花の金曜日である週末。長野駅の周辺にある料理店。割烹ー須賀
その店舗で包丁を握り魚を捌き、昆布でダシを取るのは須賀家の嫡男。名を京太郎。
地元で有名な料亭の倅で、跡継ぎとして厨房に立っている。
金髪である彼を見た者は誰もがはじめこそ雰囲気を壊すのではないかと思われたが、持ち前のコミュニケーション力で客の悩みを解きほぐし食事を楽しませる。
それ故にリピーターも多いのである。そして特に彼が相手にする機会が多い人間は高校時代の部活動で知り合った関係者だ。
「この前、こーこちゃん、実況の仕事の同僚を家に呼んだんだけどね。お母さんから、男の人を連れてこいってまた言われたんだ。これでもう男十回目かな、簡単に相手とうまくいけば楽に越したことはないけどさ」
本日のお客様は小鍛冶健夜。二、三か月に一度やってくる女性雀士だ。
「それは大変でしたね」
「ねぇ、女将さん。どうして亭主の旦那さんと結婚できたの?」
亭主、京太郎は少し気まずい様子だ。こういった異性のデリケートな問題は基本、スルーするか肯定に徹しているため的確にアドバイスができそうにないからだ。
「気になる人、一緒にいて心地のいい人がいました。それがまたまた彼だった。それだけです」
どうやら、妻も自分たちの馴れ初めを伝える気がないらしい。京太郎は胸をなでおろした。
「小鍛冶さんは何故、結婚したいと思うのですか?」
「それは、お母さんが男の人を連れて来いって……」
すると妻はうーん、と唸り始める。おそらく、自分の考えと同じかもしれない。彼女は……
「小鍛冶さんは、そもそも結婚したいのですか?見栄とか、誰かに言われたからではなくご自身の気持ちとして」
「え?」
妻の言葉に小鍛冶さんは虚を突かれた表情になる。彼女は、周囲により悪影響を持たされているだけなのかもしれない。
「結局、夫婦といえど赤の他人。喧嘩することもありますよ。そのとき"でも好き、やっぱり一緒に居たい"、そんな人じゃないと夫婦としてやっていけません。それに政略結婚にしろ恋愛や合コンからの出会いにしろ、お互いに理解もなく最後の決断を夫や妻以外に委ねた結婚なんていずれは壊れますよ」
自分も同意見だと京太郎は思う。それと同時にこの人を選び選ばれたことを喜ばしく思った。願わくば最後の日まで一緒に居られたらと。
「結婚したいという人は居ない、要らないというならお母さまにそう言えばいいじゃないですか」
「そりゃ、もう一生衣食住に困らないけどさ」
「もし、素敵な出会いを望むなら街コンとかに参加してみてはどうですか?はい、冷酒と肉じゃがですね。畏まりました」
「合コンかー。でも、なにを話していいやら」
「まず女性雀士と一般男性の価値観を知ってみてはいかがですか?」
妻の言葉に賛同する京太郎。自分は麻雀を知っているが知らない人も多い。晩婚のこの時代、麻雀を仕事としていない女性も多いと聞く、その人たちとの差を埋めることが何より重要だと京太郎は思った。
「そう、ですね。とりあえず亭主さん。練習のために私とお付き合いしてください。いま一番話しやすいのは君だし」
「主人以外にお願いします」
「魅力的なお誘いですが自分は妻帯者ですので」
なお、この後小鍛冶プロが結婚したあとの後釜が誰になるか血で血を洗う争いになったのは別の話。
最終更新:2020年12月05日 13:07