中華連邦領事館の重役会議室でも同様だった。
大きなスクリーンには中継で、ブリタニア本国で行われている就任式が映し出されていた。黒の騎士団の幹部たちは、席を立って中継を眺めていた。
ナナリー・ヴィ・ブリタニア。
ルルーシュの実の妹で、皇位継承権を持つ皇女である。アッシュフォード学園にいた頃とは随分と異なる衣装を身につけて、そのスクリーンの中心にいた。
だが、扇たちが注目をしているのは彼女ではない。
ナナリー・ヴィ・ブリタニアは壇上にいる。注目している人間は、彼女の前に控えている二人の騎士だった。
「紅」と「蒼」のマントを纏った、帝国最強の騎士、ナイトオブラウンズの二人の騎士だった。
ラクシャータはキセルを吹かしながら、彼女は一言呟く。
「随分と出世したじゃないのぉ…裏切り皇女の騎士と、裏切りの幹部さんはぁ」
「…ちっ!」
ディートハルトは一人の騎士を睨みながら忌々しそうに、舌打ちをした。彼の失態は彼の独断によるものだが、誰ひとりとしてこのような未来を予測した者はいないだろう。
『ライ・エルガルド・ヴァン・アッシュフォード卿とスザク・クルルギ卿はこのエリア11から出世した騎士です。特に、アッシュフォード卿は先月、北アフリカ共和国の統治により…』
アナウンサーの声は、もう彼女に届いていなかった。
両名ともエリア11から異例の出世を果たした騎士、
それぞれが所有するKMFには『征服者(コンクエスター)』、『征服王(イスカンダル)』と名付けられ、
その驚異的な戦闘力から、敵国から『白き死神』、『蒼の亡霊』と畏怖されている。
ブリタニア帝国の大反逆者『ゼロ』を捕らえたスザク。
反ブリタニア勢力であった9つの国を一年で陥落させたライ。
彼らの体躯に纏う「紅」と「蒼」のマント。
その後ろ姿はまるで…
「ゼロの双璧じゃないか…」
扇はその光景を見て、思わず口から洩れてしまった。
「おいっ!要!」
杉山が扇の失言を咎めるが、彼女の耳には確かに聞こえていた。杉山と扇は彼女の方を見た。
カレンは拳を力一杯握りしめて、唇をかみ切った。
一筋の血が顎を伝う。殺意を込めた視線がスザクの後ろ姿を射抜いた。
(ねえ、スザク…なんで…なんでアンタがライの隣にいるの?)
身を焦がすような憤怒が彼女を纏う。爪が皮膚に食い込み、真っ白になった指の隙間から、血が流れ落ちていく。それでも彼女の怒りが収まることは無い。
(ライの、ライの隣はっ…!この私が!)
「…うっ!?」
突然、吐き気が彼女を襲う。彼女は急いでポケットから精神安定剤を数錠取り出し、水も含まず口に入れた。
「お、おい。カレン…」
扇はカレンの異常を心配するが、彼女はそれを手で制する。
「…大丈夫。大丈夫…だから」
しかし、扇の心配はますます募るばかりだった。彼女が見せた掌は、真っ赤に染まっていたのだから。
ブツッと、大スクリーンの電源が切られた。ゼロがリモコンを手に取っていた。
『…カレン。君には退室を命じる。今のお前は万全とはいえない。ここでの会議の結果は後でC.C.を通して伝える。いいな?』
一瞬、カレンはゼロを睨みつけるも、その指示に従った。
「…了解しました。皆さんにもご迷惑をかけて申し訳ありません。それでは、失礼します」
一礼して、カレンは会議室のドアから出て行った。
それを見送った後、幹部たちは席に次々とつく。扇はゼロに真っ先に開口する。
「なあ、ゼロ。君はカレンをどうするつもりだ?」
予想通りの扇の言葉に、ゼロ、リリーシャは喋る気が起らなかった。説明を他人に委託することにして、聞き返した。
『…どうする、とは?』
そのリリーシャの心中の意見に答えてくれたのは、扇の反対側に座っているラクシャータ・チャウラーだった。普段、研究室に引きこもっている彼女は、開発費の予算会議の代表として出席していた。
「戦力外通告して切るってこと?バッカねえ。カレンちゃんはあの状態でも、普通のパイロットより断然優秀だわ…でも、まあ、昔より魅了が欠けるのは確かだけど」
「ですが、長い目で彼女を見守る訳にもいきません。黒の騎士団の復興に当たって、我々にそんな余裕はない」
『安心しろ。扇。私がカレンを見限ることは決して無い。決してな』
「…そうか、それなら、いいんだが…」
「……ええ。彼女は黒の騎士団当初からのメンバーで、とても優秀な方です。信頼できる部下として、ゼロ個人にも思い入れがあるでしょう」
ここで予想外の言葉にリリーシャは我に返った。ディートハルトの含みのある言葉に、ゼロ、リリーシャ不快感を覚え、その意見に食いつく。
『……ディートハルト。貴様、私に下種な勘ぐりをしていないか?』
リリーシャは強い口調で彼を問い詰めた。その真剣さが伝わった幹部たちに緊張が走る。その矛先を向けられたディートハルトは、余裕の表情を持ってゼロを見据えた。
「そう聞こえたのなら、ゼロ、貴方はやはり優秀だ」
『私に何の不満を持っているのか。それを聞こうか』
「貴方は紅月隊長に思い入れが強すぎる、と言っているのです」
『…つまり、私とカレンには上官と部下以上の関係がある、と言いたいのか』
「はい」
上官と部下以上の関係、それが意味することは実に分かりやすい。ゼロは「男」という認識は今や誰もが持っている。すなわち、カレンと男女の関係を持っているとディートハルトは主張していた。
リリーシャは鼻で笑いながらも、自分の失態を恥じていた。カレンに正体を伝えてからというもの、彼女と仮面を外して会う機会は多かった。
杉山は、ディートハルトの意見に強く反発した。
「おい……ディートハルト。何ふざけたことを言ってるんだ?」
カレンはライを愛している。一途な彼女がそんなことをするはずがない。その葛藤に今も苦しんでいる。彼女の姿を間近で見てきた彼らだからこそ、そう思っていた。
だが、それは一年前の話だ。この激動の一年、カレンがゼロと共に過ごした日々を彼らは知らない。言葉では否定していても、心の奥底まで否定できるものではなかった。
井上はポツリと、言葉を漏らした。
「カレンが、そんな……ねえ、ゼロ?」
『ああ。カレンは確かに信頼できる部下であり、大切な仲間だと思っている。だが、それだけだ。上官と部下の関係、それ以上でもそれ以下でもない』
その言葉に、井上たちは安心するが、ディートハルトの言葉は続く。
「…では、本題に入りましょう」
「本題?」
南佳高がディートハルトの言葉に反応した。
「半年前、貴方はEUの亡命に失敗した団員たちに、マフィアを壊滅させるという奇跡を起こして復活を遂げた。EUの放送をジャックし、その復活を世に知らしめた。しかし、なぜ、貴方はラインオメガを使わなかったのか?
そうすれば今回のように全世界に中継することができた。あれは明らかに貴方のミスだ。それが私に残る違和感なんですよ」
『つまり、私はお前が知っているゼロとは別人であると…そう言いたいのか?』
「はい。正確には、貴方は2代目ゼロだと見受けます」
会議室は凍りついた。
井上や扇は絶句し、二の言葉を継げないでいた。その中、ラクシャータがその空気を無視して声を発する。
「…そう言われてみると、アンタが頼んだあのナイトメア…規格がガウェイン・ラグネルと随分違うから、もしかしたらぁ、と思ってたんだけどぉ」
ふぅー、とラクシャータはキセルを吹かせた。
『私はゼロだ。それ以外の何者でもない。だが、それに不満は無いだろう?ディートハルト』
「ええ。貴方はゼロだ。そしてその手腕は誰もが認めている。ジャーナリストとして私には不服はありません」
ただ、私に感づかれるようなミスはしないで頂きたい、と言いたいのだろう。リリーシャはそれを暗に理解できた。
ディートハルトが感づくということは、私が未熟であり、それが敵にも知られる可能性があると言っているのだ。
リリーシャはディートハルトの認識を改めた。
彼は仲間ではなく、同志であるということに。
通常、優秀な部下は2つのグループに分けられる。
一つは、リーダー個人に忠誠をつくすタイプ。もう一つは、組織に忠誠をつくすタイプだ。ゼロという強烈なリーダーを持つ黒の騎士団は、前者の部下が大半であろう。肉親や血族に対する意識が強いアジア圏内では、前者の思想を好む傾向がある。
しかし、組織が強大化、複雑化するにつれて、リーダーとしてのニーズは異なってくる。
大組織は一人のリーダーが纏められるものでない。リーダーシップよりも組織を統制するルールが、組織を形作る主な要因となる。そのルールを作成し、取り仕切るのが、リーダーと、その幹部に要求されるものだ。
他の組織とのコネクションや人脈も必要だが、それは能力や環境によってネットワークは形成される。
役割が分担されるにつれ、リーダーとしての役割も決まってくる。それはアイドルや芸能人と同じ、世間や人々に与えるイメージアピールである。
会社のブレインはむしろその下に就く幹部たちの役割であり、リーダーは人脈やイメージが重要視される。
だからと言ってリーダーが無能であっていいわけがない。
与えられた仕事をこなすことをこなせば良いだけの役割とは違い、マクロな視点とミクロの視点を両方持ち合わせ、時代の流れを敏感に感じ取り、数年、もしくは数十年先の未来を見据えるという高度な先求眼が必要とされる。
そして、それを支える部下には、リーダーを支えつつも、時にはリーダーすら切り捨てる考えを持ち、逆に組織を捨てることも厭わない冷静かつ合理的な視野を持つ人材が必要だ。
己の能力を生かす場所を選びぬき、独立性を持つ優秀な人材が、最もこの後者のイメージに近い。
それは部下ではなく、同じ組織を抱える同志という方が意味的に近いだろう。ゼロのために命を捨てて守る戦士とは違う。
ゼロという花を育てることが目的であり、組織の一員として情報部を管理している有能な人間でもあるが、ゼロに魅力を失ったとき、彼は容赦なくゼロを見捨てるだろう。
そして、ゼロの中の人間に興味は無い。ゼロの仮面を被り、黒の騎士団を率いて演じるだけの能力を持った人物に忠誠を持っているだけなのだ。
ゼロ、リリーシャはディートハルトの認識を改め、彼を警戒するどころか、むしろ好感を覚えた。
人間を惹きつけるものは人間性ではない。
実力だ。
それをリリーシャは正しく認識していた。
学生に必要とされるのは勉学であり、歌手に求められるものは歌唱力であり、医師に求められるものは患者を治す腕と知識である。人柄や容姿というものは実力に付随する副次的なものでしかない。
世間的に重要視される人間性とは、その人物の外見や、人に対する配慮や性格、特技、血統、知識の集大成を指したものでしかない。
リリーシャは扇やカレンと言った人間よりも、ディートハルトやラクシャータのような人間の方が必要とされているものが明確で、扱いやすかったのである。
リリーシャは、ディートハルトが想像以上に優秀な人材であることを認識した。
『…確かに私は、一年前のゼロではない。全くの別人だ』
その言葉に、会議室は揺れた。
「なっ…!?」
「なんだって!?」
その言葉に、ディートハルト一人だけが唇を歪めた。彼もまた、今のゼロが前代のゼロに劣らぬ優秀な人間であることを理解したからだ。
「じゃ、じゃあお前は一体誰なんだ!?」
『何を言っている?扇要。私はゼロ。ゼロという記号を持った存在。ただそれだけだ。ブリタニアに反逆し、世界を変える者。そしてそれを成す力と意思を持っている。それに何の不満が?』
「な…な……!」
面喰っているメンバーは扇だけではない。井上や南、杉山も同じだった。
「私は、別にアンタが何者だろうと構わないし、興味もないわぁ。ただ、アンタが前のゼロと同じくらい面白い奴だってことは分かったわよ?」
『ラクシャータ。気遣い、感謝する。この話は幹部のメンバーのみとしてくれ。日本に戻り、団結力が高まりつつある今、余計な混乱を招きたくは無い』
「はっ。仰せのままに。ゼロ」
ディートハルトは、大きく頭を下げた。
彼は、再びゼロに忠誠を誓った。
王都ペンドラゴン。
就任式と報道局のやりとりを終えた後、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは来賓館とは遠く離れた別室にライとスザクを招いていた。
別室といっても天井は高く、その大きさは20畳ほどの広さはある。
補佐官を務めているアリシア・ローマイヤはナナリーの命令で、席を外していた。
彼女もナナリーのプライベートとして認識したので、命令でなくとも自主的に動いたと思われた。
3人になった時、ナナリーが発した言葉は謝罪だった。
「ライさん。スザクさん。ありがとうございます。忙しい中、わざわざ引き止めてしまって」
「カラレス総督の死は誰にも予期できなかったことだ。ナナリーが気に病む必要はどこにもないよ」
「ですが…」
困り顔になるナナリーにライは優しく微笑みかけた。
「寧ろ、あやまるのは僕の方だ。エリア11まで護衛できなくて…僕の一個小隊を付けておいたから、これでナナリーの懸案が少しでも妨げられるのなら、僕は…」
ライは膝を折り、ナナリーの手を握り締めた。掌の温かさを感じたナナリーはうっすらと頬を染めた。
「もうっ、ライさんったら。本当に口が上手くなりましたね。いつも聞いていますよ?ライさんの噂は。先ほどライさんのことを聞いてきた記者さんも多かったんですから」
「…あははっ、そうなんだ」
ライは、思わず苦笑した。
「…でも、本当に申し訳ありません。私の為に、ライさんやスザクさんのラウンズを護衛に付けるだなんて」
今度はスザクがその言葉に答えた。
「これは僕たちの大事な義務だ。ナナリー。だから、遠慮なく僕たちに任せてくれ。ナナリーは、僕が守る」
そうして、スザクはナナリーの片方の手を握った。彼女は頬を緩めた。
「スザクさん…ありがとう、ございます。…そして、ライさんも」
ナナリーが感極まって涙が溢れそうになった時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
彼女が持っているインカムから、廊下に立っている警備兵の声が聞こえてきた。
「…はい、はい。お通ししてください」
涙を指で拭おうとしたナナリーを、スザクはハンカチでゆっくりとナナリーの眼元を拭った。ナナリーはスザクに微笑んだ。それを見たスザクの表情も柔らかくなった。
二人の光景を、ライは優しく見守っていた。
そして、そんな雰囲気をブチ壊すのはいつもこの男だ。
「これはこれは、ナナリー皇女殿下ぁ、お久しぶりですぅ♪」
「ロイドさんっ!殿下の御前で何を喋ってるんですかっ!」
扉から入ってきた人物は、ライとスザクのKMF開発局『キャメロット』の局長、ロイド・アスプルンドと助手のセシル・クルーミーだった。礼装しているとはいえ、人格まで覆う役割は担っていない。
ライの苦笑が表情に一層刻まれて、スザクに声をかけた。
「ごめんね。スザク。クラブの整備で、ロイドさんを引き止めてたんだ」
「そういうことだったんだ。分かったよ」
「キャメロットの支援をしてくださったようで、私からもナナリー殿下にお礼を申し上げたくて、参上しました」
ロイドさんは場違いな挨拶を言った後、ライたちが驚くほど礼儀正しい作法で、ナナリー殿下に頭を下げた。その意思が伝わったのか、ナナリーの表情は一変した。
「そうですか。お心遣い感謝します。ですが、これはライさんとスザクさんにできる私からのお礼です。そこまで気にする必要はありませんよ?ロイド伯爵」
「…感謝します。ナナリー皇女殿下。お返しにとは何ですが、エリア11に到着した際には、ささやかなサプライズを用意していますので、楽しみにしていてください」
「まあっ!それは楽しみです。期待していますよ」
スザクはライに視線で合図を送った。
後で話があるというメッセージだと受け取った。
ライは話を切り出す。
「…じゃあ、ナナリー。申し訳ないけど、僕はこれで」
「はい。分かりました。お話したいことはたくさんありますけど…」
「うん。今度会うとき、あの物語の続きを聞かせてくれないかな。僕も話題を作ってくるよ」
ライの言葉に、ロイドが喜色の笑顔を浮かべた。
「EU戦線にはセシルくんに頼んであるから、データだけはお願いねぇ。僕、ワクワクしてるんだからぁ♪」
「EU戦線!?ライさん、これから戦地に赴くんですか?」
「うん。EUはこれで2度目かな。前は黒の騎士団の奇襲を受けてね。あの時に潰しておけば、ナナリーに苦労をかけることはなかったって今でも後悔してるんだよ」
ライは心配するナナリーを見て苦笑していた。一瞬だが、スザクの眼に鋭い眼光が浮かんでいた。ライの御前試合で見せた敵意と、同じ感情が宿っていた。
一時間後。
王都ペンドラゴンの南東に、巨大な庭園がある。それはかつてマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが住んでいた離宮に繋がる道であり、中央には大きな噴水があり、規則正しく並べられた箇所には色とりどりの花畑が一面に広がっていた。
華やかな場所に蝶が舞い、楽園を思わせるような光景だった。
快晴の空の下、二人の騎士は噴水の前で言葉を交わしていた。一人はナイトオブセブン、枢木スザク、もう一人はナイトオブツー、ライ・エルガルド・ヴァン・アッシュフォードである。紅と蒼のマントは、遠くから見ても分かるほど特徴的だった。
「日本に行ったばかりなのに、また本国にとんぼ返り帰ってくるなんて、やっぱりラウンズは忙しいね」
「ライほどじゃないさ。知ってるよ?ナナリー殿下のお願いのために、EUに行く時期をずらしたって。シュナイゼル殿下にこの事が知れたら…」
「まさか。皇帝陛下の命令ってのは嘘じゃないさ。ただ、僕から進言したというだけのことだから」
「…ライ、君は唯者じゃないね」
「どういたしまして」
一輪のバラをクルクルとまわしながら、ライは話を続けていた。ライの表情には少しだが、憂いの感情が表れていた。スザクはライに声をかけた。
「ナナリーにギアスをかけたことが、辛いのか?」
スザクの言葉に、ライの指が止まる。噴水の頂点を見上げたライは、そのまま語り始めた。
「……皇帝陛下が直々に命令したほどだ…よほど辛い人生を歩んできたんだろう。ナナリー殿下は苦労人だな。でも、驚いたな。ナナリー殿下の兄上の名前」
「…ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
スザクの口調には、静かな殺気が込められていた。
「一瞬まさかと思ったけど、ロロの溺愛ぶりを考えるとなぁ……人には忘れたい記憶っていうものがある。ナナリー殿下は…兄さんの死が受け入れられなかったのかな?」
そう、ライはギアスを使ってナナリーの記憶を消した。
ルルーシュの記憶を。
目が見えない彼女に、皇帝陛下のギアスは効果がない。だから、聴覚を通して効果を発するライのギアスを利用した。
万一、ルルーシュが記憶を取り戻したとしても、ナナリーがルルーシュを必要とすることは無い。今になっては、ナナリーはスザクに恋心を抱いているくらいだ。ライのギアスは皇帝陛下のギアスより強力だという。ナナリーには万一の心配すらなくなっていた。
そのため、ナナリーはスザクとライの記憶が残っていても、ルルーシュの記憶は残っていない。
スザクは昔からの知り合いであり、ライは学園で知り合った人間だと認識している。
そして、皇帝陛下が書き換えたライの記憶は4つ。
狂王の過去、黒の騎士団のこと、そして、ナナリーの記憶
だが、ルルーシュと違ってギアスを封じることはできなかった。
そして、ギアスの知識だ。さすがにギアスの力を訳も分からず持っているのは、危険極まりない。ギアスは天から授かる特殊な能力だという記憶を植え付けた。シャルル陛下もその一人だということは知っている。
だが、ただそれだけだ。ルルーシュが置かれている立場や、アーカーシャの剣の存在は知らない。
スザクは表面でライの親友でいても、内心では違っていた。
二人の間でルルーシュの話題が上がった時、ライは話し始めた。
「日本に戻ったとき、ルルーシュをブリタニアに誘うつもりなんだ」
「…なんだって?」
ライの言葉に、スザクの反応は少し遅れた。
まさか…と、一瞬、ライを疑ったのだ。
「あと、3ヶ月でルルーシュも卒業するだろう?進路が決まっていないみたいだから、僕が何とかしてやろうと思って」
「ああ…なんだ。そういうことか。なら、僕だって」
ライは唐突にスザクの肩に手を置く。
「…スザク。何があったかは聞かないけど、早い内にルルーシュと仲直りしろよ」
スザクはさらに驚くことになる。自分でそういう気配を感じ取られることが無いように気を使っていたので、ライの鋭敏な洞察力に感嘆するしかなかった。
スザクは表情を緩め、苦笑した面持ちで言葉を返した。
「鋭いな。ライは」
だが、スザクと対照的に、ライは真剣な表情となる。
そして、一言、告げた。
「姉さんをよろしく頼む。これは命令だよ。スザク」
鋭い蒼の視線がスザクを射抜いた。ライはアッシュフォード気の人間となった。その恩義を感じて、今もなお彼はアッシュフォード家の為に貢献している。一年近く、同じ職場で働いてきた彼にとって、その気持ちはありありと伝わっていた。
スザクはライに微笑みかける。
「分かってるよ。ライ」
ブオッ、と大きな風が辺りの花々を揺らし始めた。空を見上げると、飛空艇『デュランダル』が庭園の上空に差し掛かろうとしていた。アヴァロンと同型の機体であり、オレンジ色ではなく、グリーンのカラーリングが施されている。後翼部から、小型飛空機が発射された。
ライを迎えに来たのだろう。
スザクたちの話はそこで終えた。
そして、遠ざかる飛空艇『デュランダル』を見ながらスザクは呟いた。その声は小さく、本人以外に聞きとった者はいない。
だが、言葉に込められた思いは、とても深いものだった。
「ライ……俺は…君だけは、殺したくない」
最終更新:2009年10月24日 22:07