くらげまるの中身

涼宮さんと手作りクッキー

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kuragemaru

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昼休み。
トイレから教室に戻ると、阪中と谷口が何やら会話をしている。
「なぁ、小耳に挟んだんだが実習でクッキー作ったそうじゃないか」
じりじりと坂中に詰寄るかの様に谷口は言った。
「そうなのね。私と涼宮さんとで作ったの。涼宮さん手際がよくて時間余っちゃったのね」
「ご馳走になりたいなぁ。女の子の、て、手作り…クッキー」
谷口、何か必死すぎなオーラが漂っているぞ。
ハルヒと阪中の手作りクッキーか…料理上手のハルヒの事だから結構うまいんだろうな。
「とっても良くできたのね。他のグループとお互いに取替えっこしておいしく頂いたのね、全部」
全部という言葉を聞いてがっくりした谷口と、何故か俺に向かって含む様な微笑を浮かべる阪中をすり抜けて
俺は自分の席に戻る事にした。さぁ、午後の睡魔との闘いが始まる。大概負けるけどな。

放課後。俺の足はいつもの様に文芸部部室へと向かっていた。
途中で朝比奈さんと出会い、鶴屋さんと出かける為本日は欠席と伝えられる。
手をひらひら振り去っていく姿を、名残惜しい気持ちでお見送りしたわけだ。
さらに部室前で古泉と遭遇、なんでかこいつも用があるとの事。じゃあな古泉。
俺は軋む音をたてつつドアを開けた。中を入ると目に飛び込んできたのは長テーブルに突っ伏したハルヒ。
窓辺の定位置に長門は…居ない。珍しい事もあるもんだ。
ふと黒板を見ると 長門→図書館 と書いてある。あぁ、今日は返却日か。
そう、図書館のカードを手に入れた長門は、図書館でかなりの本を借りてくる。
それを返却する為、たまに放課後に返却に行くのだ。むろんその時に別の本をまた借りるというわけだ。
長門の返却日と名付けられたこの日は、本の選択で時間が掛かるのか長門が戻ってくる事は無い。
ただ、今まで数回あった返却日に何かハルヒ絡みで問題があった事は無い。
そういう時を狙っているのか、はたまた予防策をとっている為なのかはわからないがな。
今日は開店休業か…と、突っ伏したままぴくりとも動かない団長様を見て俺はつぶやいた。
こいつ、寝てるんだよな? ヤカンを火に掛けパイプ椅子に座った俺は再びハルヒを見た。
二人きりでしかも相手は寝ている。これほどつまらなく、そして帰りたくなる状況もそうそう無い。
起きないかと思い体を近づけ、ハルヒの髪を少し引っ張ってみた。
すごくやわらかい。いたずら心で髪を引いてみたが予想以上の髪の柔らかさに俺は手を引っ込めた。
柔らかな髪がさらりと元の位置へ戻る。同時にふわりと髪の香りが俺の鼻をくすぐる。いかん、ドキドキしてきた。
「ふがっふ」
よかった、起きたみたいだ。起きさえすれば普段のハルヒだろう、俺のドキドキもおさまるってもんだ。
これ以上この異常空間が継続したら、俺はあらぬ感情を抱いてしまうだろう。それだけは避けたい。
起きたか。俺は目をショボショボさせたハルヒに声を掛けた。
まだ少し夢の中なのだろうか、ハルヒは状況判断すべく周りを見回し俺の顔を最後に見た。
「やだ、あたしったら寝ちゃったのね」
よだれ垂れてるぞ。近くにあったティッシュを差し出すとハルヒは一枚手に取り口の周りを拭き取った。
なんとなく口をぬぐうハルヒを見てはいけない気がして、俺は全力で湯気を撒き散らすヤカンの火を止めハルヒに話かける。
「朝比奈さんと古泉は今日は来ない。あ、コーヒーでいいか?」
「うん、おねがい」
スティック包装のコーヒーを取り出し、ハルヒと俺の湯飲みに入れる。インスタントだが缶コーヒーよりだいぶマシだ。
「ほらよ、熱いから寝ぼけてヤケドすんなよ」
「うるさいわね、もう目は覚めてるわよバカキョン」
ハルヒはコーヒーに口も付けず立ち上がり、朝比奈さんが普段お茶などをしまっている戸棚を開けた。
取り出したのは紙皿。長テーブルに戻りカバンから紙に包まれた物を取り出し中身を皿に出した。
「クッキーか、いいもん持ってるじゃないか」
クッキーだと?…多分実習で作った物のはずだが、坂中の話じゃ全部食べたんじゃなかったっけか?
「実習で作ったとは聞いていたが、ハルヒのクッキーが食えるとはな。」
「ふふん、気の利く団長様に感謝するのね。実習の余り物よ、ありがたく頂きなさい」
クッキーを一枚取り口に近づける。テーブルで湯気を立てている湯のみとは別に、ほのかにコーヒーの香りがする。
「なんかコーヒーの香りがするぞ」
「んっふっふぅ、よくぞ見抜いたわね。これこそ名付けて、ハルヒスペシャルよ」
ハルヒは反り返らんばかりに高らかに宣言した。スペシャルてなんだよ。
「厳選したスペシャルな素材たちや特別な隠し味がふんだんに入っているのよ、わたしのオリジナルレシピね」
ふーん、見た目も悪くないし香りもいい。一口サイズのクッキーを俺は口の中に放り込んだ。
「ね、どう?どうかしら?おいしい?おいしいって言いなさいよキョン」
ハルヒは俺に問いかけてくるが、俺の口の中はそれ所では無かった。
何と言えばいいのか、甘み・苦味・酸味とが波状攻撃をかけてくる。それぞれの味が反発し、俺が俺がとアピールしている。
要するに一言で言うと不味いのだ。俺はなんとかクッキーを飲み込み、口の中に残る味をコーヒーで流し息をついた。
「なぁ、ハルヒ。おまえこれを作った時に味見はしたのか?」
「してないわよ?わたしが作る物なんだからバッチリな出来に決まってるじゃない…時間も無かったし」
きょとんとした様な、それでいてちょっと気まずそうな顔でハルヒは答えた。
しかし、出来た物がこれじゃあな。よし、ここはひとつ親切にも俺が教えてやろう。
「ハルヒ、あーんしてみろ」
突然の俺の言葉に、反射的なのだろう、疑いも無くハルヒは口をあけた。
「むんぐ」
俺は究極兵器をハルヒの口の中に投げ込んでみる。ハルヒはモムモムしていたが突然動きが止まった。
「なにこれ、まずいじゃない。どういう事よ?」
ハルヒはアヒル口どころか、潰れたブルドッグの様に顔をしかめている。
だが、すぐにその顔は悲しげな表情を浮かべはじめた。
「実習のはおいしく出来たのに。そんな…せっかく作ったのに…」
ここまでで、俺の中に引っかかる事がいくつかある。それは一旦置いて俺はハルヒに尋ねた。
「なぁ、これ何が入ってるんだ? 」
うつむいたハルヒがぼそぼそと答える。
「生地にコーヒーを練り込んで、いちごと砕いたナッツとチョコレートと…」
ううむ、素材だけ聞くと旨そうだな。今聞いただけで8種類も素材が入ってるのが驚きだ、俺の好きな物ばかりだし。
「それでね、いちごは商店街の八百屋のおっちゃんに頼んであま~いのを買ってきて」
ハルヒは聞いてもいない事を語りだす。少し様子がおかしくなってきた。
「それと、チョコレートはあの時おいしいって言ってくれた奴をまた探して買ってきたのよ」
ハルヒの顔はもう見えないほどに下を向いている。
「なぁ、ハルヒ」
俺は切り出すが、ハルヒはまだクッキーの事をぼそぼそと1人で話している。
「聞けよ、ハルヒ。いっぺん失敗したくらいで凹むなんざ、お前らしくないだろう?」
「…もういいのよ。キョン、これ捨てちゃってよ」
と、紙皿の上のクッキーを指差す。何故だかその言葉にすごく腹が立って俺はイスから立ち上がった。
「あのな、ハルヒ。なんつーのかその…」
皿のクッキーを3枚ほど掴み、俺は口の中に押し込んだ。
「ちょっと、何食べてんのよ。捨てちゃってって言ったでしょ」
「んぐ、なんつーかだな。お前の気持ちが伝わるんだよ」
俺はさらにクッキーを掴み、もりもりとクッキーを食べる。ハルヒが何か言おうとするが先に俺が口を開く。
「お前は本来の実習を終わらして、その上で追加のクッキーを作った。そのための素材を一生懸命集めたり
時間一杯使って頑張ったりと、おいしく食べて欲しいと思って作ったのがわかるんだよ」
俺は最後のクッキーを手に取る。ハルヒは黙ってそれを見つめていた。
「結果は残念な事にはなったが、それがどうした。駄目ならまた作ればいいだろう」
「キョン…」
クッキーを飲み込み、さらにコーヒーを飲み干した俺は湯飲みを長テーブルにそっと置き、ハルヒに言う。
「団のみんなに食べてもらう為に作ったクッキーなんだろ、これは」
「……え?」
俺は続けてハルヒに問いかける。
「材料はまだあるか?」
「あ、あるけど。なんでよ?」
何故か少しだけ不機嫌そうにハルヒは答えた。理由はわからんがしょぼくれたさっきまでの顔よりなんぼかマシだ。
「よし。今から俺の家に行くぞ。道具は母さんのがあるから心配すんな」
「え?何言ってんのよキョン。心配ってどういう」
俺は戸惑うハルヒの手を取り、自分のカバンを持った。
「行くぞ、ハルヒ。俺の家でもう一回クッキーを作るんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。いちごが冷蔵庫の中に入ってるのよ」
む、それはいかん。いちご大好きな俺は冷蔵庫を開け、パックに入ったいちごを取り出す。
「よし。今度こそ行くぞ」
ずんずんと俺は歩き出した。ハルヒの手を再び掴んで。

学校を出てからハルヒの歩調にあわせて歩く、手はそのまま。いつもはハルヒが俺の手を引っ張るが今日は逆だな。
ハルヒは何も言わずにされるがまま。少し顔が赤い様にも見える。
俺の家に到着。そのままキッチンへ移動し、必要な物をハルヒに聞いた。
戸棚を漁りちゃっちゃと道具を揃えて、俺は振り返りながらハルヒにこう言った。
「さて、もう一回挑戦だぜ。だがいくら好きな物とはいえ、一緒くたにするもんじゃないな」
アヒル口の団長様は材料や道具を並べてブツブツ言っている
「だって、なんか素敵な物になるかもって思ったのよ」
「お前は番場蛮かっつーの」
「誰よ?それ」
さあな、と俺はハルヒの横に立ちシャツの袖を捲くった。
「何? もしかして手伝うとか言うんじゃないでしょうね」
駄目か、と問いかけるとハルヒはリビングを指差した。
「おとなしくテレビでも見てなさいよ。」
へいへいと言われた通りに退散。だけどテレビなんかは見ないぞ。テーブルに座りハルヒを眺める。
なるほど、阪中が言う通りにハルヒの手際はいい。ぶっちゃけ何をしているのかさっぱりわからん。
俺は時間の過ぎるのも忘れて、真剣なハルヒの顔をずっと見つめていた。
「よしっ後は焼くだけね」
温めておいたオーブンにクッキーを放り込み、そこでハルヒは俺が見ている事に気がついたようだ。
「何よ、間抜け面して」
確かに間抜け面かもしれん、言われて自分でもそう思ったさ。わざとらしく咳払いなんかしてみたりするか。
「ただいまぁ」
どうやら妹が帰ってきたようだな。
「あー、ハルにゃんだぁ。いらっしゃーい」
妹はハルヒに突っ込んでいく。
「なんかいい匂いがするよぉ。」
腰の辺りに纏わりついた妹の頭をなでつつ、ハルヒは妹に言った。
「クッキー焼いてるのよ」
「うわぁ、ハルにゃんのクッキーだぁ。わたしの分もあるの?」
妹よ、指をくわえながら言うのはやめなさい。意地汚いしなにより小学校高学年に見えないぞ。
すると、ハルヒは妹に耳打ちをした。何を話しているのやら。
妹は話を聞いているうちに、『にへら~』と笑みを浮かべ何故か俺を見た。
「わかったよ、ハルにゃん。後でねー」
妹はとたとたとリビングを出て、自室に帰っていった。
「お菓子を前にした妹を、追い払ったそのセリフを教えてもらいたいもんだ。後の参考にしたい」
ハルヒはいたずらっぽく笑うと、秘密よと言った。なんだそりゃ。

さて、そんなこんなで焼きあがったクッキーを挟んで、ハルヒと俺はテーブルについた。
「じゃあ、頂くとするか」
ハルヒはニコニコしながら、クッキーをつまむ俺を見ている。なんか食べにくいな。
「どう? 今度は。だいじょぶそうかしら」
しっかり味わってやるから覚悟しな。ぽいっと口の中にクッキーを放り込む。
「うん、旨い」
「ほんと?嘘ついたらハリセンボン生のまま飲ませるわよ」
ハルヒ、それはハリセンボン違いだ。飲ますのは生き物の方ではないぞ。
「ここで嘘言うほどお人好しじゃねえよ」
それもそうね。と、ハルヒも自作のクッキーに手を伸ばす。
「おいしく出来たわね。よかった」
安堵の顔を見せるハルヒを横目に、俺はクッキーの消費に忙しかった。
「…っと、こんなに食っちまったらみんなの分が無くなっちまうな」
名残惜しいが仕方がない。晩飯が食えなくなるしここいらが潮時か。
「ほんと、バカよね。全然伝わってないじゃない」
何か言ったか?と問いかけるが、ハルヒは答えずに残りのクッキーを紙袋に入れてリボンで封をした。
「はい、この小さいのは妹ちゃんにね」
「妹も待たされた分喜ぶな。ありがとうハルヒ」
受け取る俺の顔を見て、ハルヒは猛烈な勢いで片付けを始めた。
「よし、後は雑用係であるあんたに任せるわ。あたしはもう帰るわよ」
じゃあ、送るわと一緒に出ようとした俺を、我等が団長様は押しとどめる。
「いいわよ、そんなの。あんたは今日の課題でもやってなさい」
忘れようとしていた事を思い出させるなよ。
玄関を出ようとしたハルヒがカバンをごそごそと漁っている。帰るんじゃなかったのか?
ふいに振り向いたハルヒは、トマトかと見紛う程に顔を真っ赤にしてクッキーを1個差し出した。
「キョン…これ食べて」
何でこいつはこんなに顔を赤くしてるんだ。見ているとこっちまで赤くなっちまいそうだぞ。
だが、迷っていても仕方ないので手を伸ばそうとすると、ハルヒがこう言ってきた。
「口、あけて。あーんって」
ヤバイ。こっちまで赤くなっちまいそうどころか、俺の顔は赤い。間違いない。
普段ならバカな事言うなって感じで流しちまうんだろうが、俺は何かに動かされるように口を開けていた。
そっと口の中にクッキーが入ってきた。何故だか先ほどより甘く感じる。
そしてハルヒは潤んだような瞳で俺を見上げてぼそっと言った。
「ね、伝わったかしら。あたしの気持ち」
どういう事なんだろうか、こう言ってくるってのは。自惚れって気もするがもしかして俺の為に作ったって事なのか。
「ありがとな。ハルヒ」
迷いに迷って出たセリフがこれだ。真意を確かめる事も無く現状維持に走ったか、情けないね俺
ハルヒはひとつ溜息をつくと、くすくすと笑いながら玄関のドアを開ける。
それから満面の笑みを浮かべたハルヒは、俺に人指し指を向けるとこう言ったんだ。

「今日はこれでいいわ。でもいつか全部伝わるまで容赦しないんだからね」

これを聞いた俺の顔、いったいどんな顔だったんだろうね。苦笑いでもしているのか思いっきり渋いツラをしているのか。
自分ではさっぱりわからんが、たぶん我ながらいい笑顔だったんじゃないかと思うんだ。

涼宮さんと手作りクッキー おしまい

コメント
この話は三次創作とでも言いますか、とある有名サークルさんの作品を見て、自分ならベタだとしてもこういう展開に
したいと思い書いた物です。

ラスト近くの「伝わったかしら、あたしの気持ち」ってセリフ。自分で書いておいてどこかで聞いたことがあるなと思ったり。
書き終えてからしばらくしてあるとき急に思い出したんですよ、『ハンドメイド・メイ』という今となっては古いアニメで
主人公の下宿先の娘があるシーンで言ったセリフでした。けっこう好きなシーンでそれが頭にあって出てきたのかなと、
久しぶりにDVDを出してきて見直してみたりもしました。パンツだらけのハーレム物ですがとてもいい作品です。

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