ガブリエル格納庫────
シャドゥストライクは、他の機体と同様にメンテナンスハンガーに固定され、コクピッ
トにタラップが横付けされる。そのコクピットに、シンが駆け寄った。
コクピットが開き、中から
みなみがふらつきながら出てくる。
「大丈夫か?」
シンは、立ち上がりかけたみなみに手を伸ばす。
その手を取り、みなみはコクピットから立ち上がって、タラップに降り立つ。
「すみません……足手まといになってしまって」
「足手まといになったのは、俺の方だろう?」
シンは苦い、どこか憤ったような顔で、そう言った。
レールガンは確かに強力だが、実体弾系の兵器だ。
比べるなら、まだゲイツRよりは、PS装甲を持つシャドゥストライクのほうが耐性があ
る。
反射的に割り込んできたシンを、無茶なV字機動でかわして、さらにその前でレールガ
ンを受け止めた。
その機動のG(重力加速度)で、血液が一時的に上半身から逃れてしまい、ブラックア
ウトを起こしてしまったのである。
「立場が逆だったとしても、私は同じことをしていたと思いますから……」
「……そうか」
シンはそう言いながら、掴んでいたみなみの手を離した。
「く~っ、お暑いですなご両人」
茶化すように言いながら、整備用のスーツ姿で、長髪を背中でまとめた女性が現れる。
「けどFAITHの人、こんなところで部下といちゃついてる場合とちゃうんやないですか
~?」
ニヤニヤとした顔で、シンとみなみの顔を覗き込んでくる。
「そんなんじゃない、俺はただ……」
シンの方は向きになりかけて、怒鳴り返しかけた。
その時、衝撃波でガブリエルが揺さぶられる。
「!? どうした、何があった!?」
シンが叫ぶが、整備員が何かをわかるわけでもない。
格納庫のコンソールに取り付き、艦橋を呼び出す。
『敵の戦艦が、何かを爆破したみたい』
モニターの向こうで、
かがみが答える。
「爆破した?」
砲の射撃か、またはモビルスーツで、ZAFTの何かを破壊したという訳ではないのか?
シンは思わず声を荒げる。
『解らないんですよ! ミネルバの前方で何かが爆発したとしか!』
「ミネルバのだって!?」
シンは驚いて、声を上げる。
「ミネルバは無事なのか!?」
『それだけは何とか。でも、粒子があっちこっちに飛び交って、他はセンサーもレーザー
サイトも何も役に立たない!』
癇癪を起こし気味のかがみの声を聞くが、ミネルバは無事らしいという言葉に、シンは
胸をなでおろした。それから、顔を上げ直す。
「すぐブリッジに戻る」
それだけ言うと、通信を切り、慌てて格納庫を飛び出した。
パイロットスーツ姿のまま、ヘルメットだけを外した状態で、艦橋に駆け込む。
その外から見える光景は、ガブリエルの外を、光のもやのような物が取り巻いていると
いうものだった。
「状況は?」
指揮官席に着きながら、誰にともなく訊ねる。
「んー、こりゃ、推進剤タンクかなんか爆破したんだね」
「……そうか」
真っ先に
こなたが答えたのを聞いて、シンは拳を握り締めてギリギリと歯を鳴らした後、
悔しそうに短く言った。
「レーザーサイト反応回復シマシタ」
操舵手としてそれを注視している
パティが、真っ先に言った。
「不明艦との距離、750デス」
「よし、なら全速でその不明艦を…………」
と、シンが言いかけると、
「ミネルバからの連絡で、この不明艦をボギー1と呼称する事になったそうです」
かがみが、わざわざそれを遮って言う。
「それじゃあ、そのボギー1を追うんだ」
「Aye aye・sir!」
メインスラスターのスロットルに手をかけ、全開にする。じわりとだが強い加速が、ガ
ブリエルにかかる。
だが、全速で追っているにも関わらず、ボギー1は徐々にだが離れていく。いや、味方
のミネルバからも、同じペースで引き離されていた。
「くそっ、速度じゃ勝てねぇのかよ」
シンは毒つくが、無理もない。ガブリエルの設計はZAFTのMS運用に合わせて改装されて
入るものの、基本的な艦そのものの性能は、3年前のアークエンジェルのままだ。より新
しいガーティー・ルーやミネルバとは単純に比べるほうが間違っている。
「でも、この進路だと」
オペレーター席から振り返り、かがみがいやそうな顔で言う。
「デブリ帯に入っちゃいません?」
「なんだって?」
シンは艦橋のフロントウィンドゥの外を、先の方に目の焦点を合わせる。
キラキラと、遠目には太陽光を乱反射して光る帯。A.D.1957に当時のソビエト連邦が、
世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げて以来、この層にたまり続けて来た、
地球のゴミのベルト。
「まさか……」
大型宇宙船にとっては、デブリ帯はタブーのひとつだ。ゴミといっても、大きな物は一
辺が100mを越す物もある。
「木の葉を隠すなら森の中、軍艦隠すならゴミの山~、ってか」
シンの隣で、こなたが相変わらず真剣とは程遠い様子の表情で、呟く。
シンはそれを横目で睨んでから、言う。
「行くって言うんなら、追って行くしかないだろ!」
「えぇー?」
かがみと、砲手席の八坂こうが一斉に振り向き、不満そうな表情で声を出す。
「しょうがないだろう、黙って逃がすわけにも行かないだろうが!」
「でも、こっちがバラバラになっちゃったら元も子もないんじゃない?」
こうが嫌そうな顔で、なおも言い返してくる。
「こっちがバラバラ……」
その言葉に、シンはさすがに熱病の熱が取れたように、一瞬、目を見開いて、ゴクリ、
と喉を鳴らした。
「No Problem」
そう言って、パティが振り返る。
「Steeringは任せてクダサイ」
軽い口調で良い、前を向き直して、操縦桿を握り直す。
「わ……わかった。じゃあ、任せる……ボギー1を追撃、よろしくってことで」
「Aye aye・sir!」
妙に楽しそうにパティは言うと、スロットルを微調整しながら、ボギー1の軌道を追う。
「はぁ」
こうとかがみはほぼ同時にため息をついて、自分のコンソールに向き直った。
「格納庫、MSは出せるか?」
シンが、指揮官席のコンソールを使って、直接格納庫を呼び出した。
『いつでもOKやで~』
これまた妙に明るい、パティとはまた違った、独特な言い回しと抑揚の答えが返ってく
る。
「みなみは大丈夫か?」
先ほどのMS戦での、自分の失態を思い出しつつ、そう訊ねる。
『なんや自分、やっぱりみなみのことが気になるんかぁ~?』
シンをからかうように、薄めた目で見ながら言う。
「そうじゃない、俺はただ、さっきのことがあるから!」
『はいはい、解っとりますがな。おーい、みなみー、FAITH殿がよんどるでー』
そう言って姿が一旦消えた。
「はー、シンちゃん、これだけ女の子に囲まれてて、よく何にもしないもんだと思ってた
けど、しっかりみなみちゃんとフラグ立ててるとはね~」
シンの脇にいたこなたが、ニヤニヤと笑いながら、自分の顎を手で弄る。
「フラグってなんだフラグって。あまりこのことしつこく言うと、エア・ロックから放り
出すぞ」
シンは睨みつけながら、60%ほど本気でそう言った。
「きゃ~シンちゃん怖い~」
こなたは、大して怖がっている様子もなく、むしろ面白がっているように身体をくねく
ねとさせながら言った。
『岩崎みなみです』
コンソールから声が聞こえると、シンは表情を戻し、自分もコンソールに向きなおる。
「出撃、しても大丈夫か?」
『はい、外傷があるわけではありませんから』
「わかった、そのときになったら頼む」
『了解』
みなみは短く良い、そこで通話を切った。
ふとシンが視線を横にずらすと、まだこなたがシンをからかうするようなジェスチャー
をくねくねとやっている。
「お前は! いい加減にしろ!」
シンは素早く、両手で拳を作ると、それをこなたの両のこめかみに当てた。
「うぎゃぁぉぉぉぉっ……うめぼしうめぼし~っ」
シンの物理的反撃に、脚をばたつかせてのた打ち回る。
「自業自得……」
かがみが、あきれ返った表情で呟いた。
2人がバカをやっている間にも、ボギー1とミネルバの航跡を追って、ガブリエルはデブ
リ帯に進入する。
パティはスロットルを微調整し、操縦桿だけではなく、マニュアルで姿勢制御スラスタ
ーにも指令しながら、ガブリエルを進ませていく。
だが……
「オゥ!?」
そのパティが、突然声を上げる。
「どうした?」
こなたと絡み合っていたシンは、一瞬にしてこなたを放り出して指揮官席に戻ると、身
を乗り出して聞く。
「ボギー1、デブリに衝突しマス!!」
「ええっ?」
自爆? そんな単語がシンの脳裏をよぎった。
そんなシンの脇から、シンを押しのけるようにして、またこなたがブリッジクルーに向
けてしゃしゃり出る。
「パティ、制動して! ゼロ速度、懸吊状態!!」
「Yes」
パティはメインスラスターのスロットルをOFFに戻し、コンソールに制動を指令する。
制動用のスラスターが点火され、ガブリエルは急ブレーキ状態になる。
「お前は、また勝手に……! 今度は、一体なんだって言うんだよ!?」
シンは指揮官席に乗り出すこなたを押しのけると、後ろ向きになって問い詰める。
慣性でまだ進むガブリエルをデブリに衝突させないよう、パティは両手で操縦桿を握り
締め、軽く歯を食いしばっている。
「わっかんないかなぁ」
こなたは、もったいぶった様子で、シンに言う。
「なにがだよ」
「隠れ身の術に火遁の術、ときたら今度は、空蝉の術ってこと」
こなたは人差し指を振るポーズで言い、ウィンクをして見せた。
「はぁ?」
シンは怪訝そうな表情で、不愉快そうな声を出した。日本文化の濃いオーブ出身のシン
は、それら所謂、ニンジャと呼ばれる、古代日本のスパイが使う技の名前だとは理解して
いた。だが、この場でそれが出てくる意味が解らない。
「ボギー1、小衛星を通過しました」
かがみの声。上手くすり抜けたのだろうか。
「ミネルバ、ボギー1の追跡を再開しています」
「こっちも……」
「だからダメだって」
追うぞ、と言おうとしたシンに、こなたがそれを妨害するように絡み付いてくる。
「って、やめろっつーの」
シンは、よじ登ってくるこなたを払い、自分の脇に立たせる。
「どういうつもりだよ、追うなって」
「だから、空蝉の術だって言ったじゃん」
こなたは得意そうに言う。
「小衛星から別の大きな熱源……あ……違う、こっちがボギー1です!」
「え……」
「ほーらね?」
かがみの言葉に、シンは唖然とし、こなたは得意そうに笑った。
「最初のはデコイか!?」
それを追って行くミネルバを見ながら、シンは叫ぶように言う。
「くそっ。こっちだけで仕留めるしかなくなったか……パティ、全速であのボギー1を追
ってくれ」
「Aye aye・sir!」
再びスラスターを開き、小衛星の裏側に回りこんだ、ボギー1に艦首を向けた。
「“敵”アークエンジェル級、こちらを追ってきます」
「なんだと」
リーは軽く驚いたような声を出した。ZAFTの最新鋭艦であるミネルバは、ガーティ
ー・ルーのデコイを追いかけて行った。だが、もう1隻はしばらく停止していたかと思う
と、僅かに遅れてだが、的確にガーティー・ルーを追ってきた。
「どうやら、一筋縄ではいかない連中が乗ってるみたいだな」
リーにとっては珍しく、面白くなさそうな表情で、ネオは顎を弄っていた。
「さっきもガンバレルを2機がかりで引きずり回された。ZAFTであんな戦い方をする奴
らは珍しい」
「しかし、手をこまねいているわけにも行きません。このままでは追いつかれます」
リーも、深刻そうな表情で言う。
「とりあえず、新型の連中はスティングたちに任せておくとして……参ったな、俺もMS
を持って来るべきだった」
ネオは、連携プレーで責めてくる、ジンとストライクを厄介に思った。接近戦に適さな
いMAは、たとえエグザスと自分の組み合わせであろうと、あの連中とは相性が悪い。
「止むを得ん、ダガーLの予備機を1機、エールストライカーにしてくれ」
「大丈夫ですか?」
リーが、幾分心配そうに聞き返す。
「エグザスで出るよりはマシだろ。ほっとくわけにも行かないし」
ネオはそう言うと、後部の扉からブリッジを出て行った。
リーは忌々しそうな表情で、「クッ」と呻いた
最終更新:2007年12月02日 10:30