「死んだ? シャーリーが?」
強化ガラスに包まれた檻の中。スザクに友の死を告げられたカレンは、思わず腰を浮かせた。
「自殺だったよ」
スザクが淡々と告げる。そんな彼の落ち着きようが、カレンにとっては腹立たしかった。
カレンは強化ガラスに近寄って、さらにそのガラスを割らんばかりの勢いで手をついた。もちろん、強化ガラスが人の手で割れるわけはなく、軽くしなりもしなかった。
「何言ってるのよ! そんな事をするような子じゃないって言うのはあなただって知ってるでしょ!?」
「……」
スザクは、そんなカレンの行動をどこか冷めた様子でみつめていた。その温度差に、カレンは益々腹を立てた。
「もっとよく調べなさいよ!」
「調べるさ」
スザクは強化ガラスに歩み寄る。
「いや、調べるまでもない。この事件に犯人がいるとすれば……」
カレンは小さく息を呑んだ。
不可能を可能にする“力”の存在。それを、カレンはよく知っていた。
スザクは頷いた。
「そう、ギアスだ。そして、ギアスを使えるのは現段階ではルルーシュ一人だけ」
一歩、二歩と二人の距離が縮まっていく。スザクの足取りはどこまでも落ち着いていた。
その様子は、とても不気味だった。なぜ、そんなに落ち着いていられるのかカレンには理解できない。死んだのはあのシャーリーだというのに。まるで何かをふっ切ったような。それでいて何かを諦めたような。
カレンは寒気がした。空調が完全に管理されたこの部屋で、室温が急激に下がることは無い。それでも、勝手に体が震えた。思わず、カレンは自分の体を庇うように抱きしめた。
スザクがさらに近寄ってくる。彼が強化ガラスの前に辿りつくと、ガラスはなぜかすんなりと両側に開き、彼を受け入れた。
「ちょ、ちょっと……」
カレンは後ずさった。今まで感じた事のない圧迫感があった。カレンは肉体的にもスザクに匹敵する力を手に入れたはずだった。その自負はあった。しかし、怖い。今のスザクはとても怖い。どこに向けられるか分からない、読めない感情。それがカレンには怖い。
例えば銃が二丁あったとする。一つは正常な銃。もう一つは撃った後、どこに飛んでいくか分からない壊れた銃。
どちらが怖いかと言えば、一般人からしてみれば両方怖いが、カレンレベルの達人になると怖いのは断然後者だ。
正しく撃ちだされる銃をカレンは恐れない、所詮銃は銃身が向けられた先にしか飛ばないからだ。だが、どこに飛ばされるか分からない銃は、回避のし様が無い。ゆえに怖い。
今のスザクは、言うならば壊れた銃だった。弾丸は強力。しかし、いつ撃ちだされるのか、どこに撃ちだされるのか。その弾は、カレンを傷つけるのか、それともスザク自身を傷つけるものなのか。
ありえない。
そんな壊れた銃のような感情を、すました顔で持ち続けているなんてイカれている!
「カレン。今のゼロは誰だ」
「ゼロの正体は知らない。捕まった時にも言ったでしょ」
スザクの瞳の奥が、鋭い光を発した。
「もう、たくさんだ。これ以上悲劇を生みださないためにも」
スザクが足を止めた。二人の距離は、手を伸ばせば届く程に近くなっていた。
「できれば自分から話してほしかった。友逹のシャーリーのためにも」
「!」
カレンは自分の体温が上昇していくのを感じた。
右手が感情で動く。
パンという乾いた音。ぶたれたスザクの左ほほは、赤くなった。
「親友を売ったあんたに言える事!?」
「先に裏切ったのはどっちだ!」
カレンは怒鳴った。スザクも。しかし、彼の方はすぐに口調を静かなものに戻した。
「話してもらうよ」
「ルルーシュの事は知らない! 何度言えば分かるのよ!」
スザクは一拍置いて、
「シャーリーの亡きがらに誓って、そう言えるのか?」
不意に、心臓にナイフが突き立てられたかのような感覚がして、カレンは言葉を詰まらせた。
そこに隙が生じた。スザクは一気にカレンとの距離を詰めた。
「話してもらう。すべて」
スザクの懐から銃型の注射器が現れる。それを見て、カレンはギョッとした。
リフレイン。
間違いなかった。あの薬をカレンはよく知っている。
カレンの反応は遅れた。それが命取りとなった。カレンはあっという間に腕を取られ、身動きできなくなってしまった。
「やめて、やめてよ。嫌だって!」
もがいてみるが、スザクの腕は鋼のように固く、動かない。
「恐がらなくてもいい」
スザクはびっくりするほど安らかな口調で告げる。
「君はすぐに自分の意思を失い。僕の質問に答える」
スザクが注射器を構える。
「……い、いや」
「従ってもらう。命令に」
スザクの腕が動く。注射器がカレンのうなじに近寄っていく。
あれは悪魔の薬だった。
今まで生きてきた全てが、文字通り無となる薬。
痛みは一瞬。その一瞬で、カレンはすべてを失ってしまうのだ。
兄、母、ルルーシュ、生徒会、黒の騎士団、そして、
「ライ……」
カレンは目を閉じた。
しかし、痛みはいつまで経ってもやってこなかった。
○
「スザクッ!」
ロイが走りざまに放った拳は、鋭い角度で同僚の左頬に突き刺さった。手加減は一切しなかった。頭蓋骨に固いものがぶつけられたような鈍い音が響き、スザクの頭は大きく揺れた。
「!」
スザクは吹っ飛んで、背中を強化ガラスにぶつけて止まった。
「……ロイか」
俯いていたスザクの顔が上がり、その視界に、肩で息をするロイをとらえる。同時に、スザクの口元から一筋の血が流れる。
向けられた視線にロイはゾッとした。そこには優しい親友の皮を被った化物がいる。そんな錯覚を起こさせる程、スザクの瞳は極寒の如く冷たいものだった。
しかし、ロイは心は怯んでも、体では怯まなかった。スザクのした事――しようとした事は、絶対に許容できるものではない。
ロイは早足で――といっても周りから見たら一瞬で――スザクとの距離を詰めると、いつか自分がされたようにスザクの襟を思いっきり掴み、そのままガラスに押しつける。スザクは無抵抗だった。
「……僕の言いたい事が分かるか?」
ロイは、感情を抑えるので必死だった。
スザクは、唇を噛んだ後、叫ぶように言った。
「これ以上、犠牲を出すのは嫌なんだ! だから、俺は」
「……」
ロイは腕の力をさらに強めた。それに従って腕が震える。とても悔しかった。親友がこんな下らない事を言いだすのが、本当に悔しかった。
「だからって、こんな手段が許されるのか」
「許されない。そんな事は百も承知だ」
「それが分かっていて、なぜだ。なぜ、こんな事をする」
「シャーリーが死んだんだ!」
ギュッと、心臓が締め付けられたような息苦しさをロイは感じた。あの光景。冷たくなった彼女を発見した時の光景と、その時の感情がロイの中で蘇る。
いつの間にか、スザクの瞳は滲んでいた。
「これ以上犠牲を出さないために、俺は」
「だからって」
ロイは歯を食いしばった。そうしなければ、自分も泣いてしまいそうだった。
「僕たちが、テロリストみたいな手段を使っていい理由になるか!」
「テロリスト?」
スザクは何かに気づいたかのように体を震わせた。
ロイはさらに言った。
「人の意志を奪って、否定して、服従させて、それでシャーリーが喜ぶものかっ!」
スザクの瞳は大きく見開かれた。
「人の意志を奪う? 否定する? そ、そうだ。俺は……」
スザクの手からリフレインが滑り落ちた。注射器は落ちた衝撃で壊れ、床に砕け散った。これでは、もう使い物にならないだろう。当然、中身のリフレインも。
ロイは腕の力を抜いてスザクを開放した。スザクは力なく床に膝をついた。
「……俺は、そうだ。アイツの、“奴等”のようには……」
スザクは立ち上がろうともせず、何やら力なく呟いていた。
ロイは悲しげな瞳でそんなスザクを見つめ、そして逸らした。
見ていられなかった。
人の死は――大切な人の死は、時に人を狂気に走らせる。
だからこそ失ってはいけなかった。守らなければいけなかった。
しかし、できなかった。
ロイは、改めてシャーリーを救えなかった事に対する後悔を、抱かざるを得なかった。
無くしてしまったものは、あまりに大きかった。
「ねぇ」
声をかけられた。女性の声だが、アーニャではない。彼女はまだ、ここには来ていない。
そういえば、紅月カレンがいたんだった。ロイは振り返って、紅月カレンのいる方に体を向ける。
「同僚が失礼した。彼に代って僕がお詫びを――」
言葉は最後まで言えなかった。
「!!」
軽い衝撃があった。下を向けば、細やかな赤い髪が目の前にあった。
「充分よ……」
呟いたのは紅月カレンだった。その声の響きが、なぜかとても心地よかった。
カレンの腕は、ロイの背中まで回されていた。そして、彼女の顔はロイの胸にしっかりと預けられていた。
二人の距離は――ゼロだった。
ロイの鼻孔を、甘い紅月カレンの匂いがくすぐった。
「あなたが生きていると分かっただけで、私は充分」
「……へっ?」
ロイはまぬけな声を出した。
「ありがとう。生きていてくれてありがとう……」
抱きしめる力が強くなる。ロイはされるがままになっていた。なぜか、抵抗する気はおきなかった。テロリストに不意に近寄られたというのに危機感はまるで起きない。母親に無条件で抱かれる赤子のように、彼女に包まれるその事実が、ロイには自然の事のように思えた。
紅月カレンは腕の力を緩めた。力強そうだが、細く少女らしい小さな手が、ロイの頬を挟んだ。
この間も、ロイは無抵抗だった。
力が入らないのだ。体の骨という骨が抜かれてしまったかのようで、ロイは紅月カレンのされるがままになっていた。
紅月カレンは、ロイの目前でほほ笑んだ。少女の綺麗で大きな瞳には、涙がにじんでいた。
その涙の訳を、ロイは無性に知りたくなった。なぜか、紅月カレンが涙を流しているところを見るのを、ロイは嫌だなと感じたのだ。できるならば、その涙を止めてあげたいとも思った。ただ、その泣き顔は、とても綺麗だな、とも思った。
ロイは、いつの間にか紅月カレンの瞳に釘付けになっていた。
すると、その瞳が突如接近した。
「!」
フワッと小さな風が吹いた後、ロイの唇に、紅月カレンの唇が重なっていた。
それはぎこちないキスだった。顔は強く寄せるのだが、舌を入れるわけでもなく、ただの見よう見まねの不慣れなキス。しかし、そんなキスでもロイは満たされた。そして数秒後には、ロイは夢中になって、紅月カレンの体が軋むほど強く抱き返していた。
もっと感じたいと思った。紅月カレンを、ロイはもっと実感したいと、そう強く願った。それは自分から自分への脅迫に近かった。
「んっ」
密着している紅月カレンの唇から、つややかな声が漏れる。腰にまわされたロイの、腕の締め付けが強すぎるのだろう。しかし、ロイは腕の力を弱めなかった。
放したくない。
離したくない。
そんな欲望がロイを支配していた。
もはや、ロイは何も考えられなかった。ただ、思うだけ。
もっと、もっと、と。
ロイは、それこそ自分と一体化でもさせるような勢いで紅月カレンを引き付ける。紅月カレンは苦しそうだったが、それでもそれを嫌がったりはしなかった。むしろ、彼女も強く抱き返してきた。
「何をしているの」
冷たい声がした。ロイは冷水をぶっかけられたかのようにハッと我に返り、紅月カレンから体を離した。
僕は、今一体何を……?。
自分が一体何をしていたのか。それを気付くのに、ロイは数秒を要した。
「何をしているの、と聞いてる」
再度の声。ロイが目を向けると、そこにはアーニャがいつも通りの顔で立っていた。
「アーニャ」
「……」
ロイには答えず、アーニャはその瞳を紅月カレンに向けた。
「!」
アーニャが懐から取り出したもの見て、ロイは紅月カレンを庇うようにして体を移動させた。紅月カレンはロイの後ろにありながらも、挑発的な態度でアーニャを見返し、その足幅を広げ、自身を完全な戦闘態勢へと移行させていた。
「まてアーニャ。どうするつもりだ」
「ロイどいて。そいつ殺せない」
アーニャは淡々と恐ろしい事を言った。銃口を突き付けるアーニャの目は本気だった。
「だめだ。勝手に殺すのは」
「でも、そいつ――」
ロイはアーニャの射線に立ったまま、紅月カレンに向き直った。先ほどの影響で、いまだ高鳴っている心臓を落ち着けるために、一つ咳払いをする。ただ、紅月カレンの顔はまっすぐ見れなかった。
「紅月カレン。何が目的かは知らないが、今回の行動は見逃す。ただ、今後はこのような行動は慎んでもらいたい。さもなければ、次は無警告で射殺することもありうる」
「ねぇ、私が分からない?」
訳の分からない質問だった。なんか最近そんなのばっかだな、と思いロイは片眉を寄せた。
「分かるよ、紅月カレンだろ」
「違うの。そうじゃなくて!」
紅月カレンは、先ほどのようにロイに寄り添おうとした。ロイは怯えるようにパッと後ろに下がって、それをかわした。
「……き、君には聞きたい事があったけど。日を改める事にするよ」
赤くなった顔を隠すように、ロイは紅月カレンに背を向け、そばのスザクの手を取ると、檻の出口に足を向けた。
早くこの場を離れたかった。そうでなければ、また自分は我を忘れて何をしでかすか分かったものではない。なぜか、この場はロイにそんな不安を強く抱かせる。
「待って!」
紅月カレンは手を伸ばした。しかし、それを阻む人影があった。
アーニャだった。
「ちょっと、どきなさいよ!」
「どくわけないでしょ、馬鹿」
アーニャの手には銃が握られたままだった。しかし、紅月カレンは引かない。むしろ、やるならやってやるぞ、とでも言わんばかりに相手を睨みつける。
「そうやって、ロイまで籠絡する気?」
「……は?」
籠絡、という聞きなれない言葉に、カレンは緊張をそがれた。
「あなたが、かつての恋人を、でかいだけの体で仲間に引き入れたのは知ってる。ロイにも同じことをするつもり?」
アーニャは銃を懐にしまった。そしてロイの後を追うように踵を返す。ただ、アーニャは視線だけをカレンに向け続けて、
「下卑な女」
と、吐き捨てるように言った。最初、カレンは呆然とその言葉を聞いていたが、すぐに自分がどのように思われていたのか理解したのだろう。顔を真っ赤にして、
「なっ、なんですってぇ! そんな格好してるあんたに言われたく無いわよ!」
と、アーニャの後を追った。しかし、ラウンズ全員が檻を出た後、すぐにガラスの扉はしまってしまった。
「ちょっと待ちなさいよ! ああ、もう!」
カレンは、立ちふさがるガラスの扉に蹴りを入れると、そのままガラスに寄り掛かった。
「もう、本当に……」
ガラスにコツンと額を当てて、そのままうなだれる。
「本当に良かった」
カレンは誰もいなくなった部屋のなかで、ポロポロと涙をこぼした。
○
ロイが地下でひと騒ぎしているころ、
「ああ、ではまたね」
ロイ・キャンベルの副官。アルフレッド・G・ダールトンは携帯の通話を切ると、疲労を感じさせる息を吐いた。
「探しましたよアルフレッド卿。それにしてもお疲れのようですねぇ」
休憩室に細い体格の男が入ってきた。アルフレッドがよく知る男で、名をロイドといった。ロイドはアルフレッドの上官であるロイの専用KMF開発リーダーであり、アルフレッド自身もロイの副官になってからはいろいろお世話になっていた。
「これはロイド伯爵」
アルフレッドは思わず席を立とうと腰を浮かす。ロイドはアルフレッドのような身分の低い貴族ではなく、伯爵階級の人間だった。
「やめて下さいよぉ。そういうのは無しにしましょ」
と、いつもと同じ白衣の、その袖を振りながらロイドは言った。
「はぁ」
アルフレッドは再び腰を下ろした。それを確認すると、ロイドは満足そうに笑い、近くの自販機でジュースを二つ買うとアルフレッドの隣に腰かけた。
「今の電話。もしかして彼女さんとかですかぁ?」
唐突な質問に、アルフレッドは呆気にとられた。
そんなアルフレッドの手に、ロイドは缶コーヒーを手渡す。
「ビンゴなのかな?」
「いえいえ、とんでもない。彼女なんていませんし、さっきの電話はアッシュフォード学園の学生からですよ」
「ああ、そう言えばアルフレッド卿は学園で教師役をしておられるんでしたね」
「ええ、キャンベル卿達の護衛のために仕方なくですが」
そう言って、ほほ笑んだアルフレッドの顔には、強制されている人間特有の陰湿さはない。
実際のところ、アルフレッド自身、教師というのをけっこう楽しんでいた。
軍隊に入隊しなければ、こういう生き方もありだったかもしれないなとも思ったりしたほどである。もっとも、アルフレッドは軍人であることに誇りを持っているので、転職、という考えは一切浮かばなかったが。
「さっきの電話も女性のようでしたし、アルフレッド卿はさぞ女子生徒に人気があるんでしょうね。噂ではすでに何人からか告白をうけたとか」
「そ、そんな話をどこから」
「ギルフォード卿と、あとは僕の未来の奥さんですよ~」
「……なるほど。どちらにも困ったものだ」
アルフレッドは苦笑し、その口元におごってもらった缶コーヒーをもっていく。一口飲んで、
「彼女達はただ単に年上の男性に憧れているだけでしょう。本気ではないだろうし、私もあまり興味はないですね」
「おや、年下の女性には興味がおありでない?」
「無いです」
アルフレッドは断言した。そして懐かしむようにどこか遠くを見つめた。
「私の好みは、年上です」
「ほう」
ロイドが興味深そうに、顎を指でなぞった。
「強く、猛々しく、それでいて思慮深い。勇気と知恵を兼ね備え、時折かけていただけるお言葉には厳しさと、思いやりがあふれる。圧倒的なカリスマと力をお持ちで、それを手に入れるために努力を惜しまない。そんな女性が、私は……」
そう喋るアルフレッドには、どこか陶酔の色があった。
「私は好きです」
「えっと、それってコーネリア殿下の事じゃ……」
「!」
アルフレッドの顔が赤く染まった。
「な、なにをおっしゃるのですかロイド伯爵! 私はそんな、姫様に対してそんな、そんな……。そんな滅相もない!
確かに姫様のお姿はみ目麗しく、先ほど私が上げた女性像に酷似しているかもしれませんが。そのような目で姫様を見た事は、私は一度もありません! ええありませんとも! 変な言いがかりをするとロイド伯爵でも怒りますよ」
アルフレッドは椅子から腰を浮かせて抗議した。
「分かりました、分かりましたよ」
あまりに一生懸命に否定する姿を哀れに思ったのか、ロイドはとりあえず納得して見せた。
「分かっていただければいいのです。分かっていただければ」
アルフレッドは鼻息荒く、改めて席に腰かけた。
「とにかく、そういう事ですので、私がアッシュフォード嬢に手を出すことはありません。どうぞご安心を」
「へ? そんな事分かってますよ」
アルフレッドは、眉をピクリと動かした。
「? それを心配していたのではないのですか?」
ロイドはまさか~、と肩をすくめた。
「そんな事、僕は心配しませんよ~」
「では、ロイド伯爵は私に何の用事があるのですか?」
「おや、なぜ私がアルフレッド卿に用事があると思うのですか? ただ単に休憩室で見かけて声をかけただけかもしれませんよ」
「からかわないで下さい。私を探していた、とさっきおっしゃったではありませんか」
「ハハッ、そう言えばそうでしたね。ええ、実はそうなんですよ。この前頼まれた新型ランスの件ですけど」
そして、二人は別名“男のロマンがつまった新型ランス”の開発について話し始めた。
○
「じゃあ、僕は先に行く」
地下からのエレベーターで地上にたどり着くと、スザクは早足で先に降りた。
「スザク」
ロイが声をかけると、スザクは足を止めた。しかし、体も顔も、視線すらもこちらに向けず、背を向けたまま、
「分かってる。今回の事は僕が間違っていた。もうあんな事はしない」
「……分かってるならいいよ」
「……」
そのままスザクは歩いて行ってしまった。ロイはすこし寂しげな気分で、一度も振り返らなかった友人を見送った。
その時、ロイの背中をつつく指があった。アーニャだった。
「以前、私が壊したメガネ。明日には直ってくるから絶対につけて」
アーニャの第一声がそれだった。ちなみに、メガネとは以前ロイが身につけていた牛乳瓶底眼鏡の事である。
現在、あのメガネはとある事情で破損し、アーニャ経由で修理に出していた。なんでも、あの眼鏡には希少価値の高いレアメタル製のフレームが使用されているらしく、修理には時間がかかる、とロイは聞いていた。
「ああ、そうなの? そんなに急がなくてもよかったのに」
正直、ロイはあの眼鏡を気に入っていない。だから無いなら無いで構わない。
しかし、アーニャは、
「やっぱりロイはメガネをかけてないとだめ。変な女ばっかり引き寄せる」
「変な女って……」
「大体、ロイもロイ。よける事もさける事も、拳で殴り落とすこともできなかったの?」
言われて、ロイは先ほどの出来事を思い出した。紅月カレンに奪われた唇は今でも熱い。あの事を考えるだけで、欲望に突き動かされた自分が恥ずかしくなる。
「いや、あまりに急だし、不意打ちだったから」
ロイの頬が再び赤く染まる。それを見て、アーニャは不満そうに眉をひそめ、少し乱暴に腰に手を置いた。
「ノネットの槍捌きはかわせるくせに、紅月カレンのキスはかわせなかったの?」
「それは……」
ロイはバツが悪そうに頭をかいた。アーニャはずっとムッとした顔をしていたが、その顔が不意に緩む。
「気をつけて。お願い」
アーニャは切実な様子で言った。
「キスだったからよかったけど。もし紅月カレンがナイフでも持ってたら、ロイは死んでた」
ロイは驚いてアーニャを見た。そこには何かに脅え、何かを恐れた少女が立っていた。
「だから気をつけて。お願い」
「……アーニャ」
ロイは不意に笑うと、そっとアーニャの頭に手を置いた。
「分かった。分かったよ。ごめん。心配させたね」
「……うん」
アーニャは小さくうなずいた。
ロイは同僚の心遣いをとても嬉しく思い、先ほどとは違った意味で体が熱くなっていくのを感じた。
ターン11Bパート。終わり。Cパートに続く
最終更新:2009年07月04日 13:25