クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2006.05.12_2

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kuriari

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クリフトのアリーナへの想いはPart5
205 :【神官服】1/5 ◆cbox66Yxk6 :2006/05/12(金) 19:14:48 ID:6M0hqCC90

「隣、よろしいでしょうか?」
夜の酒場に場違いな神官服を、これでもかというほどきちんと着込んだ青年が、穏やかな微笑を浮かべて訊ねてきた。
「・・・・・・いいわよ」
どうぞ。
琥珀色の液体で満たされたグラスを手に、少し身体をずらして見上げると、彼は生真面目に「ありがとうございます」と言いながら、優雅に腰を下ろした。
鄙びた町の酒場は人気が少なく、彼ら以外は数えるほどしかいない。それ故、さほど注目を浴びるということはなかったものの、こういった場で神官服は妙に浮き上がって見えた。
マーニャは鼻の頭にしわを寄せると、カウンターの隣の席に座る青年に向けて呆れたように呟く。
「クリフト・・・こういっちゃなんだが、その神官服はどうかと思うよ」
「そうですか?」
マーニャの抗議を柔らかな笑みでさらりとかわし、クリフトは目の前に運ばれてきたグラスを手にした。そしてマーニャの方へ向き直ると、グラスを目の高さに掲げる。そのままグラス越しにマーニャを見つめると、穏やかな声色で続けた。
「でも、似合っているでしょう?」
クリフトの言葉に思わず吹き出しかけたマーニャだったが、クリフトの真摯な瞳に何を思ったのか、ふいに視線を逸らすと僅かにうつむいた。
長く艶やかな紫色の髪がさらりと流れ、マーニャの顔をベールのように包み隠す。
クリフトはゆっくりと身体をカウンターに向けると、一口だけ飲みグラスを置いた。
そして視線をグラスに固定したまま優しく語りかけた。

「泣いても・・・。泣いてもよろしいのですよ」
クリフトの言葉にマーニャは小さく肩を震わせ、心もち顔を上げた。いつも勝気な姉御といったマーニャが、奇妙に顔をしかめていた。
「なんで、あんたが、そんなことをいうのよ」
しかめられたその顔の中で瞳だけがかすかに揺らいでいた。それはひどく儚げで、頼りなげだった。
しばし沈黙をまもっていたクリフトだったが、やがて澄んだ青い瞳を伏せると、ふうっと吐息を漏らした。
「それは、私が、神官だからです」
そう言い切って双眸を開くと、マーニャの瞳を覗き込んでやんわりと微笑んだ。
「よく、頑張りましたね」
その穏やかで透明な微笑を見つめていたマーニャだったが、ふいにクリフトの神官服を掴むと己の顔を彼の胸に押し付けてきた。
「迷惑なら言って。でないと、私・・・」
大泣きするわよ。
食いしばられた歯の間から漏れた言葉に、クリフトは瞳を和ませるとマーニャの背に手を回し優しく擦ってやった。
「辛かったですね」
よく頑張りましたね。
繰り返される言葉と優しい抱擁。
マーニャはこらえきれず溢れた涙もそのままに、クリフトの胸に身を預けていた。
「父さん・・・父さん・・・・・・・・・バルザッ・・・ク・・・」
嗚咽と共に吐き出される魂の叫び。
本当はずっと泣きたかった。
父が殺された時も、キングレオでオーリンを失った時も、そして今日、サントハイムの城で、変わり果てたバルザックと対峙した時も。
涙が溢れることはあった。だけど、声に出して泣くことはできなかった。
(ずっと、ずっと・・・・・・)
緑の神官服にいくつものシミを落としながら、マーニャは幼子のように泣きじゃくった。

バルザックは父の仇だった。父の弟子でありながら、父を殺し、そしてその研究を奪った。
憎んでも憎み足りない男。それがバルザックだった。
だが、同時に彼は、マーニャが初めて本気で愛した男だった。幼かった自分にとって兄であり、そしてかけがえのない人だったのだ。
「・・・・・・愛していたのよ」
どんなに極悪人になろうとも、どんなに醜悪な姿になろうとも。己自身が命がけで憎み、そして全身全霊で、愛していた。
でも、ミネアには・・・ミネアには言えなかった。
多分、自分の気持ちを知っていたと思う。でも、それでも自分からミネアに告げることはできなかった。言えば、彼女が苦しんだであろうから。
だから、泣けなかった。どんなに辛くても、悲しくても、・・・恋しくても。
ずっと、なんでもないかのように、そっけなく振舞ってきた。
(なのに・・・)
濁流のように押し寄せる様々な感情に翻弄されながら、マーニャはクリフトの神官服を握り締めていた。


どれくらいの時間が経ったのだろうか。
マーニャはそっとクリフトの胸を押して身体を離すと、ぐいっと目元を拭い破顔した。
「ありがとう」
すっきりしたわ。
いつもの調子でそう告げたマーニャにひとつ頷くと、クリフトは、いつもは見せない心からの笑みを浮かべた。
「ね?神官服が役に立ったでしょう?」
イタズラっぽく片目を瞑ってみせる。
その少し得意げな様子に目を丸くしたマーニャだったが、クリフトをまじまじと見つめるとぷっと吹き出した。
「そうね。そうやってみると、意外とイケているわね」
ま、踊り子の服には敵わないけどね。
声を立てて笑うマーニャに気付かれないように、ほっと息を漏らすとクリフトはゆっくりと立ち上がった。

「さてと、神官の役目はここまでです」
そう言うと、少しだけ躊躇ったものの、マーニャの頭にそっと手をのせた。
「もう、大丈夫ですよね?」
思っていたよりも大きくて温かい手の感触にマーニャは不思議な心地よさを覚えながら、大きく頷いた。そして背の高い神官を見上げると、まぶしげに目を細めた。
「あんたが・・・神官でよかったわ」
本当は少し苦手だった。クリフトが、ではなく、心の深淵までも見抜くような聖職者がマーニャは苦手だった。それは、自分の気持ちを悟られまいとする己の防衛本能だったのかもしれない。
酒場のランプに照らし出された緑の神官服が妙に鮮やかで、目に沁みて。マーニャは瞬きを繰り返していた。
そんなマーニャをやさしい微笑で包み込みながら、クリフトは一度だけ、幼子をあやすかのように頭をくしゃりと撫で、そして静かに手を離した。
「あ・・・」
離れてゆくぬくもりにかすかな寂しさを覚え、マーニャは思わず声を上げた。
慌てて口元を押さえたものの、クリフトの耳には届いてしまっていたようで。
「え?」
マーニャの声を聞いたクリフトが振り返った。
その顔はいつものクリフトのもの。自国の姫を恋い慕う青年のもの。
マーニャはそのクリフトの顔に、心の奥が軋むのを感じながらも、精一杯何気なさを装い笑った。
「ごめん。アリーナのこと心配だったろうに」
私のために時間を割かせちゃってごめん。
そう言ったマーニャにクリフトは頭を振ると、春の日差しのように優しい微笑を浮かべた。
「姫様にはブライ様がついていらっしゃいますから。それに・・・・・・」
真っ直ぐに向けられる視線にほんの少しだけ優しい痛みを覚えながら、マーニャはクリフトの言葉を遮った。
「クリフト。アリーナの前では、神官服を脱ぎなさいね」
神官としてではなく、一人の男としてアリーナと向かい合いなさい。
マーニャの言葉に僅かに目を見開いたクリフトだったが、踵を返すと無言で扉の前に歩いていった。そして立ち止まると半身だけ振り返り、目を伏せた。
「姫様が、それを望むならば」

クリフトの消えた扉をじっと見つめていたマーニャは大きく息をつくと、紫の髪をかきあげた。
「あんた、いい男だわ」
ふと漏れた一言に自嘲しながら、マーニャはクリフトの手の感触を思い出す。
大きくて温かい手。それは父のような・・・・・・否、恋人のような心地よさ。
「あんたが神官服を着ていなかったら」
私は、どうしていたのだろう。
新しい恋に落ちていたのだろうか?
脳裏を過ぎった考えに、マーニャは僅かに睫を震わせた。
「馬鹿ね」
クリフトはアリーナを・・・。
マーニャはグラスから滴り落ちていた水滴を指でなぞり、その冷たさに微笑む。
緑色の神官服。いつもは趣味が悪いと思っていた。でも、その神官服に救われ、そして阻まれた。
(アリーナ、あんたちょっと贅沢よ)
望めば手に入るんだから。
それは、誰の耳にも届かない心の声。
マーニャはぬるくなったグラスの中身を呷ると、口の端をあげた。

「バルザック・・・・・・私ってとことん男運がないと思わない?」

                                        (終)
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