カツッ、カツッ、と薄暗い独房に足音が響きそれと同時に聞きなれた声が徐々に近づいてくる。
「離しやがれっ!お前たちなんか今にゼロたちが蹴散らして、うわぁ!やめっ!ごめんなさい!」
いつも通り形だけの取調べを終えた玉城がやはりいつも通り無駄口を叩いて私刑に会っている。
「懲りないね君も」
看守たちが帰ったのを確認して隣の房に戻された玉城に話しかける。
「あったりめぇーよっ!あいつらが助けに来たときにこの玉城様がしょげてたら様にならないだろ!」
ゲラゲラと虜囚とは思えない陽気な笑い声をあげるがそれを向かいの房の千葉が遮る。
「裏切り者が助けになど来るわけがないだろう」
決して大きくない吐き出すような呟きだったが、その一言に独房の中が静まり返る。
ゼロの裏切り、それはこの一年俺たちが飽きることなく繰り返し未だ結論の出ない議論だった。
「裏切ってなんかねーよ!」
いち早く静寂を破ったのはゼロ擁護派の急先鋒玉城。感情的で裏切ってないの一点張りだが、その勢いが劣勢のゼロ擁護派を一年間ひっぱて来た。
「でも最終決戦で姿を消すなんて裏切り以外の何物でもないでしょ?」
正直あまり興味はないが彼に話を振った責任として相手する。しかしこれで議論に火がついてしまった。
「何か理由があったんだよ、きっと」
「しかしあの状況で姿を消す理由などあるまい」
「それにゼロはお前を切り捨てようとしたんだぞ!」
「それは、勝つために必要だったからだろ?彼が俺たちを裏切るなんて…」
「でも俺たちを駒扱いする様なやつだぞ」
大多数を占める反ゼロ派の追求に扇が狼狽しながらも答えていくが、彼自身もゼロを信じ切れていないのか言葉は尻すぼみになっている。
しばらくたつと議論ですらなくなり反ゼロ派、ゼロ擁護派の両者の好き勝手な言い合いになる。
「だからきっと理由があったんだって」
非生産的な議論に嫌気が差したのか、たんに虫の居所が悪かったのか、何度目になるか分からない扇のその言葉に千葉が噛み付く。
「どんな理由があれば少尉を前線から外すんだ!」
ゼロへの怒り、ブリタニアへの怒り、虜囚の身に落ちた自分への怒り、この一年で積もりに積もった怒りを一気に燃やすように千葉が言葉を続ける。
「あのとき少尉がいれば防衛線を突破できたはずだ!それをゼロが!」
それは不毛な議論を繰り返しながらも俺たちが意識して避けていた話題だった。
「しかしたった一人増えただけで戦況が変わるとは思えませんが?」
捕らえられた幹部の中で少尉との付き合いがほとんどない零番隊の木下が疑問の声を上げる。
たしかに普通ならそうだ、実際に藤堂さんだって一人だけでは戦況は覆せないだろう。だけど少尉ならと思ってしまう。そしてそれは俺だけではなかった。
「いや、少尉ならあるいは」
一番年配で戦いに対してシビアな思考を持つ仙波が。
「ライがいれば負ける訳ねぇだろ!」
頑なにゼロを擁護し続けていた玉城が。
「確かに彼がいれば」
今まで狼狽するだけだった扇が。
「そうだ!アイツがいれば何だってできた!」
杉山が。
「ライが前線に出てれば俺たちは勝てたはずだ!」
南が。
今までゼロの裏切りをめぐって言い争っていた皆が口をそろえて言う「彼がいたなら」。
「そこまでだ」
興奮のピークを迎え夢想の勝利に酔う皆の心をその一言が現実に呼び戻す。
「事実少尉は前線に出ず、ゼロは姿を消し我々は負けたのだ」
独房の一番奥に幽閉された藤堂さんが淡々と事実を並べ、そのたびに皆の興奮が冷めていく。
「そしてゼロは死に、少尉は雌伏」
そう現実は俺たちに絶望的な状況だ。
「囚われの我々はただ処刑の日を黙って待つのみだ」
それでもと思ってしまう。
「しかし」
そしてきっとそれは藤堂さんも。
「助けられる事があるのなら、もう一度戦おう」
最後の言葉にこめられた静かな闘志が伝わったのか、沈黙の中には絶望的なものはない。
あの藤堂さんにすら希望を与えてしまう少尉。そんな君だから。
「期待しているよ」
俺の呟きは誰にも聞かれること無く独房の薄暗闇にとけていった。
並みの弾丸は弾き返す強固な装甲に覆われた車に乗り、何機ものKMFに護衛され、周りの視線を集める。
「まるでVIP待遇だね」
冗談めかして笑いながら言うと、隣の千葉が呆れたように呟く。
「気楽だな。これから処刑されるというのに」
そう、この装甲車もKMFも俺たちを護るためではなく逃がさないためのもの。第一俺たちは装甲車の中ではなく上に貼り付けにされている。
「それはゼロが現れなかったらだろ?」
ギルフォードの策略。ゼロを名乗る男が中華連邦領事館に立て込み手が出せなくなったブリタニアは俺たちの処刑を交換条件にゼロの出頭を求めた。
今のところゼロは現れず、このままならあと数分で処刑だ。
「現れるわけが無いだろう」
以前と同じように言葉を吐き出す千葉。
「まあ、ゼロはこないかもね」
それは同意だ。今度のゼロが一年前の彼だろうと違かろうとゼロにはさして期待していない。
「それにしては随分と余裕だな」
話が聞こえていたのか千葉のさらに向こう側の仙波も加わる。
「この状況で少尉が動かないわけが無い」
俺の言葉に二人は頷く。
「しかし、動かないほうが良いかも知れんな」
周りを見渡しながら仙波が唸る。見えるだけでサザーランド十機、グロースター五機、戦闘ヘリも三機ほど飛んでいる。
戦力差だけでなく人質の俺たちに周りの民衆。流れ弾の危険性を考えると武器も制限される。
「少尉にどうにも出来ないなら諦めるしかないよ」
さすがにこの言葉には二人も苦笑いも出来ないようだった。
「時間だ。ゼロは現れなかった、よってこれより囚人たちの処刑を執り行う!」
ギルフォードの掛け声と共にサザーランドが銃口を向ける。さすがにもうだめかな?
「違うな、間違っているぞギルフォード!」
辺りに響く合成音声。忘れもしないゼロだ。
ギルフォードの機体が振り返ると民衆が左右に別れて行き、角飾りをつけたゼロ専用無頼がゆっくりとこちらに進んでくる。
「彼らは合衆国日本の軍隊、黒の騎士団の団員だ」
無頼のコックピットから身を乗り出したゼロがギルフォードに語りかける。
「捕虜として扱えと?残念だが我々は君たちを独立国として認めていない」
バリケードが開きゼロが俺たちのすぐそばまでくる。
「だからといってこのような処刑はあまり騎士として相応しくないのでは」
ギルフォードと対面し、ブリタニア軍の銃口にさらされながらも挑発するようにゼロがいう。
「では貴様が騎士らしく正々堂々と決闘でもしようと言うのか?」
感情に流されること無く、逆に挑発を返されるがゼロが予想外の答えを返す。
「その通り。私の同胞たちを賭けて決闘を申し込もう」
その言葉にどよめきが走る。機体性能も操縦技術もギルフォードが圧倒的に上。
動揺が収まらない内にゼロとギルフォードの二人の間でルールが取り決められていく。
1、一対一で他の者は手出しをしない。
2、武器は互いに一つだけ。
・
・
・
敵の戦力をだいぶ制限できたが、とてもゼロが勝てるとは思えない。
「自殺するきか?」
そんな呟きが聞こえてきたがそうとしか思えない。
少尉はどこだ?ゼロのあまりの無謀に無意識に少尉を探してしまう。
これが策なら彼がどこかに控えてチャンスを窺っているはずだ。
「覚悟ぉぉぉ!」
ついに少尉の姿を見つけられないうちにギルフォードがランスをゼロに向け突き進む。
その時、地鳴りが響いたと思ったら視界が青一色に染まる。
「うぉわああぁぁぁーーー!」
一瞬の浮遊感の直後、急速な落下。例えるなら絶叫マシーンだが、生憎と座席もシートベルトもなく下手すれば死。
不吉な予感が浮かんだものの、着地は予想外に柔らかい物だった。だからといって無事とも言えないが。
衝撃に体を痛めながらも辺りを見ると落下の原因が一目で分かった。
「ブラックリベリオンのときの」
プレート落とし。一年前ブリタニア軍を追い詰めたゼロの策。今回は領事館前のプレートが倒され、俺たちは車両ごと領事館の中にいや、“ブリタニアの外”に落ちてきたのだ。
俺たちの拘束を解くためだろう騎士団員たちが駆け寄ってくる。だが空を見上げる俺の目にはハーケンを使いほぼ垂直のプレートにしがみつくサザーランドの銃口が見えた。
「来るな!」
叫びをかき消すように銃声が響き渡る。今日何度目か分からない命の危機、しかし今度は恐怖など感じない、なぜなら叫びながらも見たからだ彼の蒼い月下を。
少尉は左腕を突き出し輻射波動で銃弾を防ぎながら右腕のハンドガンや胸部のハーケンでこちらを狙う敵機の武装を破壊していく。
拘束を解かれ装甲車の陰に隠れながら戦況の確認する。
ギルフォードはプレートにしがみ付き手出しできない。グラストンナイツは紅月と卜部が抑えている。少尉は俺たちを護るので手一杯。そしてゼロが金色の機体に追われている。
数機の無頼がゼロを助けようとするがそのたびに瞬間移動で避けられる。そんな信じがたい光景に呆気に取られていると変化が起きる。
今まで逃げる一方だったゼロが急に転進して金色の機体に覆いかぶさる。
そしてゼロの機体から片腕が吹き飛ぶ。敵を護った?
「そこまでだ!これ以上の戦闘は中華連邦への軍事介入と見なす!」
いつ終わるとも知れない乱闘はその一言で強制終了を迎える。
助かったと思い気を抜いた瞬間、金色のランスが空を飛んだ。
ランスは真っ直ぐにゼロの元へ進む。少尉が、卜部が、紅月が皆が駆け寄るが間に合わない。そして耳障りな金属音が鳴り響く。
思わず閉じたまぶたを分けるとゼロを貫いたと思ったランスはゼロを襲っていた金色の機体によって受け止められていた。
あの機体は敵か味方か、わずかな謎を残しつつも今度こそ戦闘は終了した。
「悪くないねこれ」
卜部が準備したという新しい制服に袖を通して中庭に戻るとすでに多くの団員が制服に着替えて軽い宴会騒ぎになっている。
しばらく皆の様子を眺めていると笑顔の中に一人だけ表情の浮かない人間を見つけた。
その視線を追うとすぐに理由がわかった。
「告白すれば良いのに」
かなり集中していたらしく、後ろに忍び寄った俺の言葉に千葉がすごい勢いで振り返る。
「なにを告白するのだ」
しれっと返してくるが、その頬は赤い。視線を玉城と卜部にそれぞれ別の制服を突きつけられたいる(何やってんだ?)少尉に戻す。
「いつまでも待ってる年じゃないでしょ?」
「私は十分に若い!」
素早く拳と共に答えてくるが、その反応が自己申告みたいなものだとは気づいていないようだ。
その後も千葉をからかったり、団員たちと再会を祝したりしばし時間をすごすとゼロが姿を現す。
「諸君、この一年間苦労をかけた。だが!私と君たちがそろった今こそ日本解放の戦いが再開するのだ!」
言葉と共にマントをはためかすゼロの勢いに合わせて団員たちから歓声が沸く。
「ちょっと待てお前たち」
その歓声をよく通る千葉の声が遮る。静かになったの確認すると千葉は言葉を続ける。
「今回の救出は感謝する。しかし一年前のことを弁解して欲しい」
その問いに団員たちがざわめき立つ。誰もが聞きたくて、しかし聞くのが怖くて聞けずにいた問い。
「そのことか、謝ろう……あれは私用だ」
そういうとゼロは深々と頭を下げた。
皆はゼロが頭を下げたことや私用と言い切ってしまうことなど、愕然として声も出ないというところか。
「随分とはっきりと言うね」
悪いと思ってないのか。そう言う意味をこめて嫌味っぽく言うがゼロは律儀に答える。
「確かにそう聞こえるだろう、しかし私はもう君たちを裏切らないと誓った。これが私なりの誠意だと思って欲しい」
そう言うとゼロは団員たちの中の特定の一人、なぜか一般団員の制服の上に俺たちと同じ制服を羽織った少尉に視線を向けた。
少尉はそれで納得いったのか笑いながら頷く。しかしそれでは俺たちが納得できない。
「君もアレで良いのかい?」
疑問、不信、困惑様々な視線を浴びる少尉に問いかけると彼はそれがこの場にいる全員の疑問だと察し、皆に向かって答える。
「一年前の失踪、ゼロの正体と戦う理由、その全てを聞きました。その上で僕はゼロを、彼を許しました。それを今皆さんに伝えることは出来ません。
だから今すぐ彼を許せとは言いません。でもいつか仮面が必要なくなったら、その時彼を許すかどうか決めてください。お願いします」
そう言うと少尉も頭を下げる。
先ほどとは違う理由で皆が言葉を無くす中、藤堂さんが口を開く。
「わかった。君が納得しゼロを許すというのならそれを信じよう。それで良いな?」
今度は皆に対する問い。多くは困惑が大きい物のそれで納得したようだ。
俺も自分なりの答えを出す。
憧れて背中を追いかけた人がいた。同等と認めて肩を並べた奴らがいた。ただ一人、負けたくないと思った相手だから。
「それじゃあ、俺も少尉を信じるよ。でも、ゼロを許すかどうかはわからないよ?」
気恥ずかしさから冗談めかして言うが、少尉には見透かされているのか満面の笑みを返される。
「朝比奈さん、ありがとうございます!」
最終更新:2010年05月14日 05:02