目が覚めて。

メリアは……考えていた。
この体に転生して早一時間、この短い間に色々ありすぎた。
わけも分からず女性の体に転生したかと思えば、顔も名前も分からない男に『婚約破棄』を言い渡されていた。

その時、頭が動かずメリアの口から咄嗟に出た言葉は……

「い、一体なんのことだか……」

流石にまずかった、メリアも流石に開く言葉を間違えたとすぐ後悔した。
当然ながらその男は激昂しメリアの胸ぐらを掴む。
「貴様がサナにした数々のことはもう分かっているんだ!」

「そもそも俺がこの体にやった数々のことも知らねぇんだよ!!」

「大体お前は誰だ!!サナはどいつだ!!」
まさか死にかけて転生してすぐさまこんな非常事態が起こるとは思いもしない、メリアは必死だった。
目の前の男をどうにかする為、メリアはまず自分の状況を整理することにした。
(多分、この体があの隣の……多分アレがサナか、あれになんかやったんだな)
それは間違いない。
とは言ったもののそれはこの体『メリア』の問題、その体を結果的に乗っ取る形となった『明弥』が責められたところでどうしようもない。
ましてやこの状況で『自分はこの体に魂を転移された別人』と言ったところで信じるはずもないだろう。
今はただ、この男の話に頷く事にしよう……

……
しばらく話していたら行事も終わり、メリアは婦人のような人に呼び出される。
恐らく彼女はメリアの母親だろう。

「メリア…貴方はなんてことを……」

「あ…その、なんというか……」

「か、母さん……で、いいんだよな?」

「変な話かもしれないけど……これがどういう事なのか、説明してくれないか?」
メリアの母であるマリアは涙を流しながら娘を強く抱きしめていた。
そしてメリアの頭を撫でて、優しく微笑みかける。
メリアはこの笑顔を見たことがあった。
まだ自分が幼くて、母親がいた時の記憶……
今となっては遠い過去の思い出、それが蘇ったような感覚であった。

そして。

「……貴方は、メリアじゃないのね」

「!」

ここまでの話で何を感じたのだろうか、実際そうなのだが自身を今までのメリアでは無いと見抜いた。
……恐らくこれが親子の情というものだろうか、いやそれでいい、今までのことよりは納得出来る。

「その……なんというか、俺もなんで精神がこの体に入ったのか分からない」

「ただ一つ言えるのは……自分で言うのもなんだけど悪いやつじゃないんだ」

「そっか……」
メリアの母は小さく呟き、メリアの頬にキスをした。
「あの子がやったこともあり、これから大変だと思うけど、貴方には頑張ってほしい」

「ああ、ありがとう……母さん、でいいんだよな、俺の母さんじゃないのに……そう呼びたくなる」
メリアは少し照れくさそうに顔を赤める。

メリアは改めて、今の状況を聞くことにした。

「あの男は婚約破棄……って言ってたが、俺、というかメリアの婚約者でいいんだよな」

「彼はサリエス・イルタール、イルタール家の貴族で、貴方の婚約者だった人よ」
「イルタール家……」
メリアの頭の中に、イルタール家の情報が流れ込んでくる。
メリアの記憶ではない、この体のメリアの記憶だ。
メリア・トゥシャール
トゥシャール家は代々続く貴族の家柄で、イルタール家とは大昔から婚約をしていた。
婚約と言ってもその実態はそれぞれの家柄の技術や人脈を求めた仕事上の繋がりだった。

考えてみるとどんどんこの体の記憶が見えてくる。
あの時サリエスのそばに居た、あのサナ、サナ・ヒカリという少女。
メリアが彼女に酷い仕打ちをしている姿が見える、サリエスが言っていたのはこういう事だろう。

「そしてサリエスがそれを知り、怒りのあまりメリアを婚約破棄…ってわけね」

「………どうやら、この体は本当に取り返しのつかない事しやがった上に、運悪く後始末を無関係な俺が背負う羽目になったようだ」
マリアはメリアに、今の現状について説明した。
メリアは自分の置かれた立場を理解し、ため息をつく。


「……で、婚約破棄された俺はこれからどうなる?」

「サナに対する行いがあまりにも問題であるとして……貴方に跡継ぎの立場は無くなるわ」

「他に継ぐ相手は?」

「貴方には妹がいるの」

「ならそれは受け入れる、そもそも転生したばかりの一族を継げって言われても到底無理な話だしな」

「それと……これは、サリエス様による一方的な要望ですが……」

「……貴方に、この家を出ていくように」

「………へー。」

それはつまりメリア・トゥシャール個人に対する没落、要するに追放だ。
元々メリアは貴族の娘だが、今回の件により、完全に貴族の地位を剥奪されてしまうことになる。
しか、元より貴族としての地位などに興味はなかったので、家無しになることの危険性を除けば特に問題はなかった。

「……それも受け入れるしかないだろ、この体が悪いんだから」

「………っ」
だがメリアは思うところがあった。
(……サナに随分入れ込んでるな、こいつの記憶を見たが、生前の俺のような貧乏の出で立ちだし、何か惹かれるものがあるのだろうか……?)

「サリエスはいつ俺に出ていくように言った?」

「そこまではまだ…」

「よし、なら猶予はあるんだ……どうせ俺は1回死んでいる、なら2回死んだところで、辛くもなんともない」

「ちょっと余生が伸びたぐらいに思うよ」
メリアは母に笑顔を見せる。
しかし母は心配そうな表情を浮かべていた。
メリアはそんな母の手を握り、大丈夫と安心させる。
するとメリアの腹が鳴った。
メリアは恥ずかしそうに顔を赤める。
「……そーいや話聞くのに夢中であの時なんも食ってねぇ」
メリアの母は微笑みながら、メリアの手を引いて、食事の用意をした。

「このパーティの余り物だけど」

「気にしないでくれ、余り物食うのなんて慣れてる」

料理を用意したウェイターも顔を見ずそそくさと出ていく。
これは……婚約破棄を言い渡され、完全に立場を無くした者への態度とも違う。

「母さん、これ……」

「貴方の言いたいことも分かります、メリアは……」

メリアは、この家でも傍若無人だったらしい。
その為今日の今まで従者は顔色を伺うどころか話すことも避け、妹は完全に怯え切っていて近寄ることすら出来ないそうだ。
メリアの母はそれを全て理解しているようで、申し訳なさそうにしている。
メリアはその話を黙って聞いていた。
そして自分の部屋に戻る。
ベッドの上に寝転び、天井を見ながら考える。
この体のメリアはどんな性格をしていたのかと。
そもそも何故、自分はこの体に転移してきたのだろうかと。

「ま、今は……寝たいな、寝て……、また明日考えてみるか」
最終更新:2023年01月21日 16:58