044-016 コードギアス・ラストカラーズ シーン12「 初 恋 」Aパート @KOUSEI



 涼しい風が吹いていた。
 政庁の中庭である。中央の噴水を囲うようにコンクリートの歩道が置かれ、それに沿って植えられた木々がある。
「それで、話っていうのは?」
 政庁から噴水に続く階段。その最上段に立つロイは、数段下で腰掛けているアーニャに尋ねた。もうこの広場に足を運んでから十分は経っている。その間、アーニャはロイに背を向けたままだ。
 返事は無い。ロイは、それからも辛抱強くアーニャからの反応を待った。
「ロイ、覚えてる? 私たちが出会ったときの事」
「もちろん覚えているよ。あれは、確か闘技場だったね」
 すでに遠い昔の出来事のように感じられるが、ほんの一年前の記憶である。
 ラウンズ就任が決まって、程なくして御前試合が執り行われる事になった。形式は2on2。ロイはスザクと組み、対戦相手はジノとアーニャのコンビだった。
 結果は、ロイ達の惨敗。
 最たる敗因はロイとスザクの連携にあった。今でもよく覚えている。まるで貴様に背中など預けられるか、とでも言わんばかりのスザクの個人プレイ。
 結果、ロイも個人プレイに走らざるをえず、それなりのコンビネーションを駆使して戦うジノとアーニャに各個撃破の戦法をとられて、試合開始三分で勝敗が決まってしまった。
「あのときは、ほんとボロボロだったなぁ」
 しかし、後にロイとスザクはブリタニアの二本槍と呼ばれるような連携を築くに至る。
 今あの時と同じ組み合わせで戦えば、ロイとスザクはきっと圧勝するだろう。というのはジノの台詞である。
「でも、それがどうしたの」
「正直に言えば」
 アーニャは、ロイに向き直った。
「私は、あの頃のロイを良く覚えていない」
 アーニャが常日頃から不安を抱いている一種の病気。それを知るロイは、表情を険しくした。
「まさか記憶が……」
 アーニャは首を横に振る。
「違う、そうじゃない。覚えていないっていうのは、ただ単に当時の私がロイを覚えようとしなかっただけの話」
「?」
「記憶に残そうと努力しなかったって事」
 アーニャの言葉の意味を咀嚼して、ロイは肩をすくめる。
「……なるほど、すなわちどうでもいい人間だったって事か」
「昔は、ね」
 アーニャの口調には、意味深なニュアンスが含まれていた。
 それを理解し切れていないロイは、黙ってアーニャの言葉を待つ以外の選択肢は無かった。
「ロイ、私たちはどんな関係」
「どんな関係って?」
「言葉で表すと、何? 答えて」
 予期せぬ質問だった。ロイは戸惑いながらも考える。
「仲間、友達、戦友、いろいろ例えられるね。ああ、あとたまに一緒に歩いてると兄妹とかにも見えるらしい」
 つらつらと思い当たるものを挙げてみる。しかし、そのどれもがアーニャを納得させなかった。
「私は、もうひとつ欲しい」
「もう一つ?」
「ロイ……私は――」
 何かを言おうと――打ち明けようと足を踏み出し、近寄ってくるアーニャ。それをロイは、
「アーニャ!」
 と、横に突き飛ばした。
 目を丸くするアーニャ。しかし、彼女はすぐに、崩れたバランスを取り戻して、自ら半歩後方に飛んだ。
 同時に、鋭いものが風を切ってロイに迫ってきた。
 ロイの動きは速かった。背のマントを取り外すと、それを鞭のように思いっきり振った。
 何かがマントと接触した。
 飛来した何かは、力を失って地面に落ち、いくつもの乾いた音を立てる。
 それは数本の投げナイフだった。
「このナイフは……」
 見覚えのあるナイフに、アーニャは不快感をあらわにした。
 ロイは地面に落ちたナイフには一瞥もくれずに、それが飛来してきた方向に顔を向ける。
「相変わらず、女をたぶらかすのは大得意らしいなぁ」
 返ってきたのは、人を見下すような断続的で短い笑声だった。
「相変わらずですね。ブラッドリー卿」
 逆立った髪形。切り捨てるような鋭い目元。細く尖った顔立ち。細身の体躯。オレンジ色のマントと白い軍服。
 ルキアーノ・ブラッドリー。ナイトオブテンにして、最恐の騎士。吸血鬼にもたとえられる残忍な戦闘方法は、仲間にもあまり好かれておらず、ロイも認めていない。
「育ちの悪い男は、出世の仕方がそれしか無いものなぁ」
 ルキアーノからの軽口は、顔を合わすたびに言われていたので、その事については別段怒りもわかない。しかし、
「どういうつもりですか」
 この時のロイの口調には、明らかな怒気があった。
「んっ、どう、とは?」
「今のナイフ。いくつかはアーニャを狙っていた」
 ルキアーノは呆然とした後、ハッと吹き出した。
「だから何だ。まさか怒ったのか? あの程度、避けられない方がどうかしている。腕が落ちたんじゃないのかナイトオブシックス」
 ルキアーノは尖った視線をアーニャに向けた。
 アーニャは悔しそうに目を伏せた。今の攻撃にアーニャはまったく反応していなかった。だからこそ、ロイはアーニャを突き飛ばした。いつものアーニャならこれはあり得ない事だった。何か思いつめていたようなので、それが原因かもしれない。
 ロイはアーニャを庇うように立つ。マントを握る力はいまだ緩めない。
「だからって、悪ふざけにも程があるでしょう」
「程があるから、何なのかなぁ?」
 おちょくるような口調。ニヤけた笑み。懐からチラつく得物。
「演技くさいんだよ。お前の紳士的行動、言動、全てな」
 それが癇に障る。と彼は言いたいのだろう。
「……」
「何を我慢してるんだ。来いよ年下趣味のペド騎士野郎」
 視線が交わる。ルキアーノは得物に手を近づけ、ロイは警戒してマントを握る感触を確認する。
 そのままルキアーノはあくまで楽しげに、ロイはあくまで無表情に、時は流れた。
『それぐらいにしておけ、ナイトオブテン』
 空気を切り裂くのは、何も物質的なものだけとは限らない。この声もまたそうだった。
 三人は声のした方向――空を見上げた。
 KFグロースター。背中にはフロートが付いている。それが、小さな風を巻き起こしつつ、優雅な動きでロイとルキアーノの間に着地した。
「このグロースター、まさか」
 ロイは驚きの表情で、舞い降りた鋼鉄の騎士を見た。
『キャンベル卿の好みが年下など、そんな事はありえません』
 続けて、上空からもう一騎KFが降りてきた。こちらはフロート付きのヴィンセントだった。しかし、通常のヴィンセントとは少々形状が違う。よく見ればグロースターもだ。大まかな外見は変わらないが間接部に駆動系保護用のパーツが取り付けられている。
 あのパーツが付けられているということは、中に乗っている騎士はKFの性能以上に無茶ででたらめな動きをする新人騎士か、無茶ででたらめな動きをする達人のどちらかだ。
 どちらなのかは言うまでもない。それは、先ほどのKFでの見事な着地を見れば明白である。そして、達人同士というのは着地動作一つ見れば中に乗っている騎士が誰なのかが分かるものだ。
「ナイトオブナイン、それにナイトオブトゥエルブまで。どうして」
『愚問だな、アーニャ』
 グロースターからは、聞きなれた女性――ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムの声が響く。
『ええ、そんなのは愛しのロイ君に会いにきたに決まってるじゃないの』
 ヴィンセントからはナイトオブトゥエルブ。モニカ・クルシェフスキーの声。
『と、言いたいところですけど』
『まぁ、実を言えば仕事だな』
「興が削がれたな」
 ルキアーノが脱力して得物を懐にしまう。そのまま彼はマントを翻し、ロイたちから背を向けた。
 グロースターの頭部メインカメラがルキアーノを捉える。
『どこに行くんだルキアーノ。これからシュナイゼル殿下と会議だぞ』
 ルキアーノは軽く手を振って、
「時間にはちゃんと間に合わせますよ。ちょっと気になる事がありましてねぇ」
 次に、ルキアーノはロイを見て、
「月並みな言葉だが。気を付けるんだな。攻撃は前からだけとは限らない」
 挑発的に言い捨てて、ルキアーノはその場から離れていった。
「……」
 ロイは、去り行く騎士の背中を見ていたが、
「久しぶりだなぁ、ロイ!」
 と、ノネットに抱きつかれて、最恐の名を持つ騎士の姿を見失った。
「お久しぶりです、エニアグラム卿。相変わらずですね」
 顔に突きつけられた懐かしい感触が、ロイを戸惑わせる。
「お元気そうでなによりです」
「まったく、すぐ帰ってくると思っていたのに、なんだかんだで一年近い出張になるとはな。こんな事なら、お前にエリア11行きを許可するんじゃなかった」
「ははは……」
 ロイは乾いた笑みを浮かべた。もちろん、ロイのエリア11行きを不許可にできる権限などノネットには無い。
「仕方が無いから私から来たというわけだ。シュナイゼル殿下の護衛としてな」
「シュナイゼル殿下もいらっしゃっているのですか?」
「そうよ」
 答えたのは、すでにコックピットブロックから出て、地面に降りてきたモニカだった。
「まぁここも戦場になるでしょうからね。っていうかいい加減にしなさいなエニアグラム卿。ロイ君が嫌がってますよ」
「戦場?」
「そうよアーニャ。黒の騎士団が攻めてくるとすればこのエリア11以外無いのだから」
「そのための私達さ。しかし、ラウンズがここまで勢ぞろいするのは本土だって中々無いぞ」
「……」
 アーニャは、黙ってロイを見上げた。
 ロイはアーニャの視線に気づいて「大丈夫さ」と言って笑った。


 ロイが一瞬見せた真剣な顔。アーニャは戦いの到来を実感し、浮かれた気分を押さえ込む。
――よりによって今ですか?
 ロイの副官アルフレッドの言葉がよみがえる。
 タイムアップだ。まだまだ猶予があると思っていたが、状況はアーニャが思っていたより切迫していたらしい。さすがにこうなってしまえば、自分の気持ちだけでロイを引っ掻き回す事はできない。
 実際、アーニャは分かっていたのかもしれない。いや、当然分かっていた。
 ただ、まだ大丈夫だと思い込みたかった。
 予想される今回の戦いは大きい。それだけに気持ちの整理を付けたかった。
 自分達は今まで数々の戦場を生き抜いてきた。しかし、次もそうなるかどうかなど誰にも分からない。
 はっきりと言えば、死ぬかもしれない。
 そんなのは毎度の事だが、それでもアーニャの心には絡みつくような不安感が巻き起こる。
 不安――この感情を明かさないままの別れ。それがアーニャには怖い。
「アーニャ、どうかしたのか?」
 モニカとノネットにもみくちゃにされながら、ロイはアーニャに声をかけた。
「……何でもない」
「そういえば、僕に話があるんじゃなかったっけ?」
「ううん。また今度で大丈夫」
 そう答えた声は、とても小さかった。


「まさか、ラウンズが三人同時に来るとは……。シュナイゼル殿下も中々思い切った人事をなさる」
 友人がもてあそばれる現場を、政庁二階の窓から眺めながら、ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグは同情する。
『それだけ、エリア11の状況が切迫しているという事だ』
 ジノの後ろにあるモニターに、ナイトオブワンの姿があった。
「なるほど、そういったお考えがあるのなら文句なんてありませんがね。俺は、てっきり卿が二人の押しに負けたのかと思いましたよ」
『全壊二十三機』
「はい?」
『私が悪かったのだ。エリア11に派遣するラウンズは二人。一人はルキアーノと決めていたから、あと一人は二人で平和的に話し合って決めよ、と言ってしまった。私としては“平和的に”の所を特に強調したつもりだったのだがな』
「……それで?」
『ノネットとモニカは、平和的に話し合って、平和的に話し合う手段を放棄したのだ』
 ナイトオブワンの口から、濃いため息が漏れる。
『ラウンズとラウンズ親衛隊との模擬戦。物理的損害はKF全壊二十三騎。中破九騎。小破三騎。人的損害は重症二十名。軽症十二名。敵前逃亡二名』
「ははは、実弾でやりあっても中々それだけの数字は出ないでしょうね」
 そもそも模擬戦なら銃弾はペイント弾。ナイフは切っても相手に色が付くだけのペンナイフで、普通ならKFは壊れたりはしない。全壊なんて前例が無い。
『聞きつけて現場に駆けつけてみれば、最後に立っていたのはあの二人だけだった。それを見たときの私の気持ちが分かるか?』
 中堅管理職は大変だ、とジノは無責任に思った。
「おもちゃを欲しい喚く子供をおとなしくさせるには、おもちゃを与えるのが一番手っ取り早いんでしょうが。長い目で見たらそれはどうなんですかね」
 ジノは、庭の真ん中でもてあそばれている友人を見る。
『押しに弱い上司だと笑ってみたらどうだ』
 振り返ると上司の顔がムッとしていた。
「冗談ですよ。せいぜいフォローに回るとしましょう。まぁ、もっとも」
 ジノは苦笑する。
「あのお二方相手では、ロイの精神的安定が損なわれるのも時間の問題だと思いますよ。アーニャの件もありますし」
『男と女というのはやっかいだ。本当にな……』
「特殊なケースではあると思いますけど」
『まぁ、な。とにかく。戦力だけは充実させたのだよろしく頼む』
「分かりました。そのあたりは全員ラウンズなんですから。しっかりやりますよ」
 モニターの光が消える。それに伴って、庭からの声がよく聞こえるようになった。
『いい加減にしてノネット。そんなでかいもの押し付けたら、ロイの顔がつぶれる』
『ハハハ。文句があるなら、お前もつぶしてみせればよかろう。んっ?』
『あらあらエニアグラム卿。翼の無い動物に空を飛んでみろというのも無理な話でしょう。ふふふふ』
『……』
 自分の左手袋にそっと右手を持っていくアーニャを見ながら、このメンバーでの活動に改めて大きな不安を覚えるジノだった。


 ノネット達とはいったん別れ、シュナイゼルに挨拶へ向かう準備のために、ロイは一度、執務室に戻ろうとしていた。
 部屋に入ろうとドアノブに手をかける。
『お前達は私達を馬鹿にしているのか』
 中からアルフレッドの静かな怒声が聞こえた。
 ロイは怪訝に思いながらも自分の執務室の扉を開けた。
「どうしたアルフレッド」
「あっ、おかえりなさいキャンベル卿」
「あれ、君は?」
 出迎えたのはアルフレッドだが、ロイはその傍にいる人物に目を留めた。
 それは少女だった。歳は十代中盤からよくいって後半。髪は後ろの一部が肩まで届いている。軍服を着ているから軍人なのだろうが、顔が幼いために、いたずら好きの子供が興味で父親のスーツを着たような、そんな違和感を感じさせる。
 その少女は、部屋の主の突然な帰還に驚いたのだろう。慌てた様子で頭を下げた。
「お初にお目にかかりますキャンベル卿。私は――」
「ヴァルキリエ隊のマリーカ・ソレイシィです」
 少女――マリーカが言い終わる前にアルフレッドがぶっきらぼうに紹介した。
「ヴァルキリエ隊? ということは、ブラッドリー卿の」
 先ほどのルキアーノとのやり取りを思い出して、ロイは少々身構えるようにマリーカを見る。
「どういった御用でしょうか?」
「ぶ、部隊着任の挨拶に参りました」
「挨拶って、あなたがですか?」
 ロイにそのつもりは無かったが、マリーカはにはロイが責めているように感じたのだろう。彼女はばつが悪そうに顔を俯かせた。
 隊着任挨拶。ラウンズとそれに付き添う親衛隊が先任のラウンズの元に挨拶に来る、という別段なんて事のないものだ。
 だが席次が一番上のナイトオブワンならともかく、通常は先任のラウンズに、後任のラウンズが挨拶に出向くのが一般的だ。それ故に、モニカもノネットも後でロイの執務室に顔を出す事になっているし、アーニャとジノの元にも同様に顔を出すはずだった。
「ブラッドリー卿は後任で戦地に赴かれてもあまり挨拶はなさいません。だから」
「そんな事は知っている」
 マリーカの弱々しい弁明を、アルフレッドはどこか高圧的な言葉で遮った。
「しかし、なぜ一番下っ端のお前がくるんだ。それならば、ヴァルキリエの隊長格が来るのが普通だろう」
「あ、あの。ですから私が代理として」
「それが舐めていると言ってるんだ。キャンベル卿への挨拶には下っ端のお前で十分というのがお前達の総意なのか」
「……」
 マリーカは押し黙ってしまった。アルフレッドは更に問い詰める。
「どうなのだ。事と次第によってはタダではすまさんぞ」
 ここにきて、ロイはなぜアルフレッドが怒っているのかを理解した。アルフレッドの気持ちをロイは嬉しく思う。しかしながら、ロイ自身はそういったことで腹を立てるタイプではない
「アルフレッド。それぐらいにしておくんだ」
「しかし、キャンベル卿」
「アルフレッド。わざわざ挨拶に来てくれたソレイシィ卿に対し、立たせっぱなしとはいかがなものかな」
 アルフレッドは、納得しきっていない表情を浮かべながらも、やがて小さくうなずいた。
「……イエス・マイロード。失礼いたしましたソレイシィ卿、どうぞこちらに」


「君達二人は知り合いなのか」
 テーブルの対面に腰掛けるマリーカと、それぞれにコーヒーを配るアルフレッドを交互に見ながら、ロイは問いかける。
 ちなみに、マリーカの分のコーヒーにだけ、配られた時すでにミルクと砂糖が入っていた。ロイが問いかける気になったのもこのあたりに要因があった。
「はい。私が以前エリア11に赴任していた頃、コーネリア様の侍女を勤めていたのがこのマリーカでした」
「アル先ぱ――じゃなくて、アルフレッド卿にはとても良くしていただきました」
「……せいぜい暇なときに一緒に訓練したぐらいだ」
「それでも、女性騎士はただでさえ少ない上に、一番年下で孤立気味の私に一番最初に声を掛けてくれたのが先輩でしたから」
 彼女は真正面にならないよう、しかしながら視界の隅になり過ぎないように横目でチラチラとアルフレッドを見る。ロイは、二人の間に行きかう感情の矢印をなんとなく理解した。
「なるほどね。アルフレッドは優しいから」
 ロイはマリーカにコーヒーを飲むように促した。マリーカはいただきます、と言ってカップに口を付ける。
「ちょっと待ってください。何か勘違いしていませんかキャンベル卿」
 アルフレッドがロイに抗議する。
「別に深い意味は無いですよ。二人用のシュミレーターを一人でやってるやつがいたから、うっとうしくて声をかけただけです」
「でも、それからも一緒に訓練したんだろ」
「マリーカは姫様の従卒ですから、いざというときに一人前に戦える必要がありました。それなのに最初のシュミレーターでの腕前があまりにひどいものでしたので」
「でも、コーネリア様の従卒になるぐらいだから腕は良いんじゃないのかい」
 ロイは改めてマリーカを見る。
 小柄で細身な少女であり、一見すれば戦士とは程遠い印象を受けるが、そんな事を言い出したら同僚のアーニャはどうなるのだろう。それに、あのブラッドリー卿の親衛隊といえば、世界各国の前線を飛び回っているはずで、そんな部隊に一年も在籍していたのであれば、
「一応、陸戦繰機科では首席卒業だったみたいですけど」
 横からアルフレッドが付け加える。
「それは凄いな」
 ロイは過去に一度、まだアーニャに教育係として指導を受けていた頃、彼女の付き添いで陸戦繰機科の講師を受け持った(押し付けられた)事があるが、どの学生もレベルが高かった事を覚えている。
「い、いえ。当時の私なんて、実戦も経験していないただの女性騎士で」
「そう言うからには、少しはマシになったんだろうな」
「えっと……」
 二人のやりとりを見て、ロイは思わず笑ってしまった。
「アルフレッド。ラウンズ親衛隊の隊員に対して、腕前を問うのは失礼じゃないのかな」
「それはそうなんですが、こいつはどこか危なっかしくて……」
「わ、私、頑張ります。先輩のために」
 この言葉を受けて、アルフレッドが表情を険しくした。
「馬鹿。俺のために頑張ってどうする。皇帝陛下のため、国のため、国民のために戦うのが我らの務めだろう」
「すみません……」
 肩を狭めるマリーカ。アルフレッドが学園での教師役の時に見せる、困った生徒を諭す時のようなため息をつく。
「まったく、そういうところが心配だというのだ」
「……」
 マリーカが更に肩を小さくした。
「まぁまぁアルフレッド」
 とここで、ロイは壁にかけられた時計を見る。時刻はシュナイゼル殿下との待ち合わせの二十分前だった。
「おっと、すまないソレイシィ卿。私はそろそろ出掛けなければいけないんだ」
「あっ、すみません。長々とお邪魔してしまって」
 立ち上がろうとするマリーカを、ロイは手で制した。
「アルフレッドと積もる話もあるようだから、ゆっくりしていくといい。とにかくソレイシィ卿。今後ともよろしく頼む」
「はい。ありがとうございますキャンベル卿」
「積もる話なんて、私は別に何もありませんが……」
 ロイは席を立ち、副官に言い聞かせる。
「アルフレッド。客人を丁重におもてなししておくように。これは命令だよ」
「……イエス・マイロード。キャンベル卿がそうおっしゃるのであれば」
 アルフレッドはやはり納得しきっていない表情を浮かべた。


 簡単な準備を済ませ、アルフレッドにはシュナイゼル殿下との合同会議までに合流すれば良い旨を伝えてから、ロイは執務室を出る。
 廊下をしばらく歩いていると、
「キャンベル卿」
 と声をかけられた。振り返ると、そこには金髪の少女が立っていた。軍服を着ている事から事務員ではなく軍人、それも騎士だというのが分かる。
「君は?」
 少女は整った敬礼を披露した。
「お初にお目にかかります。マリーカの先輩のリーライナ・ヴェルガモンといいます」
「ソレイシィ卿の先輩? ということは」
「はい、私もヴァルキリエ隊員です」
「……」
 ロイはあごに手を添えてジッとリーライナを見る。今日だけでヴァルキリエ隊の隊員二人と顔を合わせたわけだが、その二人ともがロイと同世代の少女である。
「あの、キャンベル卿。私の顔に何か付いてますか?」
 リーライナが照れと不審さが混ざり合ったような表情を浮かべる
「いや、すまない。ブラッドリー卿の人間性に更なる興味が沸いただけだ。気にしないで欲しい」
「はぁ」
 リーライナはよく意味が分からないといった顔だが、別段問い詰める内容でもないと判断したのだろう。とりあえず納得して見せた。
「えっと、お呼び止めしたのはマリーカの件でして。あの~、キャンベル卿。お怒りでしょうか?」
「怒る? なぜ?」
「実は、キャンベル卿の元にマリーカが挨拶に行くようにけしかけたのは私達なんです」
 意外な言葉に、ロイは思わずほぅ、と声を漏らした。リーライナは言葉を続ける。
「本当に申し訳ありませんでした。ヴァルキリエの隊長は、後ほどご挨拶に伺います。ですので、決して我々がキャンベル卿を、その……軽視しているとかそういうことは一切ありませんので……」
「なぜですか?」
「えっ?」
「いや、なぜそんなソレイシィ卿をけしかけるようなマネをしたのか疑問に思ったから」
「ああ、それは」
 彼女は一拍置いて、
「応援です」
 きっぱりと、そしてサラッと言った。
「応援?」
「はい。応援です」
「どういった応援?」
「あの方がエリア11で負傷されて本国で長期入院した時、私達は違うエリアにいました。それを聞いてあの子、もちろん心配してたんですけど長期なら出張先から帰った時に会えると嬉しそうに言ってまして。
 まぁ、心配半分、嬉しさ半分という微妙な気持ちを抱えながらも急いで仕事を終わらせて本国に戻ったんです。でも、実際にお見舞いに訪ねてみれば、当の本人は体の回復を待たずにエリア11へ行ってしまった後でした」
「……」
「それからも中々会えるチャンスも無く。それにあの子、奥手だから電話もかけないし、理由も無ければ会いにもいけないみたいで。いつもあの人は忙しい人だからって言って、自信なさげに笑うんですよ。流石にかわいそうで」
 ロイは眼鏡をかけなおして、「なるほど」と納得し、
「やっぱりそういう事なのか」
「ご理解いただけたようで助かります、キャンベル卿」
 リーライナは、ここで深く頭を下げた。
「しかしながら、後で考えて、やはり失礼な事をしたと反省しております。申し訳ありません。先ほども申しましたが当部隊の隊長が改めて謝罪に伺いますので、どうか許していただけないでしょうか」
「別に構わない。彼女にも、いつでも気軽に訪ねてくるように言っておいてくれ。大体三時ぐらいならアーニャやジノを交えてお茶をしている事も多いから。もちろんアルフレッドもね」
 リーライナは少し意外そうな表情をした後、「ああ、なるほどですね」と呟いて微笑んだ。
「何かな」
「いえ、初めてお会いするということで緊張していましたが、噂どおりの方みたいで安心しました。私はあなたの事が好きになれそうです」
 突然の告白に、ロイも微笑みで応じる。
「ありがとう。僕の執務室のお茶会は、誰でも大歓迎だから」
「ありがとうございます」
「用件はそれだけかな? それなら、僕は用事があるので失礼するよ」
「ええ、お引止めして申し訳ありませんでした」
 ロイはうなずいて踵を返す。しばらく歩いてからリーライナの声がきこえた。
「お茶会の件。私もお言葉に甘えさせていただいてよろしいですか?」
「僕は、誰でも大歓迎と言ったさ」
 ロイは背中越しに手を振って応じた。

 シーン12「初恋」Aパート 終わり。Bパートに続く。


最終更新:2010年09月20日 00:19
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。