花の金曜日である週末。長野駅の周辺にある料理店。料亭ー須賀
その店舗にて包丁で魚を捌き、昆布でダシを取るのは須賀家の嫡男。名を京太郎。
地元で有名な料亭の倅で、跡継ぎとして厨房に立っている。
金髪である彼を見た者は誰もがはじめこそ雰囲気を壊すのではないかと思われたが、持ち前のコミュニケーション力で客の悩みを解きほぐし食事を楽しませる。
それ故にリピーターも多いのである。そして特に彼が相手にする機会が多い人間は高校時代の部活動で知り合った関係者だ。
時刻は夕暮れ。宮永咲は麻雀の試合を予定のため早急に終わらせて地元である長野県へと帰っていた。
咲「まったく、
お姉ちゃんはまったく!ううん!私に姉は居ない!なら、京ちゃんは独り身!」
タクシーに乗り込み、目的地である料亭-須賀へと向かう。運転手からしてみれば帽子にグラサン、マスクの女が車内で、酔っ払いのように文句垂れているという摩訶不思議な状況だ。
運転手の男は迷う。客商売であるから悩みを聞くべきなのだろうが、聞く限り厄介そうなので無視を決め込んだ。まさか、後ろに乗っている厄介そうな女が自分が熱を入れている国民的麻雀プロの宮永だとは思うまい。知らぬが仏とはこのことである。
「着きましたよ、お客さん」
咲「ありがとうございます。えっとカードで」
そういってカードを端末に挿入するが肝心の暗証番号をド忘れしてしまう。幸いにも暗証番号は打ち込むことなく下車することができた。
本日、貸し切りという札が掛けられている門を潜り入口に居た仲居に声をかけると広い部屋へと通される。
照「あっいらっしゃい咲」
咲「京ちゃんはどこ?あと、話があるんだ」
中でお盆を持った姉の旧姓:宮永照が咲を出迎えた。
淡「あっサキー」
久「遅かったわね」
咲「淡ちゃん!?部長!?なんで!?」
淡の話を聞くと姉の進学先が東京ではなく長野だったことに本人はひどく落ち込み、プロにもいなかった。そして、仕事が落ち着いたころに連絡したら照からテレビにでるという本人が出た番組を見たようだ。
そこからの行動は早かった。部長の弘世菫に連絡して遊びに行こうという話になったという。
咲「お姉ちゃん!なんでこの前、居なかったの!?あと、いろいろ聞きたいことが」
照「京ちゃんとアメリカ旅行に行っていたから。じゃ、私は配膳がまだある」
そういって部屋を出ていく照。
咲「待って!」
和「もう少し、後にした方が良いですよ。咲さん」
咲「あぁ、もう来ていたんだね和ちゃん。大人しく、ご両親からのお見合い受けた方が良いんじゃないの?」
和「須賀君以上に魅力的なら受けるんですがね」
咲「もう結婚しているのに弁護士が略奪愛はどうかと思うよ」
和「ブーメランですよ。プロ雀士が」
あぁ、高校時代の親友だった二人が……時の流れは残酷である。
咲「えっと来ているのは部長と和ちゃん。お姉ちゃんが呼んだ淡ちゃんと弘世さん。あと和ちゃんが呼んだ松実さんと新子さんか」
どうやら、咲はアラフィフ組が居ないことに安堵したようだが徒労に終わる。
健夜「こんばんわー」
界「いやー、こんな美人さんと食事できるなんて光栄ですなー」
健夜「え?え!?」
アイ「あなた?」
はやり「はやー、いいお店だねー。あと小父様。
すこやんはアラフィフだよー」
健夜「アラフォーだよ。あと、黙って。私より5つ年上のくせに」
はやり「一つだけだぞ。麻雀が強いだけの小娘が!」
宮永、戦慄。なぜ、トップクラスのアラフィフと両親がここにいるのだ。
咲「なんでお父さんたちが小鍛冶プロたちと一緒に……」
界「そりゃあ、娘が帰ってきたんだ。出迎えるさ」
アイ「照に誘われたのよ。上手く調整できたから来たらどうだって」
原因は姉だったのかと咲は頭を押さえる。
咲「悪ノリしだしたら怒るからね」
嘘である。この女、いざというときは攪乱させて京太郎を誘惑する算段だ。
憧「でも、私たちまで良かったのかしら」
玄「大丈夫なんじゃないかな。和ちゃんに御呼ばれしたし。では、久しぶりに和ちゃんのおもちを」
和「やめてください」
玄「だって、私の見立てだと須賀君の奥さんのおもちは良い物だけど……少し手が加えられてるから。後で楽しむけど」
咲「それについて京ちゃんに聞きたいことがあるんだけど。で、肝心の京ちゃんは?」
キョロキョロしていると照が脚付き盆を抱えて入ってきた。
照「ふぅ……なんか悪寒がする。夫ならお義父さんたちと自分たちのご飯もってすぐに来るよ。座って」
咲「あえて夫呼びしたのは煽りかな?お姉ちゃん」
京太郎「よいしょっと。まるで会社の一部署の飲み会の規模だな」
照「ごめんね。京ちゃん」
須賀父「まぁ、いいよ照ちゃん。いろいろ積もる話もあるし」
須賀母「たまに贅沢しても罰は当たらないわよ」
須賀一家が到着してそれぞれ座る。
淡「なんでテルーが近くじゃないのー?」
菫「こら、大星」
照「淡、あとで話そう」
全員が座ったのを確認すると須賀の両親が息子夫婦に視線を送った。
照「京ちゃん、よろしく」
京太郎「えー?俺?誰が主催か決めてないよ?」
久「そうよ須賀君」
京太郎「須賀君……須賀の男性は二人いますよ。父さん、御指名だよ。竹井さんがやれってさ」
須賀父「そうか、じゃあ亭主だし僭越ながら」
久「いえ、違うんです。お父さん」
照「お義父さん?」
久「ひぃ!」
そういって立ち上がる父親を止める久だが照の癇に障ったらしい。京太郎、してやったりといったところで立ち上がる。
京太郎「えー、では只今より須賀家と宮永家の食事会兼、同窓……違うか。えっと、宴会を始めます。僕と照が中学のとき出会って、色々と口争いなどもありつつ。まぁ、皆様のお陰でこうして悪くない形に納まった次第です。これからも料理を楽しみながら夫婦仲良く、困った時は助け合い、悲しい時は慰め合っていきたいと思います。話が長くならないうちに、堅苦しい挨拶もそこそこに。一応楽にして。グラスを持って。では、両家とみなさまの幸せを願って乾杯」
乾杯の声とともに食事会が始まる。
照「はい、京ちゃん。お酒」
京太郎「ありがとう。おっとと」
照、夫のグラスに日本酒を注ぐ。
界「照ー、お父さんにもビール注いでくれ」
照「母さんにやってもらって」
アイ「はい、お父さん」
界「……こうなるから頼んだのに」
アイが注いだビールは泡立ちのバランスが最悪だった。
咲「ねえ、お姉ちゃん。京ちゃんのオカルトについて聞きたいんだけど。それより、馴れ初めでなんで嘘ついたの?」
玄「私も詳しく聞きたいです」
ある程度、箸を進めてニ十分くらいか。照の傍に行って京太郎のオカルトについて興味があるらしい咲、玄、淡、菫、久。和は久に連れられてきた。
照「まず、京ちゃんとの出会いは新婚さんいら〇しゃいで言った通り、中三のときの委員会で出た課題がきっかけ。あと言わなかった理由はIHの余韻と、言ったら面倒だったから」
あのとき、図書委員や飼育委員など人気の委員会は埋まってしまって溢れたと照は振り返るように言う。
咲「わざわざ、京ちゃんの家に行ったの?」
照「正確にはお店。お菓子の代わりにお店の手伝いしながら勉強も教えた」
菫「お前の営業スマイルはそこからか。なんで普段とギャップが凄いんだ」
照「疲れるから」
咲「そのとき紹介してくれたらよかったじゃん!」
だが、和の人見知りで自身も姉と険悪だったのに京太郎とすんなりと打ち明けられるのかという一言に一刀両断。
照「加えて、ウチの親がギスギスしていた。そんな家に京ちゃんを呼びたくなかったし」
咲「お父さん!お母さん!」
宮永夫妻「……」
聞こえていたらしく、バツが悪そうにする宮永の親。まさか、過去のいざこざが此処で出てくるとは。
菫「意外に重い馴れ初めだな」
久「私としては咲から聞いた須賀君のオカルトの方が気になるけどね。座敷童だっけ?」
和「そんなオカルトあり得ません。須賀君も信じていないでしょう」
咲「だとしたら宮永の血なのにお姉ちゃんの胸がそんなに大きくなる説明がつかないじゃん。それに、お父さんたちも離婚寸前までいってたのにあるとき突然、お母さんの仕事上別居から段々と寄りを戻してさ」
照は京太郎に番組で話したことに加えてオカルトについて話した方が良いか聞くと二つ返事でOKした。
この男、やっぱり信じていないらしい。
照「端的に言うと、京ちゃんは"与える人で集める人"。運を含め人の能力を向上させるオカルト。事実、私たちの親はどっちも巨乳の遺伝子は持っていないから多分、能力の影響だと思う」
淡「えー!凄いじゃん!キョータローが手伝ってくれたら淡ちゃんも無敵だよ」
照「それは店を辞めろと?」
淡「ちっ違うよー!」
淡。あまりの照のこわいかおに恐れ戦くものの気を逸らした。
玄「お姉ちゃんと和ちゃんのおもちももっと大きく」
憧「胡散臭いわね」
久「そうよね。そんなすごい能力なら国麻でも私たち優勝できたかもしれないのに」
和「いえ、絶対努力でしょう」
はやり「でも、そのオカルト使えば、すこやんも結婚できるんじゃないの?あっおじ様、お酒注ぎますねー。京太郎くんも飲んで飲んで」
健夜「うるさい。はやりちゃん、かなり酔ってるな」
菫「でも待て。そんな都合のいいものあるか?」
菫の言葉に照はコクリと頷いた。
照「京ちゃんは半信半疑だから信じていないけど、私がオカルトの照魔境を手にした時、既に京ちゃんに嫌な兆候が出ていた。案の定、ハンドボール地区大会の決勝でチームメイト数人が大怪我。京ちゃんも肩を壊してしばらく全力の運動はできなかった」
一方的に与えてはいけない。でないとしっぺ返しが来る。事実、本人で足りなかったため京太郎の身をすり減らす羽目になった。
照「お互い望むものが同じ。そうでなくても近いものであること。そして一方的な場合壊れる。それに運の量。水を増やせても入れ物の、人間の限界を超えることはできない。超えようとするとケガをする。本人は信じていないけど私が見抜いたのはここまで」
本人が手を貸したいと思わない。或いは要らないものの場合、デメリットしかない。
玄「いいこと聞きました」
照「!?……なにをする!?」
突然、照は玄に胸を鷲掴みされる。形を変える胸の様子に咲はご立腹だ。
玄「着物の上からでも分かるこの大きさ。煎餅を私より少し大きい。うん、お餅といえるサイズにできるなんて素晴らしいです。是非、お姉ちゃんと和ちゃんと憧ちゃんに使ってください。京太郎君もお餅大好きだと思うし」
咲「そうだよ!京ちゃんを貸してよ!」
照「ふざけるな!」
自分の胸はいいのかとか、そもそも誰か渡すか等と言い返す照。だが、未婚の女は恐ろしいものだ。
咲「豊胸料金として税込みでお金あげるから!多く払うから!」
玄「お姉ちゃんと和ちゃんと憧ちゃんも一緒にお風呂に入れてあげます」
その言葉に憧と和が友人を売ることに文句を言うがどこ吹く風。
照「京ちゃんは私が居る!もういい!持ってきておいてよかった!麻雀牌とってくる!文句があるなら相手する」
咲「うん、この方が早いよ」
アイ「……どうしてこんな子になってしまったのかしら」
界「間違いなく俺たちのせいだろ。京ちゃん、咲も貰ってくれないか?」
京太郎「お義父さん、無理だよ」
唖々、宮永家。早くも跡取りが居ないかもしれない。
菫「はぁ、なんでこんなことに。せっかくの美味しい料理が……こんなノドグロの刺し身とか白エビとか滅多に食べられないというのに……御二人は参加しないんですか?」
はやり「勝てるかどうか、わからないからね」
健夜「本人を潰した方が良い」
そういって酒瓶を持った大人気ない二人。
菫「まさか……」
このアラフォーの二人。若い男を酒で潰して持ち帰るつもりなようだ。両家の方を見ると宮永家の両親はなぜか泣いており須賀家の両親はそれに付き合っている。菫は地獄絵図を思い浮かべた。
健夜「京太郎君」
はやり「一緒に飲もう。勝負しよう」
京太郎「分かりました。すみません、弘世さん。介抱とかズルとかしないよう見てくれますか?咲の知り合いを疑いたくないのですがウチはヒトが第一なんで」
菫「いや、京太郎君。辞めた方が。急性アルコール中毒で死なれても困るし」
京太郎「そうなる前に御二人を止めてください。俺はヤバくなったらウチの親がストップかけるでしょうし。あと、今夜みなさんの宿泊先とか大丈夫ですか?俺たちは代行呼びますけど」
菫「……君はいい人だな。あの、照には勿体ないくらい善い人じゃないか。なんで私に相手が居ないんだ……はぁ……どうか、照をよろしく頼む」
京太郎「えぇ、こちらこそ」
そういって白エビの天ぷらに箸をつけて頷く京太郎。従業員の腕に満足しているようだ。
はやり「余裕なのも今のうちだぞ☆」
健夜「こーこちゃんにされた無茶ぶりがあるから結構飲めるよ」
はやり「京太郎君の瞳に……映ったはやりに乾杯☆」
京太郎「か、乾杯……」
そして完敗だと感じた京太郎は御猪口に酒を注いだ。
3時間後。午後10時45分。
照「ふっ口ほどにもない……」
咲「ズルいよ、お姉ちゃん。絶対、京ちゃんのオカルトだ……」
和「そうかも……しれませんね」
淡「あわー……」
玄「わ、私のおもち天国が……」
憧「ふきゅう……」
麻雀で飛ばされた女がいて……
健夜「……」
はやり「うっぷ、気持ち悪い」
京太郎「ふぅ……日本酒一合瓶二本、小鍛冶プロ三本はでダウン。四本目すら残っているじゃないですか。しかもムキになって飲んでもないのに五本目も開けちゃっているから戻せないし、勿体ない。残りは貰いますね。あっ弘世さん、飲みますか?」
間に食事を挟みながら麻雀や飲み比べをしつつ時間は過ぎた。
京太郎が飲んだのは自身の四合瓶一本と一合瓶二本。そして二人の残りだ。本人曰く、これでも普段は抑えているらしい。しかも顔色一つ変えていない。
菫「じゃあ、一本だけ。京太郎君。君、酒豪なんだな。ケロッとしている」
京太郎「そうですかね?……とりあえず、まずお義父さんに渡すか。駄目ならまだイケるし」
酒で潰れた女もいる。
京太郎は御猪口を潰れた二人の頭に置いて、二人が残した酒瓶を掻っ攫う。
後日、この日の食事代は深夜手当も合計して70万を超える金額をたたき出した。
10月1日 日本酒の日
熱燗(カン)ッ
最終更新:2021年06月25日 22:22