花の金曜日である週末。長野駅の周辺にある料理店。割烹ー須賀
その店舗で包丁を握り魚を捌き、昆布でダシを取るのは須賀家の嫡男。名を京太郎。
地元で有名な料亭の倅で、三十歳のこの春から跡継ぎとして厨房に立っている。
金髪である彼を見た者は誰もがはじめこそ雰囲気を壊すのではないかと思われたが、持ち前のコミュニケーション力で客の悩みを解きほぐし食事を楽しませる。
それ故にリピーターも多いのである。そして特に彼が相手にする機会が多い人間は高校時代の部活動で知り合った関係者だ。
「京ちゃん、信州亀齢。おかわり」
「かしこまりました」
本日のお客様は宮永咲。麻雀プロ十年目。長野県のチームに所属している。
「もう、その堅苦しい呼び方やめてよ」
「仕事の場ですし。他のお客様にも迷惑になりますので……」
新聞に麻雀の対局が放送されるというのに訪ねてきているということは放送は録画なのだろう。
「咲、飲みすぎ。明日も対局でしょ?」
「うぅ……京ちゃん。ここ、どこ?インターハイの会場は?」
宮永、高級な地酒を注文したと思ったら舟を漕いでいる。隣に座るは弁護士の原村和。
「すみません、照さん。ほら宮永さん。帰りますよ。マネージャーさんが迎えに来ています。終電もありません。宮永さん、現実逃避は終わりです。もう逃げることはできません」
「明日も対局だってマネージャさんが呼んでます。見てください、この徳利10本と信州そばの山を。いまは高校生じゃありません。今年でもう三十路です。青春は終わったんです」
ゆっくりと宮永を揺する原村。ときおり、顔が当たる胸が揺れて周りの男性客はチラチラと見ている。照は酒臭いスーツの女の胸なんぞと侮蔑の表情。
「なにも終わってない!なにも終わっていないんだ!!私の青春は始まってすらいないんだ!」
「自分ができる麻雀で結果を出したのにdisられている!掲示板やSNSでは魔王だのみんな好き放題に言いやがる。あいつら、なんなんだ!!何も知らないくせに!!!」
宮永、突如起きてキレる。亭主の京太郎は万が一に備え、従業員にバケツを用意するように指示した。
「宮永さんのステータスの振り分けが悪かったんです」
幼少期から麻雀にポイントをほぼ全振りした結果、コミュ障になり「いつの間に人生始まったの?」状態で30まで来てしまったと原村はデジタルに推察した。
「悪かった!?私の時代はいつ来るのさ!!少なくともインターハイ優勝一年目は人気者だったよ!」
宮永咲が残した記録。それは小鍛治健夜も成しえなかったインターハイの三冠達成だ。一年目で人気者になり女子部員が格段に、男子部員も6人増えた。
「清澄の三冠達成した大将が料亭で酒におぼれて死ぬんですか?」
原村もいい加減イラついてきたのか軽く毒を吐き始める。その横で京太郎は嫁さんにおねだりを秘密裏にされ準備をしていると返事を返した。
「私……麻雀であらゆる人と戦わせてもらった。でも、バラエティーで勝負すればキャストさんの凍った反応ばっかり!プロになるんじゃなかったぁ!うぷっ」
「ちょ!……ふぅ助かりました。ほら宮永さん、これ以上は出禁になりますから。マネージャーさんも入ってきましたよ」
宮永、従業員のバケツが間に合い床にもんじゃ焼きを作らずに済む。が、後日「店の評判を落とすことになった」とマネージャーから慰謝料と厳重注意を貰うことが確定した。
「はい、咲。お水」
「ありがとう。……もう知らぬ間にやり直せないところまで来てしまったんだ。私はアラサー魔王だよ……オチ村さんって番組的に美味しい原村さんの方がマシだぁ……」
「誰がオチ村さんですか!誰か!」
京太郎。諦めの境地の中、嫁さんに特性アイスを後で食べようと促す。
「毎日、夢を見るんだ。タイトルすべて奪取した日に京ちゃんと
お姉ちゃんが婚約したってメールを見る夢を……」
泣きながらマネージャーの車に放り込まれる宮永咲。仕事以上に疲れを感じた原村和。そして仕事を終えた京太郎は嫁の照と自作のリンゴのどら焼きアイスを食べるのだった。
咲「IH優勝しましたけど、なーんてことにならないように1年生で麻雀部辞めますね。小鍛冶プロとか前例がありますし」
和「いや、もういいですよ!っていうか私が喪女なんてSOA!」
まこ「うそじゃろ……」
優希「えぇ!?」
京太郎「そもそも、俺の家。料亭とかじゃないし……でも、料理。喫茶店か……」
アイスクリームの日 カンッ
最終更新:2020年10月15日 22:38