そいつの名は。

「……来たぞ、センコー」

メリアは放課後、フォグに呼び出されて教室に残る。

「来たな、メリア・トゥシャール……いや、メリアに転生してる誰か。」

メリアはさっきの時点で分かっていた。
こいつは自分の正体に気付いた、するとこの男もなんなのか分かってくる。

「……そうだな、お前の言う通りだ、するとお前もそうなのか?」

「いや、俺は転生はしてないよ、世界から世界へ旅をしてるって所かな」

「……だからナポリタンの作り方も知ってたと」

「先に俺から聞いていいか、なんで分かった?」

「え、お前まさかアレを無意識でやってたの?」

「アレって、お前の所でやったのはテストだろ、魔法学とかいう……」

「魔法学もこの世界じゃ義務教育だけどな、それ名前どんな風に書いた?」

「どんな風って漢字に決まって」
「あっ」

……その人にとっては当たり前のことだがそうでもない、そして冷静に考えれば分かること。

平仮名、片仮名、そして漢字。
これは生前過ごしていた日本の文化、それが異世界にあるわけが無い。
つまり、こいつは……。
メリアは改めてフォグを見つめ直す。
フォグは確かに言った、自分が世界を旅をしていることを。
それにフォグの格好を見てみると、どう見てもこの世界の現代人ではない。
黒ずくめのロングコート、手には手袋、流行りもののシューズ、この世界で整えられるファッションではない。

「何しにきやがった?俺を連れ戻しに来たか?」

「連れ戻す?死者を?いくら神様でもそこまではしねーよ、旅をしてるのはちょっとした……いや、お前には関係ない事だ」

「改めて、今どういう状況なわけ?」

………
メリアはフォグに全部話した。

「悪徳令嬢様が貴族に婚約破棄をされて、破滅まっ最中……」

「いかにもテンプレ通りだな」

「じゃあ、その女の精神に男が入り込むのもテンプレなのか?」

「俺はラノベに詳しいわけじゃないのでなんとも」

「はぁ……つっても、悪いのはこの体だし、追放されるのはもう決まってるし、近い内にまた死ぬのが確定してるんだよな」

「その体で皆に謝ろうにもメリア・トゥシャールはオオカミ令嬢、嘘に嘘を重ねて信頼はゼロだしな」
メリアは深いため息をつく。
フォグは顎に手を当てて何かを考える。
少しの間沈黙が続き、フォグは口を開く。
フォグはニヤリと笑う。
メリアは嫌な予感しかしなかった。
フォグはメリアの肩を掴む。
そして。

「お前、これからどうする気なの?」

「どうするって……アテが無いんだぞ、多分野垂れ死ぬんだよ、まー死ぬのは2度目だし怖くも痛くもないが……」

「まだ若いんだから死ぬのが確定みたいに言うな、なんだったら、俺と一緒にダラダラ生きてみようぜ」

「簡単に言いやがる……新任教師、のツラかぶった変な旅人が」

「お前だってお嬢様のツラかぶったバカの癖に」

「うるせー」

………
その次の日から、メリアはログとサナが来るまでフォグに山ほど教科書を与えられて朝からぶっ続けで確認していた。
いつ破滅しようがどうなろうが、ひとまずはこの世界の知識を得なくてはならない。
十七年分の授業を今からまとめて受けてるようなものだ。

「このままじゃ卒業出来るかも怪しいんだよ!」

「前のテスト0点、名前も日本語で書いたから判定なしは流石に焦るわな」

「うっさい!早く教えろ!」

「教えるって言っても、俺が教えられることなんて少ないけど」

フォグはメリアの隣に座ってノートを取る。
「魔法の基礎知識とか歴史とか数学とか、そんなもんかな」

「魔法!?魔法が使えるのか俺!?」

「一応教科書にも書いてあったろ、つっても……RPGなんかと違って大分複雑だけどな……」

「あ、RPGで思い出したけどお前に大事なことを伝え忘れてたわ。」

フォグはそう言うと、とても信じられないような事を言う。
この世界、この異世界は……ゲームなのだと。
正確に言うと、数多くの空想の世界は実際に存在しており、かつてメリアも生前過ごしていた現実世界でゲームやアニメという形で認識されているとのこと。
この世界の話もそうやって現実ではゲームソフトとして発売されているとの事だ。
タイトルは『スカイハイレディー』。

「この世界がゲームって……それこそアニメみたいな内容になってきたな」

「死んだと思ったらお嬢様になってた時点で今更だろ」

「……とすると、俺はゲームにおける悪役、主人公は……多分、サナか?」

「さあ、そこまでは俺も…?そういやスカイハイレディーってゲームがあったなってだけで遊んだことは無いし」

「俺だって女が主役のゲームなんてやったこともねーよ……」

そもそもこの世界が別の所でゲームとして作られているからと言って内容も知らない自分はどうしようもない。しかし、ゲームの世界で生きているという事は、主人公はあれで大丈夫なのか?

「ま、とにかく今は魔法の使い方を覚えてみようぜ、役に立つと思うし」

「でもどうやって使うんだよ?何ページに書いてある?」

「……こんな感じで……魔法名を唱えて!」

「ファイアボールッ!!!」

メリアの手のひらから炎の玉は…出ない。

「心をどうのこうのするRPGじゃないんだから魔法名叫んだところで出るわけないだろ……」

「普通魔法は叫ぶ物だろうが!」

「この世界はそうじゃないみたい、えーと……あー、後でまた教えてやるよ、ログ達来たぞ」

……

「じゃあ今日の授業はそれぞれ学園内での目標立てようか」

「貴族とか居るエリート系学校ですることじゃねぇ」

「おだまり、常識や勉強なんて教科書読んでりゃ身に付くんだよ君のようにな……」

「おいこのセンコー普通の授業する気ゼロだぞ、王子様の教育に悪いな」

メリアとフォグが揉めている裏で、ログはサナの事を見つめていた。

「あ、あの……どうか、したのかな?」

「そうだな……率直に言えば私は君に興味がある。」

「え!?」
サナはログの言葉を聞いて驚く。まさか自分にそんな言葉をかける男が現れるとは思わなかったからだ。しかも美男子だ。
フォグより身長が高いのも好印象だ。
顔立ちも整っている。
声も低く落ち着いていて良い。
そして……

あっ、それどころではなかった。

「しゃあっ!!定規ソード!!」

「教師のくせに小学生みたいな攻撃してくるんじゃねぇよ!!剣の魔法!!」

サクッ

「うわっ刺さったァ!!俺の体が真っ黒な液体じゃなかったら即死だぞお前!」

「びっくりした!!俺もびっくりした!!罪がまた1つ増えるところだった!!」

「あの、そろそろ授業を……」

……
最終更新:2023年01月21日 17:20