花の金曜日である週末。長野駅の周辺にある料理店。割烹ー須賀
その店舗で包丁を握り魚を捌き、昆布でダシを取るのは須賀家の嫡男。名を京太郎。
地元で有名な料亭の倅で、二十七歳のこの春から跡継ぎとなるべく分店である割烹店で修行の身である。
金髪である彼を見た者は誰もがはじめこそ雰囲気を壊すのではないかと思われたが、持ち前のコミュニケーション力で客の悩みを解きほぐし食事を楽しませる。
それ故にリピーターも多いのである。そして特に彼が相手にする機会が多い人間は高校時代の部活動で知り合った関係者だ。
『きぃまったー!勝者はアラフォー魔王姉妹の宮永チーム!毎年恒例のお楽しみというなのごうも、可愛がりの企画であるコンビ麻雀対決!アラフィフの
すこやんとはやりんを返り討ちー!』
『アラサー(フォー)だよ!!』
「うーん、昔から小鍛治プロや今は宮永先輩たちもイジっているけど、歳に関しては自分も同じ穴の狢だって気づいているのかな?あのアナウンサー。君はどう思う?」
「さぁ、どうでしょう」
お客の相手……もちろん、男女問わずなので女の歳ははぐらかすようにしている京太郎。そして、仮にも高級料亭の系列なのでテレビはつけないようにしているのだが今いるお客の要望のため映像が流れている。
「信州そば。野菜のかき揚げを添えて。お待ちどうさまです」
京太郎。かき揚げとざるそばをお客に差し出す。
「ありがとう。私が収穫した野菜がこんなに美味しくなるなんてね。須賀君が料亭の子なんて高校時代は知らなかったな」
お客さんー渋谷尭深。元白糸台高校の麻雀部に所属していた。現在はとある大学で農業の研究をしている。
二人の出会いは京太郎が高一のとき、学校のインターハイの付き添いできたのがきっかけだった。当時は顔合わせ程度だったのが今では偶にやってくるお客。そして、改良した野菜の試作品を持ってくる関係になるとは思ってもいなかった。
「えぇ、自分もです。何が起きるか分からないですね、世の中って」
京太郎は本当に不思議に思う。あの珍竹林だった本好きが今や麻雀界の魔王という称号を胸に第二の小鍛治プロのポジションを仲良く争っているのだから。ちなみに姉は大魔王。
「ずるる……それ、本人には言っちゃダメだよ。美味しい」
蕎麦を啜り、かき揚げを食べながら渋谷は過去を振り返る。大学に進学して農業の研究に勤しみ、作物の意見をプロから聞きたいと伝手を当たった結果、この亭主にたどり着いて。いまは三か月に一度は来店している、
「国際大会の代表にも姉妹そろってなりましたけど」
「うん……不安だね」
「不安?あー」
渋谷の声に思い当たる節がある京太郎。とりあえず、会話を楽しませようと流れに乗った。
「マネージャーさんが」
「対戦国が」
見事に意見が食い違う。だが、どちらも宮永姉妹の評価として正当なものだった。
「あの二人、無自覚で相手の心を壊す結果を出すんだよ。笑顔で」
勝敗については考えていないらしい。ちなみに順番は先鋒から宮永照、三尋木咏、野依理沙、小鍛治健夜、宮永咲。なお、メンバーが発表後に各国から"ミヤガナとコカジの三名はダメだ。せめて二名にしろ"と批判があったとかなかったとか。
「私は、一年は咲。宮永妹がよく迷子になったり。翌年からは照さんも加わって、おびき寄せるためのお菓子代に結構つぎ込みました。まぁ、あとで返してもらいましたが。二人のマネージャーさんが過労死しないか心配です」
試合はアメリカで二週間に及ぶため。マネージメントが不安になる京太郎。やはりこちらも勝敗は考えていないようだ。
「須賀君は好きな女性とかいないの?」
話題を変える渋谷。聞いてすぐに後悔した。周りにも二、三人お客さんがいるなか高級店で話す内容としてはディープすぎた。
「すみません、なにか仰いました?」
京太郎。周りの客にも気を配り聞こえていないふり。この数年で身に着けたスルースキルだ。
「あっ試作品の椀物なんですけど、召し上がりますか?安くしますよ」
「いただきます」
暫く待つとお椀が運ばれてきた。ふたを開けると澄まし汁に椀種が浮かんでいる。一口啜る。
「美味しい、かつおだし?」
「えぇ、それにしいたけの合わせだしです。椀種を割ってみてください。はい、あっ熱燗ですね。畏まりました」
浮かんでいるつみれを割るよう言った後、酒を注文されたのか対応する京太郎。彼を他所に椀種を割ると中から野菜と味噌が出てきた。
「これ、私の野菜?」
きっとそうなのだろう。白菜、ニンジン、ゴボウ。どれも最近、持ってきた野菜だ。
「使ってくれてるんだ……私の収穫した野菜も丁寧にしてくれる。これなら……」
味噌汁になった椀を啜りながら、渋谷はいずれ京太郎をも収穫しようと考えるのだった。
カンッ
最終更新:2020年06月15日 03:49