こなたの口車に乗って学内でDSに熱中したのが間違いだった。と、シンは改めて思う。
その結果、黒井先生からプレゼントされたのが野球ボール並みのたんこぶと、放課後、図書館整理というめんどくさい罰だった。
「ねぇシン。上の棚に本をしまいたいんだ。脚立使うから下で押さえててくれない?」
シンがため息混じりに、本を年代別に分けていると、少し離れた場所で、本棚を整理していたこなたから声が届く。
シンは手を止めて、けだるそうな顔をこなたの方に向けた。
見ると、こなたの指差す方に、シンの身長の二倍はありそうな、一つの本棚がそびえ立っている。
いや、明らかに無理があるだろ。と、シンは心の中でツッコミを入れた。
「それなら俺がやるって。お前ちっこいし、女が上で男が下だと、色々困るだろ?」
「別にぃ」
こなたはシンの心配を鼻で笑った。
「家で散々私の下着姿を横目でチラチラ見てる男がいるしぃ」
その男は即座に反応した。
「い、言いがかりだ! 大体、下着で堂々と前を横切られたら、誰だって驚いて目が行くに決まってるだろ! 他意はない!」
「そういうことにしておきましょう。もっとも……」
言うと、こなたはスカートの裾を摘んでピラリ、とめくる。
「ほ~ら。今日はブルマ穿いてるから大丈夫だよ♪」
「めくらんでいい!」
と、この時。シンにはある疑問が浮かんだ。
「……ってちょっと待て。お前、何でブルマ持ってるんだよ」
陵桜学園の体操服は短パンタイプだ。“普通なら”ここの学生がブルマを着用する必要も無ければ、機会も無い。
「古き良き日の思い出ってやつですよ……懐かしいなぁ。毎日赤いもの背負って校門くぐったっけ」
どこか遠くを生暖かく見つめるこなた。
「だ、だめだこいつ……っていうか、よく穿けたな……」
身近な変態を冷めた目でみつめるシン。別に体調が悪いわけでは無いのだが、目眩が止まらなかった。
「まぁ、とにかく。早く脚立押さえてくれないかな」
「分かったよ……」
シンは納得いかなかったが、いちいち反発するのもなんだか疲れるので、しふしぶ脚立を手で押さえた。
「ちゃんと持っててよ」
こなたは、片手に数冊の本を抱えて脚立を上っていく。やがて、彼女の腿あたりが、シンの目の前に置かれた。
「えっと……この本は、ここ。これは、ここ」
「……」
目の前でスカートがヒラヒラと揺れる。
いくら、ブルマだと分かってはいても、やはり女性を下から見上げるという行為には罪悪感が付きまとう。
「なぁ、早くしてくれよ……」
「も、もう少し」
こなたは棚の最上段に本をしまおうと腕を伸ばす。しかし、
「ほれみろ。お前じゃ一番上に手が届かんじゃないか……」
「な、なんのー!」
「おい。あんまり無茶するな――」
「うわぁ!」
忠告虚しく、脚立の上で背伸びをしていたこなたは、バランスを崩した。
「危ない!」
シンは急いで両手を広げた。
ドン!
「ぶっ!」
こなたは、シンの顔面にボティアタックを炸裂させ、続いて、頭に抱きつく。
普通なら、そのまま倒れそうなものだが、シンはすぐにこなたを抱き返して、足をグッと踏張り、耐えた。
格好としては、シンが、こなたの腰に手を回して抱き上げてるような形になる。
「あ、危なかった……ありがとシン」
こなたはホッとして、シンの頭に自分の顎をコツンと乗せた。それは別にどうでも良いのだが……
「……早く、腕の力を緩めてくれないか」
よほどびっくりしたのだろう、こなたはシンの頭を必要以上に締め付けている。正直、呼吸が困難だった。
「あっ、バカ……変な場所で口を動かさないでよ……」
「?」
理由は分からないが、こなたは艶っぽい声を出すと同時に腕から力を抜いたので、シンも腕の力を緩めた。
「……」
こなたは無言で床に着地する。
「……バカ」
助けてやったのに、第一声がこれだった。シンは少しムッとする。
「……なんで俺がバカなんだよ」
「だ、だって……ってシン、鼻」
「鼻?」
シンの鼻から一滴のしずくが零れる。
その光景を、こなたは楽しそうに眺めた。
「もう、シンたら私の“胸”に抱かれたからって、鼻血なんか出して♪」
「ああ、お前の“アバラ”で鼻を打ったみたいだな」
「……悪かったね」
こなたはなぜかムスッっとした表情を浮かべてそっぽを向いた。
「? お前、何怒ってるんだよ?」
「別に怒ってないもん!」
「お二人共。作業の進み具合はどうですか?」
その時、眼鏡属性の女王こと、高良みゆきが図書館の入口のドアをガラっとあける。
そして、目の前の光景に対し、彼女は首をかしげた。
「……どうかされたんですか?」
「いや、ちょっと硬いものに鼻をぶつけ――」
「ふもっふ!」
掛け声一発。こなたはシンの足を踏みつけた。
「いっ――たっ! 何しやがる!」
こなたは、またプイっと顔を背けながら言った。
「硬くて悪かったね!」
「本当の事だろうが!」
「よ、よく分かりませんけど。二人共、喧嘩は良くないですよ」
オロオロと、
みゆきが仲裁に入る。
「あれ、シンさん鼻血が……」
みゆきは、言いながらポケットからハンカチを差し出した。綺麗なレースが編み込まれていて、一見して高級なものだと分かる。
どう考えても、鼻血なんか付けていいような代物ではない。
「だ、大丈夫、大丈夫。おい、こなた。お前ティッシュ持ってたよな、貸してくれ」
「トイレットペーパーでも付けてこりゃいいじゃん!」
なぜかこなたはご機嫌斜めだった。
「なっ! お前を助けて、こうなったんだろうが!」
「でも、そんなの関係ねえ! でも、そんなの関係ねぇ!」
「なんだその奇妙なダンスは!」
「シンさん。どちらにせよ。早く何かをお詰めになった方が……」
「そ、そうだな……」
シンは小走りで図書館を後にした。
シンが鼻の治療(ティッシュ詰め)を終えて、図書館に戻ってみると、
「あれ、高良。手伝ってくれてるのか?」
先程までこなたが登っていた脚立の上に立ち、本を整理しているみゆきがいた。
「はい。泉さんには少し厳しいご様子でしたので」
「変わろうか?」
「いえ、どちらにせよ、もう終わりますから」
「そっか。じゃあ……」
シンは足元から数冊の本を拾うと、それを軽く掲げ、そのままみゆきの方に歩く。
「これもそこに頼む」
「はい、分かりました」
ある程度、互いの距離が近づいた所で、
「あっ……」
みゆきは何かに気付き、顔を真っ赤にしてスカートを手で押さえた。
シンとてこの行動を見て、みゆきが何を気にしているのか分からない程鈍くは無い。
「だ、大丈夫! こっからなら見えないし、もう近づかないから!」
「は、はい……」
「こ、ここに置いておこうか?」
そう言ってシンは、自分の隣にある本棚を指差した。
「い、いえ。腕を伸ばしていただければ何とか……」
「分かった」
シンは足を止めたままみゆきの方へ本を突き出す。
みゆきもそれを受け取ろうとこちら側へ手を伸ばした。すると、
「ふあっ!?」
ガタッ、という音と共にみゆきの体が宙を舞った。
「た、高良!」
シンは本を放り、急いでみゆきに駆け寄りる。そして……
ポニュッ。
さっきの二の舞である。
ただ、違う点があるとすれば。こなたが煎餅布団なら、みゆきは高級羽毛布団といった所だろうか。
(こ、これは!)
シンにいまだかつて無い感触が顔を通じて襲い掛かる。もう人生なんてどうなってもいいと思った。
「シンさん。ありがとうございます……もう大丈夫ですから」
シンが腕の力を緩めるとみゆきも、ストンと着地した。
「あっ、シンさん鼻から血が!? 大丈夫ですか!」
「……あ、ああ。大丈夫だ」
「もしかして強く打たれたのでは?」
「いや、大丈夫。“怪我”はまったく無いよ」
シンは急いでみゆきから顔を背けた。
「へっ? でも、鼻血が……」
「こ、これは生理現象みたいなもんだから気にしないでくれ」
「生理現象ですか? くしゃみとかあくびとか……」
「そう! くしゃみやあくびと一緒!」
シンが笑顔で取り繕っていると。
「……弩(ド)助平が」
図書館に絶対零度の声が響いた。シンはゆっくりとその声の主に向かって視線を移していく。
いつの間にか二人の背後には、父親の痴漢現場を目撃したような顔で、シンを見つめるこなたがいた。
「こなた?」
「私が怪我で、みゆきさんが生理現象ねぇ……私! 向こうで本の整理してくる!」
こなたは大股で、本棚の奥に消えていった。
「あいつ、なに怒ってるんだ?」
シンはポケットからトイレットペーパーの塊を取り出し、鼻に詰めて首をかしげた。
その日の夕食。
「ちょっと待て! なんなんだこれは!」
食卓には一人に一匹ずつ豪華絢爛な鯛の尾頭付き刺身が並んでいる。
だが、シンの目の前に置かれているのは尾頭付きは尾頭付きでも……
「何で俺だけししゃもなんだ! というか、こんな小さい魚をよくこんな生け作りにできたな!」
というか、ししゃもの刺身というのもある意味凄い。
シンは当然の如く本日の料理担当のこなたに怒鳴った。
「意地悪にしてはえらく手が込んでるな、こなた!」
「うっさい馬鹿! 変態パルマー!」
しかし、こなたも負けじと叫び返した。
「何だそれは!」
「変態パルマー。
らき☆エロ、及び、らき☆スケを連発する助平類ペド科の哺乳類。予想外の出来事に弱い。
興奮すると「あんたは一体何なんだー!」「あんたって人はー!」と鳴いて相手を威嚇する。
家族愛が強く、特に年下の家族には並々ならぬ愛情を注ぐ事で知られる。
まれに、それは血が繋がっていない家族に注がれる事もあり、そうなった状態を“変態”もしくは“ロリコン”という」
「わざわざ説明しなくていい!」
「何だ!? って聞くから答えたんでしょ!」
「こ、こなたお姉ちゃん達、何があったの?」
二人のやりとりを見つめていた
ゆたかは、控えめに言葉を投げ掛けた。
「何かあったのか?」
そうじろうも冷や汗をたらしながら言う。
「今日シンが――」
こなたは開いた口を途中で止める。そして一瞬何かを考え込んだ後、
「……胸に顔を埋められたあげく、女として大切な物(プライド)を、シンにズタズタに引き裂かれた」
と、急に弱々しい声を出し始めた。
「はぁぁぁ!?」
シンは素っ頓狂な叫び声を言い終わるか終わらないかぐらいの時、
「シン! ウチの可愛いこなたに何をしたぁぁ!」
そうじろうに締め上げられた。
「待って下さいよそうじろうさん! おい、こなた! 訳の分からない嘘をつくな!」
「嘘じゃないもん……私、(心が)痛かったもん!」
空気が凍る。
「そうじろうさん。あんなのウソっぱち信じちゃダメ……ってげぇ!」
「シン、お前はもう……死んでいる」
こなたはすでに喰われている。と勘違いしたそうじろうは、
蚊を腕の筋肉で捕らえた時のような濃い顔を浮かべて、シンを締め上げる力を強めた。
「シンお兄ちゃん……不潔!」
ちなみに、ゆたかは最上級の軽蔑の視線をこちらに注いでいる上、今にも泣き出しそうである。
「ちょ、ちょっと待ってくれぇぇ!」
シンは世の中の不条理に反発するように力強く、しかし情けなく声を上げたのだった。
泉家は、今日もみんな仲良しだった……。
END
最終更新:2007年12月02日 13:24