「こうして、のんびりと歩くのは随分と久し振りだな…」
そんなことを呟きつつ、猟二は今日から通うことになる高校への通学路を歩いていた。
道筋に関しては、前日のうちに下見の確認を行っていた為、道に迷うといったトラブルに見舞われることもなく無事に学校へ辿り着くことが出来た。
校門の前で、猟二は登校してくる生徒の流れの中で立ち止まり校舎を見上げ、しばし感慨に耽っていた。
――学校か…前のとこは嫌なことしかなかったけど、ここは如何かな?情けないなぁ、ここまで来たのにやっぱり怖くて足が竦んでる。
えぇい、いつまでビビッているつもりだ龍神猟二よ!
このまま学校一つ、まともに行けないようでは今まで面倒を見てくれた師匠や父様や母様、兄様、姉様に申し訳がたたんとは思わないのか?
根性を見せてみろ!気合を見せろ!
さぁ、まずは深呼吸。
気持ちを落ち着け、勇気を出せ――
こうして彼は、新生活に向け、記念すべき第一歩を踏み出すことに成功した。
だが、彼は知らない。
自らの行い(校門前で突如として立ち止まり、校舎を睨み付けたかと思うと深呼吸を始め、拳を握り締めて歩き出す)が周りから見てかなりの異様であり、奇異の目で見られていたなどとは。
知らぬが仏、知らぬは本人ばかりなり。
うん、良い言葉である。
世の中知らない方が良いこともたくさん在る。
校舎に入った後、無事(?)に職員室へ辿り着いた猟二は、職員室で紹介された担任教師『河本矜持(かわもと きょうじ)』と共に、これから学校生活を送ることとなる三年四組の教室に向かっていた。
教室の前に着いた時、河本は唐突に猟二に話しかけてきた。
「龍神。これからこの教室で学校生活を送ることになるんだが、この教室に入る前に一つ注意しておくことがある。」
「何です?」
「この教室にはな、この学園一の女好きの馬鹿が居るんだよ…」
「はい?何て言いました?」
河本の口から出た意味の良く解らない言葉に、猟二は間の抜けた返事をしてしまった。
「いや…すまん、言葉が足りなかった。
龍神は女顔、その上可愛い顔してると来た。
そうしたら、その学園一の女好きがちょっかい出してくるかも知れんからな。
その時は、容赦なくぶん殴ってやれ。」
「そ、そんな事してもいいんですか?というより俺、退学処分になってしまいますよ?」
「大丈夫だ。そうなったら、俺が取り持ってやる。
龍神は、学園から女の敵を叩き潰したってな」
「はぁ…」
「よし、注意も済んだ。
じゃあ、俺が呼んだら入ってきてくれ」
「はい」
猟二の返事を聞くと、河本は教室の中へと入っていった。
扉が閉まると、扉越しに教室内の喧騒が聞こえてきた。
『あ~…突然だが、転校生がこのクラスに来ることになった』
河本の言葉が終わると同時に、ざわめきは更に大きくなる。
『先生!!男ですか!?美少女ですか!?』というテンションの上がりきった男子生徒の声の後、
『何でアンタ、美少女って決め付けてんのよ?』という冷めた女子生徒の声が聞こえた。
『ふふふ…それはなぁ!!転校生といえば平凡な男か美少女って、相場が決まってんだよぉっ!!』
この切り返しに、先程の冷めた声を出した女子生徒は呆れてしまったのか、それきりその声が聞こえることはなかった。
猟二の背中に、嫌な汗が流れる。
『あー、んー…確かに美人だな。
いや、可愛いのか?』
河本の台詞の後、『うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!』と男子生徒の怒号が響き渡る。
『コラァッ!静かにせんか!龍神、入ってきてくれ!』その声と同時に、喧騒がぴたりと止む。
猟二は河本からのお呼びに、先程聞こえてきたやり取りに一抹の不安を覚えつつも、教室に入っていった。
背中の中ほどまで伸ばして束ねた金色の髪を靡かせ、教壇の上に上がり、自己紹介をする。
「龍神猟二です。今日からお世話になります」
ぺこりと頭を下げる。
その瞬間、教室にいた全員が固まった。
いつも、勉強していてそんなことに興味ないという奴も、居眠りをしていてその静寂に気付いて起きた奴もである。
そして何より…
猟二の容姿が、平凡な男でもなく美少女でもなく、
可憐な少女が男子制服を着て、男装しているようにしか見えなかったということが一番の原因と言えよう。
「ふむ…質問が無い様なので、今日はこれで解散「ちょっと待ったぁぁぁっ!!!」
河本の声を遮ったのは、教室に入ってくる前に“転校生といえば~”と、お約束発言をした男子生徒だった。
「質問させてくださいよ!」
「それじゃあ…田代」
「お前、本当に男か!?」
立った勢いで椅子を後ろに飛ばす、田代と呼ばれた男子生徒。
「何処の世界に、猟二なんて名前の娘が居るよ?」
「いや、居るかもしれないだろ?
例えば、男の子が欲しかった親が男名を付けたとか、里の掟とか、演技の勉強で偽名を使ってるとか、家のしきたりとか!」
「お生憎と我が家は少々古いし、本家も人里から離れてはいるけど、そんな奇妙なしきたりも掟も無いし、演劇の勉強もしてなければ親に男名を名付けられた女の子でもないよ」
「ならさ、確かめさせてくれよ!!」
一連の会話後、田代が猟二に向かって歩いてきて、猟二の胸に向かって手を突き出した。
「っ!!」
猟二は少しびくっとしながらも、その突き出された手をむんずと掴み、暴拳に及んだ不届き者を絶対零度の視線で睨み付け、
「何をするつもりだった?貴様」
と、身も凍るような恐ろしい声で詰問する。
「え…い、いや…そのぉ…」
その迫力に押されたのか、田代は冷や汗を流しながら震えている。
「まぁいい…今回は見逃してやる…だが、次は無いと思え」
と言い、掴んでいた手を離す。
「ほら、早く席に戻りなよ」
これ以上いじめて錯乱されたら面倒なことこの上ないので、声と目つきを元に戻しとっとと席に戻ってもらう。
そして何事もなかったかの様に、
「先生。俺は、何処に座ればいいんでしょうか?」
と、のたまった。
猟二の変貌振りと迫力の余波に固まっていた河本は、その言葉で我に返ると…
「…あ、あぁ、そうだな。あそこの空いている席を使ってくれ。」
と言って、窓際の一番後ろの席を指差した。
「分かりました」
猟二は返事をすると、河本が口を開きホームルームが始まる。
「あ~…少し予想外の出来事があったが、新しい仲間も増え、高校生活最後の一年が始まることとなった。
進路や将来について色々悩むこともあるだろうが、どうか悔いの無い人生を歩んでもらいたい。
他にも色々と煩わしいこともあるだろうが、そこはどうか頑張って欲しい。
新学期早々、長々と話を聞くのも面倒だから、今日はこれで解散とする。
特に連絡も無いからな。
それじゃあ…皆、また明日だ。起立!!」
号令に合わせて一斉に立ち上がり、
「礼!!」
の号令で頭を下げる。
ホームルームはあっという間に終わってしまった。
猟二は鞄を持って立ち上がろうとした所で、横から声を掛けられた。
「ねぇ、少し良い?」
その聞き覚えのある様な声に猟二は、
「別にいいけど…その前に君の名前を教えてくれると、有り難いんだけど?」
と答える。
「ああ、ごめんね。アタシは、社香鈴よ。
社でも、香鈴でも好きに呼んでくれて構わないわ」
横に居た声の主…社香鈴は、よろしくねと言って、手を差し出した。
こちらこそと言いながら、香鈴の手を握り握手をした。
「で、社さんは何を聞きたいの?」
「あなた…あの馬鹿を一睨みで大人しくしたでしょ?」
「あの馬鹿?」
「田代よ。田代尚って言うんだけど、あいつ…筋金入りの馬鹿で、その上女の敵っていうとんでもない奴なのよ。
お陰でせいせいしたわ~、ありがと」
「いや、お礼を言われるようなことなんかしてないさ。
しかし…河本先生が言っていたこの学校一の女好きの馬鹿って、“奴”だったんだ」
やった事がやった事とはいえ、ボロクソに貶されている。
「そうそう。で…どうやったの?
いつもはアタシが殴って止めてるんだけど…」
「う~ん…言葉で説明するのはちょっと難しいね。
それに実際やって見せると…」
「あ~…アイツみたいになると…」
未だに教室の隅でガタガタと震えている田代を、横目で睨みながら言った。
「そういうこと。じゃあ、今日は気疲れしたからもう帰るよ。
あっ!それから…」
出口に向かって歩き出そうとした瞬間、猟二は踵(きびす)を返し、
「ん?何??」
「話し掛けてくれてありがとう」
と、少し照れ臭そうにしながら礼を言った。
「別に気にするようなことじゃないわよ。
“当然”のことをしたまでだもの。
それじゃ、また明日ね!龍神君!」
手を振って、香鈴は教室から小走りで出て行った。
「うん、また明日…社さん」
猟二も手を振りながら、早々と教室を後にした。
猟二はそのまま真っ直ぐ寄り道せずに家に帰り、部屋に入ると同時に安堵の溜め息を吐いた。
溜め息の後…猟二は香鈴のことを考えていた。
――…社香鈴…か。少しだけ妖怪の気配がしたけど…気のせいかな?
しかし…家族以外の女の子とも話せる様になったんだな…一応だけど。
まぁ…以前に比べたら、だいぶ成長したじゃないか、俺。
初日にしては、良い成果だろ。
…また明日…か…――
こうして、猟二の編入初日は終わりを告げた。
彼が本当に大切な物を手にする日は、そう遠くはなかった…。
久遠「うぉぉぉぉぉっ!終わったぁぁぁ!!
兄が執筆中の第0.5章は、本当に申し訳ないのですが後日UPします。
(本人に書く気があるのかどうか…分かりかねます)
次回の更新はいつになるか分かりませんが、出来るだけ早くしたいと思っています。
第二章~威乃守(いのかみ)と社~を、ご期待ください!!」
最終更新:2013年08月21日 18:02