ビーストバンチョー

「…………おい、今なんて言った?」

霊音とライミは……嫌な感じがした。
信じられない事を聞いたからだ……。
それは、ユカの名前が出たこと。
しかも……裏の人間と関わっている
すると、その七夜は答えた。

「ユカを知ってるのか?」

「ユカって、あの黒髪で、ボロボロの服を着て……まだ子供の……」

「よく知ってるな、そう、そのユカだよ……が、一つだけ間違いがある」

「まだ子供……ま、ガワだけ見ればそうだろ、でもここは任天堂世界、小学生がここに入れられたら何年経っても小学生のまま……」

「俺は任天堂世界に来て、ここで色々生活してもう三十八年三ヶ月二十八日は経っているが、あいつはそれ以上だ」

「老人とかそういうレベルじゃない、身なりはガキでも精神はほぼ擦り切れてる」

その言葉を聞き、霊音達は驚いた。
ユカは何者なのか? 自分達より長い時間を過ごしている? それとも別の何かだろうか? いや、そんなことはどうだっていい。
重要なのは、彼が、この世界の事情を知っているということ。
そして、七夜は続けた。

「そして、俺達F.D.Xの次に規模がデカいのがユカ率いる組織だ」

「ユカは誰も信じていない、信じていないから平然と人を殺せるし、自分以外の存在は全て敵だとしか思ってねぇんだ」

「この任天堂世界全体をマーキングして、拉致、人身売買、奴隷商売までやる裏のトップ……それがお前らが見た奴の本当の姿だよ」

「じゃあな、ユカが近くにいるならそっちを優先……その後にお前らも潰す」

七夜の気配が完全に消えた後、霊音とライミは呟いた。

「……マジかよ」

「まさか……あんな子供が?」

「そうだ、今のうちにギンを……」

「問題ない、お前が言ったんだろ……今のうちに逃げろって、俺達が七夜と戦ってる間に小さな子供を連れて逃がした」


「これからはあの二人が新しい『マスターアマゾネス』になっていくんだろうな」


「………」

「七夜が話したことは事実と思うか?」


「お前は信じられるか?」

「はっきり言って………信じられない」



「城之内の言うことか確かなら、結論がひとつ生まれてしまう」


「過去に私を2度も拉致したのも、マスターアマゾネスの面々も、全て……ユカの派閥ということになる」

「裏の世界でつるまれて捕まったやつもお前に限らず沢山いる……」

ユカが仕切っていたのは知らなかった。
ユカが何をしたいのか。何を求めているのか。それは分からない。
ただ、これだけは言える。
ユカは、私達にとって害悪だったということ……。

「ライミ」

「お前は逃げろ」


「何?」

「あいつはギンが脱出の方法を知ってることを問題視している、そしてそれを知っているお前もいずれは狙われる」

「が、ここじゃあまりにも不利だ………今は逃げろ、敵が多すぎる」

「幸い、お前の能力は食うだけで強くなれる、今はお前の元になったゲームの世界に向かってまた強くなれ」

「お前はどうする……」

「ピカチュウの強さと俊敏さを侮るなよ、時間稼ぎどころか瞬きの間に敵を殲滅できる」

「……そうか」

「さっさと行きな!お前はまだここに来て全然経ってないんだ!こんなところで死ぬな!生きろッ!」


ライミは壊れた壁からビルに脱出して、走った、ひたすら走った。


ライミは察していた、分かっていたがどうしようもならない。


………自分の姿が見えなくなる頃には、霊音は既に死んでいるだろう。


………

ライミはとにかく強くなるため、そしてあの世界に一旦戻る為にあちこちを巡った。
生物に出会ったらとにかくニクを食べたり、コウビしたり、時には殺して食べたりした。
だが、それでも限界があった。
強さの限界ではない、精神的な限界だ。
飢餓感、凌辱、虐殺、拉致、異種強姦、破滅、内乱、そして裏切りの数々……

ここに来てからもうどれくらい経ったのだろうか? ライミは自分が何のためにここに居るのかも分からなくなりかけていた。

「……今日は、誰とも会えなかったな……」


「……」

何も考えずに外へ出た。
すると、そこには男が立っていた。
赤い剣を構えて……

「………?」

「なるほど……能力を把握していると、自然とその世界に愛着が湧く、部下を七夜にあてがい、自分がライミを狙う……」

「そこまで読んで俺1人を先回りさせる、か……確かに子供の見た目で1人いれば、この世界は不審に思うやつはいない」


「………っ!」

「間に合ったか……赤虎ライミを発見した」

「お前は……F.D.Xなのか」

「そんなところだ、七夜なら1人でも部下を全滅させられる、だからこそ俺は安全にユカを始末出来るというわけだ」

F.D.Xは、ユカがこの世界の裏を牛耳っていることを知っている。
つまり、この世界の悪を潰すにはユカを消せばいいだけということ。
だが……

「………」

「その少年は……私の知っているユカではない……」


「………」

男はしばらく考えたあと、結論付けた。

「俺達は数年でこいつの組織と度々衝突していたから分かる、こいつがユカだ」

「だが……特徴は似ていても顔が……」


「………考えても見ろ、普通の人間が裏組織の大物、何より小学生のような見た目で特定が容易か?」

「あの程度の特徴は代わりはいくらでも仕向けられる、お前が出会ったのはその内の1つだろう」


「お前が会ったのはユカの名前だけを与えられた独り歩きした何かだ」

「……………」


「………まあ、この件はこれで終わった」


「本来なら七夜の仕事だが、遭遇した俺が………」



「………と、言いたいが、お前の能力ならどうせ脱出方法も忘れる、引き上げるか」


男は剣を仕舞い、ライミから離れて行く。

「………ひとつ聞かせろ、お前達F.D.Xは何がしたいんだ」


「何がしたい、か………もう何十年も経つが答えは無い、便宜上悪を名乗っているが世界征服がしたい訳でもない」

「だが、ユカが率いている組織はこの空間に不穏を招く、ギンのように脱出を考えるやつは無駄に命を捨てることになるから真実に触れないようにする……それだけだな」

ライミは少し黙って、再び口を開いた。
男の表情は見えない。
ライミの視界はぼやけていて、よく見えなかった。
涙が溢れてくる。

「どうして何もしない?」

「お前の能力を見れば分かる、それだけだ……」


そして、ライミはまた最初のように1人に戻った。

ギンもライミに会う暇は無くなった、なら今は…もっと強くなるために……


「もっと………ドーブツを食うしかない……」

ライミは再び『動物番長』のゲームの世界で敵であるドーブツを食った、モテムシも貪ってどんどん変色し、体付きもメスとして成長して行った。……しかし、まだ足りない。

「………………」

「ライミさん……」

「……!?」
背後から声をかけられた、聞き覚えのある声で……。

「……お前は……」

「ライミさん、来てください、コウビしましょう」
ライミの目の前に現れたのは、あの時の少年だった。
今のライミの体は、コウビに適した体型をしていた。
胸も尻も大きいが腰は引き締まり、腕も足も太く、背筋は真っ直ぐ伸びていた。
コウビに適しているのだ。
だが、今の状況では、コウベと言わざるおえないが。
少年はライミの腕を強引に引っ張る。
ライミは、振り払おうとするが、何故か振り払うことが出来なかった。
まるで金縛りにでもあったかのように……。
抵抗出来ずにそのまま受け入れて、コウビをした。
そして、また肉を喰らい、コウビをして、子供を産む。
能力でその子に転生して…それを繰り返す。

だが、ライミの体に少しずつ異変が起きていく。
過度な転生と出産で遺伝子に異常が生じ始めていることに気付かない。そして、ある日、ついに……

「……えっ?」

ライミは遂に違和感を感じる。
頭が回らない、考えようとしても思考がまとまらず、体が動かず、何も考えられない。
ただ、本能的に……
「逃げなければ……」

ライミは逃げる為に走り出した。
だが、走る度に頭がガンガン痛み出し、意識が遠のいていった。
そして、倒れた。

その最中、今までの記憶が走馬灯のように流れては消失していく。

フランス料理店の元で生まれ、狂った教育でフランス料理以外を口にすることは許されず偏食となり、偶然別の物を口にしたことで生きた者としても扱われず、ただ貪る為に生きて、任天堂世界に来て……

ライミを自分たらしめていた物がどんどん消えていく、次第に人間らしさも薄れて行き、自分が誰なのか分からなくなる。

「……私は……誰なんだ?」


………

「おい、四柳……どうだ」

「ユカは死んだ」

「こっちも粗方終わらせたところだ」

そして、七夜と先程の男……四柳はそれぞれやるべき事を終わらせて集まっていた。

「これだけやっとけば、俺達以外に馬鹿みたいな真似する事も無くなる」

「ギンは………ま、あれだけやったんだ、外部に漏らそうとも思わないだろ」

「ライミに関しても問題は無い」

「何?お前……あいつを逃がしたのか?あいつに関しては確証は……」

「奴の任天堂戦士としての能力『動物番長』……あのゲームについては知っているか?」

「いや……マイナーだからあんま詳しくねえ」


「『動物番長』と呼ばれる獣が野生を支配し、ジャングルの秩序を乱した世界で1匹の動物が百獣の王となって進化と転生を繰り返しながら進む……」


「まあ簡潔に言えばシンプルな題材だが、それがどうかしたのか」


「……ゲームの性質が能力としてそのまま反映しているなら……物語が進んで野生を解放していく度、主人公である動物は知能が落ちて本能に目覚め、流暢に喋っていたのが唸り声を上げることしか出来なくなっていく」

「あいつは恐らく、強くなると………次第に知能も退化して、ただの人の形をした動物になる」

「………は?」

「あくまでゲーム内容から見た推測だ、実際にそうなったとして……無駄に命が散るよりはいい」

「そうかも……しれないが……」
四柳の言葉に七夜は納得しかねている様子だった。
しかし、四柳は気にせず歩き始める。
ユカが亡くなったからといってまた何も起きないわけがない。

また、摘み取らなくてはならない……可能性を。

………

ここは何処だろう。
何も無い真っ白な空間にいるようだ。
自分は何をしていたんだろう。
何も思い出せない。
何も考えたくない。
そもそも自分は………

…………
そして、七夜達任天堂戦士が任天堂世界を脱出する機会が訪れるまでかなりの年月が経った。
何百年経っても姿が変わることは無いこの世界で、ふと七夜はライミの事を思い出して久々に動物番長の世界に足を運んだ。


「ああ……」

久しぶりに見たその姿を見て、なんとも言えなくなってしまった。

この長い年月で何回、能力によって転生を繰り返したのだろうか。
人間の形はしているが髪はすっかり乱れてボサボサになり、完全に四つん這いで動いて、色んな生物の遺伝子が入り乱れて混ざったような見た目になっている。
顔も爬虫類のようになり、牙も生えていて、目は赤く染まっていた。
もう、言葉すら話せなくなっているのかもしれない。
そんな彼女を見て、七夜は何も言わずに近づいた。
その時、ライミはこちらを見た気がしたが、すぐに視線を外す。

このまま日本に連れて帰っても、人間世界はおろか、普通の社会では生きられない。


「こんなにも時間がかかった事は……俺の責任でもある、だから……」

……

現代日本。

巨大な屋敷の地下で鎖に繋がれた女性のような動物が吠えた。
その声を聞いた使用人達は震え上がる。
それは、その動物の鳴き声だけで人を殺せるほど恐ろしいものだった。

時折屋敷の主人が悲しそうな顔をして、肉を与えている。

その動物が数ヶ月前には『赤虎ライミ』と呼ばれていた人間だったことを知っているのは、ごく僅かである。

「餌の時間だ……『ビーストバンチョー』」

最終更新:2023年05月20日 14:48