入社、黒影旅館

時空、様々な並行世界が宇宙のように繋がる大きな海のような空間。
数多の国、数多の種族、そして……数多の会社。
街どころか世界を越えられることによって、就活、面接の需要は数百倍以上にも跳ね上がり、どんな仕事でもどんな生物でもスキルがあれば求められる……


はずだった……

「また、受からなかった……」

この男、ローレン・漆黒
これまで5個ほど世界を超えて仕事を探しているバリバリの就活生だが、未だに就職先が見つかっていない。

「もう諦めてバイトでもいいかなぁ……」

なんてことを思いながら、彼は異世界へと旅立つこともあったが、未だに見つかっていない。
別世界からも優秀な人間が雇用されやすくなった以上、求められる人材のハードルも高くなった。
しかしローレンも何もしてなかったわけではない、目に映るあたり…ちょっとしたスキル…つまり、『免許』や『資格』は何かしら取得してきた。
だが、そんな小手先だけでは通用しない時代となっているのが今であった。

「あー……ダメだなこれは……」

そう言いながらローレンはスマホの画面を見つめていた。
画面に映し出されているのは求人サイトに表示される無数の求人情報。
その全てに目を通していくが、いずれも面接前に不採用、運良く面接まで漕ぎ着けたとしても、お祈りの山。

「大成する為に家を飛び出してきたはいいけど、このままじゃ……」

と、ローレンが凹んでいる隣から……

「あ、あのー……えっと、隣いいですか?」

「え?」

すぐ側で、紫色の髪をした女性が声をかけてきたのだ。
「あっ!いやっ!すいません!いきなり話しかけちゃって!」

彼女はすぐに自分の行いに気付き謝り始める。
「いえ、大丈夫ですよ?それにしても綺麗な髪ですね」

ローレンは思ったことを口に出した。

「そ、そうですかね……か、髪?そこ褒められるのは初めてかも……よかったら、相談に乗りますよ」

………
その女性は宅地雪と名乗った、他世界の事に関しては色々詳しいといい、ローレンの就活問題についてもしっかり聞いてくれた。

「確かに今の時代、普通の人が普通の技術で企業に入るっていうのは非常に厳しいかもね……」

「大手だと、異能力者の方が需要あるからね…同じ飲食店でも調理師免許持ってる人より指を鳴らすだけで火をつけられる人の方が合格しやすいって聞くし」

ローレンはため息を吐く。
すると、雪が突然こんな事を言った。
彼女の言葉を聞いたローレンは思わず顔を上げた。

「あの、良かったら…うちの所で働いてみませんか?」

「え?」
……
私は、偶然見かけたローレン・漆黒さんという方に声を掛けた。
私の目の前にいる彼はどこか自信なさげな表情を浮かべている。
話を聞いてみると、就活のことで悩んでいた。

「改めて私、宅地雪っていいます。黒影旅館って言う温泉旅館を経営してるんですけど……」

黒影旅館……私が経営している旅館の名前。
経営と言っても、従業員のひとりに過ぎないけど。

「今、ちょうどここで住み込みで働く従業員を募集していて……どうかな?」

「いや、それはありがたいのですが……」

「あ、もちろん給料も出しますよ?」

「いやそれ当たり前なので……」

ん?何だろう……何か問題でもあるのかな?

「何か…問題でもありますか?」

「いや、その……それは、ずっと何かしらの仕事を受けたかったから、もし本当に働けるなら……って」

「う……そ、そこは私の方から、女将に話をかけてみるから、ウチはいつでも人材求めてるし。」
と、私は彼を必死に説得する。
そして彼は、首を縦に振ってくれた。
やった……!これで、また従業員確保だ。
早速、女将に報告しないと…………
「すぐに女将の所へ向かわないと」

「え?向かうと言ってもどうやって…」

「手を握っててください、案内するよ」

私はローレンさんの手を握り、魔術で時空の渦を作る……そこから中に入れば、黒影旅館まで直行だよ。

………


雪という女性に誘われ、手を握って渦に入った先にあったのは……大きな館。
確かに、温泉旅館らしき風貌をしているようで、微妙にて異なるような造形をしている。
しかも、屋根や窓に使われているあの細工は……

「あ……もしかして、黒影旅館の事を知らないのかな」

「うちのお店…というか、家族は魔法使いの出で立ちで家族経営なんです」

魔法使いの家族経営……
つまり、この世界では魔法使いの雇用率も高いのか。
と、俺は納得しながら館内に入っていった。
受付には、紫の髪をした女性が座っていた。
恐らく彼女は雪さんの妹だろう。

「女将さんを探してきますので、ちょっとそこで待っててください」

雪さんはそう言って、俺を置いて何処かに行ってしまった。
数分後、戻ってきた時には……何故か手ぶらだった。

「どこにも居ない……」

「え!?」

「いや……違うんですよ、普段はそんなに自由な人じゃないんです、どこ行ったんだろ……」

「携帯とかそういうので連絡は?」

「ウチそういうの誰1人持ってないんです!すぐ壊れるし買い換えることも億劫になって……」

大丈夫だろうか……まさかこんな事になるなんて。
雪さんは別の部屋の方へと向かっていき……しばらくかかりそうだ。

ガラガラ…しばらくしていると、入口に誰か入ってきた。

「た、ただ……いま……」

「……っ!?」

で、でかい……いや、小さいがでかい。
山積みのレジ袋を持って小さな子供が来た
雪さんと同じ服を着ている、ここの従業員の子だろうか。

いや……見たところ見た目が六歳、いや七歳ぐらいの子供にしてはあれ……が大きすぎる、なんだ? その子が持っているレジ袋はパンパンになっていて今にも破れそうになっている。

「あ、その……大丈夫か?」

「ん…ああ、ありがとう……ございます」

それにしても誰の子だろう、一旦雪さんの所に言って聞いてみた方がいいのかな。

「ごめんちょっといいかな、ついてきて」

「うん」

………

「雪さん、ちょっとその……」

「あーどこに行って……あ、母さん!?」

「……え?」

今、なんて……?

「ゆき、かいものしてきた、やさいきらしてる」

「そ…そういうのは霜降や鴕鳥がやるって言ってたじゃん、もう心配かけて……」


「あ、ローレンさん、あのですね……その人、その小さな子供のような見た目をしている人」


「名前はシャドー・ルミナ・黒影……この黒影旅館の主、つまり……私達が今探してた、女将なんです…」
女将?子供が?? どう見ても小学生にしか見えないのだが。
でも、よく見ると……彼女の着ている服は雪さんの物と似ている。

まさか、本当に……なら、当たって砕けろだ。


「女将さん!!俺をここで働かせてください!!」


「いいよ」
最終更新:2023年02月23日 07:55