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櫛
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匿名ユーザー
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櫛 05/01/07
平べったい櫛は幾つ買ってもすぐ紛失する。
男は通常櫛を持ち歩かないものだが、平らな偽鼈甲の櫛は例外だ。あの形状の櫛を特に「combコーム」と呼んでいるが、combが指す内容は、我々が普段コームではなくブラシと呼ぶ櫛も含められる。
あの櫛を紛失する状況は凡その見当がついている。何かの拍子に屈むと落ちるのである。背広の左内側には何を入れるべきなのか迷うポケットが二つほどあって、上のひとつはペンでも挿しておればよいらしいが、時としてペン専用のポケットもあり、何を入れる為に存在しているのか悩みたくなるところへ懐中時計などを入れてみたりするが、とにかく底が浅い為にすぐ落下する。通常落ち着いた物腰で日々を送る人ならば何を入れても問題なかろう。しかしそそっかしい人間からすれば何か落とした物を拾うべく腰を折り手を伸ばすと拾った瞬間にシャツのポケットから煙草が落ち、煙草を拾った瞬間にライターが落ち、ライターを拾った瞬間に手の荷物が均衡を崩して散乱する。再起動の為に仕方なくしゃがむ羽目になる。
この過程で妙に底の浅いポケットから櫛が落ちるのは至極当然の事であり、他の落下物に紛れて落ちればそれに気付こうものだが、何しろ底が浅過ぎるので大した動作でなくても簡単に落ちる。またこの平らな櫛を買うと丁寧な事に鞘が付属してくるわけで、鼈甲に似せたプラスチックの櫛を皮に似せたビニールの鞘に収めただけでも妙に雰囲気が漂い嬉しくなるのだが、しかし鞘は落下時の消音効果が抜群であるから困るのだ。
僅かな身振りで音もなく落下した櫛に気付くことは事実上不可能なのであって、何度も買い何度も紛失する。紛失することが判っているのだから最初から買わねばよいのだが、急遽櫛が必要になる機会があった場合、出来るだけ荷物にならないように存在感も実際にも薄い櫛を選ぶのであって、その後は半日持てばそれでよしと考えるから「まだ落としていないか」と確認することもなく忘れてしまう。
従って本物の鼈甲で作られた櫛を買う可能性は絶対にないと誓うことが出来るのだ。
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