銀皿を置いて、そのチケットを拾い上げる。そこにはでかでかと“十周年記念!”と書かれており、
何かのキャンペーンをしている事が一目で分かった。
「なるほど、このお店で、カップル限定の記念品として配ってるのね……あ、でも夫婦はダメって書いてあるわ。残念……」
 と、深いため息を吐きながら、残念そうにチケットをテーブルに戻した。
 その様子を見て、奥さんは、少し意外そうな顔をした。
「何言ってるのよ。みゆきちゃんみたいに美人だったら、男の子の一人や二人いるんでしょ?
 頼んで、貰ってきてもらえばいいじゃないの」
「それが、いないのよ~」
 ふうっ、と頬に手を当てるゆかり。
 ゆかりは、もし、みゆきに彼氏なんてできたら一発で分かる自信があった。
 みゆきは、そんな事を隠せる性格じゃないし、隠そうとする性格でも無いからだ。
 しかし、そういう色っぽい話がみゆきに全く沸いていない事もない。それは娘の態度からも大体察しは付いていた。
「気になっている男の子はいるみたいなんだけどなぁ……」
「あら、ホントに?」
 気になっている男の子。奥さんはこの言葉に強く興味を引かれたらしく、身を乗り出して聞いてきた。
 女性というのは総じてこの手の話が大好きである。
「そうなのよ~。そのせいか、あの子、最近変わったのよ。今日も、娘を車で迎えにいかなきゃいけないんだけど、
 なんでも、少し遠めの美容院に行ってみたいとかでね」
「へぇ、そういうのにこだわる所をみると、みゆきちゃんもやっぱり女子高生ね」
「違うのよ、そういうのに気を使い始めたのはつい最近なの。前は必要以上は何もやらない子だったんだけど」
「そうなの?」
「そうなのよ~」
 ゆかりは、どんどん声を弾ませていった。
「どうやらその男の子が原因みたいなんだけどね。あの子、昔、髪は寝癖が無ければ良い。
 とか言って朝の支度はそこそこで学校に行ってたのに、最近では朝五時に起きて身だしなみを整えてるのよ~」
「へぇ~。それは確かに怪しいわよね~」

「怪しいっていうか確定よ~。あの子が使うシャンプーも、最近値段がグンと上がったし、この前、一緒に買い物に行った時なんか、
 化粧品売場の前で足を止めてウンウン唸ってたのよ。まだ早いわよね~」
「そうかしら? 女性が身だしなみに気を使う時期に、早いも遅いも無いわ。気になる男の子がいるなら、なおさらよ」
「でも、そんな努力もむなしく。やっぱりその子とは一定以上の関係にはなってないみたい。それは見てて分かるわ……」
 ゆかりはふうっ、とため息を吐きながら、テーブルにだらりと突っ伏した。
 みゆきに彼氏がいないという事は、この店に行っても特典は貰えない。
 だからといって、男友達にカップルのフリをして下さい。なんてあの娘が言えるとは到底思えない。八方塞がりである。
 奥さんはその様子を変わらぬ笑顔で見つめながら、再びチケットをゆかりの前に差し出した。
「まぁ、どちらにせよ、この券は差し上げるわ。別にカップルじゃなくても、これがあれば安くはなるから、
 みゆきちゃんと二人で行ってきたら?」
「ありがとう。美容院の帰りにでも寄るわ。でも、やっぱり欲しいな~この銀皿。店員さんにねだっちゃおうかしら……」
 ゆかりが半分真面目に悩んでいると、
「ねぇ、ところで高良さん」
 奥さんが何かに気付いたように尋ねてきた。
「な~に?」
「みゆきちゃんの学校へは何時に迎えに行くの?」
「二時よ」
 その時、壁に取り付けられている時計から出てきた木製の鳩がクルック~と“三回”鳴った。


 夏休み。登校日。
 といっても、授業は午前中で終わっており、昼過ぎの今、校内はガラ~ンとしている。
 しかし、我らが主人公シン・アスカはまだ学校に残っていた。
「ホントにごめんな高良。体育委員の仕事、関係無いのに手伝ってもらっちゃって……」
「いえ、いいんです。私も暇でしたから」
 シンは廊下を歩きながら、申し訳無さそうに言った。
 運動会も近いこの時期。
 体育委員であるシンは他のクラスの運動委員と一緒に、二人で倉庫の備品確認をするよう言われた。
 運動会に使う用具の数と状態を確認し、用紙の項目欄に『異常なし』と記入ていくだけで、
 シンの類い稀な雑用能力も手伝い、作業は順調に進んだ。
(こりゃ、予想よりかなり早く終わるな)
 などと思った時、
『うわぁぁぁ!』

 一緒に作業していた他のクラスの体育委員の悲鳴と共に、倉庫にキチンと整理されていた用具はドミノ方式で次々と崩壊していった。
 数秒後、用具室の中はそこだけまるで、大震災が起きたかのような状態になった。
 瓦礫と化した用具の中心から這い出てきた張本人は、
『ワリーワリー。足に引っ掛かっちまってよ~。でも、跳び箱って目の前に置いてあったら無性に飛びたくならねぇ?』
 なんて言いやがった。
 そこにみゆきが通りかかって「私にも手伝わせて下さい」と言わなかったら、シンは、久々に種を割っちゃう自信があった。
 その後、大きな用具の整頓はシン。
 今の倒壊でいくつかの用具が破損した可能性があるので、チェックのやり直しをみゆき。
 事態の張本人には細かい用具の整頓、
 といったように役割分担し、何とか今の時間に終わらせる事ができた。
 後は、先生に報告を済ますだけである。ちなみに、事態の張本人にはこれ以上問題を起こされたらたまらないので、
 「後は、先生に報告するだけだから帰ってもいいよ」と笑顔で言って、さっさと帰ってもらった。
 そして、今。二人は職員室に向かっていた。
「ホントにごめんな高良……」
「いいえ、気にしないでください。本当に暇だったんですよ」
 と、ここで、シンはあることを思い出した。
「あれ? でも、今日どこか出掛けるって言って、こなた達の遊びの誘いを断ってなかったか?」
「そうなんですが、正確には暇だった、ではなく暇になってしまった、という状況でして……」
 みゆきは困ったように頬笑む。どうやらシンにどう説明しようか迷っているようだ。
 しかし、次の瞬間その迷いは必要なくなった。
「いたいた~」
 という声と共に、一人の女性が、廊下の向こうから駆け寄ってくる。ちなみに今にも転びそうな危なげな足取りだ。
 シンは一発で女性の正体が分かった。そもそも、あの髪の色を見て分からない方がどうかしている。
「あ、お母さん」
「え、お母さんなの!?」
 シンはお姉さんだと思っていた。どうやら、自分は結構どうかしているらしい。
「みゆき、ごめんなさい。隣の奥さんと話し込んでて、迎えに来るのが遅くなったわ」
「いえ、構いません。むしろちょうど良かったですよ」
「あら。ちょうど良かったの?」
 と、その時、シンは高良のお母さんと目が合った。もちろんシンは最低限の礼儀に則ってぺこりと頭を下げた。
「こんにちは」
「あら、こんにちは~。みゆきのクラスメイト?」
「はい。シン・アスカさんです」
 みゆきは、体勢を変えて今度はシンの方へ向いた。

「シンさん。母の高良ゆかりです」
「あら~。あなたがシン君なのね。噂は良く聞いてるわ~」
「噂?」
 シンはキョトンとして首をかしげた。
「みゆきが言うように、本当に格好良いのねぇ~」
「お、お母さん!」
 みゆきは真っ赤になって俯く。
 シンは言ってる意味が良く理解できなかったが、とりあえず状況は大体分かった。
「とにかく、高良はお母さんを待ってる時に、俺たちの所に来てくれたんだな。じゃあ、ここでいいよ。後はやっとくから」
「いえ、でも、これは私がまとめた書類ですから、私から先生に説明した方がいいと思います」
 コホンという咳払いと同時に、みゆきは母に向き直る。
「お母さん。もう少しで、用事も終わりますから。先に車で待っていていただけますか」
「そう、分かったわ――」
 次の瞬間、唐突にゆかりは ポン! と手を叩いて、
「あ~あ~そっか~。うんうん、そうよねぇ~。良い事思いついちゃった。そうすれば一石二鳥じゃない」
 と何か納得したような、思いついたような、とにかく、ぱぁ、っと顔を輝かせた。
「お母さん?」
「大変よみゆき!」
 ゆかりは娘の両肩に手を置くと、真剣な表情でこう言った。
「え?」
「お母さん。今、大事な急用を思い出したわ! だから美容院は明日になさい。いいわね!」
「ええっ?」
「?」
 シンは完全に置いてけぼりである。
「そうそう、お詫びといっては何だけど、この美味しいケーキバイキングの店の割引券をあげるわ」
「えええっ?」
 ゆかりはチケットと福沢諭吉をみゆきに手渡す。というか無理やり握らせる。
「ねぇシン君。悪いけど私のお詫びに付き合ってもらえないかしら? 
 この子、引っ込み思案だから一人でお店とかに入る事が出来ない子なのよ」
 続けてシンにもチケットを握らせた。
「えっ、そうなのか高良? 俺、初めて聞いたけど」
「ええええぇ!?」
「ねっ、そうよねみゆき」
 言いながらウィンク一つ。みゆきはそのわけの分からない勢いに逆らえない。

 というか、みゆきは基本、母には逆らわない。
「いや、あの……そ、そうです……」
「決まりね♪」
 決まってしまった。
「そうそうみゆき。言い忘れたけど。ちゃんとそこの特典もらってきてちょうだいね。その食器が欲しかったのよ~」
「特典?」
 シンとみゆきは同時にチケットに目を向けた。
「なになに……ただいまケーキバイキング“マッガーレ”十周年記念実施中……」
「ただいまこのチケットをお持ちのお客さま全員に食事代半額にさせていただいております……」
「さらにご来店のお客様に高級銀製食器をプレゼント。なおプレゼントは……」
「「カップル限定!?」」
 そりゃもう、叫びが綺麗にハモった。
「あ、あの! お母さん、これ――」
 顔を真っ赤にして視線を母に戻すみゆき。しかし、先ほどまでいた場所に母の姿はもう無かった。
「あれ、お母さん? お母さん!?」
 みゆきはオロオロと母を捜す。
「高良。外だ」
 シンに言われて、みゆきは窓へ移動する。
 外には車に乗って手を振っているゆかりがいた。っていうかどうやってこんな短時間で移動したのか……。
「銀皿、くれぐれも頼んだわよ、みゆき~」
 ゆかりは緩やかな口調で、娘に私用を頼んで、悠然と去っていった。
「お、お母さぁぁん!」
 みゆきの、叫び声は校内でやけに響いた。


「あ~高良?」
「あの、あのあの! すみません。シンさんにも都合があるのに母が無理を……」
 みゆきは何度も頭を下げる。
 シンはそれを手で制した。
「いや、いいよ。今日はバイトも無くて暇だし、高良さえ良ければ。今日手伝ってもらったお礼もしたいし、
 お母さんの頼みを聞くぐらい何でもないよ」
「えっ……」
「あ、でも、手伝ってもらった立場で、奢ってもらうのは悪いなぁ……行くとしても俺が半額払っ……」
 シンは後ろポケットから財布を出し、中を覗くとピシッっと固まった。

(しまった。朝ガソリン入れたんだった……)
 中にはカツアゲのヤンキーにも同情されそうな量の、アルミや銅が申し訳無さそうに存在していた。
 居候は色々大変なのである……。
「いえ、大丈夫です。母の願いなんですから、お金はこちらが出します」
 みゆきはシンの表情だけで、財布状況を察したようだ。
「ごめん……お言葉に甘えようかな……」
 というか甘えるしか無い。シンは、この恩は別の機会に還元しようと思った。
「あ、あの! 所で……」
 シンがいろんな意味でうなだれていると、急にみゆきがモジモジと体の前で手を動かし始めた。
 頬は朱色に染まり、手の動きに連動して、長めのスカートも小刻みに揺れる。
「どうしたんだ高良?」
 シンがそう聞くと、みゆきはさらに俯きながらこう言った。
「あの……じゃあ今から私たちカップルって事です……か?」
「へっ? 今から? 何で?」
 シンは冷静に聞き返した。何ていうか……馬鹿である。
 対して、みゆきは耳までまっ赤っ赤になると、
「……あ!? そそそそうでした、別にカップルのフリをするのは店の中だけで良かったんでしたね! 申し訳ありません!」
 と、また何度も頭を下げた。
 さすがに“カップル”という単語を聞いて、流石にシンも意識したようだ。顔が微妙に赤くなていく。
「あ~いや、いいんじゃないか。ほら、疑われて特典もらえなかったら困るだろ?
 だから、練習もかねてさ今から……その……みゆき」
「はう!」
 ぼふん。という湯気を出しながら硬直するみゆき。
「えっと。ごめん……やっぱり嫌だよな」
「あっ! そんな事ないです! もったいないです! ありがたいです!」
「そう?」
「ふつつか者ですが。お願いしますシンさん!」
「あ~みゆき。その……違うんじゃないか?」
「へ?」
「だからさ、名前……俺の」
「名前って……ええ!」
「あ、いや。やっぱ嫌ならいいんだ。ごめん変な事言って!」
「いえ、改めてお願いします……その……あの……シン……」
 今度は二人とも湯気が出た。

 しばらく、そのまま時が過ぎる。過ぎる。過ぎる……。
「さ、さぁ! さっさとこの書類、先生に届けちゃおうぜ!」
 先に沈黙に耐えられなかったのはシンだった。
 シンはあはは、と乾いた笑みを浮かべて歩き出そうとしたが。
 ギュッ。
 同時にシンの腕に柔らかいものが触れて、彼の体は運動を停止した。
「み、み、み、みゆき?」
「は、はい。こ、恋人同士というのは……その……こう、ですよね……」
 横を見ると、顔を真っ赤にして俯くみゆきが、自分の腕に手を回していた。
「シンが一生懸命協力して下さるんですから。だから……私も、その……精一杯やらせていただきます!」
 そういって、さらにギュッと抱きついてくる。豊満なインパクトが腕を伝ってシンを襲う。
 正直、いつかの警察官の比ではない。まさにリーサルウェポン。
「いや、でも、ここではちょっと……」
「ふえ!? もしかして私、何か間違ってますか!? またドジってますか!?」
「いや、何も間違って無いよ! あは、あは、あはははは……」
「そうですか、良かった……じゃあ、行きましょうシン……」
「う、うん……」
 誰か(特に男子)に見つかったら。俺、殺されるかもしんない。
 でも、ま、いっかぁ。なんて思うシンであった。

 その夜、高良家。
ソファの上で、ゆかりは気持ちよさそうな声を出していた。
「ああ、いい気持ち~。でも、どうしたの突然。肩たたきなんかしてくれて?」
 ソファの背から母に肩たたきをしていたみゆきは、しばらく黙ったままだったが、
 やがて小さく口を開いた。
「……お母さん。ありがとう」
「あらあら、何の事かしらね。今日は私、あなたに迷惑はかけたけど、お礼を言われるような事はしてないわよ」
 ゆかりは、うふふ、と笑いながらみゆきに顔を向ける。。
「うん……それでもありがとう」
 みゆきはそんな母を後ろからそっと抱きしめた。
「あらあら、みゆきは甘えん坊さんね」
 そしてゆかりもまた、愛おしい娘を優しく抱きしめた。

 end

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最終更新:2007年12月02日 10:23
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