花の金曜日である週末。長野駅の周辺にある料理店。料亭ー須賀
その店舗で包丁を握り魚を捌き、昆布でダシを取るのは須賀家の嫡男。名を京太郎。
地元で有名な店の倅で、跡継ぎとして厨房に立っている。
金髪である彼を見た者は誰もがはじめこそ雰囲気を壊すのではないかと思われたが、持ち前のコミュニケーション力で客の悩みを解きほぐし食事を楽しませる。
それ故にリピーターも多いのである。そして特に彼が相手にする機会が多い人間は高校時代の部活動で知り合った関係者だ。


「お待たせいたしました。京-みやこ-のフルコースの前菜です」
「ありがとうございます」
「あのーこのお店はお酌の人の指名はできますか?具体的にはあのおもちの大きな黒髪の」
「ばっ……すみません。すぐ黙らせますので」
「おいしそうだねー!あっ本当にみんな違う」

 ごゆっくりと給仕が襖を閉める。

 本日のお客様は阿知賀の赤土晴絵、松実玄、新子憧。そして高鴨穏乃。
 なお、今回注文したのはこの料亭での最高級コース。一般的な最上とされる松の金額一万を飛んで二千円。嫌いな物やアレルギーの有無、希望する食事の量。そして顔と手の写真が一週間前の予約の際に必要になる。そして、差し支えなければ今後の予定(当日、シュレッダーにて写真と予定は破棄)も提出できる。
 というのも、亭主が顔や肌を見て予定を万全で挑めるように個々に見合ったメニューにするからだ。亭主の知り合いの重鎮の方も大勝負の前に食べにくるとか来ないとか。

憧「玄、あんた此処には和とか色んな人の紹介で来ているのよ。あと、あの人確か永水の……」
穏乃「あ、思い出した。大将さんだったね。強かったなー。で、須賀君のお嫁さんって和に聞いた」
玄「お任せあれ!でも、一年のIHで会った時感じたんだ。やっぱり須賀君も同志だった。あのおもち……」
晴絵「お酌する人は呼んでないでしょ?第一、このお店芸妓さん呼べないし。老舗旅館の経営者が人妻にセクハラ……訴訟だけは勘弁してよ?」

 本来、京のコースは写真の提出を要するため亭主である京太郎の顔見知りにしか出すことはない。話を聞いて食べたいと思った彼女たちは色々な人のコネを使う他なかったのだ。

 四人と京太郎の共通の知り合いであり仲介人の一人である原村和もこの京のコースは食べることはできない。

穏乃「おいしい!体に力がみなぎるよー!」
晴絵「本当ね。これIHの前に食べたかった。いいコーチングできたと思う」
玄「できれば家で雇いたいなー。ご主人の奥さんも」
憧「あんたね……」

 食事を始めると四人は静かに、だが味わって食べ始める。どうやら今後の皿に期待を持ったようだ。

「お待たせしました。こちら、碗盛になります」

 穏乃は赤みそ、晴絵と憧は合わせみそ、玄は白みその椀物が配られる。

「お飲み物のご注文はございますか?」
晴絵「日本酒。長野か新潟で迷っているんですがおすすめでお願いします」
「カワですと……地酒の……夜明け前をお持ちします」

 晴絵があんた達はどうするのかと、教え子たちに目線を送った。皆、ハッとしてメニューを見て決め始める。

憧「オレンジジュースをお願いします」
穏乃「長野の100%リンゴジュース」
玄「私、女将さんが隣で注いでくれる信州亀齢を」


げん
こつ


玄「ぉ、ぉおお……」
憧「すみませんすみません」
晴絵「ウーロン茶でお願いします……」
「しょ、少々お待ちを……」

 どうやら玄を物理的に黙らせたのは憧らしい。玄の頭には大きなタンコブが一つ。

憧「大人しくしてなさいって言ったでしょうが!」
玄「憧ちゃんのおケチ……これでも我慢したんだよ?本当は牛乳……なんでもないですのだ」
穏乃「あーデザートのどら焼き。楽しみだし気に入ったら自分用に箱買いをお願いしようって思ったけど、今回はコネ作れそうにないな……」
晴絵「しず。あんた、デザートも指定したの?」
穏乃「贔屓にしてくれている人が教えてくれた。土産店として気になるし」

 当時三年だった松実宥が卒業して憧と穏乃にとって二年からのIHは部員も増えて二年連続で晴絵の続投と共にIHに出場できた。晴絵自身も今は実業団に所属しているし楽しかった思い出でもある。
 だが、和の姿はなく風越が出場していた。

憧「電話して聞いたけど一年のIHのあと須賀君、辞めてしまったって。和も思うところはあったらしいけど本人の気持ちは固く止められなかったって」
晴絵「彼、ハンドボール。所謂、チームプレイしていたんでしょ?対して麻雀は個人競技。それに当時は彼たった一人だったらしい。なるべくしてなったのよ」
「失礼します。お飲み物とお造りをお持ちしました。こちら、高鴨様」

 給仕から飲み物と刺し身を受け取る。マグロ、白エビ、ブリをはじめ多種の刺し身がそれぞれの下で輝く。

穏乃「すみません。食後、須賀君。亭主さんとお話しできませんか?」
「……確認致します」

 出て行った給仕の気配が消えたのを感じた憧は穏乃に詰め寄った。

憧「しず、まさか二年の時のことを聞く気?」
穏乃「うん。でも無理そうならいい」
玄「私は、あのおもちの女将さんを」
憧「あんたは大人しくしてなさい!」
晴絵「んー、このお刺身。お酒に合うー」
憧「ハルエ、もうお酒空っぽ。私も頼もうかしら……」

 襖をあけ、憧がアイコンタクトをすると給仕が入ってきたので晴絵と同じ夜明け前を頼む。晴絵は信州亀齢。

「お待たせしました。こちら、焼き物とお酒になります。先ほどの件ですが十分程なら大丈夫とのことです」
穏乃「ありがとうございます」

 メインとなる焼き物は穏乃はワサビが添えられた信州牛の鉄板焼き、憧はアユの塩焼き、晴絵は信州オレイン豚ロース鉄板焼き、玄は信州サーモンの塩焼き。

憧「美味しい。ほろほろと口の中で溶ける食感……」
穏乃「肉汁ヤバ……」
玄「皮がパリパリで焼き色もいいしジューシーだよぉ」
晴絵「信州亀齢とロースに合うレモン柚子胡椒のタレが……も゛もう止まらない」

 夏の季節でもあり体力が落ちかけるものだが、それぞれの調子をどうしてこうも見抜くことができるのか気になりはしたがあっという間に焼き物はなくなり、全員が酒を注文する。
 次の品は炊き合わせ。全員が高野豆腐のおばんざいの小鉢だ。ガツンと強いものを味わった体を落ち着かせてくれる。

晴絵「流石料亭。しっかりダシの味がするし濃くない。落ち着くわ」
憧「本当ね、調味料はほとんど使っていないのかも」
穏乃「大地の味を感じる」
玄「生きててよかった」

 追加注文の酒も届き箸を進めると揚げ物が出てきた。

「お待たせしました。揚げ物となります」

 穏乃と晴絵の皿には基本となるエビ天をはじめ先程の焼き物とは対称の長芋やネギといった野菜中心の天ぷら。憧の皿は地物の豚肉のメンチカツ。玄の皿には牛肉のから揚げ。

穏乃「うっ、美味い……」
晴絵「刺し身とはまた違った白エビの味が……」
憧「うそっすごいジューシー。ソース……んっ痺れる」
玄「油で揚げても柔らかい」

 そこから酒が進む進む。普段は酒を飲まない穏乃や憧もビールを三本も注文している。なお、晴絵は日本酒だけでも五本キメており大事な試合の前にはまた此処に来て直接のコネを手にしようとまで思ったほど。
 蒸し物である茶碗蒸しとキュウリとタコの酢の物も綺麗に平らげる。

「失礼します。こちら、ご飯と止め碗。香の物になります。以後、お酒のご注文はご遠慮願います」

 キュウリの塩もみと澄まし汁。そして晴絵に梅、穏乃にトウモロコシ、玄にトマト、憧にはネギが入った鮭の炊き込みご飯とダシが並んだ。

晴絵「あぁ、本当生き返るわー。個人のコネで食べられたらな」
穏乃「それにはまず接客している給仕さんに顔覚えてもらわないとね」
玄「お店のカンかな?あぁ、でも女将さんのおもち……」
憧「諦めなさい」

 そしていよいよ甘味である蕎麦のアイスが運ばれてきた。

「こちら、高鴨様が所望しておられたリンゴのどら焼きです」
憧「え?私たちも頂けるのですか?」
「えぇ、勿論。料理長からそのようにと」
穏乃「これが、あの人が言っていたどら焼き」

 融けるといけないのでアイスから先に口にする。思ったより甘味がなくさっぱりしていた。少し物足りないと思ったのかどら焼きを口にする。

晴絵「これ、すごい工夫。まるでアイスを食べるのを予想していたみたい。濃厚」
玄「本当だ、白あんなのにどうしてこんな甘味が」
憧「りんごも形が崩れてないし美味しい」
穏乃「皮も杏の邪魔になっていない。よしっお願いしよう!」

 一心不乱に食べた後、いよいよ店を出ることになったとき男性が声をかけてきた。

京太郎「失礼します。本日、調理を担当しました。みなさま、お越しくださりありがとうございます」

 亭主の京太郎と女将の霞が出てきて頭を下げるのを見て反射的に自分たちも頭を下げた。

京太郎「ところで、部屋とか寒かったりしませんでした?夏ですし空調は涼しめにしたのですけど。あと、照明とか眩しかったり暗かったりしませんでした?」

 そんなことなかったと口にする面々。後になって気づいたがこのとき京太郎は味はどうだったとは聞いていない。それは自身の料理と目利きに対する自信からだと思い知った。

穏乃「あのーところで、和から聞いたのですが須賀君も麻雀部だったって」
京太郎「えぇ、まぁ……」

 その顔を見て穏乃はしまったと表情を曇らせた。他の面々も重い雰囲気。

京太郎「お恥ずかしながら、私は一人じゃ何もできないと思い知らされまして。いまはそんなことはないと思いますけど」
霞「……」

 隣にいる霞は頬を緩ませた。あのとき重ねた時間は決して無駄じゃなかったと京太郎は感じている。

霞「また、是非お越しください」
穏乃「はい。あっそうだ。一つお願いがありまして」

 穏乃は自分が土産物をやっていること、どら焼きを注文したのは土産物として気になっていたこと、そして注文はできるのかと。

京太郎「個数は少ないですがホームページにて受け付けておりますよ」
穏乃「ありがとうございます!」
晴絵「じゃあ、お会計しましょうか。ん?玄?」
玄「はぁ、はぁ」

 玄の目が血走っているのを見て京太郎と霞は不安に駆られる。どこか体調を崩したのか。まさか、不味かったのかと。

京太郎「やっぱり空調が効いてなかったのか?」
霞「いえ、あなた。そんなことは……」
玄「で、デザート」
憧「まさか!?玄!」

 憧が玄を抑えようとするが、遅かった。

玄「おもつぃいいいい!」
霞「きゃあ!」

 限界に達したらしく霞に襲い掛かった玄。霞はコケそうになるもなんとか踏ん張る。

玄「おっおお!和ちゃん以上の弾力と大きさ!人妻特有の柔らかさ!あのIHのモニター越しで見た時以上の迫力!これぞ私が求めた究極のおもち!」
霞「きょ京太郎さん!」
京太郎「おっお客様、どうか!」

 下手に動いたりしたら着物が崩れるし京太郎も相手が女性である以上、手を出すわけにはいかない。万事休すかと思ったその時だった。


げん
こつ


玄「…………」
晴絵「すみませんすみません。教え子が本当に申し訳ありません!」
憧「お金は相場より多くお支払いさせます!」
穏乃「どうか訴訟と出禁だけは勘弁してください!」

 タンコブを三つ作った玄は沈む。渾身の土下座により示談で済んだ。
 後日、奈良から穏乃から土産物の饅頭を持った松実館の当主と晴絵が謝罪に来たのは別の話。


カンッ


タグ:

割烹-須賀
+ タグ編集
  • タグ:
  • 割烹-須賀
最終更新:2020年12月05日 13:07