「ベビーさんすみません、私が油断していたせいで……」
「大丈夫全然平気!すぐ治してもらったし訓練には支障が出ないから!」
しばらく時間をかけて桃の園に返ってきたさくら達は事情を説明して寮で休養させてもらうことになった。
腕に包帯を巻いたベビーを寝かせてさくらも床に転がっていた教科書を広げる、貼っていたトレーニング表も剥がして数字を塗り潰して以前の倍の数字に変えようとすると取り上げられる、上を見上げるとシエルが握りつぶしてゴミ箱に捨てた。
「シエルさんは良いんですか参加しなくても」
「お前達があまりにも不甲斐ないせいでルームメイトを労えと指示された、いい迷惑だ」
「じゃあ結構です向こう行ってください」
「奴らの独断のせいでそうもいかなくなった、これを見ろ」
今時の時代になってビデオテープ、どうやらマーベラスがあの試合の映像を藍の波止の生徒に撮影させていたらしい。
それに合わせてコバルトからの謝罪文も付属していた、戦う時は真剣だったがそれでもベビーの腕を折ってしまったことは思うところがあったようだ。
この映像はすぐさま桃の園以外の全校にも共有されて緊急で授業に用いられた、桃の園の方は
たくっちスノーがいるので細かいところはなんとかなったが戦闘映像は自分達の授業よりはるかにレベルが高く度肝を抜いた、現役レッドとブルー特待生が本気で仕留めに来たので当然ではあるが……。
「あの相田コバルトという男は私から見ても見事なものだった、あそこまで食い下がれたのは奇跡と言っていいだろう」
「何を言ってるんですか、私達は手も足も出ずに……」
「そうだな、ベビー・キャロルはともかくとまえはあまりにも無様だったぞチビ」
「ぐっ……ゴーカイジャー相手には分が悪いなんて言うつもりはありません!!あと少し!あと少しで私は……」
「その気になればゴーカイレッドに首を切られていた……その時お前はどうだ、死んだと感じたか?」
「……恐怖心は感じませんでした、当然ですこの程度で怖気づいていたら」
「違う、お前の場合は勇気があるとは言わない……軽薄、死が間近に迫っていたのに実感がないという命の駆け引きを覚えてない能天気さ」
花岡さくらはレッドに憧れてトレーニングを続けて身体能力は高いのだろう、しかし憧れは理解から最も遠いというように彼女の中にあるのはあくまでただのヒーローごっこ、真剣な怪人との殺し合いである本物の戦隊にはまだ程遠い。
シエルはそんなことを言いたいが今のさくらには言い返す気力もなかった。
「無様晒しても大袈裟に避けるべきだったと言いたいんですか」
「そうだ、世界を救うために自分が生きる、その為に惨めな結果を選ばなくてはならない時もある……ベビーの腕を折ってまで勝ちを掴んだ相田コバルトのように」
「……それで、シエルさんとしては私を蹴落とすつもりですよね?ベビーさんから聞きましたよ、私がはぐれ戦隊とバラして学校から追い出すつもりだったと」
「ところがお前の頑張りすぎでそうもいかなくなった」
実はあの映像を見た後に何人かのピンク候補生が怖気づいて桃の園から出ていってしまった、サポート体制で裏に回ることが多いピンクといえど怪人との戦闘は避けられないと理解しているはずなのに血みどろの争いで怯えるように逃げ帰ってしまい、結果的にさくらによってライバルは減ったがさくらがいなくなっては困ると桃の園が判断することになった。
つまりシエルの偵察も半分は無駄に終わっている。
「そうなった以上桃の園の一員としてお前がこの体たらくでは全体の信用にも関わる」
「いい加減はっきりとしたこと言わないと私でも怒りますよ、気に入らないなら気に入らないで喧嘩ならいくらでも……」
「馬鹿か?こんな時に自己都合で私がお前に八つてどうなる?気に食わないが戦力であることは確かだ、労う気は無いが私がお前に出来ることはある、付き合え」
◇
シエルは桃の園の地下闘技場に連れて行き、まだ体の傷が少ないことを確認すると有無を問わず足を振り上げて攻撃を仕掛ける。
模擬戦や鍛錬自体は授業で行っているが今回は攻撃の仕方が異なる。
「お前はここに来るまでレッドの真似事や本に乗っているようなトレーニング程度しか行ってないとみた
「人を救うための手段です!」
「そういう言い回しか、なら私はお前に1から『生き物の殺し方』を叩き込んでやる、その舐めた性根が叩き直されなかった場合一生マトモに生きていけなくなることも覚悟しておけ」
「……上等です、貴方こそ分かってるんですか、本にもありましたが殺すつもりでかかるなら貴方も死んでも文句言えないってわけですよ」
「口だけは達者だな、さっさと構え__」
◇
「あれ?ベビーちゃんもう動けるの?」
「う、うん……ほらあたし手首折れただけだし、相田さんもしっかり治してくれたからねぇ」
ベビーはシエル達が出ていった後に既にたくっちスノーの手伝いをしようとしていたが、大まかな見た目は完成してプログラムを打ち込むだけだったのでベビーは片手を貸して一緒に手伝いをしていた。
たくっちスノーにわざわざ会いに来たのは何か嫌な予感がしたので話をしたかったというのもある。
「あのさぁ……さくらちゃんが闘技場に連れて行かれたんだけどそれって先生は知ってる?」
「うん、ちょっと借りるだけってシエルは言ってたけど1時間もせずに結果が出た、1週間の謹慎処分だって」
「あ、ああー……やっぱりちょっと強引すぎたんだよ、ちょっと訓練するには過激すぎたし」
「違う、シエルは1週間の安静、謹慎処分になったのはさくら君の方だ!」
「え……えええ!?」
シエル達が勝負を始めて1時間もせずに桃の園全体に警報が鳴り教師陣が駆けつけるとそこには身体中血まみれ傷だらけで倒れている二人の姿があった。
凶器は一切無いにも関わらず損傷は激しくまるで大きな獣にでも襲われたかのようにグロテスク、目撃したピンク候補生がトラウマを発症したり嘔吐するレベルだった。
シエルは内臓の大半が損傷、下手すれば心臓も崩壊寸前で両足がねじれるようにへし折れている。
さくらもまた背骨が裂けており指が完全に潰れて肺は壊死。
これを全治1週間までこぎつけたのは他でもないたくっちスノーのおかげである、試作品の万能薬でなんとかなったのだからどうかしてる。
シエルとしても本当になんで生きているのか分からないぐらいだ。
「お見舞い行ったほうが良いんじゃ……」
「自分の分身が行ってる、自分とexeは特別な発明品を使っていくらでも分身出来るから……ベビーちゃんはこのままプログラム作りの手伝いをして」
そして医務室ではここまで酷いことになりながらも全身包帯ぐるぐる巻きでまるでギャグオチで済んでいるように見えながらもがっつり致命傷の二人がベッドで横になっていた。
シエルはメガネバキバキなのでたくっちスノーにコンタクトレンズを貸してもらっている。
「お前がっつり人の殺し方覚えてるじゃないかバカタレ、最初からやれ」
「いやシエルさんなら別に一発で終わるからいいやって思っただけで……」
「おう治ったらその喧嘩買ってやるからな息の根止めてやる」
「死にかけても喧嘩できる元気だけは尊敬に値するよ君等……」
分身たくっちスノーは今回の結果を得て当然冷たい態度を取っているが、一応気遣ってベッドのそばに待機させているが……。
「何故止まらなかった?途中で切り上げても良かったはずだ、何故死ぬまで止まらなかった!?マーベラスだって甘いと思ったはずだ、首筋に剣を立てられてなんで怖くない!?」
「怖気づいてもしょうがないじゃないですか、世界を守るということはそういうことだと思います、貴方もそんな人達を見てきたのでは?悪として」
「……そうだね、じゃあ聞くよさくら君、君は死ぬことが怖くないのか?」
「それは当然です、私は戦隊になる為……人の為に死んでしまうとしても悔いはないです!この命いくらでも捧げ……ゲェッ!?ガッウゲェッ!?」
たくっちスノーは言い終えるまでもなくビンタした、今の体ではビンタでも結構致命傷なので結構エグい悲鳴を挙げるがたくっちスノーはコバルトが戦闘時に向けていたのと似ている、敵に対する軽蔑の瞳……いわゆる「解釈違いにも程がある」というやつだ。
「……君の言う通り僕は
時空犯罪者だった頃に色んな奴を見てきた、黒影以外にも色々ね、こうして副局長になってから振り返るとクズみたいなやつも沢山いたな」
「でも結局、正義の為だからと自分の事を大事にしないやつが一番のクズだよ」
「え……?あの、たくっちスノー先生?」
「今のままでは、君はピンクどころかただの女の子が一番ふさわしいよ、じゃあ今日はゆっくり休んでね」
「まっ……待ってください、今なんと?私が、私が……ただの女の……子?」
たくっちスノーは扉を閉めて去ったが、さくらの脳内でたくっちスノーの言った言葉が何度もこだまして呼吸を荒くして嫌な記憶がフラッシュバックする。
自分はふさわしくない、ふさわしくない、気に入らない、女の子としての自分が醜い。
自分はレッドになる、その為に……。
というところでまだ壊れてないシエルの腕が飛んでくる。
「さくら、お前は最低だな……と言いたいが、今回の場合は私も同じくらいクズということになる」
「え?シエルさんも死ぬのが怖くないんですか?」
「まあな、あのタイミングで死ぬのは嫌だとは思ったが……」
「でもシエルさんの戦隊になろうとした理由って」
「ああそれは普通に嘘だ、ああ言ったほうが人当たりがいいと思われるだろう」
安静にしている間にやることもない二人はそれぞれの身の上話を語り始める。
10年前に災害級の怪人の大進撃によって街は大打撃を受けた。
ゴクレンジャーは全員出動して怪人を退けたが失われた命も多かった……シエルの家族もその結果犠牲になったという。
つまりはシエルの真の動機は復讐である、その対象は怪人界の頂点、Sランク怪人『エレボス』
全ての怪人を作り出して始まりとなった元凶となる存在、その姿は謎に包まれており滅多に現れないという。
「エレボスに殺された家族の仇を取るためなら手段を選ばない、ようやく桃の園まで来たんだ……なんとしてもゴクレンジャーになる、その為ならお前の弱みを握り蹴落とすことさえ出来る」
「なるほど……シエルさんの事がようやく分かってきたような、そうでもないような」
「これを話して思い出したが、お前がレッドに助けられた記憶の日は私が家族を失ったのと同じ日じゃないのか?」
「十年前の大災害だからそうですね、それが何か?」
「それがなにかじゃないだろう!?お前……自分の親が亡くなるかもしれなかったのに何も思わないのか!?どこまでレッド信者か能天気なんだ!!」
「それこそ何とも思いませんよ、私はシエルさんと違って親なんて反吐が出るほど大嫌いですから」
それだけ言うとさくらは何も言わなくなる、シエルは決心してから始めて冷や汗をかいた、ついさっき戦ったばかりよりもよほど恐ろしい。
ようやく花岡さくらの本質が分かってきた、彼女はレッドを越えるピンクなんて最初から憧れていない。
『普通の女の子』というものを心の底から拒絶している、その理由もさくらのこの態度を見れば自ずと察せられる。
思い返せば心当たりもあった、ピンク候補生の中で唯一戦隊スーツにアレンジを加えずズボンスタイル、生活感、そして何より……徹底的に見せない女らしさ。
(おそらくこいつは潜在的に自分が『女』であることを憎んでいる、いっそのこと男にでもなれれば……いや、そんなもの現実的な解決にはならないだろう)
「でもどうすればいいんですかね?たくっちスノー先生の言いたいことは分かるんですが、具体的にどうすればいいのか……」
「生きて帰る、それだけでいいんじゃないか……多分そんな気がした」
「シエルさんらしくないこと言いますね」
「当たり前だ、私らしくない答えをあのキツネ野郎は求めているんだ……そして私たちには帰る場所がないことが問題だ、いやお前には一応家族はいたか」
「桃の園に通う際にこっちから絶縁しましたので同じですよ?」
自分達は空っぽだ、家族も失い夢もなく残っているのは歪な精神の元に作られたゴクレンジャーへの憧れ。
レッドになりたい、怪人をこの世から根絶したい。
どうせ自分達は正義にはなれないが誰かのためになりたい、そんなエゴを抱えた劣等生と優等生。
たくっちスノーが怒ったのは先生としてじゃない……シエルはそんな気がした。
「ところでお前、ピンク以外の選択肢を考えたことはあるか?」
「知りませんでしたからね……女性がピンク以外になる方法なんて、私も知っていれば」
「ん……おいちょっと待て、まさか見たのか!?桃の園以外で女性を!!」
色々ありすぎたのでさくらもすっかり忘れていたが、実は藍の波止に来た際にブルー候補生の中に男装した女性が紛れていたことに気付いていた。
コバルトは知っていたのか定かではないが、無理矢理男装して他所の学校に潜入するという手も存在したのだ。
だがそれでもレッドになることは難しい、レッドの学校は存在せず本部が秘密裏にスカウトしている……そんな噂程度にしか分かってない、その分交代も少なくさくらが出会ったレッドでさえまだ5代目だ。
「その手があったか……まあそれはいい、実はもう1つゴクレンジャーに入る方法が存在する、というか出来た」
追加戦士、巡が授業で教えてくれたが戦隊というものには佳境に入った時新たに力を貸してくれる六人目の戦士が現れるという。
実際、さくらの使っていたはぐれ戦隊も大半が追加戦士由来の能力である。
実は近々、ゴクレンジャーにも追加戦士が必要になってくるだろうと六人目のゴクレンジャー戦士を決める総選挙が始まろうとしているという。
参加条件は少なくとも特待生以上であること。
「ということは、藍の波止からは相田さんが選ばれることになりますね」
「そうだ、問題があるとすれば今期の桃の園にはまだ特待生が出ていないことだ」
このままでは自分達は何のチャンスも掴めないままゴクレンジャーになれない、このままでは本当に戦隊として立ち止まったままになってしまうだろう。
今の自分達は孤独だ、1人ぼっちのままではヒーローになれない、なら……。
「シエルさん、一人二役で追加戦士になるという手はどうですか?」
さくらはもう一つはぐれ戦隊のアイテムを持っていた、『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』のエックスチェンジャーを元にした道具は二人一組で変身できる道具で本当はベビーにでも使う予定だったが……。
「この道具は元になったルパンエックスパトレンエックスと同じで……二通りの姿になれます」
「なるほど、片方が特待生になってしまえばもう片方も形態変化という形で誤魔化しが利くわけか……それで?特待生でも無い方とわざわざ協力するメリットはなんだ?」
「考えれば色々出てきますよ、例えば……本当に危なくなった時に身代わりにするとか」
「……はは、はははは、最初に会ったときは現実も見えてないバカなクソチビかと思ったが、言うようになったな」
「だからシエルさんは簡単に命かけないでくださいね?私がいざという時見捨てる時に困りますから」
「何故お前が特待生になることを前提で話す?待っていろ、いつでも捨て駒として扱えるようにコキ使ってやるからな」
初めて花岡さくらとシエル・フローレスの想いは一致した、自分を大切にするために平然と切り捨てられる相方を作ることでお互いに利用し合う仲となり、その為に自分を粗末にしない理由を作り出した。
この結論は歪んでいると言うかもしれない、しかし端から彼女達は家族や友人などといった形で生きる理由を見出すことはない。
本当に1週間もすれば生まれ変わったように活動していたのだから。
「シエルさん長生きしてくださいね、私のために」
「お前も少しは成績を伸ばせ、私のために」
◇
「……僕はこれでよかったのか?」
一方この結果を分身の記録を通して理解したのがたくっちスノー、まだまだ善人になるということがよく分かっていない彼は自分が行動を起こした末のさくらの答えが間違っているという確信を得られない。
だが少なくとも自分が道を示した結果こんなことになってしまった、自分はさくらとシエルにどうなってほしかったのか?
これはアレだ、もっと自分がワガママになるべきだった。
「ああ……時間を巻き戻す発明品を作りたい、作ってそのまま選択肢をやり直したい」
「先生としてはさくらちゃんに何を言いたかったの?」
「さあね……自分が死んでほしくないから生きろって言うのは傲慢かな?」
「え〜?最悪の時空犯罪者が傲慢とか気にするの?」
「結構刺さること言うよなぁベビーちゃんは、いやまぁ……例のコバルト君からのお墨付きもいただくか」
「え?どういう意味?」
「あっ、そう言えば君も知るべきだよね?おめでとう、今期の特待生に君が選ばれた、ベビー・キャロル!」
「え!えええ〜〜!!?あたしが特待生!?あっでも、特待生になったらCランク怪人とも戦わないと」
「ブルーに褒められるよ」
「なります!!」
なんと、誰よりも桃の園で特待生に選ばれたのはベビーだった。
それにはたまたま盗み聞きをしていたさくらとシエルも呆然と立ち尽くす。
「な、なな、な何ィーーッ!!?」
「まさかの私でもシエルさんでもなく、予想外の3人目ーーーっ!!?」
最終更新:2025年07月15日 06:52