『
任天堂世界』に招かれた人間はいつも最初は同じだ。
地面が雲で出来た未知の空間に、いつの間にか倒れている。
前後の記憶は無い、そして……必ず自分の前に長蛇の列が出来ている。
不思議とその列に自分達も並び、何時しか自分だけが先頭に立ち、何かを手渡される。
それはトランプのような物だったり、本だったりする。
それはいつの間にか消え、その奥に進まされる。
そこにあるのが……
任天堂世界に入り、未知の空間に来ているにも関わらず驚きも焦りもない……いや、正確には、そんな余裕が無い。
「………何か、食いたい」
空腹感、いや……それをはるかに通り越した、飢餓の感覚。その飢えは何処から来るのか? 今、彼女が立っている場所は雲の上。
足下には雲の海が広がり、周囲には雲の壁が立ち塞がっている。
だが、壁の向こう側は見えず、ただ白い壁が続くだけ。
しかし、彼女にとって今はそれがどうでも良かった。
少し歩くと穴があり、そこに入ると先程とは打って変わって大自然が広がる小さな村に出た。
森の木には大量のフルーツが実っていたので、それを片っ端から貪った。
それでも何故か全く満たされない、貪っても内部で消失しているように感じる。
フルーツを全て食って、また穴を超えると今度は草原に出て、キノコが生えていた。
キノコを食べてもみたが、やはり空腹は満たせない。
そして彼女は再び歩き出す。
次に辿り着いた場所は火山地帯で、火口からはマグマが流れ出し、地面からは炎が吹き出している。
「何も見えない……」
そ彼女の顔は汗一つかいていないが、全身からは湯気が出ており、余計に疲労感が倍増していく。
そうやってあちこちを歩いていた時の事だった。
ライミはガラの悪そうな男達に絡まれたのだか、飢餓感で頭が回らないので抵抗する事なく、そのまま彼等に連れていかれる。
そして、彼等に連れられた場所は薄暗い建物で、中に入ると同時に、数人の女性が乱暴されたかのように床に転がされていた。
既に息をしている女性はいないようだ。
「へへへ、これでやっと全員揃ったぜ!」
「ああ、待ちくたびれたよなぁ!もう我慢出来ねえ!!」
「さあ、早速始めようぜぇ~?」
男達は口々にそう言うと、一人の男がライミの手を掴んだ瞬間……
ごッ!!
「ぎゃあああああ!!」
ライミは男のうちの一人の顎向かって勢い良く殴っていた。
本能で……感覚で、不思議と体が勝手に動いていた。
(欲しい…あれが欲しい)
(ニクが……欲しい……)
(ニクが……ニクがほしい……)
ライミの頭の中で、その言葉だけが延々と繰り返されている。
男達の顔は既に原型が無くなっているぐらいに腫れ上がり、口から血を流して腰が抜けていた。
その時、男達の背中から平たくて四角の形をした部位が飛び出してきた。
ライミはその部分に真っ先に飛びついて……喰らいついた。
「ぐええ!?」
「な、なんだこいつ!?」
ライミの体からは信じられない程の力が出ているようで、男達が必死に引き剥がそうとするが全く離れる気配がない。
やがて、その部分から肉が引き裂かれて、ちぎれ飛んだ。
「ぐわああああああ!!」
その光景を見た男達は一目散に逃げていき、その場にライミだけが残った。
だが………不思議と腹が少し満たされ、ある程度は頭が回るようになった。
ライミはようやく、自分がおかれている状況が異常であると理解した。
………
来た道を戻ると、最初は気付かなかったが大きな広場のような場所に出た。
「ここは一体……?」
辺りを見渡しても、特に変わった様子は無い。
ただ、この場所にはかなり多くの人間が集まっており、何かの集会のような雰囲気だった。
すると、ライミの姿を見つけた集団の1人が声をかけてきた。
「おっ、そこのオッパイがデカイ姉ちゃん!あんたも『
任天堂戦士』か?なら、まずはこれを受け取れ」
そう言って渡された物は、一枚のカードだった。
恐らくライセンスのようなもの……と思う。
「聞きたいのだが、ここは……」
「おい!見つけたぞ!」
すると、先程逃げ出した男達が更に仲間を連れて戻ってきた。
人数は4人……全員の背には、先程の物と同じ部位がある。
それを見て、ライミはまた襲いかかろうとしたが、男達はライミを拘束した。
「おら、暴れんなっての!」
「離せ、この……うっ」
「こいつを早く運べ!」
男達に連れて行かれたのは、何時の間にか用意されていた檻の中だ。
他の女性も何人か一緒に捕らえられていたが、誰も抵抗する様子がないので、とりあえず自分も従う事にした。
だが、自分は何故ここにいるのか?これからどうなるのだろうか……その事を考えていた。
男達の声が聞こえる。
「この世界は法律も警察もないんだ、存分に楽しんでいけよ」
「ひゃっほおおおう!」
「ヒャハアァ!」
ライミ達は薄暗い部屋に連れられ、部屋の中央にあった椅子に座らされた。
(いったい何が……?)
すると突然照明が灯され、雷鳴がしたかと思えば稲妻が男達に落ちてくる!!
「くらえっ!!10万ボルト!!!」
「ぎゃああああ!!」
男達はパニックになり、黄色いネズミが飛び出して突っ込む。
「何っ!?ピカチュウが喋って……新手の
任天堂戦士か!?」
ピカチュウは尻尾でライミの縄を切断して、席を立たせる。
「お前も早く逃げろ!あいつらに捕まったら本当にろくなことにならないぞ!」
「ん………ああ」
言われるがまま、ライミは脱出しようとするが、男が1人通せんぼする。
「でんこうせっか!!」
「ぎゃああ!!」
ピカチュウが勢い良く頭突きをして男は1人吹っ飛び………また、背中から四角い物体が出てくる。
「ん?なんだこれ?」
(………ああ)
(アレを食いたい……)
ライミは目の前にあるそれを凝視して、思わず唾を飲み込んだ。
(ニクを……たべたぃ……)
(ニクをたべたぁあいいっ!!!)
「ぶおおおっ!!」
「なにい!?」
ライミは奇声をあげて男に飛びついて四角い物体に噛みつき、今度はあっという間に引きちぎった。
ちぎれたそばから次々と生えてくるニクを、ライミは夢中で食べていく。
そして、数分後にはライミの周りにはニクが散乱していた。
ライミが満足気に口の周りの血を拭いていると、ドン引きしているピカチュウが……
「お前……なんっというか……すげぇのが新しく来たものだな………」
「……おい、俺は食うなよ!?ポケモンが美味いのかは知らんけど!」
「いや……不思議と食いたいとは思えない」
「………とにかく!1度逃げるぞ!」
……
ピカチュウに導かれて、ライミはまた広場のような空間に戻り、草っぱのような所に案内される。
「この辺りはフラフラしてると野蛮な奴らに狙われるぞ、特にアンタみたいな生娘は……と、それはいいか」
「紹介が送れていた、俺は星問霊音……見た目こそピカチュウなんだが、ちゃんとした人間なんだ」
………
「なるほど……ここに来てすぐの時は腹が減ってたから何も覚えていないと」
「一体ここは……?」
「任天堂ゲーム作品の世界が無数に繋がっている謎の空間『
任天堂世界』、俺達はそう呼んでいる」
「入口近くで選ばれし者として訪れる世界の危機を食い止めろ……とか言われて」
「世界の危機…?」
「それは知らん、もう俺はここに来て1年くらいはたった気がするが世界の危機なんてものは一切訪れない。」
「それで、よく分からないのに色々聞かれて……ここに降り立つんだ」
ライミは自分がいた場所の説明を聞いて、納得した。
だが、疑問もいくつかあった。
霊音の姿や自身の謎の空腹感についてだ。
「ここに来るとい、俺達は選ばれし者……『
任天堂戦士』ってのになる」
「そういえば、ここでそんな言葉を聞いたことが……」
「
任天堂戦士は……原理は分からないが、任天堂ゲーム作品を能力として使うことが出来るんだ」
「俺は『ポケモン 不思議のダンジョン』って作品なんだが……人間がポケモンになる話だからなのか、この通りピカチュウになっちまったわけだ」
「なら、私は……あのカードに書いてあるな」
ライミがカードを確認すると、そこには……
【動物番長】
「動物番長……やっぱりな、こんなのもあるとは……」
「聞いたことがない……一体どんな作品の力が?」
「俺もあまり詳しくないが……野生を失った世界を舞台に、主人公の動物が弱肉強食で頂点に立っていく世界だ」
「あの四角いやつはゲームにも出てくる敵キャラの肉……」
「………あれを見た途端、無性に食べたくなって」
「……で、ニクを食べたら……何故か急に頭が軽くなり、空腹感が満たされた」
「で、それ以外を食べても満たされないと……元々任天堂とは思えないリアリティでバイオレンスな雰囲気があったゲームとはいえ……」
「それで、私を拉致したあの男達は…」
「この選ばれし者っていうのがまあ厄介なものでな、選別して選んでる訳じゃない…法律も秩序もないことをいい事に犯罪者に染ったヤツらも混ざってくる」
「あいつらはお前みたいに若い女を拉致しては。その……乱暴したりして楽しんでいるらしい」
「……悪趣味だな」
「ああ、まったくだ」
「で、さっき言ったようにここは法律がないのと一緒……つまり、何をやっても裁く奴はいない、自分で何とかしないといけない」
ライミはため息をつく。
どうやら、自分はとんでもない所に来てしまったようだ。
とりあえず、ここから脱出しなければ……
ライミは霊音に、脱出方法を聞く。
「無い、そんなもんはない」
「俺が知らないだけかもしれんが、現状
任天堂世界を出る手段は見つかってない」
「ちょっと前には脱出方法を探していた組織的なものもあったらしいが…最近は一切情報が無い」
ライミは黙り込んでしまった。
「……とにかく、今は脱出は諦めろ」
ライミは仕方なく、脱出する事を一旦あきらめた。
すると、霊音がライミに尋ねる。
何かが近づいてきている。霊音にはそれが分かった。
霊音は咄嵯に身構えるが、ライミは何の反応もない。
(こいつ、鈍感か……)
(いや、違うな。多分まだ気づいてないだけだ)
(それにしても、何が来る?)
がざがざと音を立てて、葉っぱを抜けて来たのは…まだ小さな子供であった。
現れたのはまだ幼い男の子……だが、おとなしい。
「あんな小さな子供も選ばれるのか?」
「さっきも言ったが選別はれない、それは年齢だってそうだからな」
「お前、名前は?俺は…まあピカチュウがしゃべっちゃ怪しいかもしれんが…」
「…ユカ」
その少年……ユカは物静かで、視線をあまり合わせない。
ライミは不思議そうに霊音の方を見るが……
「この世界に来たんだ、その年だし珍しくない……しかし、その子をどうするか」
「…………」
「え、何その目」
「俺が何とかしろって!?」
「いやいや!このピカチュウの体でどうしろっていうんだよ!第一独身で育児とかやったことないし!」
「…………かと言ってお前に任せるのもアレだし、放置したらいつ死んでもおかしくないのがこの世界だ」
「そもそもこの原っぱ……俺の住処じゃないし」
「ライミ、お前はたまに顔くらい見せるぐらいにしておけ」
「お前はまだこの
任天堂世界に来て1日も経っていない、右も左も分からず誰かに構っていたら共倒れがまだいい方だ」
霊音の忠告を素直に聞くライミ。
だが、ユカはどこか悲しそうな表情をしていた。
それを見たライミは少し考えた後、ユカに話しかけた。
ライミはユカの頭を撫でながら言う。
「生き残ろう、お互い」
「無事に帰れるようになる為に」
生きるために、死なないために倫理無用の全年齢対象版ゲームの世界を歩き続けるのだった。
最終更新:2023年05月20日 14:23