『カーレッジ』が遺したもの

ラミスが帰ってきてから、メニューはなんとか『魔法系和食』を何品か追加することが出来た。


「まぁ今までやれてなかった事の方が新人さんには変かもしれないけど……」

「ところで、君はなんでここに来たの?」

「仕事見つからなくて憂鬱してるところを雪さんに拾われて……」

「またそのタイプか……でも、結構長続きしてるだけまだいい方ね」

「人の事ペット拾ってくるみたいに言わないでよ!」

実際その通りかもしれない、ここで拾われなかったら自分はまだ職に着けてなかっただろう。
本当に雪さんには感謝しきれない……
そして、雪さんの事を思う度に胸の奥が熱くなる。
「そういえば雪さんってどうしてこの旅館で働く事になったんですか?ドラゴンしばけることといい、この店出てもやっていけそうなのに」

「うーーん……なんというかね、母さんに……ルミナ様には今まで結構お世話になったことも多いから」

「今となっては、戦うよりもあの人のそばに居ておきたい……そう感じたんだ」

「はあ……」
なんだか照れ臭くて生返事になってしまう。
それにしても、こんな美人がずっと傍にいるなんて羨ましい店だ。
俺が別の立場だったらきっとドキドキしてしまうに違いない。
でも、雪さんにも好きな人がいるのだろうか…な…そんなことを考えながら、俺は食事を終えた。
………

「………漆黒?」

そして、その夜。
ヘレンさんに会いに行った。

「板長って夜中から仕入れとか何やらで忙しいぞ」

「なら、包丁の手入れとか野菜のチェックくらいなら手伝いますよ。」

「そうか」

………
「こうして二人きりになるのは、あの類似的な面接の時以来ですね」

「何の為にわざわざ俺を?」

「その……女将、貴方の妹さんや、雪さん達にも話しにくい話題なので」

「………一家経営の黒影旅館、ヘレンさんとその妹ルミナ女将、その娘のラミスさん……」

「……ルミナ女将の、旦那さんって……」

「ああ……」


「それは確かに、俺に聞いて正解だったよ」
ヘレンさんが悲しそうに笑った。
やっぱり、こういう表情をする時は普段と違う一面が出る気がする。
そして、ヘレンさんが語り始めた。
ヘレンさんは、ルミナ女将の旦那さんについて何か知っているようだ。
だが、その内容は衝撃的過ぎた。

「お前、カーレッジ・フレインという男を知っているか」

「ああ……就活してる時に、名前だけは聞いた事があります、どんな人かまでは覚えてませんけど……」

「あいつは元々神みたいな奴でな、俺達の国でも英雄だとか呼ばれていたんだが……」

「………離婚したんですか?それとも亡くなったんですか?」

「現状の見解は両方って所だな」

……ルミナ女将の旦那さんは、よく分からないが凄い人らしい。
しかし現在は消息不明。生きているのか死んでいるかも分からない。
さらにヘレンさんの話では、ルミナ女将に料理を教えたのもその男性らしい。

「俺から言えるのはここまで、そして……お前が知っていいもここまでだ」

「だが勘違いしないで欲しい、お前が信用出来ないからじゃない、首を突っ込ませたくないからだ」

「お前がカーレッジの事を俺に聞きに行った判断は正しい、今日聞いたことは誰も言っちゃいけないし、俺以外にもこれ以上聞くな」

「特に雪には」
ヘレンさんが真剣な目つきで言う。
ルミナ女将の過去。
それが関係しているんだろうか……。
ルミナ女将は、その男性を愛しているのだろう。
だからヘレンさんもラミスさんも、ルミナ女将の旦那さんの事は口にしたがらない。

だが、雪さんの事は……?


「何故そこで雪さんが出てくるんですか?」

「雪もカーレッジの子だが……まぁその、母親が違う、ラミスと異母姉妹でも思ってくれればいい」

「そして……下手したら、家族だった俺たち黒影家よりも関わりが深い奴だろうな」

ヘレンさんがそう言った時、部屋の扉が開いた。
雪さんだ。
少し息を切らしながら、こちらへ歩いてくる。
何やらあったようだ。
「大変です!ヘレンさん!」

「どうした!?雪!!」

雪さんは、ヘレンさんに向かって叫ぶように言う。
「か、母さんと……ラミス姉さんが……命狙われてるかも…」

「はい!?」
言ってることが分からなかった。
ルミナ女将だけじゃなく、ラミスさんまで……? ヘレンさんの顔を見る。ヘレンさんも同じ気持ちのようだった。
雪さんが続ける。

「さっき、母さん達の部屋に入ったらライフルの弾みたいな音が聞こえて……」

「ライフル!?」

「いつものアイツ……ってわけでもなさそうだな、いや……それだったら漆黒を狙うか」

「どうしよう……今お客さんいるから、迂闊に応戦出来ないよ……」

「応戦!?」

「あ、そうかお前流石に戦闘系の資格は無いのか」

「ありませんよ自衛隊所属じゃあるまいし!!」

「ああ………そっか、お前の世界はなんかの軍隊に所属してないと戦闘技能とか得られないんだ」

ヘレンさんの言葉に俺は黙る。
この旅館では、戦う力が無ければ生きていけなかったという事なんだろうか。
だが今はそんなこと関係ない。
とにかく、まずはこの旅館の人達を守らなくては。
俺は立ち上がる。

「俺になにか出来ませんか?」

「人間の避難とかはやれるから野菜とかその他諸々守ってくれダメになると明日の経営に差し支える」

「あっこんなことあっても明日も仕事するんだ」

「今時ライフル持ちくらいでどの会社も止まらんもんよ」
ヘレンさんはそう言いながら、旅館の外へ連れ出す
外には沢山の人がいて、それぞれ銃声を聞いたのだろう、不安そうな表情を浮かべていた。
旅館の中からは、ルミナ女将の声と、何かを引きずるような音、そして悲鳴のような叫び声が聞こえる。

「一体なかで何が起きているんだ……」

「しかもなんか爆発音まで聞こえるし……」

本当に大丈夫なのだろうか、というかこんなこと起きても明日の経営に差し支えないのか………


と考えていると、それは直ぐに終わった。

「鎮圧終わりましたので中に戻っていいですよー」


「本当にもう終わった!?」

………
俺は慌てて黒影旅館のスタッフルームに入る。

「あ、あの雪さん……大丈夫ですか?」

「え、うん、今回の奴はライフル銃一本だけだったし全然大したこと無かったよ。」

「改めてなんなんだこの人は………」
最終更新:2023年02月23日 08:21