――――生きろ、ウェイバー。すべてを見届け、そして生き存えて語るのだ。




――――貴様の王の在り方を。このイスカンダルの疾走を。







◇◆◇





(……また、この夢か)


枕から頭を上げ、その男は不機嫌そうに大きくため息をついた。
ここしばらくの間、眠りに着くと必ずある夢を見るようになっていた。


夢の舞台は決まって、見知らぬ都市……『冬木』という街の中だ。
その街の様々な場所に、自分は今よりも十年程若い姿―――我ながら見ていて情けなくなる青さだ―――で立っている。
そしてその傍らには、いつも一人の男がいた。
赤い髪をした、筋肉隆々の偉丈夫。
豪快且つ奔放な性格で、隣に立つ自分をいつも振り回している。
こっちの意見なんぞ知ったことかと言わんばかりに、好き放題自分勝手に振舞っている。
見ていて、いい加減にしろという怒りと呆れがいつも湧き上がってくる。
若い姿をした自分は、さぞ胃が痛いに違いないだろう。



しかし……何故だろうか。


そんな、決して良くはないこの夢を見る度に……懐かしさを覚えてしまうのは。




「……ライダー……」


夢の中で、自分はその男の事を『ライダー』と呼んでいた。
『騎乗する者』を意味する単語……人の名前としては、少々おかしい。
ならば恐らくは、あの男を指すあだ名だろう。


「ッ……!」


その単語を何気なく呟くと、同時に頭の中で妙な痛みが走った。
まるで警鐘を鳴らす鐘の如く、その言葉が脳裏に響く。
何か、この言葉には重要な意味があるのではないか。
自分は、それを忘れているのではないか。
そんな奇妙な違和感が、頭に染み付いて離れない。


(何だ、この感覚は……)


趣味のテレビゲームに没頭しすぎた為に寝不足になった時とも違う。
問題児の生徒が派手にやらかした為にその後始末で走りまわされた時とも違う。
今まで、こんな変な感覚に陥った事は一度たりともなかった。
これは一体、何だと言うのだろうか。


(……だが、頭痛程度で仕事を休むわけにもいかん。
帰り道に頭痛薬でも買ってくるか……)


とりあえず、そろそろ家を出ないとまずい時間が近づいてきている。
気になる事はあるが、今は少しそれを置いておくしかない。
仕事を終わらせてから改めて、インターネットで検索するなりして症状を調べてみるとしよう。


そう頭を切り替え、彼―――ロード・エルメロイ二世は、身支度を整え始めたのであった。




◆◇◆



【一日目】



「ほんと、エルメロイ先生の授業って分かりやすいよねー」
「うん、要点とか大事なとこを逃さないようにきっちり教えてくれてさ……
 それに先生って、凄い親切に話聞いてくれるよね?」
「そうそう、めんどくさそうな顔をしながらもきっちり最初から最後まで……
 俺も進路とかどうしようかって悩んでたけど、先生に相談したおかげで色々決められたしさ」


放課後。
ホームルームを終え、帰路に着く学生達の他愛もない話し声が廊下に響いていた。
彼等は皆、ロード・エルメロイⅡ世が受け持っているクラスの生徒達だ。
誰もが笑いながら、自分達の担任に好印象な意見を述べ合っている……余程教師を信頼していなければ、こんな様子は見られないだろう。


「ハハ……本当に生徒から人気ですな、エルメロイ先生」
「いえいえ……手のかかるだらしない半人前達を見てて、放っておけないだけですよ」


その声は、離れた位置を歩く当人にまで届いていた。
横に並ぶ同僚の教師は、大したものだとエルメロイⅡ世に笑いかけるが、彼自身はそんな事はないと苦笑いしていた。
だが、事実として彼の教師としての手腕は見事なものであった。
それまでは成績が振るわなかった生徒も、学年が変わり彼の受け持つクラスの一員になると途端に目覚しい成長を見せている例が多々ある。
また、進路をはじめとする生徒からの相談にもしっかりと乗っており、明確に納得できる答えを誰しもが出すことが出来ている。
はっきりとした形で、あらゆる面において良い結果を残せているのである。
もっとも、エルメロイⅡ世自身はそれを意識せずにやっているわけでもない。
あくまで自然に教えていたら、結果としてそうなっただけである。
言わば教師としての天性の素質が成せる技だ。
それもあり、今や彼ほど優秀な教師はそうはいないだろうと、同僚達も皆一目置いているのである。


「ん……?」


そんな会話を交わしながら、職員室へと続く廊下を歩いていると。
ふと、エルメロイⅡ世の視界に一人の生徒の姿が入った。
その生徒はどことなく真剣な表情で、窓越しに外の風景をじっと眺めている。
何と強く真剣な目つきか。
まるで彼が眺めているのは、外の風景ではなくその更に先……この世界そのものを見通そうとしているかの様に思えてくる。


(あれは……安藤か……?)


エルメロイⅡ世はその生徒―――安藤の事をよく知っていた。
己のクラスの生徒でこそないものの、担当する科目で度々授業を行っているからだ。
学力も良くクラスメイトとの人付き合いもいい、極めて優良な生徒だ。
そしてエルメロイⅡ世が何より彼を評価をしていたのは、他の生徒には見られない強い考察力である。
周囲の出来事が目に入らなくなる程の強い集中とそこから生み出される理論は、到底同年代のそれではない。
下手をすれば大人であり教師である自分すらも、感心させられる程だ。
もっとも、彼自身はそういった姿を他人に見せる事を良しとしていないのだろうか、殆どそれを他者に晒すことはないのだが……
そんな彼がこうして真剣な表情をしているとなると、どうにも気にせずにはいられなかった。


「……安藤、どうした?」
「あ……エルメロイ先生……」


不意に声をかけられ、安藤はハッとした様子でエルメロイⅡ世へと顔を向けた。
その表情にはどことなく、戸惑いと困惑の色が表れていた。
やはり、何かしら真剣な悩みがあったという事か。
エルメロイⅡ世はそう確信し、ひとまず安藤の言葉を待とうとするが……


「……いえ、何でもありません。
 失礼します……」


数秒の間、思案した様子を見せた後。
安藤は顔を伏せ、エルメロイⅡ世に背を向けて歩き出した。
他人に相談を出来る内容ではないということだろうか。
エルメロイⅡ世は一瞬、彼を呼び止めるべきなのかと判断に迷った。
しかし……彼自身がまだ他者を頼ろうとしていない段階では、下手に聞き出そうとしても逆効果になるだろう。
だから敢えて、何も問わず……去りゆくその背を、見つめるしかなかった。


(……安藤……あいつ、一体……?)


どこか、その姿に一抹の不安を覚えつつも……




◆◇◆




「失礼します。
 先生方、少々よろしいですかな?」


職員室でデスクに座り、書類仕事を片付けていた最中の事だった。
学園長がやや強めの勢いで扉を開けて入室し、全職員に聞こえる様に大きな声を発した。
普段は柔和なその表情が、心なしかどこか固い気がする。
途端に全教師が顔を引き締め、学園長へとまっすぐに視線を向けた。


「先生、どうなさいましたか?」
「ええ、実は先程報道があったのですが、近くで殺人事件が起きたそうなのです。
 なんでも50人以上の犠牲者が出た程のものだとか……生徒達に、登下校の際には気を付けるよう注意をしておいてください」


淡々とした口調で、学園長はその大きな事実を告げた。
職員達はやや驚いた様な表情をしながらも、次にはそれを受け入れ頷いている。
自分達も気を付けなければ、不審者に近寄らないように言わないと。
そんな感想が、教師達の口々から漏れている。
一見それは、何て事のない当たり前の反応に見えた。
実際、誰もそれに疑いを抱かず動いている。


(……何だ……?)


しかし……ただ一人、エルメロイⅡ世だけは違和感を感じていた。
この近辺には、大量殺人を起こした何者かがいる。
事実ならば、あまりに恐るべき大事件だ。
警察も大きく動き出すだろう事は間違いない。

だが……それにしては、どこか学園長や同僚に慌てている様子が欠けている気がする。
事件を警戒している様子はもちろん、あるにはあるのだが……会話に人間味がない。
言ってみれば冷淡……機械的な印象があるのだ。


(大量殺人……普通なら、もっと慌てるものじゃないのか?
 何故、こんなに冷静に……?)


まるで意図して、平凡な日常風景を演じようとしているかのように。


日常の裏に潜む何かを『秘匿』しようとしているかのように。


「ッ!?」


その途端だった。
今朝に感じたものと同じ……いや、それ以上の痛みが彼の頭に走った。
咄嗟に額を抑え、顔を歪ませる。


(なんだ、これは……頭の中に、何かが……!?)


続けて、脳裏に覚えのない風景が広がっていく。
薄暗くジメジメとした、下水道らしき場所の中。
そこに、夢で見たのと同じく若い頃の自分が立っている。
彼はその場所の中心で、怒り慟哭していた。

『大量殺人鬼』の犠牲となり、見るも無残な姿へと変わり果ててしまった者達の姿を見て。


(……殺人鬼……下水道に潜んでいた、神秘の『秘匿』も行わない奴等……)


聞き覚えのない単語が、次々に浮かんでくる。
こんな出来事は、記憶に一切ない。
しかし、だというのに……自分は間違いなく知っている。
このビジョンを、この悍ましき光景を。
一体、この違和感は何だというのだ。


「エルメロイ先生?
 顔色がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」


不意に、隣に座る同僚から声をかけられた。
ハッとしてエルメロイⅡ世は顔を起こすと、少しの沈黙を挟んだ後に静かに頷いた。


「……すみません、少々疲れがたまっているみたいで……定時ですし、今日はここで失礼させていただきますね」


実際には疲労なんてそんな問題ではないのだが、かと言ってこんな荒唐無稽な事実を他人に話す事なんて出来るわけもない。
故に、エルメロイⅡ世は言葉を濁しつつ退勤することにした。
その間も未だ、その頭の痛みと……奇妙な違和感は、微塵も収まっていなかった。




◆◇◆





「先生、さようならー!」
「ああ、お前達も気をつけて帰れよ」



帰路を歩く最中、同じく道行く生徒達がエルメロイⅡ世へと笑顔で声をかけてゆく。
皆、その表情に不安の色はない。
世間で起きている事件など、意に介していない……極めて平凡な日常を送っているように見える。
少し前までなら、それに違和感など何も覚えなかっただろう。

しかし……今になって考えてみれば、これはやはり異常だ。
恐らくは今朝の一段とひどい頭痛がきっかけだろう。
あれから、徐々に違和感と気付きが拡がりつつある。
思えば今日の報道に限らず、昨日までの出来事にもどこか引っかかる点はあった……今ならはっきり分かる。
まるで、日常が大きく変化することを恐れているかのように見える。
誰も彼もが、社会に影響を与えるであろう問題を意図的に隠しているかのように見える。


まるで……■杯戦■における魔■の秘匿と同じだ。


(……なんだ。
 何かが引っかかる……まるでノイズがかかっているテープの様に……断片的に……!)


次々に、この違和感に繋がっているであろう謎の光景が浮かび上がってくる。
しかしどこか靄がかかった様な、肝心なところが分からないものばかりだ。
せめて、後少しだけでいい。
もう少しはっきりとしてくれれば、そこから全てが繋がり思い出せるような気がしてくる。



後1ピース……記憶を取り戻す切欠があれば。



(……ん?)


その時だった。


ふと視線を正面からずらし、路地裏に繋がる道へと視界を向けると……そこに何かが見えた。
薄暗く狭い道の中で、もぞもぞと動く影―――人影だ。
それだけならば特に気にする事もなかったのだが、エルメロイⅡ世にはその影が唯の通行人だとは思えなかった。
何故なら……


(あれは……誰かを、引きずっている……?)


その人影は、もう一つあったのだ。
倒れこんでいる、ピクリとも動く様子の無い者を……もう一人が、奥へ奥へと引きずっている様に見える。
傷病者を運んでいるにしては、何か妙だ。
普通は人通りの多い方に連れて来る筈だし、そもそも大声で助けを呼ぶのではないか?
なのに、それがないという事は……あの引きずっている人影は、その人物―――恐らくは死体をどこかへ隠そうとしているのではないか?


「…………」


エルメロイⅡ世は、その暗闇を凝視しながら思案した。
学園長が告げた殺人事件の話もある。
完全に同一のものかまでは分からないが、少なくともこれがまともな日常からかけ離れた事柄なのだけは事実だ。
そう……ここから一歩踏み出すということは、日常からの解脱を意味する。
そうなればきっと、平穏な日々には恐らく二度と戻れないだろう。
下手をすれば、命の危険さえあるかもしれない……それでもいいのか。


(……そんなの……答えなど決まっている……!)


エルメロイⅡ世は、力強く闇へと足を踏み入れた。
如何に平和で何事もない日常と言えど、それは違和感だらけの偽りだ。
そんなどうしようもない世界で惰性的に日々を過ごすなど、どうしてできようか。

もしそれを良しとしてしまえば、きっとライダーに―――イス■ン■ルに笑われてしまう。
共に■杯戦■を戦い抜いてきた偉大な王に、顔向けができなくなってしまう。
そんな情けない真似が、どうしてできるというのだ。



「おい、そこのお前……何をやっている!」



そして、しばし歩を進めた後。
闇に潜む人物を視界に完全に捉えると同時に、エルメロイⅡ世は大声で呼びかけた。
その声に反応し、ビクリと人影が震え、動きを止める。
この時、エルメロイⅡ世は冷静に次の動きを考えていた。
相手がここで慌てて逃げ出す様ならば、すぐに追いかけ捕まえる……無論、逃げ切られる可能性はある。
しかしその場合、相手は引きずっていた死体をこの場に残す……決定的な証拠を残すという致命的なミスも犯す事になる。
そうなれば、後は警察にでも通報して簡単に追い詰められるだろう。
また、逆にこちらに対し牙を剥くならば、その時は逆に元の開けた場所へと全力で走るのみだ。
幸い、相手との距離は十分に離れている……そうなるよう、計算して声をかけた。
これなら例えこの相手にプロの陸上選手並の速力があったとしても、人のいる場所ぐらいまでならどうにか逃げ切れる自信があった。
エルメロイⅡ世は前方に意識を集中させ、慎重に相手の出方を見やる。


この時、エルメロイⅡ世の考えた動作はこの場における最適解と言えた。
彼の身体能力や状況を考慮すれば、恐らく他に打てる手もないだろう。



しかし……一つだけ、彼には誤算があった。



「……グァァァァァアァァァァァッ!!」


それは、相手が同じ人間ではなく……人知を超えた狂戦士であったという事だ。


「なっ!?」


大きな呻き声を上げると共に、その男はエルメロイⅡ世に肉薄してきた。
それはプロの陸上選手どころじゃない、信じられないスピードだった。
あまりにも予想を超えた展開に、エルメロイⅡ世は驚き体を硬直させてしまう。
そしてそれは、決定的とも言える隙だった。


―――ドゴォッ!!


「ガ……ァッ!?」


男の振り上げた拳が、胴体に真っすぐに突き刺さり、その身を打ち上げた。
人間が繰り出したものとは到底思えない、まるで大型車両に突っ込まれたのではないのかと錯覚すらしてしまう程の衝撃だった。
そして勢いよく壁に叩きつけられ、エルメロイⅡ世は苦悶の声を上げた。


「……ファック……何なんだよ、この化物は……!!」


とんでもない馬鹿力とスピード。
人間の領域をはるかに超えているその恐るべき身体能力に、たまらずエルメロイⅡ世はスラング混じりの言葉を吐いた。
視界はぼやけており、焦点は定まっていない。
衝撃でどこかを切ったのだろうか、口内には血の味が広がっている……はっきり言って最悪だ。
そして目の前の怪物は、これだけで許してくれるつもりはないらしい。
血走った目でエルメロイⅡ世の姿を見つめ、再び拳を握り締めようとしている。


(ふざけるなよ……こんなところで、終わるなんて……!)


こんな形で、訳もわからないまま死ぬなど冗談じゃない。
自分は、まだこんな所で倒れるわけにはいかないのだ。


(私は……誓ったんだ。
 『あいつ』に相応しい臣下になると……生きて、その生き様を語り継ぐと……!!)



果たさねばならない約束が……誓いがあるのだ。



「こんなところで……終わってたまるか!!」






共に戦場を駆け抜けた、友との……かけがえなき王との誓いが……!!



「グウウゥッ!?」


その瞬間だった。
エルメロイⅡ世の手の甲より眩い閃光が走り、狂戦士の視界を塞ぎその動きを止めたのだ。
狂戦士は突然の出来事に対し、驚きの呻き声をただただ上げている。


「……フ……」


その一方。
対するエルメロイⅡ世は、静かに口唇を釣り上げ……歓喜の顔で、笑っていた。


「全く……どうして、今の今まで……こんな大事なことを忘れていた……!!」


ようやく思い出す事ができた。
閃光を放つ手の甲を見つめながら、エルメロイ二世はそうはっきりと宣言した。
ようやく今、全てのピースが埋まった。
心の奥底に封じられていた、偽りの日々に押し退けられていた大切な記憶が……全て、戻ってきたのだ。


『彼』と共に駆け抜けた、あの日々―――第四次聖杯戦争の記憶が!



「情けない姿を見せてしまったものだ……こんな事では、まだまだ臣下として失格だな」


やがて、光が収まった時……エルメロイⅡ世の手には、確かに刻み込まれていた。
かつて冬木の地を踏みこんだ時に宿したのと全く同じ……聖杯戦争のマスターたる証、三画の令呪が。


そして、彼は……力強く、その名を呼んだ。





「来い……ライダー!!」




◆◇◆




エルメロイⅡ世が名を呼ぶと共に、その男は姿を現した。
高身長のエルメロイⅡ世をも上回る巨躯を持つ、屈強な偉丈夫。
彼はその手に持つ剣を一閃し、軽々と目の前に立つ狂戦士を切り裂いてのけた。
何と力強い一撃だろうか。


(……ああ……昔のままだ。
 本当に……あの頃と、同じ……)


夢の中でずっと見てきた……ずっと追い続けてきた背中。
それが今、遂に目の前にあった。
こんなに喜ばしい事が、他にあるだろうか。


「……ふむ。
 召喚されていきなり、目の前に敵がいるとは驚かされたが……」


偉丈夫は小さくため息をつき、手にしていた剣を鞘にしまいこんだ。
そして、静かに振り返り……背後に立つエルメロイⅡ世へと、ようやくその顔を見せた。
彼の記憶の中と、何一つ変わっていない……心強きその面貌を。


「さて……問おう。
 お前が、余を呼んだマスターか?」


ライダーのサーヴァント―――征服王イスカンダル。
彼は再び、ロード・エルメロイⅡ世―――ウェイバー・ベルベットの元に現れたのだった。


「……そうだ、ライダー。
 お前のマスターは、私だ……そして……!」


聖杯戦争におけるサーヴァントとは、英霊の座に宿る本体の写し身。
本来サーヴァントとして行った行動については、英霊本体には記録こそあれ記憶はされぬ事。
仮に、立て続けに聖杯戦争に参加したサーヴァントがいたとしても、前回の事などまるで覚えてはいない。
故にこのライダーには、以前に第四次聖杯戦争に参加した記憶など存在していない。
かつて、ウェイバー・ベルベットと共に戦場を駆け抜けた記憶など当然ありもしない。
それはエルメロイⅡ世自身、わかっていることだった。

それでも……それでも尚、彼はその頭を垂れずにはいられなかった。
溢れ出る涙を、抑えることができなかった。


「……会いたかった……王よ……!!」


こうして……かけがえなき王と再会できた事実には、何ら変わりはないのだから。




◆◇◆




「成る程のう……会っていきなり頭を下げられた時は何事かと思ったが、そういう事情があった訳か」


それからしばらくして。
一度路地裏を離れ自宅へと戻ったエルメロイⅡ世は、困惑している様子のライダーに事情を説明した。

自身がかつて、冬木の地で行われた第四次聖杯戦争に参加していたマスターである事を。
そこで他ならぬライダーを召還し、共に戦場を駆け抜けた事を。
最期の戦いにおいて、王に仕える臣下となった事を。
覚えている限りの全てを、彼は話したのだ。

ようやく納得がいったという顔をして、ライダーはエルメロイⅡ世の姿をじっくりと見やる。
一応頭の中を掘り返しては見るが……やはり聖杯に招かれたサーヴァントという都合上か、記憶の中に彼の様な人物はいなかった。
仕方がないといえばそこまでだが、臣下として自ら頭を垂れた人物に覚えがないというのはどうも悔しい気はある。
しかし……身に覚えのない記憶といえど、決して悪い気はしない。


「それで、坊主。
 お前はこれからこの聖杯戦争に対し、どう向き合うつもりだ?」
「……おい、ちょっと待った。
 その前に突っ込みたいことがあるんだが、その呼び方は何だ?」
「何だと言われても、坊主は坊主だろう?
 余から見れば、お前なんぞまだまだ若造ではないか」


その返答に、エルメロイⅡ世は額に手を当てて盛大にため息をついた。
そうだ、こいつはこういう奴だった。
この性格に何度振り回されたことか……思い出すと、胃が痛くなってくる。
十年以上の月日が経ち、少なからず自分も成長はした筈なのだが……それでもこの男に振り回される運命は、やはり変わらないのか。
召還早々、そんな確信にも近い予感を彼は抱かずにいられなかった。


「……ファック」
「ん? なんか言ったか、坊主?」
「いや、もういい……それでライダー。
 これから私達がどう動くか、だったな……まず結論から言おう。
 私は、この聖杯戦争に素直に乗るべきではないと考えている」


気を取り直し、兎に角今後の対応について話をすることにした。
エルメロイⅡ世の出した結論は、この聖杯戦争に積極的に参加するのは危険だというものだった。
理由は言うまでもなく、彼自身がかつて冬木の第四次聖杯戦争に参加した事にある。


「この聖杯戦争は、私が体験してきたそれとは明らかに違う。
 冬木以外の地で執り行われる事もそうだが、それ以上に参加者の選別方法や街の住民達の反応はあまりに奇妙だ」


東京に在住しているならば兎も角、遠く離れたロンドンは時計塔にいた自分が、気がつけばこうして記憶を奪われ招かれていた。
そして、記憶を取り戻すことでマスターとしての資格を得た……参加者の選別方法からして、どこかおかしい。
更に言えば、この東京の地そのもの……そこに住む人々の様子も異常だ。
生きた人間ではない、まるで与えられた役割を忠実に演じている……よく出来た人形の様なものに見える。


「成る程……つまり、こう言いたい訳か?
 この聖杯戦争は、何者かが本来の目的を遂げる為に仕組みあげた企みだと」
「ああ、そうでなければこの様な奇妙な舞台が作り出された説明がつかない。
 もっとも、誰の思惑でもなく聖杯それ自体の意思によるモノという可能性も否定は出来ないが……それは希望的観測すぎるか」
「細かい事など気にせず、勝ち残り聖杯を手にしたら全てが分かるとも思うが……
 まあそれで何者かの思惑に見事嵌められてしまうというのも、確かに問題か」


少なくとも現時点では、この聖杯戦争に何か作為的なものがあると考えるのが妥当だ。
故に、今は状況を見極める必要がある。
この聖杯戦争が如何なるものか、それを知らない限り……安易な行動をとるべきではない。
そう、エルメロイⅡ世は慎重に判断していたのだ。


「ああ、だからしばらくの間は情報収集に徹したいと思う。
 はっきりとした事実を確認できるまで、積極的に戦いに乗るべきではないだろう」
「あい分かった。
 余とて聖杯にかける願いはあるが、そこにきな臭いものがあると言うのなら流石に考えねばなるまい。
 坊主の言うとおりに動こうではないか」


無論、降りかかる火の粉は払わねばならないだろうが。
ライダーも不満そうな表情を見せていないところからして、どうやら自分の意見に納得はしてくれているようだ。
如何に豪胆且つ自由奔放な征服王といえど、流石にこの状況下ではということか。
エルメロイⅡ世は胸を撫で下ろし、ついつい安堵のため息を漏らしてしまう。
昔の自分ならば、この男に意見をしたところでなかなか聞き入れてもらえなかったものだが……
こうしてこの男に説得力の持たせられる言葉を吐けるようになったとなると、自分も少しは成長したかという事か


「では坊主よ、早速街へと繰り出すぞ!」
「……は?」


ちょっと待て。
この男は今、なんと言った。


「おい、ライダー……何で今の話から、そう繋がる?」
「何でって、情報を集めると言ったのは坊主ではないか?
 ならばまずは、自らの足で市井を歩き歩き確かめねばなるまい。
 ほれ、分かったなら出かけるぞ」


……前言撤回だ。
この男を甘く見すぎていた。


「……お前なぁ!
 私は、慎重に動くべきだと言ったんだぞ!
 それがいきなり、サーヴァントを引き連れて街中へ堂々と姿を現して、どうするんだよ!?」


やっぱりこの男に意見を聞き入ってもらうのは、並大抵のことではない……
ああ、昔からそうだった。


「やるならせめて、霊体化をしろ!
 そのまま外へ出るなよ!!」
「何を言っておるか。
 空気の流れ、人の動き、土地の景色。
 全てをこの身で感じなければ、調査の意味がないだろう?」
「だあぁぁ!!
 待て、待ってくれ!
 頼むからそのまま外へ出るな、出るならせめて着替えろぉっ!!」




◆◇◆




かくして、二人の主従は再び聖杯戦争の舞台に降り立った。
いつか共に、王と戦場を駆け抜ける。
そんなウェイバー・ベルベットの抱いていた夢は、思いもよらぬ形ではあったものの、こうして結実したのであった。
かつてと同じ、実に前途多難な始まりだ。
またしてもこの王には、酷く振り回されるに違いないだろう。


それでも……彼の心は、この偶然がもたらした奇跡を前に、不思議と踊らずにはいられなかった。





【サーヴァント】

【クラス】
 ライダー@Fate/Zero

【真名】
 イスカンダル

【属性】
 中立・善

【パラメーター】
 筋力:B 耐久:A 敏捷:D 魔力:C 幸運:A+ 宝具:A++

【クラススキル】
対魔力:D
 一工程による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

騎乗:A+
 乗り物を乗りこなす能力。
 獣ならば竜種を除くすべての乗り物を乗りこなすことが出来る。


【保有スキル】
カリスマ:A
 軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。
 ライダーのそれは、人間として獲得しうる最高峰の人望。

軍略:B
多人数を動員した戦場における戦術的直感能力。
 自らの対軍宝具行使や、逆に相手の対軍宝具への対処に有利な補正がつく。

神性:C
 神霊適性を持つかどうか。
 ライダーは明確な証拠はないが、ゼウスの息子と伝えられている為にこのスキルを持つ。

【宝具】
『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』
 征服王イスカンダルがライダーのクラスとして現界を果たした所以の宝具。
 二頭の『飛蹄雷牛』(ゴッド・ブル)が牽引する戦車であり、地面のみならず空までも自らの領域として駆け抜ける事が可能。
 神牛の踏みしめた跡にはどこであれ、雷が迸る。
 ライダーが持つキュプリオトの剣を振るうと空間が裂け、どこであろうと自在に召喚ができる。
 戦車は各部のパーツを個別に収縮・縮小が可能であり、走破する地形に合わせた最適な携帯を常に取ることができる。
 また、一見無防備に見える御者台には防護力場が張られている為、少なくとも血しぶき程度なら寄せ付けることはない。
 地上で通常使用をした場合の最大時速は約400km程であり、真名開放無しでも対軍級の威力・範囲を発揮できる。

『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』
 ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:2~50 最大捕捉:100人
 『神威の車輪』完全解放形態から繰り出す強烈な突進・蹂躙走法。
 雷撃を迸らせる神牛の蹄と車輪による二重の攻撃に加え、雷神ゼウスの顕現である雷撃効果が付与される。

『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』
 ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人
 ライダーが誇る最強宝具。
 熱風吹き抜ける広大な荒野と大砂漠が広がる固有結界を展開し、彼が生前率いた英霊豪傑達からなる近衛兵団を連続召喚する。
 ライダー自身は魔術師ではないのだが、彼の仲間達全員が同じ心象風景を共有し、全員が術を維持する為に行使が可能となっている。
 召喚された臣下達は皆英霊として座にあるサーヴァントであり、全員がランクE-の単独スキルを持つ。
 発動には大きな魔力消費が必要なものの、発動さえしてしまえばその維持は軍勢全員の魔力で行われるので、その為の消費は少なくてすむ。
 ただしその特性上、軍勢の総数が減るに従って魔力負担が増加していき、過半数を失えば強制的に結界は崩壊する。
 また、一騎程度であれば結界外へ現界させることも可能であり、ライダーは生前の愛馬であるブケファラス等を主に呼び出している。

【weapon】
『キュプリオトの剣』
 ライダーの愛剣であり、神威の車輪を呼び出す際に必須となる鍵でもある。
 普段は腰の鞘に収めており、神威の車輪を扱えぬ際には専らこの剣を使い戦闘を行う。

【人物背景】
 古代マケドニアにおいて、『征服王』の異名で各地を次々に制圧・統一してきた覇者。
 一般的にはアレクサンダー大王とも呼ばれている。
 大柄な見た目をした偉丈夫であり、その外見通りの豪放磊落な人物。
 他者を顧みることをしない暴君的な一面を持つものの、その欲望が結果的に人々を幸せにしてきた奔放な王。
 細かいことを気にしない破天荒な性格ながらも、言うこと自体にはしっかりと筋が通っており、
 戦闘においては極めて油断のない立ち回りをするなど、普段の行動からは想像しにくい程に頭は切れる。
 『最果ての海(オケアノス)』を目指して東方遠征を行い、道中の国々を蹴散らしては配下に加えてゆく
 快進撃を見せるものの、東の果てに辿り着く前に病に倒れその生涯を終えた。
 現界を果たした今は世界征服を夢見ているものの、それは自分の力で成し遂げるものであり
 聖杯に託す夢とは考えていない。

【サーヴァントとしての願い】
 世界征服を成し遂げるため、確固たる命として世に君臨すべく受肉を果たす。
 ただし、聖杯そのものが怪しい代物であった場合には考える。



【マスター】
ロード・エルメロイⅡ世@Fateシリーズ

【マスターとしての願い】
 聖杯そのものにかける願いはない。
 ライダーの臣下として再び、戦場を駆け抜けたい。

【能力・技能】
 魔術師としては特に秀でた面もなく、極めて平凡な力量を持つ。
 しかしその一方で魔術師としての知識は恐ろしく深く、研究者としての洞察力・分析力は極めて高い。
 特に他人の持つ才能を見出し鍛え上げる事に長けており、教育者としては超一流の逸材。
 また、とてつもない強運の持ち主でもある。

【人物背景】
 魔術教会の事実上の総本山である時計塔に君臨する、十二人の『君主(ロード)』の一人。
 現代魔術科を治める極めて優秀な教師であり、数多くの優秀な弟子を育て上げてきた。
 彼が弟子に声をかければ、一夜にして時計塔の勢力図が塗り替えられると言われている。
 しかしながら、彼本人はその事にほとんど興味を持っておらず、魔術師として中々大成できないでいる自分にイライラしている。
 一般的な魔術師と違い現代の科学技術にもある程度精通しており、
 古いやり方であろうと新しいやりかたであろうとそれが有効ならば進んで取り入れる柔軟な発想を持っている。
 本名はウェイバー・ベルベットであり、かつて冬木で行われた第四次聖杯戦争にマスターとして参戦していた。
 征服王イスカンダルと共に終盤まで生き残るも、英雄王ギルガメッシュとの決戦に敗北し脱落する。
 この際にイスカンダルから臣下として認められ、その生き様を生涯語り継いでゆく事を誓った。
 その後、この聖杯戦争で師のケイネス・エルメロイ・アーチボルトが敗退した事でアーチボルト家が没落した事に責任を感じ、立て直しに奔走。
 見捨てられたエルメロイ教室を受け継ぎ奇跡的に三年間存続させることに成功すると、
 エルメロイの次期当主であるライネス・エルメロイ・アーチゾルテに呼び出され、ケイネスの件を盾に
 「エルメロイ派の借金を返済する」「エルメロイの源流刻印を修復する」「エルメロイの君主を代行する」ことを要求される。
 これを受け入れたウェイバーは、彼女よりロード・エルメロイⅡ世の名を贈られるとともに、彼の義兄となった。
 ちなみに第四次聖杯戦争時に経験した時からテレビゲームが大の趣味であり、暇な時には自室に篭ってプレイに勤しんでいる事も多い。

【方針】
 この異質な聖杯戦争の正体を探る。
 その為に情報を集めたいが、自由奔放すぎるライダーをなるべく抑えた上で行動したい。
 しかし同時に、そんなライダーと再び歩める事を心の中では嬉しく思っている。



候補作投下順



最終更新:2016年03月03日 12:52