消去
by 12-916
「ええ!?今から?」
かがみやつかさと別れ、家路についたこなたに掛かった一本の電話、バイト先からの連絡だ、シフトで一人欠員が出たため、こなたに白刃の矢が立てられたらしい。
こなたは渋々ながら家への道を引き返し、バイト先に向かった。
(あっとお父さんに連絡入れておかないとネ)
電車の中でメールを打ち送信完了。
自分が借りたものを返し忘れていなければ…この電話さえ無ければ…
あんな事は起こらなかったはずなのだ。
――今更なにを言っても遅いけどね。
翌日、かがみは学校を休んだ。
「かがみ風邪でも引いたの?」
いつもの学校、いつもの教室、いつもの休み時間
「うん。なんか具合が悪いらしくて部屋から出てこないの」
双子の妹であるつかさは姉の状態を心配そうに口にした。
「かがみって意外と身体壊しやすいよね。去年もインフルエンザで倒れたし、
逆につかさは意外と丈夫?」
「あはは。それはあるかも。…そうだ、こなちゃん昨日はお姉ちゃんと会えた?」
「へ?」
予想外の質問にこなたは間抜けな声をあげた。
昨日…帰りで別れた後、かがみとは会っていない。
「昨日こなちゃんと別れた後,お姉ちゃんがこなちゃんに貸しっ放しだったノートを返してもらうの忘れてたって。すぐ電話をかけたけど通話中で繋がらなかったから直接こなちゃんの 家に向かったんだよ?」
こなたは青くなり自分の机の中を探る。…すると目的のもの呆気なく発見された。
かがみから借りっぱなしだったノートである。
「こなちゃん…それ」
「あ、あははははは。やっちゃったねこりゃ…ごめん」
こなたは申し訳無さそうにノートの返却をつかさに頼んだ。
明日直接かがみに謝らないと…しかし可笑しな話である。
かがみはこなたの家に向かった。しかしこなたはバイト先からの連絡で家には帰っていなかった。かがみが家に着いて、こなたがいなければメールでも何でも連絡をくれそうなものである。バイトから帰ったあと父からも「友達が来た」という報告も聞いていない。
翌日、かがみは学校をまた休んだ。
「お邪魔しまーす」
こなたはお見舞いに柊家にお邪魔した。お見舞いでの訪問は二度目である。病人は前回と同じ。
「お姉ちゃん、こなちゃんがお見舞いに来てくれたよ」
つかさに続いてかがみの部屋に入る。ベットから起き上がったかがみはこなたを見た瞬間
目を大きく見開いて固まった…ように見えた。
「…いらっしゃい。わざわざありがと」
「なんか大分、まいっているみたいだネ。いつものツンが無いよ。かがみん」
かがみは曖昧な笑いを浮かべるだけ。
――これは相当重傷だね
机には昨日自分が返したノートが無造作に置かれている。
「この前はごめんね、ノートのことすっかり忘れちゃってて」
「ああ別にいいわよ、気にしないで」
「あの後すぐにバイトが入っちゃってさ。家に帰る前に引き返しちゃったんだよね。家まで
着てくれたの?」
「あー…いや、結局行かなかったのよ。よく考えたら明日返してもらえばいいかな…って」
「そっか」
明らかにおかしい。
口数が少ないのはきっと体調のせいだろう。しかしこの会話の時かがみは一度もこなたを
見ようとはしなかったのだ。普段のかがみなら会話中は相手と目線をはっきり合わす。
こんな事は初めての経験だった。
――やはり怒らせてしまったんだろうか
身の置き場を無くしたこなたは退散することにした。つかさはもう少し居てもと引き止めたが
正直神経が持ちそうに無い。また改めて謝ろう。こなたは部屋から出ようとノブに手をかける。
「ありがとね こなた」
後ろからかけられた声に振り向くと、かがみがちゃんと自分を見てくれていた。
でもその顔は無理をして笑顔を作ってくれているのが丸見えで…心が痛んだ。
「また学校でね。かがみん」
翌日、やっぱりかがみは学校に来なかった。
今日は朝から雨が降り続き、その天気と比例するように
つかさはずっと口数が少なく、こなたも昨日の事を気にしているのか会話も上の空
みゆきが気遣って度々話題を振るものの、この日は三人は静かな時を過した。
「ただいま」
こなたは自分の家の玄関を重苦しく開け、父に向かって声をかける。
しかし家から何の応答も無い。ノックをして父の部屋に入ったこなたは唖然とする。
散らかりきった部屋、なかなか見事な景色である。
「また編集さんに急に呼び出されて大慌てで出て行ったのかな」
証拠にそこら中に部屋着が脱ぎ散らかされていて洋服ダンスが開けっ放しだ。しかし家の鍵ぐらいは
掛けていって欲しい。
足を引っ掛けたのかPCの近くに崩れたCD-Rの群れ。ラベルに書かれた父の原稿の作品のタイトル
バックアップのデータだろう、しかしふと一枚に目が留まる。
…何故か目が離せない。
急に心臓がバクバクと鳴り出した。こなたはそれに引き寄せられるように手に取った。
よく見ればそれはDVD-Rで、ラベルには真新しい字で「K・H」とあった。
嫌な汗が全身から吹き出す。
こなたはそれを手に踵を返しバネ仕掛けの人形のように
二階へ上がる。自分の部屋に入りPCを起動。立ち上がりの時間がもどかしい。
何故こんなに焦っているのか?それはこなた自身にも分からなかった。
ようやくPCが立ち上がりDVDをセット。
嫌な考えが頭から離れない。父親の部屋で見つけたDVD
そこに広がった映像は半分は予想していた、でも半分は信じたくも無い最悪の光景。
映っているのは自分の父親と友達。
友達は手を拘束され泣いていて、父親はその友達に圧し掛かっていた。
――なにこれ?
これがなんの映像かは分かる。でも脳がそれを理解するのを拒否していた。
友達の服が捲り上げられ面積を増す肌色。聞こえるのは泣き声と
父親の荒い息と液体の粘っこい音。
目の前が真っ暗になる。友達が休んでいる理由も、自分と目を合わせてくれなかった理由も
父親がなぜ友達が家に訪ねてきたことを自分に言わなかったのかも
こなたは全て理解した。
――友達…かがみは自分にノートを返してもらう為に私の家に来た。そこで父さんに…―
父親は優しかった。父親は母を愛していた。そう、こなたは思っていた。
でも父親の男の部分は全く知らなかったのだ。父親としての姿しかこなたは見た事がなかったのだから。
かがみもきっと私の姿なんて見たくも無かったはずだ。自分を辱めた男の娘。
でも私がお見舞いに行った時、彼女は無理に今まで通り友達を演じてくれたのだ。
襲ってきたのはかがみへの罪悪感と父親への嫌悪感、憎悪。
外の雨は強さを増して室内まで雨音がやけに響く。
中学の時も一緒に過す友達は居た。でも本当に心の許せる友達を高校で初めて見つけたのだ。
ずっと大事にしようと思っていた。
映像の中の父親は笑っていた。
――ああ、私にはこの人の血が流れているのか
気持ち悪い…。こなたは無意識に自分の首筋に爪を立てた。
かがみの声はしゃがれてもう…言葉にすらなっていない。
それでも聞こえた。助けを呼んでた。私の名前。
雨音に包まれる暗い部屋でこなたは、それをぼんやりと見つめていた。
どれくらい時間が経ったのか
玄関の開く音が聞こえる。父が帰ってきたようだ。PCをそのままに
自分のベットの下へ手を伸ばした。そこには通販買った箱に入ったままの鉈。
――ネタで買ったつもりだったんだけどネ――
「お帰りなさい お父さん」
箱から取り出した重く、冷たい金属を手にこなたは階段を一歩一歩下りていった。
昨晩から雨が降り続き、太陽は全く姿を見せない。嫌な朝だ。
それでも時間は毎日同じ早さで進む。ここ柊家も例外では無い。
かがみは重い身体を起した。下半身の違和感は…もう無い。
しかしあの時の光景は脳にこびりついて離れない。身体を触れるおぞましい感触も嫌になるほど思い出せる。
全部無かった事にすればいい。
でもそれは叶わない青い髪の友達を見れば嫌でも思い出す。あの子自身に…罪は無い。
でも以前と同じ友達でいられる自信は無かった。お見舞いに来てくれたとき
あの子の顔を見て全身が固まった。あの後、何度も吐いてしまった。
机の上の携帯を手に取る。みゆきや日下部、峰岸から様子を伺うメールが届いていた。
その中に見たことも無いアドレス、件名は「かがみへ」…迷惑メールじゃない。
私は無造作にそのメールを開いた。
「かがみへ」
こなたです。動画データは全て処分しました。
謝ってすむ問題じゃないけど…本当にごめんなさい。
お父さんは連れて行きます。
全部こちらが悪いから…かがみは何も悪くありません。
このメールは読んだらすぐに消去して下さい。
最後まで友達でいてくれてありがとう。
メールはそこで終わっていた。読んだ直後、かがみは内容を理解できなかった。
受信履歴を見るとこれが届いたのは昨日の深夜…。嫌な予感がザワザワと湧き上がる。
かがみは携帯を手に上着を一枚羽織り一階へ駆け下りた。
玄関を出るとそこにはパトカー。警察官、両親とつかさは何か話をしていたようだ。
身体が震え出す。
姉に気づいたつかさはグシャグシャの顔で泣きながらこちらへ駆けてきた。
「お姉ちゃん こなちゃんが…」
泉こなたは鉈で自分の父、泉そうじろうを殺害後
首の頚動脈を切り自殺。火災も発生したが雨の為、全焼は免れた。火元は父親の部屋―
――こなたが死んだ。
皆で一緒の昼食アイツはいつもチョココロネを食べていて、
学校帰りにはアイツの寄り道に付き合って、
休みの日には一杯遊んだ。
そんな友達が死んだのだ。悲しくないはずなはい。
かがみは泣きじゃくる妹を抱きしめ落ち着かせようと背中を擦る。
妹の涙は雨のように止まる事を知らない。
しかし、外はいつの間にか雨は止んでいて
―少しづつ太陽が見え始めていた。
あの男はもうこの世に居なくて、こなたも居ない。
…全部無かった事にでき…る…?
「お姉ちゃん…?どうしたの?」
――最後まで友達でいてくれてありがとう――
自分の携帯に届いた大切な友達からの最後の言葉。
「ん?別に何でもないわ。残念ね…本当に」
私はそれを――
消去した。
最終更新:2024年04月22日 20:11