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巻第十五(とをまりいつまきにあたるまき)


天平(てむひやう)八年(やとせといふとし)丙子(ひのえね)夏六月(みなつき)、新羅(しらき)の国に遣ひ使はさるる時、使人(つかひ)等、各(おのもおのも)別れを悲しみ贈り答へ、また海路(うみつぢ)にて情(こころ)を慟(かなし)み思ひを陳(の)べてよめる歌、また所につきて誦詠(うた)へる古き歌、一百四十五首(ももちまりよそいつつ)

3578 武庫(むこ)の浦の入江の洲鳥羽ぐくもる君を離れて恋に死ぬべし
3579 大船に妹乗るものにあらませば羽ぐくみ持ちて行かましものを
3580 君が行く海辺の宿に霧立たば吾(あ)が立ち嘆く息と知りませ
3581 秋さらば相見むものを何しかも霧に立つべく嘆きしまさむ
3582 大船を荒海(あるみ)に出だしいます君障(つつ)むことなく早帰りませ
3583 ま幸(さき)くと妹が斎(いは)はば沖つ波千重に立つとも障(さは)りあらめやも
3584 別れなばうら悲しけむ吾(あ)が衣下にを着ませ直(ただ)に逢ふまてに
3585 我妹子(わぎもこ)が下にを着よと贈りたる衣の紐を吾(あれ)解かめやも
3586 我がゆゑに思ひな痩せそ秋風の吹かむその月逢はむものゆゑ
3587 栲衾(たくぶすま)新羅(しらき)へいます君が目を今日か明日かと斎ひて待たむ
3588 はろばろに思ほゆるかも然れども異(け)しき心を吾(あ)が思(も)はなくに
     右の十一首(とをまりひとつ)は、贈答(おくりこたへのうた)。
3589 夕さればひぐらし来鳴く生駒山越えてそ吾(あ)が来る妹が目を欲り
     右の一首(ひとうた)は、秦間滿(はたのはしまろ)。
3590 妹に逢はずあらばすべなみ岩根踏む生駒の山を越えてそ吾(あ)が来る
     右の一首は、竊(ひそ)かに私家(いへ)に還りて思ひを陳(の)ぶ。
3591 妹とありし時はあれども別れては衣手寒きものにそありける
3592 海原に浮寝せむ夜は沖つ風いたくな吹きそ妹もあらなくに
3593 大伴の御津に船(ふな)乗り榜ぎ出てはいづれの島に廬りせむ我
     右の三首(みうた)は、発たむとする時よめる歌。
3594 潮待つとありける船を知らずして悔しく妹を別れ来にけり
3595 朝開き榜ぎ出て来れば武庫の浦の潮干の潟に鶴(たづ)が声すも
3596 我妹子が形見に見むを印南都麻(いなみづま)白波高みよそにかも見む
3597 わたつみの沖つ白波立ち来らし海人処女(あまをとめ)ども島隠る見ゆ
3598 ぬば玉の夜は明けぬらし玉の浦にあさりする鶴(たづ)鳴き渡るなり
3599 月読(つくよみ)の光を清み神島の磯廻(いそま)の浦ゆ船出す我は
3600 離れ磯(そ)に立てるむろの木うたがたも久しき時を過ぎにけるかも
3601 しましくも独りあり得るものにあれや島のむろの木離れてあるらむ
     右の八首(やうた)は、船乗りして海つ路に入(いづ)る時よめる歌。

所につきて誦詠(うた)へる古き歌
3602 青丹よし奈良の都にたなびける天の白雲見れど飽かぬかも
     右の一首は、雲を詠める。
3603 青柳の枝伐り下ろし斎種(ゆたね)蒔き忌々(ゆゆ)しく君に恋ひ渡るかも
3604 妹が袖(そて)別れて久になりぬれど一日も妹を忘れて思へや
3605 わたつみの海に出でたる飾磨川(しかまがは)絶えむ日にこそ吾(あ)が恋やまめ
     右の三首は、恋の歌。
3606 玉藻刈る処女(をとめ)を過ぎて夏草の野島(ぬしま)が崎に廬りす我は
     柿本朝臣人麿ガ歌ニ曰ク、敏馬を過ぎて。又曰ク、船近づきぬ。
3607 白妙の藤江の浦に漁(いざ)りする海人とや見らむ旅ゆく我を
     柿本朝臣人麿ガ歌ニ曰ク、荒栲の。又曰ク、鱸(すずき)釣る海人
     とか見らむ。
3608 天離(あまざか)る夷(ひな)の長道を恋ひ来れば明石の門(と)より家のあたり見ゆ
     柿本朝臣人麿ガ歌ニ曰ク、やまと島見ゆ。
3609 武庫の海の庭よくあらしいざりする海人の釣船波のうへゆ見ゆ
     柿本朝臣人麿ガ歌ニ曰ク、けひの海の。又曰ク、刈薦(かりこも)の
     乱れて出づ見ゆ海人の釣船。
3610 安胡(あご)の浦に船乗りすらむ処女らが赤裳の裾に潮満つらむか
     柿本朝臣人麿ガ歌ニ曰ク、あみの浦。又曰ク、玉裳の裾に。

〔七夕歌一首〕
3611 大船に真楫しじ貫(ぬ)き海原(うなはら)を榜ぎ出て渡る月人壮士(つきひとをとこ)
     右、柿本朝臣人麿の歌。

備後国(きびのみちのしりのくに)水調郡(みつきのこほり)長井の浦に船泊てし夜、よめる歌三首
3612 青丹よし奈良の都に行く人もがも草枕旅ゆく船の泊り告げむに 旋頭歌なり。
     右の一首は、大判官(おほきまつりごとひと)。
3613 海原を八十(やそ)島隠り来ぬれども奈良の都は忘れかねつも
3614 帰るさに妹に見せむにわたつみの沖つ白玉拾(ひり)ひて行かな

安藝国(あぎのくに)風速(かざはや)の浦に舶(ふね)泊てし夜、よめる歌二首
3615 我がゆゑに妹歎くらし風速の浦の沖辺に霧たなびけり
3616 沖つ風いたく吹きせば我妹子が歎きの霧に飽かましものを

長門の島の磯辺に舶泊ててよめる歌五首
3617 石走(いはばし)る滝(たぎ)もとどろに鳴く蝉(せび)の声をし聞けば都し思ほゆ
     右の一首は、大石蓑麿(おほいそのにのまろ)。
3618 山川の清き川瀬に遊べども奈良の都は忘れかねつも
3619 磯の間ゆたぎつ山川絶えずあらばまたも相見む秋かたまけて
3620 恋繁み慰めかねてひぐらしの鳴く島蔭に廬りするかも
3621 我が命を長門の島の小松原幾代を経てか神(かむ)さびわたる

長門の浦より舶出(ふなで)せし夜、月光(つき)を仰観(み)てよめる歌三首
3622 月読の光を清み夕凪に水手(かこ)の声呼び浦廻(うらみ)榜ぐかも
3623 山の端に月かたぶけば漁(いざ)りする海人の燈し火沖になづさふ
3624 我のみや夜船は榜ぐと思へれば沖辺の方に楫の音すなり

古き挽歌(かなしみうた)一首、また短歌(みじかうた)
3625 夕されば 葦辺に騒き 明け来れば 沖になづさふ
   鴨すらも 妻とたぐひて 我が尾には 霜な降りそと
   白妙の 羽さし交へて 打ち掃ひ さ寝(ぬ)とふものを
   行く水の 帰らぬごとく 吹く風の 見えぬがごとく
   跡も無き 世の人にして 別れにし 妹が着せてし
   馴れ衣 袖片敷きて 独りかも寝む
反(かへ)し歌一首
3626 鶴(たづ)が鳴き葦辺をさして飛び渡るあなたづたづし独りさ寝(ぬ)れば
     右、丹比大夫(たぢひのまへつきみ)が亡(みまか)れる妻(め)を悽愴(かなし)める歌。

物に属(つ)きて思ひを発(の)ぶる歌一首、また短歌
3627 朝されば 妹が手にまく 鏡なす 御津の浜びに
   大船に 真楫しじ貫き 韓国(からくに)に 渡り行かむと
   直向ふ 敏馬(みぬめ)をさして 潮待ちて 水脈(みを)びき行けば
   沖辺には 白波高み 浦廻より 榜ぎて渡れば
   我妹子に 淡路の島は 夕されば 雲居隠りぬ
   さ夜更けて ゆくへを知らに 吾(あ)が心 明石の浦に
   船泊めて 浮寝をしつつ わたつみの 沖辺を見れば
   いざりする 海人の処女は 小船(をぶね)乗り つららに浮けり
   暁(あかとき)の 潮満ち来れば 葦辺には 鶴(たづ)鳴き渡る
   朝凪に 船出をせむと 船人も 水手(かこ)も声呼び
   にほ鳥の なづさひ行けば 家島は 雲居に見えぬ
   吾(あ)が思(も)へる 心なぐやと 早く来て 見むと思ひて
   大船を 榜ぎ我が行けば 沖つ波 高く立ち来ぬ
   よそのみに 見つつ過ぎ行き 玉の浦に 船を留めて
   浜びより 浦磯を見つつ 泣く子なす 音のみし泣かゆ
   わたつみの 手纏(たまき)の玉を 家苞(つと)に 妹に遣らむと
   拾(ひり)ひ取り 袖には入れて 帰し遣る 使なければ
   持てれども 験(しるし)を無みと また置きつるかも
反し歌二首
3628 玉の浦の沖つ白玉ひりへれどまたそ置きつる見る人を無み
3629 秋さらば我が船泊てむ忘れ貝寄せ来て置けれ沖つ白波

周防国(すはうのくに)玖河郡(くがのこほり)麻里布(まりふ)の浦に行く時、よめる歌八首(やつ)
3630 真楫貫き船し行かずば見れど飽かぬ麻里布の浦に宿りせましを
3631 いつしかも見むと思ひし粟島をよそにや恋ひむ行くよしを無み
3632 大船にかし振り立てて浜清(ぎよ)き麻里布の浦に宿りかせまし
3633 粟島の逢はじと思ふ妹にあれや安眠(やすい)も寝ずて吾(あ)が恋ひ渡る
3634 筑紫道の可太(かだ)の大島しましくも見ねば恋しき妹を置きて来ぬ
3635 妹が家路近くありせば見れど飽かぬ麻里布の浦を見せましものを
3636 家人は帰り早来(こ)と伊波比島(いはひしま)斎ひ待つらむ旅ゆく我を
3637 草枕旅ゆく人を伊波比島幾代経るまて斎ひ来にけむ

大島の鳴門を過ぎて再宿(ふたよ)経し後、追ひてよめる歌二首
3638 これやこの名に負ふ鳴門の渦潮に玉藻刈るとふ海人処女(あまをとめ)ども
     右の一首は、田邊秋庭(たのべのあきには)。
3639 波の上に浮き寝せし宵あど思(も)へか心悲しく夢(いめ)に見えつる

熊毛の浦に船泊てし夜、よめる歌四首
3640 都辺に行かむ船もが刈薦の乱れて思ふこと告げやらむ
     右の一首は、羽栗(はくり)。
3641 暁の家恋しきに浦廻より楫の音するは海人処女かも
3642 沖辺より潮満ち来らし韓(から)の浦にあさりする鶴(たづ)鳴きて騒きぬ
3643 沖辺より船人のぼる呼び寄せていざ告げやらむ旅の宿りを
     一ニ云ク、旅の宿りをいざ告げやらな。

佐婆(さば)の海にて、忽ち逆風(あらきかぜ)漲浪(たかきなみ)に遭ひて、漂流(ただよひ)宿(ひとよ)経て、のち順風(おひて)を得、豊前国(とよくにのみちのくち)下毛郡(しもつみけのこほり)分間(わくま)の浦に到着(つ)きぬ。ここに艱難(いたづき)を追ひ怛(いた)みて、よめる歌八首
3644 おほきみの命(みこと)畏(かしこ)み大船の行きのまにまに宿りするかも
     右の一首は、雪宅麻呂(ゆきのやかまろ)。
3645 我妹子は早も来ぬかと待つらむを沖にや住まむ家附かずして
3646 浦廻より榜ぎ来し船を風速み沖つ御浦に宿りするかも
3647 我妹子がいかに思へかぬば玉の一夜もおちず夢にし見ゆる
3648 海原の沖辺に灯し漁(いざ)る火は明かして灯せ大和島見む
3649 鴨じもの浮寝をすれば蜷(みな)の腸(わた)か黒き髪に露そ置きにける
3650 久かたの天照る月は見つれども吾(あ)が思(も)ふ妹に逢はぬ頃かも
3651 ぬば玉の夜渡る月は早も出でぬかも海原の八十島の上ゆ妹があたり見む 旋頭歌なり。

筑紫の館(たち)に至り、本つ郷(くに)のかたを遥望(みさ)け、悽愴(かなし)みてよめる歌四首
3652 志賀(しか)の海人の一日もおちず焼く塩のからき恋をも吾(あれ)はするかも
3653 志賀の浦に漁(いざ)りする海人家人の待ち恋ふらむに明かし釣る魚
3654 可之布江(かしふえ)に鶴(たづ)鳴き渡る志賀の浦に沖つ白波立ちし来らしも
     一ニ云ク、満ちし来ぬらし。
3655 今よりは秋づきぬらしあしひきの山松蔭にひぐらし鳴きぬ

七夕(なぬかのよ)天漢(あまのがは)を仰観(みさ)け、各(おのもおのも)思ひを陳べてよめる歌三首
3656 秋萩ににほへる我が裳濡れぬとも君が御船の綱し取りてば
     右の一首は、大使(つかひのかみ)。
3657 年にありて一夜妹に逢ふ彦星も我にまさりて思ふらめやも
3658 夕月夜影立ち寄り合ひ天の川榜ぐ船人を見るが羨(とも)しさ

海辺にて月を望(み)てよめる歌九首
3659 秋風は日に異(け)に吹きぬ我妹子はいつかと我を斎ひ待つらむ
     大使の第二男(おとむすこ)。
3660 神さぶる荒津の崎に寄する波間なくや妹に恋ひ渡りなむ
     右の一首は、土師稲足(はにしのいなたり)。
3661 風の共(むた)寄せ来る波にいざりする海人処女らが裳の裾濡れぬ
     一ニ云ク、海人のをとめが裳の裾濡れぬ。
3662 天の原振り放け見れば夜そ更けにけるよしゑやし独り寝(ぬ)る夜は明けば明けぬとも
     右ノ一首ハ、旋頭歌ナリ。
3663 わたつみの沖つ縄海苔来る時と妹が待つらむ月は経につつ
3664 志賀の浦にいざりする海人明け来れば浦廻榜ぐらし楫の音聞こゆ
3665 妹を思ひ眠(い)の寝らえぬに暁(あかとき)の朝霧ごもり雁がねそ鳴く
3666 夕されば秋風寒し我妹子が解き洗ひ衣(ごろも)行きて早着む
3667 我が旅は久しくあらしこの吾(あ)が着(け)る妹が衣の垢づく見れば

筑前国(つくしのみちのくちのくに)志麻郡の韓亭(からとまり)に舶(ふね)泊てて三日(みか)経ぬ。時に夜月(つき)の光、皎々流照(てりわたれり)。奄(たちま)ち此の華(けはひ)に対(よ)りて、旅の情(こころ)を悽噎(かなし)み、各(おのもおのも)心緒(おもひ)を陳(の)べてよめる歌六首(むつ)
3668 おほきみの遠の朝廷(みかど)と思へれど日(け)長くしあれば恋ひにけるかも
     右の一首は、大使(つかひのかみ)。
3669 旅にあれど夜は火灯し居る我を闇にや妹が恋ひつつあるらむ
     右の一首は、大判官(おほきまつりごとひと)。
3670 からとまり能古(のこ)の浦波立たぬ日はあれども家に恋ひぬ日はなし
3671 ぬば玉の夜渡る月にあらませば家なる妹に逢ひて来(こ)ましを
3672 久かたの月は照りたり暇(いとま)なく海人の漁火(いざり)は灯し合へり見ゆ
3673 風吹けば沖つ白波かしこみと能古の泊にあまた夜そ寝(ぬ)る

引津(ひきづ)の亭(とまり)に舶泊てし時よめる歌七首
3674 草枕旅を苦しみ恋ひ居れば可也(かや)の山辺にさ牡鹿鳴くも
3675 沖つ波高く立つ日に遭へりきと都の人は聞きてけむかも
     右の二首は、大判官。
3676 天飛ぶや雁を使に得てしかも奈良の都にこと告げやらむ
3677 秋の野をにほはす萩は咲けれども見る験(しるし)なし旅にしあれば
3678 妹を思ひ眠(い)の寝らえぬに秋の野にさ牡鹿鳴きつ妻思ひかねて
3679 大船に真楫しじ貫き時待つと我は思へど月そ経にける
3680 夜を長み眠(い)の寝らえぬにあしひきの山彦とよめさ牡鹿鳴くも

肥前国(ひのみちのくちのくに)松浦郡(まつらのこほり)狛島の亭(とまり)に舶泊てし夜、海浪(うなはら)を遥望(みさ)け、各(おのもおのも)旅の心を慟(かなし)みてよめる歌七首
3681 帰り来て見むと思ひし我が屋戸の秋萩すすき散りにけむかも
     右の一首は、秦田滿(はたのたまろ)。
3682 天地の神を乞ひつつ吾(あれ)待たむ早来ませ君待たば苦しも
     右の一首は、娘子(をとめ)。
3683 君を思ひ吾(あ)が恋ひまくはあら玉の立つ月ごとに避(よ)くる日もあらじ
3684 秋の夜を長みにかあらむなそここば眠(い)の寝らえぬも独り寝(ぬ)ればか
3685 たらし姫御船泊てけむ松浦の海妹が待つべき月は経につつ
3686 旅なれば思ひ絶えてもありつれど家にある妹し思ひ悲(がな)しも
3687 あしひきの山飛び越ゆる雁がねは都に行かば妹に逢ひて来(こ)ね

壹岐(ゆき)の島に到りて、雪連宅滿(ゆきのむらじやかまろ)が、忽ち鬼病(えやみ)にて死去(みまか)れる時よめる歌〔一首、また短歌〕
3688 すめろきの 遠の朝廷と から国に 渡る我が背は
   家人の 斎(いは)ひ待たねか ただ身かも 過ちしけむ
   秋さらば 帰りまさむと たらちねの 母に申して
   時も過ぎ 月も経ぬれば 今日か来む 明日かも来むと
   家人は 待ち恋ふらむに 遠の国 いまだも着かず
   大和をも 遠く離(さか)りて 岩が根の 荒き島根に 宿りする君
反し歌二首
3689 石田野(いはたぬ)に宿りする君家人のいづらと我を問はばいかに言はむ
3690 世の中は常かくのみと別れぬる君にやもとな吾(あ)が恋ひゆかむ
     右三首は、姓名がよめる挽歌(かなしみうた)。
3691 天地と 共にもがもと 思ひつつ ありけむものを
   愛(は)しけやし 家を離れて 波のうへゆ なづさひ来にて
   あら玉の 月日も来経ぬ 雁がねも 継ぎて来鳴けば
   たらちねの 母も妻らも 朝露に 裳の裾ひづち
   夕霧に 衣手濡れて 幸(さき)くしも あるらむごとく
   出で見つつ 待つらむものを 世の中の 人の嘆きは
   相思はぬ 君にあれやも 秋萩の 散らへる野辺の
   初尾花 仮廬(かりほ)に葺きて 雲離(ばな)れ 遠き国辺の
   露霜の 寒き山辺に 宿りせるらむ
反し歌二首
3692 愛(は)しけやし妻も子供も高々(たかたか)に待つらむ君や島隠(がく)れぬる
3693 もみち葉の散りなむ山に宿りぬる君を待つらむ人し悲しも
     右の三首は、葛井連子老(ふぢゐのむらじこおゆ)がよめる挽歌。
3694 わたつみの 恐(かしこ)き道を 安けくも なく悩み来て
   今だにも 凶(も)なく行かむと 壱岐(ゆき)の海人の 秀(ほ)つ手の占(うら)へを
   肩焼きて 行かむとするに 夢(いめ)のごと 道の空路に 別れする君
反し歌二首
3695 昔より言ひけることの韓国のからくもここに別れするかも
3696 新羅(しらき)へか家にか帰る壱岐の島行かむたどきも思ひかねつも
     右の三首は、六鯖(むさば)がよめる挽歌。

對馬島(つしま)の淺茅の浦に舶泊てし時、順風(おひて)を得ず、停(とど)まりて五箇日(いつか)を経き。ここに物華を瞻望(みや)りて、各(おのもおのも)慟心(おもひ)を陳べてよめる歌三首
3697 百船の泊つる對馬の淺茅山しぐれの雨にもみたひにけり
3698 天ざかる夷にも月は照れれども妹そ遠くは別れ来にける
3699 秋されば置く露霜に堪(あ)へずして都の山は色づきぬらむ

竹敷(たかしき)の浦に舶泊てし時、各心緒(おもひ)を陳べてよめる歌十八首(とをまりやつ)
3700 あしひきの山下光るもみち葉の散りのまがひは今日にもあるかも
     右の一首は、大使。
3701 竹敷の黄葉(もみち)を見れば我妹子が待たむと言ひし時そ来にける
     右の一首は、副使(つかひのすけ)。
3702 竹敷の浦廻の黄葉われ行きて帰り来るまて散りこすなゆめ
     右の一首は、大判官(おほきまつりごとひと)。
3703 竹敷の上方山(うへかたやま)は紅の八しほの色になりにけるかも
     右の一首は、小判官(すなきまつりごとひと)。
3704 もみち葉の散らふ山辺ゆ榜ぐ船のにほひに愛でて出でて来にけり
3705 竹敷の玉藻靡かし榜ぎ出なむ君が御舟をいつとか待たむ
     右の二首は、對馬娘子、名は玉槻(たまつき)。
3706 玉敷ける清き渚を潮満てば飽かず我行く帰るさに見む
     右の一首は、大使。
3707 秋山の黄葉を挿頭(かざ)し我が居れば浦潮満ち来(く)いまだ飽かなくに
     右の一首は、副使。
3708 物思(も)ふと人には見えじ下紐の下ゆ恋ふるに月そ経にける
     右の一首は、大使。
3709 家づとに貝を拾(ひり)ふと沖辺より寄せ来る波に衣手濡れぬ
3710 潮干なばまたも我来むいざ行かむ沖つ潮騒高く立ち来(き)ぬ
3711 我が袖は手本とほりて濡れぬとも恋忘れ貝取らずは行かじ
3712 ぬば玉の妹が干すべくあらなくに我が衣手を濡れていかにせむ
3713 もみち葉は今はうつろふ我妹子が待たむと言ひし時の経ゆけば
3714 秋されば恋しみ妹を夢にだに久しく見むを明けにけるかも
3715 独りのみ着寝(ぬ)る衣の紐解かば誰かも結はむ家遠(どほ)くして
3716 天雲のたゆたひ来れば九月(ながつき)の黄葉の山もうつろひにけり
3717 旅にても凶(も)なく早来(こ)と我妹子が結びし紐は褻(な)れにけるかも

筑紫の海つ路に回(かへ)り来て、京(みやこ)に入(まゐ)らむと播磨国家島に到れる時よめる歌五首
3718 家島は名にこそありけれ海原を吾(あ)が恋ひ来つる妹もあらなくに
3719 草枕旅に久しくあらめやと妹に言ひしを年の経ぬらく
3720 我妹子を行きて早見む淡路島雲居に見えぬ家附くらしも
3721 ぬば玉の夜明かしも船は榜ぎ行かな御津の浜松待ち恋ひぬらむ
3722 大伴の御津の泊に船泊てて龍田の山をいつか越えいかむ


中臣朝臣宅守(やかもり)が蔵部(くらべ)の女(め)に娶(あ)ひて、狹野茅上娘子(さぬのちかみをとめ)を娉(よば)へる時、勅(みことのり)して流す罪に断(さだ)めて、越前国(こしのみちのくちのくに)に配(はな)ちたまへり。ここに夫婦(めを)別れ易く会ひ難きを嘆き、各(おのもおのも)慟(かな)しみの情を陳べて、贈り答ふる歌、六十三首(むそちまりみつ)

3723 あしひきの山道越えむとする君を心に持ちて安けくもなし
3724 君が行く道の長手を繰り畳み焼き滅ぼさむ天(あめ)の火もがも
3725 我が背子しけだし罷(まか)らば白妙の袖を振らさね見つつ偲はむ
3726 この頃は恋ひつつもあらむ玉くしげ明けて後(をち)よりすべなかるべし
     右の四首は、別れむとして娘子(をとめ)が悲しみよめる歌。

3727 塵泥(ちりひぢ)の数にもあらぬ我ゆゑに思ひ侘ぶらむ妹が悲しさ
3728 青丹よし奈良の大道は行き良けどこの山道は行き悪しかりけり
3729 愛(うるは)しと吾(あ)が思(も)ふ妹を思ひつつ行けばかもとな行き悪しかるらむ
3730 畏みと告(の)らずありしを御越道(みこしぢ)の峠(たむけ)に立ちて妹が名のりつ
     右の四首は、中臣朝臣宅守が上道(みちだち)してよめる歌。

3731 思ふゑに逢ふものならばしましくも妹が目離(か)れて吾(あれ)居らめやも
3732 あかねさす昼は物思(も)ひぬば玉の夜はすがらに音のみし泣かゆ
3733 我妹子が形見の衣なかりせば何物もてか命継がまし
3734 遠き山関も越え来ぬ今更に逢ふべきよしの無きが寂(さぶ)しさ 一ニ云ク、さびしさ
3735 思はずもまことあり得むやさ寝(ぬ)る夜の夢にも妹が見えざらなくに
3736 遠くあれば一日一夜も思はずてあるらむものと思ほしめすな
3737 人よりは妹そも悪しき恋もなくあらましものを思はしめつつ
3738 思ひつつ寝(ぬ)ればかもとなぬば玉の一夜もおちず夢にし見ゆる
3739 かくばかり恋ひむとかねて知らませば妹をば見ずそあるべくありける
3740 天地の神なきものにあらばこそ吾(あ)が思(も)ふ妹に逢はず死にせめ
3741 命をし全(また)くしあらば珠衣(ありきぬ)のありて後にも逢はざらめやも 一ニ云ク、ありての後も
3742 逢はむ日をその日と知らず常闇(とこやみ)にいづれの日まて吾(あれ)恋ひ居らむ
3743 旅といへば言にそ易き少なくも妹に恋ひつつすべ無けなくに
3744 我妹子に恋ふるに吾(あれ)は玉きはる短き命も惜しけくもなし
     右の十四首(とをまりようた)は、配所(はなたえしところ)に至りて中臣朝臣宅守がよめる歌。

3745 命あらば逢ふこともあらむ我がゆゑにはたな思ひそ命だに経ば
3746 人の植うる田は植ゑまさず今更に国別れして吾(あれ)はいかにせむ
3747 我が屋戸の松の葉見つつ吾(あれ)待たむ早帰りませ恋ひ死なぬとに
3748 他国(ひとくに)は住み悪しとそ言ふ速(すむや)けく早帰りませ恋ひ死なぬとに
3749 他国に君をいませていつまてか吾(あ)が恋ひをらむ時の知らなく
3750 天地の極(そこひ)の裡(うら)に吾(あ)がごとく君に恋ふらむ人はさねあらじ
3751 白妙の吾(あ)が下衣失はず持てれ我が背子ただに逢ふまてに
3752 春の日のうら悲しきに後れ居て君に恋ひつつ顕(うつ)しけめやも
3753 逢はむ日の形見にせよと手弱女の思ひ乱れて縫へる衣そ
     右の九首(ここのうた)は、娘子が京(みやこ)に留まり、悲傷(かなし)みてよめる歌。

3754 過所(ふた)なしに関飛び越ゆる霍公鳥(ほととぎす)我が身にもがも止まず通はむ
3755 愛(うるは)しと吾(あ)が思(も)ふ妹を山川を中にへなりて安けくもなし
3756 向ひ居て一日もおちず見しかども厭はぬ妹を月わたるまて
3757 吾(あ)が身こそ関山越えてここにあらめ心は妹に寄りにしものを
3758 刺竹(さすだけ)の大宮人は今もかも人なぶりのみ好みたるらむ 一ニ云ク、今さへや
3759 たちかへり泣けども吾(あれ)は験なみ思ひ侘ぶれて寝(ぬ)る夜しそ多き
3760 さ寝(ぬ)る夜は多くあれども物思(も)はず安く寝(ぬ)る夜はさねなきものを
3761 世の中の常のことわりかく様に成り来にけらし据ゑし種から
3762 我妹子に逢坂山を越えて来て泣きつつ居れど逢ふよしもなし
3763 旅と言へば言にそ易きすべも無く苦しき旅も娘(こ)らにまさめやも
3764 山川を中にへなりて遠くとも心を近く思ほせ我妹(わぎも)
3765 真澄鏡懸けて偲へと奉(まつ)り出す形見のものを人に示すな
3766 うるはしと思ひし思はば下紐に結ひ付け持ちてやまず偲はせ
     右の十三首(とをまりみうた)は、配所より中臣朝臣宅守が贈れる歌。

3767 魂は朝夕(あしたゆふへ)に霊(たま)振れど吾(あ)が胸痛し恋の繁きに
3768 この頃は君を思ふとすべも無き恋のみしつつ音のみしそ泣く
3769 ぬば玉の夜見し君を明くる朝(あした)逢はずまにして今そ悔しき
3770 味真野(あぢまぬ)に宿れる君が帰り来む時の迎へをいつとか待たむ
3771 家人(いへびと)の安眠(やすい)も寝ずて今日今日と待つらむものを見えぬ君かも
3772 帰りける人来たれりと言ひしかばほとほと死にき君かと思ひて
3773 君が共(むた)行かましものを同じこと後れて居れどよきこともなし
3774 我が背子が帰り来まさむ時のため命残さむ忘れたまふな
     右の八首は、娘子が和贈(こた)ふる歌。

3775 あら玉の年の緒長く逢はざれど異(け)しき心を吾(あ)が思(も)はなくに
3776 今日もかも都なりせば見まく欲り西の御厩(みまや)の外(と)に立てらまし
     右の二首は、中臣朝臣宅守がまた贈れる歌。

3777 昨日けふ君に逢はずてするすべのたどきを知らに音のみしそ泣く
3778 白妙の吾(あ)が衣手を取り持ちて斎(いは)へ我が背子直に逢ふまてに
     右の二首は、娘子が和贈(こた)ふる歌。

3779 我が屋戸の花橘はいたづらに散りか過ぐらむ見る人なしに
3780 恋ひ死なば恋ひも死ねとや霍公鳥物思(も)ふ時に来鳴き響(とよ)むる
3781 旅にして物思(も)ふ時に霍公鳥もとなな鳴きそ吾(あ)が恋まさる
3782 雨ごもり物思(も)ふ時に霍公鳥我が住む里に来鳴き響もす
3783 旅にして妹に恋ふれば霍公鳥我が住む里にこよ鳴き渡る
3784 心なき鳥にそありける霍公鳥物思(も)ふ時に鳴くべきものか
3785 霍公鳥間(あひだ)しまし置け汝(な)が鳴けば吾(あ)が思(も)ふ心いたもすべなし
     右の七首は、中臣朝臣宅守が花鳥(はなとり)に寄せて
     思ひを陳べてよめる歌。


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.巻第十六(とをまりむまきにあたるまき)


有由縁(よしあるうた)、また雑歌(くさぐさのうた)

昔娘子(をとめ)有りけり。字(な)をば櫻兒(さくらのこ)と曰ふ。時に二(ふたり)の壮子(をとこ)有りて、共に此の娘(をとめ)を誂(と)ふ。生(いのち)を捐(す)てて格競(あらそ)ひ、死を貪りて相敵(いど)みたりき。ここに娘子、なげきけらく、「古(いにしへ)よりこの方、一(ひとり)の女(をみな)の身、二(ふたり)の門(をとこのいへ)に往適(ゆ)くといふことを聞かず。方今(いま)、壮子の意(こころ)、和平(にき)び難し。妾(あれ)死(みまか)りて相害(あらそ)ふこと永(ひたぶる)に息(や)めなむには如かじ」といひて、すなはち林に尋入(い)りて、樹に懸(さ)がり経(わた)き死にき。両(ふたり)の壮子、哀慟血泣(かなしみ)に敢(た)へず、各(おのもおのも)心緒(おもひ)を陳べてよめる歌二首(ふたつ)
3786 春さらば挿頭(かざし)にせむと吾(あ)が思(も)ひし桜の花は散りにけるかも
3787 妹が名に懸かせる桜花咲かば常にや恋ひむいや年のはに

或ひとの曰く、昔三(みたり)の男(をとこ)有りて、同(とも)に一(ひとり)の女(をみな)を娉(つまど)ひき。娘子(をとめ) 字(な)をば縵兒(かづらのこ)と曰ふ 嘆息(なげ)きけらく、「一(ひとり)の女の身、滅(け)易きこと露の如し。三(みたり)の雄(をとこ)の志(こころ)、平(にき)び難きこと石(いは)の如し」。すなはち池の上(ほとり)に彷徨(たちもとほ)り、水底に沈没(しづ)みき。時に壮士(をとこ)等、哀頽之至(かなしみ)に勝(た)へず、各(おのもおのも)所心(おもひ)を陳べてよめる歌三首(みつ)
3788 耳成(みみなし)の池し恨めし我妹子(わぎもこ)が来つつ潜(かづ)かば水は涸れなむ
3789 あしひきの山縵の子今日行くと我に告(の)りせば早く来(こ)ましを
3790 あしひきの山縵の子今日のごといづれの隈(くま)を見つつ来にけむ

昔老翁(おきな)有り、竹取(たかとり)の翁(をぢ)といふ。此の翁、季春之月(やよひばかり)に、丘に登りて遠望(くにみ)するとき、羮(あつもの)を煮る九箇(ここの)女子(をとめ)に値(あ)へりき。百(もも)の嬌(こび)儔(たぐ)ひ無く、花の容(すがた)止(ならび)無し。時に娘子等、老翁(をぢ)を呼び、嗤ひて「叔父来て此の鍋火(ひ)を吹け」と曰ふ。ここに翁、「唯々(をを)」と曰ひて、漸(やや)ゆきて、座(しきゐ)の上(ほとり)に著接(つ)きたりき。しまらくありて娘子等、皆共に含咲(したゑ)み、相推し譲りけらく、「誰(たれ)そ此の翁を呼びし」。すなはち竹取の翁のいふ、「非慮(おもひ)の外に神仙(ひじり)に偶逢(あ)ひ、迷惑(まど)へる心敢(た)へがたし。近く狎れし罪、謌を以(もち)て贖(あがな)ひまをさむ」。即ち作(よ)める歌一首(ひとつ)、また短歌(みじかうた)
3791 緑子の 若子(わくご)髪には たらちし 母に抱(うだ)かえ
   すきかくる 這ふ子が身には 木綿肩衣 純裏(ひつら)に縫ひ着
   頚(くび)つきの 童(わらは)が身には 結ひはたの 袖つけ衣 着し我を
   吾(あ)に寄る子らが 同輩(よち)には 蜷(みな)の腸(わた) か黒し髪を
   真櫛持ち 肩にかき垂れ 取り束(たが)ね 上げても纏(ま)きみ
   解き乱し 童に成しみ 紅の 丹つかふ色に
   馴付(なつ)かしき 紫の 大綾の衣
   住吉(すみのえ)の 遠里(をり)の小野の 真榛(はり)もち にほしし衣に
   高麗(こま)錦 紐に縫ひつけ ささへ重なへ なみ重ね着
   打麻(うつそ)やし 麻続(をみ)の子ら あり衣の 宝の子らが
   打栲(うつたへ) 延へて織る布 日さらしの 麻手作りを
   重裳(しきも)なす 重(しき)に取り敷き ほころへる 稲置娘子(いなきをとめ)が
   妻問ふと 吾(あ)にそ賜(たば)りし 彼方(うきかた)の 二綾下沓(ふたやしたくつ)
   飛ぶ鳥の 飛鳥壮士(をとこ)が 長雨(ながめ)忌み 縫ひし黒沓(くりくつ)
   さし履きて 庭に立ち 往きもとほれば 母刀自(おもとじ)の 守(も)らす娘子が
   ほの聞きて 吾(あ)にそ賜りし 水縹(みはなだ)の 絹の帯を
   引帯(ひこび)なす 韓帯(かろび)に取らし わたつみの 殿の甍に
   飛び翔ける すがるの如き 腰細に 取り飾らひ
   真澄鏡 取り並め懸けて おのが顔 還らひ見つつ
   春さりて 野辺を廻(めぐ)れば 面白み 吾(あれ)を思へか
   さ野つ鳥 来鳴き翔らふ 秋さりて 山辺を行けば
   なつかしと 吾(あれ)を思へか 天雲も い行き棚引き
   還り立ち 路(おほち)を来(け)れば うち日さす 宮女(みやをみな)
   刺竹(さすだけ)の 舎人壮士も 忍ふらひ 還らひ見つつ
   誰が子そとや 思はれてある かくそしこし
   古の ささきし吾(あれ)や はしきやし 今日やも子らに
   いさにとや 思はれてある かくそしこし
   古の 賢しき人も 後の世の 鑑(かがみ)にせむと
   老人(おいひと)を 送りし車 持ち帰り来(こ)し
反し歌二首
3792 死なばこそ相見ずあらめ生きてあらば白髪(しろかみ)子らに生ひざらめやも
3793 白髪し子らも生ひなばかくのごと若けむ子らに罵(の)らえかねめや
娘子ら和(こた)ふる歌九首(ここのつ)
3794 はしきやし老夫(おきな)の歌におほほしき九(ここの)の子らや感(かま)けて居らむ
3795 恥を忍ひ恥を黙(もだ)りて事もなく物言はぬさきに吾(あれ)は寄りなむ
3796 否(いな)も諾(を)も欲(ほ)りのまにまに許すべき貌(かたち)は見えや吾(あれ)も寄りなむ
3797 死にも生きも同じ心と結びてし友や違(たが)はむ吾(あれ)も寄りなむ
3798 何すとか違ひは居らむ否も諾も友の並々吾(あれ)も寄りなむ
3799 あにもあらぬおのが身のから人の子の言も尽くさじ吾(あれ)も寄りなむ
3800 旗すすき穂には出でじと思(しぬ)ひたる心は知れつ吾(あれ)も寄りなむ
3801 住吉の岸の野榛(ぬはり)に染(にほ)へれどにほはぬ吾(あれ)や媚(にほ)ひて居らむ
3802 春の野の下草靡き吾(あれ)も寄りにほひ寄りなむ友のまにまに

昔壮士(をとこ)と美女(をとめ)と有りき 姓名不詳。二親(ちちはは)に告(しら)せずて、竊(しぬ)ひ交接(あ)ひたりき。時に娘子の意(こころ)に、親に知らせまく欲(おも)ひて、歌詠みて、其の夫(せ)に送れるその歌
3803 隠(こも)りのみ恋ふれば苦し山の端ゆ出で来る月の顕さば如何に
     右、或ヒトノ云ク、男答ヘ歌有リトイヘリ。未ダ探リ求ムルコトヲ得ズ。

昔壮士(をとこ)有りけり。新たに婚礼(よばひ)して、幾時(いくだ)もあらぬに、忽ちに駅使(はゆまつかひ)と為りて、遠き境に遣はさる。公事(おほやけごと)限り有り。会ふ期(とき)日無し。ここに娘子、感慟悽愴(かなし)みて、疾病(やまひ)に沈臥(こや)れりき。年累(へ)て後、壮士還り来て、覆(かへりこと)命(まを)し了(を)へて、乃ち詣(ゆ)き相視るに、娘子の姿容(かほ)、疲羸甚異(いたくみつれ)て、言語(こととひ)哽咽(むせ)びき。時に壮士、哀嘆流涙(かなし)みて、裁歌口号(うたよみ)せる、其の歌一首
3804 かくのみにありけるものを猪名川の奥(おき)を深めて吾(あ)が思(も)へりける
娘子臥しながら夫(せ)の君の歌を聞きて、枕より頭を挙げて声に和ふる歌一首
3805 ぬば玉の黒髪濡れて沫雪(あわゆき)の降るにや来ますここだ恋ふれば
     今按フニ、此ノ歌、其ノ夫使ハサレテ、既ニ累載ヲ経、
     還ル時ニ当テ、雪落ル冬ナリキ。斯ニ因テ娘子此ノ沫雪
     ノ句ヲ作メルカ。

娘子が夫(せ)に贈れる歌一首
3806 事しあらば小泊瀬山の石城(いしき)にも隠(こも)らば共にな思ひ我が背
     右伝云(いひつて)けらく、時(むかし)女子(をみな)有りけり。父母に知らせずて
     壮士(をとこ)に竊(しぬ)ひ接(あ)ひたりき。壮士その親の呵嘖(ころび)をかしこみ
     て、稍(やや)猶予(いざよふ)の意(こころ)有り。此に因りて娘子斯の歌を裁作(よ)
     みて、其の夫に贈与(おく)れりといへり。

前(さき)の采女(うねべ)が詠める歌一首
3807 安積山(あさかやま)影さへ見ゆる山の井の浅き心を吾(あ)が思(も)はなくに
     右の歌は伝云(いひつて)けらく、葛城王、陸奥(みちのく)の国に
     遣はさえし時、国司(くにのみこともち)あへしらふこと緩怠(おろそか)
     なりければ、王(おほきみ)の意(こころ)に悦びず、怒色顕面(おもほでり)
     まして、飲饌(みあへ)を設(ま)けしかども宴楽(うたげ)をもしたま
     はざりき。ここに前(さき)の采女風流(みさを)娘子有りて、左の
     手に觴(さかづき)を捧げ、右の手に水を持ち、王の膝(みひざ)に
     撃ちて、此の歌を詠みき。ここに王の意(こころ)解脱(なご)みて、
     終日(ひねもす)に楽飲(うたげあそ)びきといへり。

鄙(いや)しき人のよめる歌一首
3808 住吉の小集楽(をづめ)に出でて正目(まさめ)にもおの妻すらを鏡と見つも
     右伝云(いひつて)けらく、昔鄙しき人あり 姓名未詳也 。
     時に郷里(さと)の男女(をとこをみな)、衆集(つど)ひて野の遊びせり
     き。是の会集(つどひ)の中(うち)に、鄙しき人夫婦(めを)有り。
     其の婦(め)容姿(かほ)端正(きらきらし)きこと衆諸(もろひと)に秀れたり。
     すなはち彼の鄙人(をとこ)の意(こころ)、妻(め)を愛(うつく)しむの情(こころ)
     弥(いや)増さりて、斯の歌をよみて美貌(きらきらしき)を讃嘆(ほ)
     めたりき。

娘子が恨みよみて献れる歌一首
3809 商(あき)返し領(し)らせとの御法(みのり)あらばこそ吾(あ)が下衣返し賜(たば)らめ
     右伝云(いひつて)けらく、時(むかし)幸(うるはしみ)せらえし娘子有り 姓名未詳 。
     寵薄(こころうつろへ)る後、寄物(かたみ)を還し賜りき 俗ニかたみト云フ 。こ
     こに娘子、怨恨(うら)みて聊か斯の歌をよみて献上(たてまつ)りき。

娘子が恨みてよめる歌一首
3810 味飯(うまいひ)を水に醸み成し吾(あ)が待ちし代(かひ)はかつて無し直(ただ)にしあらねば
     右伝云(いひつて)けらく、昔娘子有り。其の夫(せ)に相別(わか)れ、
     年を経て恋ひわたりき。さる間に夫の君、更に
     他妻(あだしつま)を娶(え)て、正身(みづから)は来ずて、徒(ただ)に苞(つと)を贈(おこ)せ
     りき。此に因り娘子(をとめ)、此の恨みの歌を作みて、
     還し酬(おく)れりき。

娘子が夫の君を恋ふる歌一首、また短歌
3811 さ丹づらふ 君が御言と 玉づさの 使も来ねば
   思ひ病む 吾(あ)が身ひとつそ ちはやぶる 神にもな負ほせ
   卜部(うらべ)座(ま)せ 亀もな焼きそ 恋(こほ)しくに 痛き吾(あ)が身そ
   いちしろく 身に染みとほり むら肝の 心砕けて
   死なむ命 にはかになりぬ 今更に 君か吾(あ)を呼ぶ
   たらちねの 母の御言か 百(もも)足らず 八十(やそ)の衢(ちまた)に
   夕占(ゆふけ)にも 卜(うら)にもそ問ふ 死ぬべき吾(あ)がゆゑ
反し歌
3812 卜部をも八十の衢も占問へど君を相見むたどき知らずも
     或ル本ノ反シ歌ニ曰ク、
 3813 吾(あ)が命は惜しくもあらずさ丹づらふ君によりてそ長く欲りせし
      右伝云けらく、時(むかし)娘子有り 姓ハ車持氏ナリ。
      其の夫(せ)年を逕(へ)て徃来(かよ)はず。時に娘子、息の緒に
      恋ひつつ、痾疾(やまひ)に沈臥(こや)れりき。日に異(け)に痩羸(みつ)れ
      て、忽ち臨泉路(みまか)りなむとす。ここに使を遣はし
      て、其の夫の君を喚ぶ。来て乃ち歔欷(なげ)きつつ斯
      の歌を口号(よ)みて、登時(すなはち)逝没(みまか)りき。

壮士(をとこ)が娘子の父母に贈れる歌一首
3814 真珠(しらたま)は緒絶(をだえ)しにきと聞きしゆゑにその緒また貫(ぬ)き吾(あ)が玉にせむ
答ふる歌一首
3815 真珠の緒絶はまこと然れどもその緒また貫き人持ち去(い)にけり
     右伝云けらく、時(むかし)娘子有り。夫の君に棄てらえて
     他氏(ひとのいへ)に改め適(ゆ)きき。時に壮士有りて、改め適くを
     知らずて、此の歌を贈遣(おく)りて、女(をみな)の父母(おや)に請誂(こ)ひき。
     ここに父母の意(おも)ひけらく、壮士委曲(つばら)なる旨(さま)を聞(し)らじ
     とおもひて乃ち彼の歌に報送(こた)へがてり、改め適きし
     縁(よし)を顕はせりきといへり。

穂積親王の誦(うた)はせる歌一首
3816 家にありし櫃(ひつ)に鍵さし蔵めてし恋の奴のつかみかかりて
     右の歌一首は、穂積親王の宴したまふ時、いつも斯の歌を
     誦(うた)ひて恒賞(あそびくさ)と為たまへり。

河村王の誦ひたまへる歌二首
3817 柄臼(かるうす)は田廬(たぶせ)のもとに我が背子はにふぶに笑みて立ちませり見ゆ 田廬ハたぶせノ反
3818 朝霞鹿火屋(かひや)が下に鳴くかはづ偲ひつつありと告げむ子もがも
     右の歌二首は、河村王の宴せる時、琴弾きて、即ち先づ
     此の歌を誦(よ)みて、常行(あそびくさ)と為たまひき。

小鯛王(をたひのおほきみ)の吟(うた)ひたまへる歌二首
3819 夕立の雨うち降れば春日野の尾花が末(うれ)の白露思ほゆ
3820 夕づく日さすや川辺に作る屋の形(かた)をよろしみうべそ寄り来る
     右の歌二首は、小鯛王の宴の日、琴を取る登時(すなはち)
     必先(まづ)此の歌を吟詠(うた)ひたまひき。
     小鯛王ハ、更(マタ)ノ名ハ置始多久美(オキソメノタクミ)トイフ、斯ノ人ナリ。

兒部女王(こべのおほきみ)の嗤(あざ)けりの歌一首
3821 うましものいづく飽かじを尺度(さかど)らし角のふくれにしぐひ合ひにけむ
     右、時(むかし)娘子有りき 姓ハ尺度氏ナリ。此の娘子、
     高姓(たふとき)美人(うましをとこ)の誂(つまと)ふを聴かず、下姓(いやしき)醜士(しこを)の誂
     ふを許(き)きき。ここに兒部女王、此の歌を裁作(よ)み
     て、彼(そ)の愚(かたくなし)きを嗤咲(あざ)けりたまふ。

古歌(ふるうた)に曰く
3822 橘の寺の長屋に吾(あ)が率(ゐ)寝し童女(うなゐ)放髪(はなり)は髪上げつらむか
     右ノ歌、椎野連長年ガ説ニ曰ク、夫レ寺家ノ屋ハ、俗人
     ノ寝処ニアラズ。亦若冠ノ女ヲ称(イ)ヒテ放髪丱(ウナヰハナリ)ト曰ヘリ。
     然レバ腰ノ句已ニ放髪丱ト云ヘレバ、尾ノ句重ネテ著冠
     ノ辞ヲ云フベカラザルカトイヘリ。改メテ曰ク、
 3823 橘の照れる長屋に吾(あ)が率ねし童女放髪に髪上げつらむか

長忌寸意吉麻呂が歌八首(やつ)
3824 さす鍋に湯沸かせ子ども櫟津(いちひつ)の桧橋(ひはし)より来む狐(きつ)に浴(あ)むさむ
     右の一首は、伝云(いひつて)けらく、ある時衆(ひとびと)集ひて宴飲(うたげ)す。
     時に夜ふけて狐の声聞こゆ。すなはち衆諸(ひとびと)奥麿を誘(いざな)
     ひけらく、此の饌具雑器(くさぐさのうつはもの)、狐の声、河橋等の物に
     関(か)けて、歌よめといへり。即ち声に応(こた)へて此の歌を作
     めり。
3825 食薦(すこも)敷き青菜煮持ち来(こ)梁(うつはり)に行騰(むかはき)懸けて休むこの君
     右の一首は、行騰(むかはき)、蔓菁(あをな)、食薦(すこも)、屋の梁(うつはり)を詠める歌。
3826 蓮葉(はちすば)はかくこそあるもの意吉麻呂が家なるものは芋(うも)の葉にあらし
     右の一首は、荷葉(はちすば)を詠める歌。
3827 一二(ひとふた)の目のみにあらず五つ六つ三つ四つさへあり双六(すぐろく)のさえ
     右の一首は、双六(すぐろく)の頭子(さえ)を詠める歌。
3828 香(こり)焚ける塔にな寄りそ川隈の屎鮒(くそふな)食(は)める甚(いた)き女奴(めやつこ)
     右の一首は、香、塔、厠、屎、鮒、奴を詠める歌。
3829 醤酢(ひしほす)に蒜(ひる)搗き合(か)てて鯛願ふ我にな見せそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)
     右の一首は、酢、醤、蒜、鯛、水葱を詠める歌。
3830 玉掃(たまばはき)刈り来(こ)鎌麻呂室の木と棗(なつめ)が本を掻き掃かむため
     右の一首は、玉、掃、鎌、天木香(むろ)、棗を詠める歌。
3831 池神の力士舞かも白鷺の桙(ほこ)啄(く)ひ持ちて飛び渡るらむ
     右の一首は、白鷺の木を啄ひて飛ぶを詠める歌。

忌部首が数種(くさぐさ)の物を詠める歌一首
3832 からたちと棘原(うまら)刈り除(そ)け倉建てむ屎遠くまれ櫛造る刀自(とじ)

境部王の数種の物を詠みたまへる歌一首 穂積親王ノ子ナリ
3833 虎に乗り古屋を越えて青淵に蛟龍(みつち)捕り来む剣大刀もが

作主(よみひと)しらざる歌一首
3834 梨棗(なつめ)黍(きみ)に粟つぎ延ふ葛(くず)の後も逢はむと葵(あほひ)花咲く

新田部親王に献れる歌一首
3835 勝間田(かつまた)の池は吾(あれ)知る蓮(はちす)無ししか言ふ君が鬚なき如し
     右或る人つたへけらく、新田部親王、堵(みさと)に
     出遊(いでま)して、勝間田の池を見(め)して、御心の中に
     感(め)でたまひ、彼(そ)の池より還りまして、忍ひか
     ねて、婦人(をみな)に語りたまはく、今日ゆきて、勝
     間田池を見しに、水みちたたへて、蓮花(はちす)灼(て)り
     かがやけり。その怜(おもしろ)さかぎりなし。ここに
     婦人、此の戯歌(たはれうた)を作みて、すなはち吟詠(うた)ひ
     きといへり。

侫人(ねぢけびと)を謗(そし)れる歌一首
3836 奈良山の児手柏(このてかしは)の両面(ふたおも)にかにもかくにも侫人の徒(とも)
     右の歌一首は、博士消奈公行文(せなのきみゆきふみ)の大夫(まへつきみ)がよめる。

荷葉(はちすば)を詠める歌一首
3837 久かたの雨も降らぬか蓮葉に溜まれる水の玉に似たる見む
     右の歌一首は、伝云(いひつて)けらく、右の兵衛(つはもののとねり)有り
     姓名未詳。 歌作みすることに能(た)へたり。時に府(つかさ)
     の家酒食(さけさかな)を備設(ま)け、府官人等(つかさびとたち)を饗宴(あへ)す。ここに
     饌食(け)を盛るに、皆荷葉(はちすば)を用ふ。諸人酒酣(たけなは)にして、
     歌ひ舞ひ、駱駅兵衛(つはもののとねり)を誘ひて、其の荷葉に
     関(か)けて、歌を作めといへり。すなはち声に応(こた)へて
     斯の歌を作めり。

心の著(つ)く所無き歌二首
3838 我妹子が額(ぬか)に生ひたる双六(すぐろく)の事負(ことひ)の牛の倉の上(へ)の瘡
3839 我が背子が犢鼻褌(たふさき)にせるつぶれ石の吉野の山に氷魚(ひを)そ下がれる 懸有ハ、反シテ云ク、さがれる
     右の歌は、舎人親王、侍座(もとこびと)に令(のりご)ちたまはく、もし
     由(よ)る所無き歌を作む者有らば、銭帛(ぜにきぬ)を賜(たば)らむとのり
     たまへり。時に大舎人安倍朝臣子祖父、乃ち斯の歌
     を作みて献上(たてまつ)る。登時(すなはち)募る所の銭二千文(ふたちち)給へりき。

池田朝臣が大神朝臣奥守を嗤(あざけ)る歌一首
3840 寺々の女餓鬼(めがき)申さく大神(おほみわ)の男餓鬼賜(たば)りてその子産まはむ
大神朝臣奥守が報へ嗤ける歌一首
3841 仏造る真朱(まそほ)足らずば水溜まる池田の朝臣(あそ)が鼻の上(へ)を掘れ
或ヒト云ク、
平群朝臣が穂積朝臣を嗤咲(あざ)ける歌一首
3842 小児(わくご)ども草はな刈りそ八穂蓼(やほたで)を穂積の朝臣が腋草を刈れ
穂積朝臣が和ふる歌一首
3843 いづくにそ真朱掘る丘薦畳(こもたたみ)平群の朝臣が鼻の上を掘れ

土師宿禰水通(はにしのすくねみみち)が、巨勢朝臣豊人が黒色を嗤咲ける歌一首
3844 ぬば玉の斐太(ひだ)の大黒(おほくろ)見るごとに巨勢の小黒(をくろ)し思ほゆるかも
巨勢朝臣豊人が答ふる歌一首
3845 駒造る土師(はし)の志婢麻呂(しびまろ)白くあればうべ欲しからむその黒色を
     右の歌は、伝云けらく、大舎人土師宿禰水通といふひと有り。
     字(あざな)をば志婢麻呂と曰へり。時に大舎人巨勢朝臣豊人、字(あざな)を
     ば正月麻呂(むつきまろ)と曰へり、巨勢斐太朝臣名字ハ忘レタリ。島村大夫ノ
     男ナリ。両人(ふたり)みな貌(かほ)黒かりき。ここに土師宿禰水通、斯の歌を
     作みて嗤咲けりぬ。かくて巨勢朝臣豊人これを聞きて、即ち
     和への歌を作みて酬(むく)い咲(あざ)けりきといへり。

戯れに僧(ほうし)を嗤ける歌一首
3846 法師らが鬚の剃り杭馬繋ぎいたくな引きそ法師半(なか)ら欠(か)む
法師が報ふる歌一首
3847 壇越(だむをち)や然もな言ひそ里長(さとをさ)らが課役(えつき)徴(はた)らば汝(なれ)も半ら欠む

夢(いめ)の裡(うち)によめる歌一首
3848 新墾田(あらきた)の猪鹿田(しした)の稲を倉にこめてあなひねひねし吾(あ)が恋ふらくは
     右の歌一首は、忌部首黒麿(いみべのおびとくろまろ)が、夢の裡に此の恋の歌を
     作みて友に贈り、覚めて誦習(うた)はしむるに前(もと)の如しといふ。


世間(よのなか)の常無きを厭ふ歌三首
3849 生き死にの二つの海を厭はしみ潮干の山を偲ひつるかも
3850 世の中の醜(しき)借廬(かりいほ)に住み住みて至らむ国のたづき知らずも
3852 鯨魚(いさな)取り海や死にする山や死にする死ねこそ海は潮干(ひ)て山は枯れすれ
     右の歌三首は、河原寺の仏堂(ほとけどの)の裡の倭琴(やまとこと)の面(おも)に在り。

藐姑射(はこや)の山の歌一首
3851 心をし無何有(むがう)の郷(さと)に置きてあらば藐姑射の山を見まく近けむ
     右の歌一首は、作主(よみひと)未詳(しらず)。

痩人(やせひと)を嗤咲ける歌二首
3853 石麻呂(いはまろ)に吾(あれ)物申す夏痩によしといふものそ鰻(むなぎ)取り食(め)せ 反シテ云ク、めせ
3854 痩す痩すも生けらば在らむをはたやはた鰻を捕ると川に流るな
     右、吉田連老といふひと有り。字をば石麻呂と曰へり。
     所謂仁教の子なり。其の老、為人身体(かたち)甚(いた)く痩せたり。
     多く喫飲(のみくら)へども、形飢饉(うゑひと)のごとし。此に因りて大伴
     宿禰家持、聊か斯の歌を作みて戯咲(あざけり)す。

高宮王の数種(くさぐさ)の物を詠める歌二首
3855 葛英爾延ひおほとれる屎葛(くそかづら)絶ゆることなく宮仕へせむ
3856 婆羅門(ばらもむ)の作れる小田を食む烏瞼(まなぶた)腫れて幡桙(はたほこ)に居り

夫(せ)の君を恋ふる歌一首
3857 飯食めど 美味くもあらず 歩けども 安くもあらず
   茜さす 君が心し 忘れかねつも
     右の歌一首は、伝云けらく、佐為王(さゐのおほきみ)、近習婢(まかたち)有り。
     時に宿直(とのゐ)遑(いとま)なく、夫の君遇ひ難し。感情(こころ)いたく結
     ぼれ、係恋(おもひ)実(まこと)に深し。ここに宿(とのゐ)に当たる夜、夢
     の裡に相見る。覚寤(おどろ)きて探抱(かきさぐ)れども手にも触れず。
     すなはち哽咽歔欷(かなし)み、高く此の歌を吟詠(うた)ひき。因(かれ)
     王聞かして、哀慟(あはれ)みたまひ、永へに侍宿(とのゐ)することを
     免(ゆる)しき。

恋の歌二首
3858 この頃の吾(あ)が恋力記し集(つ)め功(くう)に申さば五位の冠(かがふり)
3859 この頃の吾(あ)が恋力賜(たば)らずば京職(みさとつかさ)に出でて訴(うた)へむ
     右の歌二首は、作者未詳。

筑前国(つくしのみちのくちのくに)志賀(しか)の白水郎(あま)が歌十首(とを)
3860 おほきみの遣はさなくに情進(さかしら)に行きし荒雄ら沖に袖(そて)振る
3861 荒雄らを来むか来じかと飯(いひ)盛りて門に出で立ち待てど来まさず
3862 志賀の山いたくな伐りそ荒雄らがよすかの山と見つつ偲はむ
3863 荒雄らが行きにし日より志賀の海人の大浦田沼(たぬ)は寂(さぶ)しからずや
3864 官(つかさ)こそ差しても遣らめさかしらに行きし荒雄ら波に袖振る
3865 荒雄らは妻子(めこ)の業(なり)をば思はずろ年の八年を待てど来まさず
3866 沖つ鳥鴨とふ船の帰り来ば也良(やら)の崎守(さきもり)早く告げこそ
3867 沖つ鳥鴨とふ船は也良の崎廻(た)みて榜ぎ来と聞こえ来ぬかも
3868 沖行くや赤ら小船(をぶね)に苞(つと)遣らばけだし人見て解き開け見むかも
3869 大船に小船引き添へ潜(かづ)くとも志賀の荒雄に潜き逢はめやも
     右、神亀の年中(とし)、太宰府(おほみこともちのつかさ)、筑前国宗像郡の
     百姓(おほみたから)、宗形部津麻呂を差して、對馬の粮(かて)を送る
     舶の柁師(かぢとり)に充(あ)つ。時に津麻呂、滓屋(かすや)郡志賀村の白
     水郎、荒雄が許に詣(ゆ)きて語りけらく、「僕(あれ)小事(こと)あり。
     もし許さじか」。荒雄答へけらく、「僕郡(こほり)異(かは)れど
     も、船に同(あひの)ること日久し。志兄弟(はらから)より篤し。殉死(ともにし)
     ぬとも、なぞも辞(いな)まむ」。津麻呂が曰く、「府官(つかさ)僕(あれ)
     を差して對馬の粮(かて)を送る舶の柁師(かぢとり)に充(あ)つ。容歯(よはひ)衰老(おとろ)
     へ海つ路(ぢ)に堪へず。故(かれ)来たりて祇候(さもら)ふ。願はくは相
     替りてよ」。ここに荒雄、許諾(うべな)ひて遂に彼(そ)の事に従ひ、
     肥前国松浦県美弥良久(みみらく)の埼より発舶(ふなだち)して、直に對馬
     を射して海を渡る。すなはち天(そら)暗冥(くらが)り、暴風(よこしまかぜ)雨に
     交じり、竟に順風(おひて)無くして、海中(うみ)に沈没(しづ)みき。因斯(かれ)妻(め)
     子(こ)等、特慕(しぬ)ひかねて此の謌を裁作(よ)めり。或ひは、筑前
     国守山上憶良臣、妻子の傷みを悲感(かなし)み、志を述べて此
     の歌を作めりといへり。

無名歌六首
3870 紫の粉潟(こかた)の海に潜(かづ)く鳥玉潜き出ば吾(あ)が玉にせむ
     右の歌一首。
3872 吾が門の榎(え)の実もり食(は)む百千鳥(ももちどり)千鳥は来れど君そ来まさぬ
3873 吾が門に千鳥しば鳴く起きよ起きよ我が一夜夫(ひとよづま)人に知らゆな
     右の歌二首。
3871 角島(つぬしま)の瀬戸の若布は人の共(むた)荒かりしかど吾(あ)が共(むた)は和海藻(にきめ)
     右の歌一首。
3874 射ゆ鹿(しし)を認(つな)ぐ川辺の和草(わかくさ)の身の若かへにさ寝し子らはも
     右の歌一首。
3875 琴酒を 押垂(おしたる)小野ゆ 出づる水 ぬるくは出でず
   寒水(ましみづ)の 心も潔(けや)に 思ほゆる 音の少なき
   道に逢はぬかも 少なきよ 道に逢はさば 汝(いろ)着(け)せる
   菅笠(すががさ)小笠(をがさ) 吾(あ)がうなげる 玉の七つ緒 取り替へも
   申さむものを 少なきよ 道に逢はぬかも
     右の歌一首。

豊前国(とよくにのみちのくち)の白水郎(あま)が歌一首
3876 豊国の企救(きく)の池なる菱の末(うれ)を摘むとや妹が御袖濡れけむ

豊後国(とよくにのみちのしり)の白水郎が歌一首
3877 紅に染めてし衣雨降りてにほひはすとも移ろはめやも

能登の国の歌三首
3878 梯立(はしたて)の 熊来(くまき)のやらに 新羅斧 落し入れわし
   懸けて懸けて な泣かしそね 浮き出づるやと 見むわし
     右の歌一首は、伝云けらく、或る愚人(かたくなひと)、斧の
     海底(うみ)に堕ちて、鉄(かね)沈(しづ)きて浮かばざることを解(さと)ら
     ざりしかば、聊か此の歌をよみて喩(さと)せりき。
3879 梯立の 熊来酒屋に ま罵(ぬ)らる 奴わし
   さすひ立て 率(ゐ)て来(き)なましを ま罵らる 奴わし
     右一首。
3880 香島嶺(ね)の 机の島の 小螺(したたみ)を い拾(ひり)ひ持ち来て
   石もち つつき破(はふ)り 早川に 洗ひ濯ぎ
   辛塩に ここと揉み 高坏(たかつき)に盛り 机に立てて
   母に奉(まつ)りつや 女(め)つ児の刀自 父に奉りつや み女つ児の刀自

越中国(こしのみちのなかのくに)の歌四首
3881 大野道は繁道(しげち)の森径(もりぢ)繁くとも君し通はば道は広けむ
3882 澁谿(しぶたに)の二上山(ふたかみやま)に鷲ぞ子産(む)といふ翳(さしは)にも君が御為に鷲ぞ子産といふ
3883 伊夜彦(いやひこ)おのれ神さび青雲の棚引く日すら小雨そほ降る 一ニ云ク、あなに神さび
3884 伊夜彦の神の麓に今日らもか鹿(か)の伏せるらむ皮衣着て角つけながら

乞食者(ほかひひと)の詠(うた)二首
3885 愛子(いとこ) 汝兄(なせ)の君 居り居りて 物にい行くと
   韓国(からくに)の 虎といふ神を 生け捕りに 八つ捕り持ち来
   その皮を 畳に刺し 八重畳 平群(へぐり)の山に
   四月(うつき)と 五月(さつき)の間(ほと)に 薬猟 仕ふる時に
   あしひきの この片山に 二つ立つ 櫟(いちひ)が本に
   梓弓 八つ手挟(たばさ)み ひめ鏑(かぶら) 八つ手挟み
   獣(しし)待つと 吾(あ)が居る時に さ牡鹿の 来立ち嘆かく
   たちまちに 吾(あれ)は死ぬべし おほきみに 吾(あれ)は仕へむ
   吾(あ)が角(つぬ)は 御笠の栄(は)やし 吾が耳は 御墨の坩(つぼ)
   吾が目らは 真澄の鏡 吾が爪は 御弓の弓弭(ゆはず)
   吾が毛らは 御筆の栄(は)やし 吾が皮は 御箱の皮に
   吾が肉(しし)は 御膾(みなます)栄やし 吾が肝も 御膾栄やし
   吾が屎(みぎ)は 御塩の栄やし 老いはてぬ 我が身一つに
   七重花咲く 八重花咲くと 申し賞(は)やさね 申し賞やさね
     右の歌一首は、鹿の為に痛(おもひ)を述べてよめり。

3886 押し照るや 難波の小江(をえ)に 廬(いほ)作り 隠(なま)りて居る
   葦蟹を おほきみ召すと 何せむに  吾(あ)を召すらめや
   明らけく 吾(あ)は知ることを 歌人(うたひと)と 我(わ)を召すらめや
   笛吹きと  我を召すらめや 琴弾きと 我(わ)を召すらめや
   かもかくも 命(みこと)受けむと 今日今日と 飛鳥に至り
   置かねども 置勿(おきな)に至り つかねども 都久野(つくぬ)に至り
   東(ひむかし)の 中の御門ゆ 参り来て 命受くれば
   馬にこそ 絆(ふもだし)掛くもの 牛にこそ 鼻縄はくれ
   あしひきの この片山の 百楡(もむにれ)を 五百枝(いほえ)剥き垂り
   天照るや 日の日(け)に干し さひづるや 柄臼(からうす)に舂き
   庭に立つ 磑子(すりうす)に舂き 押し照るや 難波の小江の
   初垂(はつたれ)を 辛く垂り来て 陶人(すゑひと)の 作れる瓶(かめ)を
   今日行きて 明日取り持ち来 我が目らに 塩塗り給ひ
   もちはやすも もちはやすも
     右の歌一首は、蟹の為に痛(おもひ)を述べてよめり。

怕(おどろ)しき物の歌三首
3887 天なるや神楽良(ささら)の小野に茅草(ちかや)刈り草(かや)刈りばかに鶉を立つも
3888 沖つ国領(し)らす君が染(し)め屋形黄染めの屋形神が門(と)渡る
3889 人魂(ひとたま)のさ青(を)なる君が唯独り逢へりし雨夜は久しく思ほゆ
最終更新:2010年01月17日 19:54
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