17-240

「や、やだな~みゆきさん、いくらなんでも――」
「本当にそう言えますか?」
 わたしの言葉を遮り、みゆきさんはより厳しい口調でわたしを追及する。
 …というかみゆきさん本気で怒ってる?
「ゆ、ゆきちゃん、ど、どうし――」
 わたし達の仲裁に入ろうとするつかさかがみが手で制す。

 気まずい空気がわたしとみゆきさんの間に流れる。
「泉さんの行動はシンさんを恋愛対象ではなく、ゲームのキャラクターにしている一方的なもので、それはシンさんを苦しめているだけです!」
「そ、そんなこと何でわかるのさ!?」
「シンさんは私の要望を聞いて下さり、最近みゆきと呼んで下さる事が多くなりました」
 わたしの問いにみゆきさんは、関係ない事を話し出す。
「…ですが今日は……そんな小さな配慮も出来ないくらいに、シンさんは記憶を無くされて、焦っておられます。
泉さんはシンさんのご様子に気づいておられましたか?」
「………」
 全く気づいてなかった……シンがそんな状態だったことに………。
「で、でも、シンの記憶はすぐに――」
「戻らないかも知れません……現に1日たってもシンさんの記憶は戻っておられないのですから」
「…………!」
 私はようやく事の重大さに気付いた………。

「はい、そこまで」
 さっきよりさらに悪くなっている空気にかがみが割って入る。
「みゆき、もういいでしょ?こなたもわかった見たいだし」
「あっ……す、すみません!
お恥ずかしいところを見せてしまって……反省して来ます………」
「待って、ゆきちゃん」
 つかさはかがみの方を向いて頷くと、みゆきさんの後を追い教室を出て行った。

「かがみ、わたしどうしたらいいのかな?」
 少しして、わたしはすがる様にかがみに尋ねた。
「昨日それを聞いてきたら一緒に考えたんだけどね」
「ということはかがみも?」
「さっきも言ったでしょ。みゆきと一緒。
今回はゲームと同じ感覚でシンをどうにかしようとしたあんたの自業自得」
 いつも見たいに怒った感じでは言わないかがみ。
 それは今回は助けないということを示していた………。

「あーもういいですよ!1人でやればいいんでしょ!?」
 わたしは完全に開き直った形になった。
「そーいうこと。ま、可哀相だからアドバイスを一つだけ…何時も通りのあんたでいなさい。
そうしたら……シンは絶対思い出してくれるから」
 そう言うとかがみは自分の教室に戻っていった。

「何時も通り、って言われてもね………」
 わたしはまだ口をつけてない、チョココロネを見ながら呟いた。



「体の調子はどうですかアスカくん?」
「大丈夫ですよ。どこもおかしくないし」
 オレの後頭部を調べながら質問する天原先生に、オレは面倒くさいので、投げやり気味に答える。
 一応、事が事なのでオレは放課後、保健室に診察を受ける事を義務づけられていた。

「先生、泉こなたの事、どうしても思い出さなきゃダメなんですか?」
 このままだとオレは泉こなたの事を思い出すまで毎日、保健室通いだろう。バイトとかもあるし、それは出来れば勘弁してほしい。
「そうですね……アスカくんが別に思い出さなくていいのでしたら、それでもいいと思いますよ?」
「え?………」
 天原先生の余りの言葉に、オレは思わず声を無くす。
「ウフフ、アスカくんって、思った以上に顔に出るんですね~」
「うっ!………」
 天原先生のカマかけに乗ってしまったオレは、呻く事しか出来なかった。
「冗談はこれくらいにして、泉さんの事は昨日も言いましたけど、余り考え過ぎないようにしましょうね。
意識し過ぎなければ、自然に思い出しますから」
 天原先生に主導権を握られたオレはただ頷くだけだった………。

 天原先生に自然に、とは言われたが――
「明日あんた達のクラスで世界史の宿題出ると思うわよ」
「マジかよ?かがみ出たら、見せてくれ」
「あんたの中には自分でやるという選択肢はないのか………」
「あの……私でよかったら、お手伝い致しましょうか?」
「ああ、頼む。1人じゃ出来そうにないしな」
「じゃあ、みんなで集まってわたし達の家で勉強会しよ~。わたしクッキー焼いちゃうよー」
 泉こなたと普段どういう会話していたか思い出せないし(そもそも今となっては会話してたかどうかすら疑問だけど)、話をしなくても今見たいに全然困らないしな。

「アンタはどうする?」
 なのに…何でオレは泉こなたに話を振ったんだ?
「…え?……聞いてなかった、何?」
「聞いとけよ!聞こえない距離じゃないだろ!?」
「…ご、ごめん………」
 しゅんとする泉こなた。
 そんな顔するなよ……オレが悪いみたいじゃないかよ………。
「もういい!好きにしろよ!!
…かがみ、この前貸してくれたラノベなんだけど――」
 オレは半ば八つ当たり気味に泉こなたを怒鳴ると、かがみ達との会話に戻った。



 またやっちゃった………。
 わたしは心の中で溜め息をついた。

 好きの反対は嫌いではなく無関心、とはテレビか何かで言ってたけど、本当にそうだと今なら解る。
 シンは保健室から今まで、私がまるでいないかの様に振る舞っていた。
 そしてようやく私に話しかけてきたのに、さっきの失態……もうバッドルート一直線。
 これがギャルゲーなら、CGを回収して、セーブしたところから出来るんだろうけど……これはリアルなんだよね………。

 …バチが当たったのかな……自分の事ばかりで、シンの事をまるで考えてなかったバチが………。

「お恥ずかしながら、学校に用事があるのを思い出しました。先にお帰りになってて下さい」
「あー、わたしも忘れ物したみたい………」
「も~、何やってんのよ!私もついて行くから、早く学校に戻りましょ」
 突然のみゆきさんの発言につかさ、かがみが続く。
「じゃあ、オレも――」
「いえ、お気遣いなく。かがみさんやつかささんも一緒ですし」
「そうそう。女の子同士の秘密の話もしたいしね」
「わ、わかったよ。じゃあ、また明日な」
「シンちゃん、ばいに~♪」
 さすがにシンもそこまで言われたら引き下がらざるをえず、別れの挨拶をしてみゆきさん達を見送った。

「なんだよ、秘密の話って?」
 首を捻った後、シンは踵を返して歩いて行く。私がそこにいないかの様に………。

♪天然じゃありません♪

 ん?みゆきさんから?
 メールにはこうあった。

『今日はお見苦しい所を見せてしまい、申し訳ありませんでした。
だから、一度だけ、サービスです。』

 みゆきさん……ということは恐らく、これが最後のチャンス、これを逃すとシンは………
 思わず拳を握る私。
 こうなったら仕方ない。変な小細工はなし!そして、私らしくフラグを回収する!
 私は大きく息を吸うと、先を歩いているシンに走って行った。

「シ~ン待ってよ~」
「何でオレがアンタを待たなきゃ行けないんだよ!?」
 無視されると思ったが、シンは以外にもこっちを向いて返事をしてくれた。
 相変わらず、好感度最悪の返事だけど………。
「昨日、私がした事怒ってる?」
「別に」
 ぶっきらぼうに答えるシン。
 怒ってんじゃん………。
「あ、あのさシン……私の事思いだすの苦しい?」
「ああ、苦行だな」
「だったら………」
 私は目をつむり深呼吸を一回してから目を開ける。
「私の事、別に思い出さなくていいよ~」
 私は私らしくいつもの感じでシンに言った。



「今、何て言った?」
 聞き間違いもしれない、そう思ってオレは泉こなたに聞き返した。
「だから、わたしの事思い出さなくてもいいよ。
シンが苦しいのは、わたしを無理に思い出そうとするから何だよね?」
「まぁ……そうだけど………」
 さっきオレも天原先生に似た様な事提案したが、本人に言われると何かショックだ………。
 所詮、オレと泉こなたとの仲はそんなもんだったのかもしれない………。
「…アンタはそれで良いのかよ?」
「うん、シンが苦しんでるところなんてなるべく見たくないしね~」
 サラッと恥ずかしい事を例のゆる顔で言う泉こなた。
「というわけで……改めてよろしく!!」
「ハァ~、何でそうなるんだよ!?
記憶を思い出さなくていいってことは、アンタとの仲もこれっきりって事だろうが!?」
 いくら何でもこれは言い過ぎたかもしれない……一応、恩人の娘なんだし……ところが泉こなたは少しだけ困った顔をして、頬をかいてるだけだった。
「私はシンをゆる~くするって決めたから!……ずっと前にだけどね~」
 そう言って苦笑する泉こなた。

「なに言ってんだ、アンタ!?」
 オレはこめかみを抑えつつ言った。
 そもそも、そんなことされなくてもオレは以前よりゆるくなった……ってどうやってゆるくなったんだ?一体誰に?
 昼に浮かんだ疑問が再びオレの頭に湧いて来る。
「勝手にしろ」
 オレはそう言うと泉こなたを置いて、歩きだした。

 その時、強い風が吹いた。
 まるでオレの行く手を阻む様に。
 そしてその風は桜吹雪を生み出し、オレの視界を桜の花びらで生め尽くした。

 目の前の桜吹雪の美しさにオレは完全に魅入られていた。
 前まで花をそんな風に思う事はなかった。
 花は散るだけのものであり、花を愛でるのは心に余裕がある奴だけだ、以前のオレはそう思っていた。

 だが、今のオレにはそれ位は思える程には心に余裕があった。
 そしてその余裕を最初にオレに作ってくれたのが――

 気付くと風は止んでいた。



「…こなた、桜ってこんなに綺麗だったんだな……ようやくゆっくり見れたよ………」
「…シン……記憶が………?」
 シンが私にかけた言葉がさっきまでと全く違った雰囲気だったので、私は思わず尋ねていた。
「…オレ、お前の事忘れてたん……だよな………」
「…うう、シンの…バカ!…ひっく…バカぁー!………」
 私は泣きながらシンの胸を叩いた。

「オレ記憶無くしてお前に迷惑かけなかったか?」
 私が泣き止むのを待ってシンは質問してきた。
「覚えてないの?」
「ああ。昨日の昼くらいからお前と会話した記憶がないんだが………」
 ここで私が嘘をつけばシンは私のものになるかもしれない、でもそんなことをしたら、またバチが当たるだろう。
 そして、こんな方法でシンを手に入れたらみゆきさん達に確実に絶交されてしまう。
 だから私はこう答える。
「してないよ、迷惑」
「そうか……よかった」
「でも………」
 私はシンの胸に顔をうずめて続ける。
「寂しかった………」
「悪い」
 短く謝った後、シンは私の頭に手をのせた。


「ねぇ、桜が散らない内にお花見しよ!みゆきさんやかがみんやつかさも誘って」
「いいなー!やるか!」
 私達は帰りながら、週末の計画を話した。
 今年のお花見は今までにないくらい楽しそうだ。



~『新生活』END~

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最終更新:2009年08月17日 00:05
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