アットウィキロゴ

SPY


長門有希。
ただの無口、そして(極度の)読書家という印象だと思っていたが、 突如電波的な事を俺に打ち明け、それを律儀にも証明してくれた奴。
最近俺は、あいつの事が気になって仕方が無かった。 いや、そりゃそうだろう。宇宙人だぞ?もしかしたらUFOで登下校するとか、その気になれば地球を破壊することだって呼吸に等しいことかもしれない。
ま、長門に限ってそんな事するなんてありえないけどな。俺が保障できる。
さて本題。俺は最近長門の事が……なんていうと最近の馬鹿は冷やかすのだが、決してそういうことじゃない。
俺は純粋にあいつの事が気になって仕方がないのだ。
だからだろうな。俺があんな血迷ったことをしてしまったのは。

ある日の文芸部室。梅雨に入った文芸部室は怨めしいまでに蒸し暑い。それに、俺と長門しか来ていなくて、朝比奈さんのお茶にありつけていない俺は禁断症状を発しそうな勢いだった。無論、俺が淹れた茶などゴミに等しい代物だ。
……長門、お前は本さえあればどこでも大丈夫なんだろうな。今日も長門は元気に本を読んでいて、なんだろうあれは……何語だ?
「サンスクリット語」
長門は俺の疑問に淡々と聞き覚えのない言語で応えてくれた。聞いても無駄だとは思っていたが、まさか俺のボキャブラリーの中でかすりもしない言語とは。
梅雨の鬱陶しさに完全敗北している俺と、本さえあればどんな環境でも生きていけそうな長門しか居ない為、静けさだけが取り柄だった部室も、
「あっついわねー!」
傍若無人の自他共に認める無敵の団長が入ってきやがったからもう駄目だ。暑い。余計に暑い。
ハルヒは上機嫌なようで、くるりと一回転、そのまま団長席の椅子に着地。そしてパソコンの電源をつけながら、
「今日の我らがSOS団のホームページはどうなってるかしら?」
やめとけハルヒ。どうせ昨日からカウンターは5回も回っていないだろうよ。過度な期待は大抵外れだというのは俺の人生経験の中で見出した鉄則だ。
時計の針が進むにつれて、古泉、朝比奈さんもやってきた。ようやく朝比奈印のお茶にありつけることが出来るじゃないか。朝比奈さんがやかんにお茶を淹れるべく、水を沸かしている間、俺は今か今かとお茶の完成を待っていた。俺が暴れだす前(嘘)に完成してほしいものだが。


ぱたむ。
長門が本を閉じた。これは、我がSOS団では部活終了の合図を意味する。オセロをしていた俺と古泉は、とりあえずゲーム盤の片付けを始める。朝比奈さんも、開いていた教科書を閉じ、ハルヒでさえもパソコンの電源を切る。あのハルヒでさえ長門の終了合図を遵守しているのだから、ある意味長門はすごい存在だな。
ハルヒは鞄を肩に担いで、
「キョン、今日は部室の鍵はあんたに任せたわ。私、今日は忙しいの」
等と勝手な事を言いながら風の様に出て行き、朝比奈さんは
「今日は鶴屋さんと約束があるから……ごめんなさい、先に帰りますね」
俺と古泉を追い出してまで早めに着替えた理由を明かしながら申し訳なさそうに出て行った。古泉は
「バイトがありますので」
の一言で出て行った。ハルヒの機嫌は悪いわけではなかったと思うが。まぁ、機関とやらは南国リゾートからデパートのショーまで、どんなところでも暗躍しているらしいからな。古泉が言っていただけで、信憑性はひとつもないのだが。
「………」
で、残ったのは俺と長門だけだ。長門は先に帰っていて良いのか、と問うような無表情でこちらを見つめている。ここは気を利かせて何か言うべきだろう。
「ああ、長門。俺が部室の鍵を返してきてやるから、先に帰ってろよ。な」
俺がそう言うと、長門は3ミリほど頷いて、部室を出て行った。今思えば、ここが俺の壊れたタイミングかもしれない。


俺は考えていた。長門、いや宇宙人ってどんな生活をしているんだろうな。UFOでの登下校?はたまた宇宙との交信で地球破壊計画の相談?……流石に今のは極端な話だが、それでも長門は何か常人とは違う生活をしているかもしれない。
「……尾けるか?」
ここまでの思考時間、およそコンマ2秒。俺は、取り憑かれたかのように職員室へダッシュ、部室の鍵を返して正門へまたダッシュ、長門が出ているところを見た。よし、まだ見失ってはいない。ちなみにここまで約30秒。俺ってこんなにすごかったか……

人間、やれば出来る!


長門はゆっくりとしたスピードで歩いている。俺も上手く電柱に隠れたり、学生の集団に紛れたりしながら長門の後を尾けた。しかし、尾けといてなんだが、あいつには変化という物は無いのか。思ったよりも平凡なのが観察側としては苦痛だ。
やめてしまおうかと思い始めたとき、初めて長門に変化が見られた。ずっと等速だった長門の歩みは、建物の前で
立ち止まった。その建物は、いたって普通のスーパーだった。
「スーパー……?」
長門は少しだけ考えるような素振りをして、店へと入って行った。あいつが人並みに食事を取ることは知っていたが、スーパーという事は料理のスキルも持っているということか?
え?俺?当然だ、俺も付いて(尾いて)行く!動かない観察対象がようやく動きだしたんだぞ?俺でなくても観察者は飛び上がってヒャッホウイだぜ!
という訳で、俺も疾風のごとくスーパーへと飛び込んだ。


さて、スーパー。やたらと装飾に気合を入れているのが気になる不思議な店である。入り口には梅雨の今の季節に合わせたのか、てるてる坊主が吊るされていて、入ってみたら入ってみたで壁に蓮の葉の上に乗ったカエルの絵が描かれている。しかも、この絵は毎月変わるというこだわりがある。来月、7月なら海の絵かな?俺なら始めた1ヶ月目でやめてやるけどな。さらに、ここのスーパーは安さに定評のある店で、俺もたまに妹の買い物の付き添いで来ることがある。そのスーパーで、長門がここで何を買うのか、俺でなくとも(宇宙人と知らなくても)気になるはずである。
俺は、商品の並んだ棚の影に隠れつつ、長門の様子を伺っていた。長門は買い物籠を腕にひっかけて、商品棚の間を歩いている。
 まず、長門はカレーを手に取った。ふむ、普通だな。
 次に、長門はレトルトカレーを手に取った。お湯ですぐに出来る奴だな。
 次に、長門はカレーが出来そうなスパイスを取った。本格的だな。
 次に、長門は……って。
「カレーばっかり取ってるじゃないか……」
長門は、さっきからカレーのルーやらスパイスやら材料やらしか取ってない。 
えーと、カレーが好きな奴なら世の中腐るほどいると思うが、どこかに避難して1週間くらい生活(偏るけどな)出来る程度買い込んでいく奴などそうは居ないだろう。
会計に持ってこられた店員も流石に怪訝な顔をしていたが、断るなどという無粋な真似はしなかった。しかし、パーティーを開くにも多すぎるあの食料(10割カレー)をどうするつもりだろう……
一人でスーパーの袋をまさしく大量に持って帰る長門は確かに新鮮味は感じるのだが……何か違うぞ、これ。確かに新鮮味はあるんだ、だがな、俺が見たかった新鮮味とはそういったことじゃなくて……いや、もういい。とりあえず俺は長門を追跡する作業を続けた。


さて、もう7時くらいになって、だんだん薄暗くなってきた。冬場だと真っ暗だったのが何だか懐かしい。長門はというともうマンション(自宅)に着いて中に入ったところだ。スーパーの袋を大量に持っていること以外はいたって普通だったので、報告すら必要ない。さて、今更だがあえて聞こう。
Q,俺は何をしていたんだ?

上記の質問を誰にかけても答えは同じだろう。

A,ストーカー。
嘘だっっっっ!等と言っても無駄なことくらいわかっている。あああ、どうしよう、俺はとんでもない罪を犯したんじゃ……
隠れファンも多いであろう長門に……な、長門に……
「ストーカーではない」
「うおおおっ!?」
びっくりした、長門!?俺がストーカーや罪の重さ云々を考えているうちに、長門は俺の目の前まで近づいてきていたのだ。驚いている俺をよそに、長門は淡々とこう言うのだ。
「あなたは私に興味を持っただけ。あなたはその感情に振り回されただけ」
長門よ……それを世の中じゃストーカーと呼ぶんだぜ。
「それに」
「え?」
「カレーが食べたいなら、言ってくれれば良かった」
思わず泣きそうになった。俺がストーカーでないと必死に(下手な)フォローをしてくれているのが痛いほど良くわかった。ほとんど無表情な長門がなんとなく微苦笑みたいなのを浮かべていたからだ。
長門はさっきから「ストーカーじゃない」だの「私の・・・追っかけ?(だからそれをストーカーというのだ)」だのとフォローの言葉を探すのに必死で、俺は惨めになるばかりだった。どうにかこの場を打開せねばと考えている俺を前に長門は、
「とにかく、上がって。今日はカレーをご馳走する」
……俺はその言葉に救われたのだと気づくのにはそう時間はかからなかった。


時間はいつの間にか7時より30分過ぎていた。俺は長門に連れられて長門の部屋までやって来た。
「入って」
長門の許可が下りたのを確認して、俺は靴を脱いで上がらせてもらった。相変わらずフローリングの床の上にコタツ机ひとつ置いているだけという殺風景な部屋だが、いつも通りな長門の部屋を見て安心した。
とりあえず、座布団を敷いて座らせてもらった。長門は立ったまま俺を見て、
「調理を開始する」
と呟くように言った。長門は包丁やら鍋やらを準備し始めている。……このままだと俺がストーカー(ではないと長門は言っているが)だというだけの話になるじゃないか?しかも、ストーカーしておいてカレー食わせてくれるってどんな状況だよ。まずい、ここで俺がいいところを見せないと……
「長門」
「何」
「俺も、手伝っていいか?というか、手伝わせてくれ」
俺の頼みに長門はためらいもせずに
「構わない。効率が上がる」
と言ってくれた。さて、俺は何をすればいいんだ?
「座って待ってて」
え……長門さん……?
「……冗談」
なんだ、今のは長門なりのジョークだったのか。しかし、こういうのもなんだが分かり辛い冗談だ。俺の心が一瞬折れそうになったからなぁ。冗談というのは、人の心が傷つかない程度の嘘って事なんだぞ、長門。まぁ、かくいう俺も人のことは言えないかもしれないが。
「とりあえず、ニンジンを切っていてくれると効率が良い」
了解だ、長門。俺は長門に言われたとおりニンジンを……
「痛てっ」
……切り始めた結果がこれだよ!いきなり包丁で人差し指を切ってしまった。うーん、不覚。それほど深い傷でもないのだが、このまま料理を続けると衛生面での心配が出るだろう。
「長門、悪い。バンソーコーとかないか?」
長門は少し思案するような仕草をして、
「無い。この間使い果たした」
無いか……仕方ない、とりあえず手を洗わないと……
「待って」
「え?」
パクッ
俺が何かを考える時間も無いほど早く長門は俺の指を頬張っていた。
「しけちゅしゅる」
止血するって言いたいんだろうが、いくらなんでもそれは……!しかも長門はさっきからひっきりなしに俺の指をチュウチュウ吸ってくる。吸血鬼を思い出す本気ぶりだ。
「なななな、長門っ!待て、もう大丈夫だから!」
俺の必死の制止に長門は、
「……そう」
長門は俺の指をくわえていたその口を外した。残念そうに見えたのは、幼稚園児に株の運用を任せて失敗する確率くらい、見間違いだろう。

さて、ジャガイモの皮むきだのなんだのという下ごしらえを終えて、後は煮込んで待つだけという暇な時間に入った。料理に関しては無知な俺は、長門に頼るしかないため鍋を見張っていても出来上がりのタイミングが分からず、ただひたすら終わりが分からない時間を殺風景な部屋で過ごすという苦行を強いられることになっていた。いや、失礼な話だがな。クラスメートのやらかした失敗談を思い出してちょっと笑ってみたり、気になる来週のドラマに関する予想、などといったまさしく暇人のやりそうなことをやっていた。
そんな俺の地道な謎の努力のおかげか、意外と早くカレーは机の上に置かれた。普通に見ればすごく美味そうなカレーだが、出来るのが早くないか?まさかとは思うが、長門がちょっと時間を操って早送りにしたとかじゃないだろうな。
「そう」
……嘘から出た真とはよく言ったものだ。どうやら長門は、カレーという物質の時間の流れだけ早くしたらしい。なんてこった、便利すぎる……。
「食べて」
長門の能力を俺にも出来ないものだろうかと思案していると、長門はカレー一口分、スプーンですくって俺の口の前まで持ってきていた。なんだこれ、食っていいのか……?
「……」
長門は俺の表情を伺うようにして俺を見つめている。……とりあえず、いただくとするか。俺が口を開けると、長門はそうっとスプーンを運んだ。
パクッ

「……」

「……美味いよ、長門」
ここで不味いと言えるほど俺の頭は沸騰してはいない。美味いのも事実だったしな。
「……そう」
長門がちょっと安心したように見えたのは、多分俺の気のせいじゃないのだろう。


「今日はありがとな」 
カレーを食い終わって、皿を洗って長門の家を出ようとしていた。外はもう真っ暗で、流石に親が心配しそうな時間になっている。一応、メールは送ったのだが。
「……さよなら」
長門はそれだけ言った。さて、家に帰らなくちゃな……
「また」
「え?」
「また、ご馳走する」
「……ありがとう、長門」
俺は、清清しい気分でマンションを出た。

~END~

あとがき

はい、学校の文芸部用に書いた小説です!
友達からは、
「キョンが変態になった!」
という指摘を受けまくって没に使用かと思いました!(爆

……ま、そういう時もあるよね!(ねーよ
最終更新:2009年06月26日 21:57