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エピソード:マチルダ「笑顔の曲芸」




彼と初めて出会ったのは、一昨年のこと。
秋はすっかり深まり、これから訪れる冬の兆しを肌で感じながら、人々は家路へと急いでいた。
懐の寒くなった私は、人もまばらな噴水広場でただ一人、食料の調達方法を考えていた。
焦れば焦る程に観客は離れていく。
とうとう夕方になった今でも、前方に置かれたお椀に入っていたのは、予め入れておいた身銭のみであった。

今でも夢に見る。
かつて寝食を共にし、一攫千金を夢見た友の顔。
村を荒らす蛮族を追い払ったり、遺跡で宝を探したり…辛いこともあったが、それでも毎日を笑顔で過ごしていた気がする。
しかし、冒険は長くは続かなかった。
自らの力に限界を感じていた頃、ほんの小さな不注意から仲間達の危機を招いてしまったのだ。
無事に街には帰れたものの、皆とはなんとなくぎくしゃくしてしまい、それきりだ。

人前で手品を披露し始めて、もう二年になる。
冒険者であった頃に身につけた魔術の知識と、元々持ち合わせていた手先の器用さで、当初は順調に人目を惹けていた。
シルクハットから溢れる光で、或いは何も無いところから出現する花束で、観客は大いに沸いていた。
そんな毎日は、素敵な生き方であると感じていたし、実際に充実感もあった。
それがかつて抱えていた夢の代用品に過ぎないことに、気づいてしまったあの日までは。

俯きながら眠ってしまっていた私は、不意に吹き抜けた寒風に目を覚ました。
身を震わせ、辺りを眺めた時のこと。
私の目の前に、彼が立っていたのだ。

その道化は、白塗りの笑顔を浮かべながら、ただそこに立っていた。
話しかけても、手を振っても、微動だにせずに。
初めのうちこそ気味が悪かったが、だんだん見慣れてくると、ひどく滑稽で可笑しく思えてきた。
自然と笑いがこぼれる私に対して、彼は初めてその手足を動かしたのだった。
私の目の前に空気の壁を作ったかと思うと、目に見えないロープを引っ張ったり、引っ張られたり。
存在しないバナナの皮で盛大に転ぶと、大げさに音の無い笑い声をあげて立ち上がる。
すっかり夢中になって眺めながら、その演技に拍手を送る。
気づくと拍手の音は次第に大きくなり、暗くなりつつある広場の中で、多くの観客に取り囲まれていた。

「皆さん、どうもありがとう。この寒空の下で足を止めたこと、決して損ではなかったと…最後の大技で証明致しましょう!」

彼が初めてその声をあげると、だしぬけに私の手をとる。
観客の前に立たされた私は、耳元で告げられるがままに呪文を詠唱した。
私の姿は影に包まれ、直後に大きく跳躍する。
彼は慌てた調子で右往左往しながら、最後には私の着地点で右手を挙げた。
私はタイミングを計り、片足でその上に降り立つと、大げさな光を発しながら両手を大きく広げて見せた。
アドリブで披露した合わせ技に対して、賞賛の拍手喝采はいつまでも続いていた。

演技がすべて終わると、彼は丁寧にお辞儀をした。
何度も何度も、一人残らずその場からいなくなるまで、遠くに見える観客にお辞儀をし続けた。
やがてその場に私と彼だけになると、小銭で溢れたお椀を拾い上げ、私に差し出した。

「最後の大技、とても良かったよ。」

お椀を受け取りながら、ありがとう、と呟く私に、彼は続ける。

「…さっきまでの君と、なんだか違うね。なんというか、顔に光がさした、というか。」

それはおそらく、魔動機の街灯が燈ったからだろう。
しかし、何だか口説き文句を口にされているようで、こそばゆくもあり、嬉しくもあり。
少なくとも、無粋な反論をする気にはなれなかった。

「そんな顔ができるのならば、もう大丈夫だよね。これからやるべきこと、やりたいこと、ちゃんと見えたかな?」

しまいには説教くさいことを言う彼に、とうとう私は笑い声を漏らしてしまっていた。
ああ、そうだった…あの頃も、仲間達と共に…こんな風に笑っていた。
今になってようやく解った気がする。
私がしたかったのは、スリルのある冒険でも無い、その代用として人々の前で演技を披露することでもない。
そう、それらは手段でしかなかったのだ。
私がしたかったこと、それは。

「あなたと一緒に、いつまでも笑っていたい。」

目を見開いて驚く彼の顔は、黙劇ではなく素直な反応であると、すぐに判った。
それがまた可笑しくて、二人は顔を見合わせて、いつまでも笑っていた。

二人が曲芸のコンビとして広場を沸かせる日々は、この時から始まったのだ。





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最終更新:2014年08月11日 02:57