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花の金曜日である週末。長野駅の周辺にある料理店。
割烹ー須賀 その店舗で包丁を握り魚を捌き、昆布でダシを取るのは須賀家の嫡男。名を京太郎。
地元で有名な料亭の倅で、二十七歳のこの春から跡継ぎとなるべく分店である割烹店で修行の身である。
金髪である彼を見た者は誰もがはじめこそ雰囲気を壊すのではないかと思われたが、持ち前のコミュニケーション力で客の悩みを解きほぐし食事を楽しませる。
それ故にリピーターも多いのである。そして特に彼が相手にする機会が多い人間は高校時代の部活動で知り合った関係者だ。

「亭主。いや、須賀君。私は……娘に嫌われているのだろうか……」

現在、厨房に立っているのは自分ひとり。カウンターに座る男性の名は原村恵。
京太郎の同級生だった原村和の父親だ。高校から法学部に進んだ彼女は弁護士として活躍しているのが京太郎の頭に過った。

京太郎「和……失礼、ご息女は聡明だったと記憶しています。時間が経てば理解してくれますよ」

その時に、仲直りすればいいと助言をする京太郎。彼の経験から女性の心理を察してアドバイスする。自分も怒られてばっかりだったと懐かしく思う。その言葉に対し原村恵は、苦い顔だ。

京太郎「その割には、納得されていない顔をされていますね」

自身も面と向き合ったことのある父親の心情だ。コミュ力の塊の京太郎が彼の心情を逃すはずがなかった。

京太郎「恐らく、原村さんは常に良い結果を求め続けるストイックなお人だ。故に、自分の泥臭い部分を知らないでしょう?あなたは一度、乱れに乱れた方が良いかもしれません。 スマートではない、野生感溢れる自分を知る必要がある」

京太郎は透明なグラスに100mlほど液体を注いでいく。鼻の奥に染み付くかのような臭いだ。

恵「なんだね?これは」
京太郎「コンビニとかでも買えるカップの日本酒です。このお代は要りませんよ」

少しずつ、持ち前のスマートさを崩さぬように呑む。だが、身体は嘘はつけないようだ。表情が苦い。
恵「ひどい味だ。舌がひりひりする。まるで化学薬品を呑んでいるかのような気分だ」
京太郎「妥当の反応でしょうね。俺も初めて呑んだときは同じ評価を下しました。それでも当時はかっこつけて自分が思い描くかっこいい大人を目指して、クセが強いこの酒ばかり呑んでました。 今でこそ良い酒も飲んでますがたまにこの酒が欲しくなる。サラリーマンのお客様もたまにからあげとか摘まみながら飲んでいるそうです」

専門学生時代を思い出しながら京太郎はこのカップ酒の思い出を語った。
未知への一抹の不安があることを理解しながらも、恵は酷評したカップ酒を煽った。慣れない酒により未知の自分を探求しようとする恵は差し出されたカップ酒を飲み干すころにはほろ酔いだった。

恵「……私には一人娘がいる」
京太郎「存じてます」

誰に聞かれてもいないのに恵はポツポツと言葉を紡いだ。凛々しさの欠片もない声、背もたれに身体を預け天井を見つめる姿は弱々しく見えた。

恵「美しく、素直で、才能に満ち溢れた、自慢の娘だ。この世に存在する、何物にも取って替える事のできない存在だ。だから、娘が私と同じ道に進むと言って合格した時は自分が弁護士になった時よりもうれしかったよ!」

恵のグラスを握る力が徐々に強まる。

京太郎「ご息女をとても大事に思っているのですね。しかし、ならばなぜ喧嘩。というより騒動を?」

恵「娘の発言だ!」

恵は泣きながらドンッとグラスを卓に叩きつけてボロボロと涙を流した。

恵「先日、和が、娘がテレビに出た。法律の番組だ。だが!三十間近で!弁護士が!公共の電波で!あの発言はない!」

慟哭ともいえる言葉に京太郎。父親は娘が"いつか素敵な王子様が迎えに来てくれる"と軽くではなく大真面目に発言したことを語った。

恵「すぐに電話で注意した。そんな夢を見るのはやめろと、お前が変な男にひっかからないか心配だと。そしたら"私は好きな人ですら自分で決めてはいけないのですね。
子どものころからずっとそうだった。常にお父さんが提示した条件をクリアしなきゃいけない。お父さんの娘でいるのは辛いです"って。父親として、これ以上の絶望を私は知らない!」

オーイオイオイと号泣しながら心が温まるものを貰えるかと恵。少し前から準備していたのか肉じゃがを煮立たせる京太郎。

恵「結婚するなとは言ってない!私が選んだ男でないと認めんとも言っていない!ただ、心配なんだ!仕事柄、睡眠薬を飲まされ金銭を取られたという案件も知っている。まして、女性だ!娘を不幸にしたい父親などいるわけない!」

目の前で号泣する父親を見ながら京太郎は自分も将来、こうなるのだろうかと。このような姿に認められたのだと考える。

京太郎「原村さん。あなたは一つの勘違いをして、一つの失敗をしただけです」
恵「失敗、だと?」
京太郎「お嬢さんは、あなたの娘である前に一人の女性です。少し悪く申し上げると娘としか、女性として扱っていなかったと思いますよ、あなたは。女というのはどうしても感情的に生きるものです。それが法律家であっても」

三十にも満たない若輩者が、父親に娘を語るのかと。憤ることは今の恵にはできなかった。

京太郎「例えば、お嬢さんが"友人と喧嘩した"と泣いていたら、きっとあなたは解決方法を口にするでしょう。しかし、それではいけません。解決方法など不要です。
そんなもの、秘書とかにでも言わせておけばいい良いのです。あなたは父親の特権を使い、いいとこだけ取っていけばいい。ただ、理解して、共感すればいい。そうすれば、あなたはお嬢さんにとっていなくてはいけない存在になりえるでしょう」

京太郎。ここでとどめを刺す。肉じゃがもダメ押しで差し出す。

京太郎「お父さん。貴方といるときお嬢さんは、和さんは笑顔でしたか?」
恵「……厳しく接する前は」
京太郎、解決案を提示する。ただ、娘に共感し謝ればいいと。
恵「謝る、か」
京太郎「えぇ、間違いを認める。確かにプライドが痛みますが、世の中カカア伝家です。女を中心に回ってますよ。"嬉しい"は女が喜ぶと書きます」

恵はただ項垂れ、カップ酒に溺れ、肉じゃがを貪る。その姿を京太郎は父親として悪くないと思っていた。

恵「ごちそうさま。また来ます」

京太郎「ありがとうございました。道中、お気をつけて」

支払いを済ませ店を出る恵。翌日には娘と仲直りしているだろう。


カンッ


???「京太郎さん。あの子やっと寝たわ。あら、お客様、帰られたの?」
京太郎「あぁ、あのときのお義父さんもこんな気持ちだったのかと、想いに浸れるお客様だったよ」

翌日

父親が娘に謝り倒して落ち着きを取り戻した後


恵「和、昨日、行った割烹の亭主。須賀京太郎君だったか、あれはいい男性だ。彼なら結婚を認める!」
和「須賀くんはもう結婚しているんですよー!いま任されている割烹が人気なのも、いずれは料亭-須賀を継ぐことも!彼みたいなスペック持ってる王子様もういませんよー!」
恵「えー!?」


モウイッコカンッ!

 


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最終更新:2020年06月15日 04:09