1943年9月13日――作戦時間1000(ひとまるまるまる)。
扶桑皇国東京上空、
扶桑皇国海軍遣欧艦隊(ふそうこうこくかいぐんけんおうかんたい)
第50(ゴオマル)航空戦隊104(イチマルヨン)航空小隊所属空母『紫苑(しおん)』の上を三人のウィッチが飛んでいた。
「このまま4500フィートまで上昇、その後500フィートまで急降下して水平飛行…
擬似(コピー)標的(ターゲット)を撃破する」
その内の一人、洲伊玖(すいく)住家(すみか)大尉が他の二人に対しそう指示を出す。
「了解」
「了解しました」
他の二人…ガルラ・リヴェット少尉とスタット・カラン中尉は静かに返事を返す。
三人のウィッチは、綺麗なヴェイパートレールを引きながら擬似標的を撃破していく。
その様子を眺める紫苑の艦長、柚吏彰文(ゆずりあきふみ)中佐は腕を組みながら「よし。その調子だ」と呟いた。
扶桑皇国海軍遣欧艦隊第五○航空戦隊一○四航空小隊は、飛行脚(ストライカー)の試験飛行もかねている。
今回は住家の履く飛行脚(ストライカー)『N1K5-J紫電(しでん)五三式(ごさんしき)艦上(かんじょう)戦闘(せんとう)脚(きゃく)53型甲』の試験。
「今のところ問題はありません。ただ、魔力の消費が激しいかもしれない…
一度帰艦します」
住家は着艦する旨を艦長に説明する。
「了解した。すぐに手配させる」
今日も無事に終わったという安堵感と共に溜め息を吐く住家。
今日もみんな無事でよかったと思うガルラ。
ここまで冷静でいられたことに疑問を感じるほど自分でも驚くスタット。
三人の魔女(ウィッチ)が一時の安心を求められた瞬間であった。
「では、今回の試験飛行の結果を報告したまえ」
彰文中佐は艦長室の椅子に座り、住家に報告を求めた。
「はい。事実上の欠損は見られません。
しかし、魔力の消費が激しすぎるのと旋回(ターン)時に感じる飛行脚(ストライカー)の重さが今後の課題かと…」
住家の報告に「うぅむ」と唸る彰文中佐。
「…しばらくはそれで我慢してもらうしかない。
何せ、予備はないし新作も期待出来んからな」
「了解です」
「下がっていいぞ」
「はっ!失礼しました」
住家は返事をすると、一礼して部屋を出て行った。
ガチャ…バタン。
「さすが“ルナティック”だな。あれだけの短時間でここまでの記録を出すとは」
机の上に置かれた報告書を見て苦笑いを浮かべる彰文中佐。
『N1K5-J紫電(しでん)五三式(ごさんしき)艦上(かんじょう)戦闘(せんとう)脚(きゃく)53型甲 報告書
洲伊玖住家大尉 試験飛行結果:良好
(ただし、魔力の消費の激しさ・飛行脚(ストライカー)の重さを感じる)
なお、この結果は本人の証言によるものとする』
*
一方、自習室に戻った住家は扶桑印の牛乳を飲んでくつろいでいた…
否、ポテトサラダを頬張るガルラと本を読むスタットに対し愚痴っていた。
「ったく、何でいちいち報告なんかしなきゃいけないのよ。
面倒くさいって~の、ねぇ?ガルラ」
「ま、まぁ…確かにそうですね。私も自分の飛行脚(ストライカー)の試験飛行の時、そうでしたから」
「私は既存ユニットですから関係ありません」
宥(なだ)めるガルラに対し、ズバッと切り捨てるスタット。
「そういうこと言わない約束でしょ?スタットぉ~」
「猫なで声で言われても、事実は変わりありません」
「あははは」
「こぉら、笑ってんじゃないわよ!…ったく、私は上官なのよ?
上官侮辱罪に値するわね、アンタのその態度は。
んなこと言ってると、ズボン引ん剥くわよ?」
そう言って住家は、ガルラの上半身に抱きつく。
「わひゃあっ!!」
悲鳴を上げるガルラ。
「セクハラです。大尉」
「女同士なんだからセクハラも何もないでしょ」
「はぅ~…」
そんな微笑ましい、もといやかましい様子をクルー達は、
「今日も平和だ」と思った…。
*
1943年9月18日
運命(さだめ)の時は突然やってきた。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
紫苑の艦内に警報が鳴り響く。
「敵(ネウロイ)か!種類は?」
彰文中佐は艦橋でそう叫んだ。
ネウロイ――人類にとっての敵…何故現れたのか、何が目的なのかなどの意図は不明である。
「バンディット1(ワン)!!ディ、ディオミディア…“アイスキャンデー”です!!
真っ直ぐ本艦を目指してきます!」
「何ぃ!?」
アイスキャンデーとは、そのネウロイのあだ名である。
全機銃から発射される弾が青白く光り途切れることなく連なっている姿から、
そのあだ名がつけられている。
空を飛ぶネウロイの中で、ディオミディアは最大級。
それゆえ、倒すのが非常に困難。
「洲伊玖大尉!準備は出来ているか?」
「はい、いつでも行けます。他の二人も準備は万全です」
「では出撃!!」
三人の魔女が轟音をたてながら空を駆ける。
「ガルラ、スタット…私が先に行って、陽動を行う。
その内にお前たちは、コアを探してネウロイを墜とせ」
「了解」
「了解です」
住家はそう指示すると、飛行脚に魔力を送り込み速度を上げた。
ブゥゥゥゥゥゥンッ!!!
ヴェイパートレールを引きながら、住家はディオミディアに向かう。
「…私たちだけで墜とせるでしょうか?」
住家の赴く姿を見つめて、不安げに呟くガルラ。
「墜とせる…じゃなくて墜とすの。でなければ、紫苑は沈む。
弱気でなく強気で行け」
そんなガルラを励ますスタット。
「そんなことより、そろそろ追いつくぞ。準備しろ」
「りょ、了解!」
それぞれの武器を持ち、戦いに備えるガルラとスタット。
このあと…彼女たちに悲惨なことが起きることを知る由もなかった。
「ほ~ら!こっちだ、こっち!!」
住家はディオミディアに対し陽動を行っていた。
それに応えるようにディオミディアも全身の砲門を開き、住家を墜とそうとしている。
いくら熟練のウィッチでも、ディオミディアの砲撃を食らえばいくらシールドを張っていても長くは持たない。
だから、彼女は避けている。
ほとんど紙一重といっても過言ではない。
「とは言っても…やっぱりキツイ…!!」
しかし、未完成品の飛行脚を装着しているため、魔力の消費が激しい。
「長くは…持たない。早くしなさいよ、ガルラ!スタット!!」
彼女の叫びが空しく響く。
「無理です!こんなに大きいとコアを探すのも…くっ」
「諦めんな!撃って撃って撃ちまくれば、コアの一つや二つ…っ?」
悲鳴を上げるガルラに対し、喝を入れる住家だったが、ふと飛行脚に違和感を持った。
住家の飛行脚が突然、一脚だけ停止する。
「エンジントラブル!?ちくしょう、無理させすぎたか!」
「大尉!上です!!避けてぇぇぇぇぇっ!!」
「…!?」
その時、ディオミディアの放ったレーザーが住家に直撃した。
「大尉!!」
「住家大尉!?」
そして、ディオミディアが青白く光った瞬間…ディオミディアが消えた。
住家と共に…。
「大尉とネウロイが消えた…?」
スタットは呆然とその場に立ち尽くす。
「健在か?三人共」
すぐさま彰文中佐は、通信機を通して三人に…否、二人に対して言った。
「大尉が…住家大尉がネウロイと一緒に…」
ガルラが心此処に在らずという声色で彰文に伝える。
「何だと!?『捕獲』されたというのか…」
「大尉がネウロイに捕まったということは…落とさなければならないの?」
「そんなの嫌です!私たちに大尉を撃つ事なんて出来るわけないじゃないですか!!」
スタットの言葉にガルラが食い下がる。
「じゃあ…他の部隊に大尉を撃たせるの?」
「それこそもっと嫌です!だったらいっそのこと私が死んで」
「馬鹿なこと言わないで!!」
「!」
「アンタが死んだら…私はどうすればいいの?
三人しかいない小隊で大尉がいなくなって、
アンタまでいなくなったら…私は一人じゃないの…
そんなの嫌なの…だから大尉を撃たなきゃならないことになっても、
死ぬなんて馬鹿なこと絶対に言わないで!!」
スタットの言葉にはっとするガルラ。
そうだ…今までこの三人で頑張ってきたのに、大尉が敵に回るかもしれないという時に…
私は「死ぬ」なんていう言葉で逃げてしまっていた。
スタット中尉も私以上に辛い筈なのに、泣こうともしない。
いや、私の上官である以上私の前で泣けないんだ。
「すいません…私は…」
「いや、私も悪かった。帰りましょう」
「はい…」
隊長機を失った彼女らに、今まで以上の元気はなかった。
*
「あの」
「やめとけ。彼女たちは大尉を失って辛いんだ、
俺たちが慰めるなんて無理なことなんだよ」
クルーの一人が落ち込むガルラとスタットに対し声をかけようとしたが、
もう一人のクルーに止められた。
「あ…あぁ」
諭されたクルーは、渋々頷く。
何も出来ない自分たちが悔しかった。
魔女である彼女たちにしか頼れない自分たちが悔しい。
少なくとも紫苑のクルー一同はそう思っていた。
「私…撃ちます」
「え?」
唐突なガルラの言葉に、驚くスタット。
「私は撃ちます…大尉を助けることができなくても…
その呪縛を解くことぐらいはできますから…!!」
「ガルラ…貴女」
「自分でも分かってたんです。
でも、それを許したら大尉が報われないんじゃないかって…そう思ったから…だから…」
言いながらガルラは、涙をポロポロと零す。
その姿に涙を浮かべ、そっと彼女を抱きしめた。
「あ」と声を漏らすガルラ。
「泣いていいのよ。泣きたい時は思い切り泣きなさい。
全部洗い流して、新しい自分になりなさい。だから今は…」
スタットのその言葉に反応するように、ガルラは声を上げて泣き出す。
泣くガルラをぎゅっと抱きしめるスタット。
この子がこの部隊に来てからまだ半年も経っていなかった…
それだというのに、私はこの子に何かをしてあげられただろうか?
この子の上官なのに上官らしいことは一回も出来なかった。
「うぅ…ひっく…うあぁぁぁぁぁ」
ガルラを抱きしめながら、スタットも声を上げて泣く。
泣き声は一晩中艦内に響き渡っていた…
*
翌朝、泣き疲れて寝てしまったのか…二人は自習室にいた。
肩を寄せ寝息を立てる姿は、まるで姉妹のようだ。
その内の一人、ガルラがゆっくりと目を開く。
「う…うん?朝?」
隣にスタットがいることに気付き、起こさないように上着を掛ける。
「…夢じゃ…ないんだ」ガルラはそっと呟く。
夢であってほしかった…憧れだった人がネウロイに捕まるなどということは。
でも、私は決意したんだ。
敵となるであろう大尉を呪縛から解き放つために、大尉を墜とすと。
「甲板にでも出ようかな…」
気分転換に紫苑の甲板に出ることにした。
さすがにまだ朝が早いせいか、若干空が暗い。
そんな時、紫苑の上空に一筋の飛行機雲が…雲?
ガルラは疑問に思い、魔力を全身に通し目を瞠(みは)り、耳を尖らせる。
紛れもなくあれは…ウィッチだ。
しかも、この音は…
「大尉!?」
ガルラはつい叫んでしまう。
いや…待つんだ…ガルラ・リヴェット。
あれは大尉なのか?その保障はどこにある?
保障?…あの飛行脚のエンジン音は間違いなく、住家大尉のものだ。
聞き間違えるほど私も馬鹿じゃない。
黒い点でしかなかったウィッチが、どんどんガルラに接近してくる。
「住家大尉!無事だったんですね!?」
ガルラが思っていた通り、洲伊玖住家大尉…その人だった。
しかし、住家は顔を伏せたまま、ガルラの言葉に反応しない。
「大尉?」
もう一度呼んでみる。
すると、「くくく…ははは」と口から笑い声を漏らす住家。
人を小馬鹿にしたような笑い。
そして、
「あはははははははははっ!!きゃはははハハハハハ!!」
大声で笑い出した。狂ったような笑い声。
不気味で気味の悪い笑い声だった。
「ははっ…アンタ、馬鹿じゃないの?私がわざわざここに戻ってきたのは、
あんた達を消すため…ふふふ…はははは!!」
「消すって…何を言って」
「まだ分かんないの?
私はもうアンタ達の上官でもなければ、仲間でもない!
ウィッチの敵『ネウロイ』なの!
…それとさぁ、アンタ。
どうして、飛行脚を履いてないの?私が味方だと思ってたの?」
住家が言った言葉に対し、ガルラは気付く。
彼女が敵だと分かっていれば、確かに履いていた。
しかし、まさか甲板の散歩中に襲撃されるとは予想だにしていなかった。
今回は自分の甘さが引き入れたものだ。
すると、飛行脚を履いていないガルラを、住家は抱き寄せ大空へと舞った。
「苦しいでしょ?
ストライカーユニットを履かない魔女なんて、ただの小娘ね」
住処の言う通り、息が肺に入ってこない…苦しい。
「ふふふ、私がこれからしようとしていること…分かる?」
ストライカーユニットを履いていない状態で、足が宙ぶらりんな状況…
「まさか…」
「そのまさか。
アンタをこっから落とすの。
元上官の手で殺されるのよ…ハハハ!!」
顔が青ざめていくガルラ。
恐怖で声が出ない。
「その絶望と恐怖に満ちた顔、最後にはふさわしい顔ね。
んじゃ、死んで」
その言葉と同時に、住家の手が離され…ガルラは海上へと真っ逆さまに落ちた。
*
およそ二分前、自習室で寝ていたスタットは目が覚めていた。
近くにいたはずのガルラの姿が無い。
呼んでも返事が無かったため、自室に戻ったのかと思っていたが、
ふと窓から空を見上げると、二つの黒点が見えた。
「ガルラ!?」
ストライカーユニットを履いていないガルラと…異様な雰囲気を醸し出すもう一つの何か。
何か嫌な予感がしたスタットは格納庫へと急ぎ、
飛行脚を履き、外へと飛び出した。
丁度その時、ガルラがその何かに落とされた。
「!?ガルラ―ッ!!」
スタットは魔力(スロットル)を全開にし、甲板の上から海の上へと躍り出た。
必死に手を伸ばすスタット。
それに掴まろうとするガルラ。
間一髪で、ガルラの救出に成功したスタットは、ガルラの甲板の上に乗せてやる。
「ガルラ!大丈夫?」
「あ…ぁ…」
恐怖で声が出ないのか、それとも先ほどの救出の際に不規則に曲がってしまった腕の痛みに耐えているのか、ガルラは声を出すことが出来ないでいた。
そんなガルラをぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫…私がいるから」
スタットは、くっと上を睨みMG42(モーターカービン)を構えた。
しかし、そこにはもう何もいなかった。
*
後に落ち着いたガルラは、彰文中佐とスタットにその旨を報告した。
「…もう来たというのか」
「じゃあ、あの時落とされたのは…大尉に?」
スタットの問いに、「ハイ」と頷くガルラ。
「…これより、洲伊玖住家大尉をネウロイとして認識する。
異論は無いな?ガルラ大尉(・・)、スタット中尉」
彰文中佐の号令に、「了解!」と元気よく答える二人だったが、
ガルラは頭の上に?マークを浮かべる。
「あのぅ…私は少尉なんですけど」
「ん?あぁ、言っていなかったな。
ガルラ少尉、大尉への昇進辞令だ。受け取りたまえ」
彰文中佐から、一枚の辞令を受け取るガルラ。
「え?あ、ハイ。ありがとうございます。
というか全然、理解していないんですけど…」
首をひねるガルラに対し、スタットが説明を加える。
「貴女の撃墜数が100機を越えたのよ、おめでとう」
「え?えぇっ!?そんなに落とした記憶がまったく無いんですけど…」
いまいち状況が掴めないガルラに、更なる追い討ちが襲う。
「ちなみに君が小隊長だ」
「しょ、小隊長!?む、無理です!
絶対に無理ですってば!!
スタット中尉もそう思いますよね!?」
彰文の言葉を否定的に受け取るガルラは、スタットに救いを乞う。
が、
「小隊長に推薦したのは私なんだ…その、えっと、ごめん」
と、手を合わせ頭を下げるスタット。
「中尉の裏切り者――ッ!
う~、あー!もういいです、やります!小隊長でも何でもやってやる!!」
自暴自棄になったガルラはそう叫んだ。
「では、決定だな。
これより、扶桑皇国海軍遣欧艦隊第50航空戦隊第104航空小隊の小隊長を、
洲伊玖住家(すいくすみか)大尉に代わり、ガルラ・リヴェット大尉に任命する。
早速だが、我々はこれよりカールスラントへ向かい、そこで一名増員を行う。
その後、救援要請の出ている第501統合戦闘航空団の元へと向かう。
以上、各員の健闘を祈る」
彰文の作戦報告が終わると同時に、「サー、イエッサー!」と敬礼をする乗組員とガルラ達。
???「ネウロイが支配する世界。
いつしか叶えられるものを信じてきた私には、そんなものの必要は無い」
ガルラ「彼女は何を思い、何をするのか?」
スタット「次回、ストライク・ガールズ第二話~アルストロメリア~
私たちの翼(つるぎ)が今、舞い降りる」
最終更新:2013年08月21日 17:20