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エンキリサイテル(上) 狩人vs.不知なるシズ

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エンキリサイテル(上) 狩人vs.不知なるシズ ◆LxH6hCs9JU



 【0】


 あえて言わせてもらいます。もう一度、お考えになったら?


 ◇ ◇ ◇


 【1】


 八階建てから成る、デパートがあった。
 燦々とした午後の日に照らされ、微塵も揺るがない堅牢な建物だった。
 これが今回の舞台となる地。地図の上では【C-5】――【百貨店】と表記されていた。

 その二階――日用品売場。
 先人として、一組の男女と一羽の鳥がいた。

 レインコートに身を包む若い男の名前は、シズ。
 セーラー服を着た白い髪の少女の名前は、伊里野加奈
 鳥篭の中のブサイクな生き物の名前は、インコちゃん。

 二人と一羽は、生きて帰る方法を探し求める旅人だった。

 休憩用のベンチに座り、二人と一羽はゆったりしていた。
 伊里野は、この日用品売場で調達した鳥用の餌をインコちゃんに与えている最中だった。
 インコちゃんは、見るに耐えない醜悪な、しかしどこか愛嬌がある表情で、美味しそうにそれをたいらげていた。
 シズはそんな様を、ただ眺めていた。

 二人と一羽が百貨店を訪れたのは、正午を過ぎてからのことだった。

 正午には、二回目の放送が流れた。
 六時間ぶりに聞く人類最悪の声だった。
 伊里野が生きて帰そうとしている少年の名前は、呼ばれなかった。
 他に呼ばれた人たちの名前は、知らなかった。

 人類最悪の“必須じゃない解説”もじっくり聞いてみた。
 “壁”についての解説だった。
 意味不明だった。
 “皆殺し以外の生きて帰る方法”の手がかりには、なりそうもなかった。

 放送を聞き終えてから、百貨店を訪れた。
 バギーで街を走っていたら、大きな建物が見えた。
 他の国ではなかなか見ない、大型の商店のようだった。

 あそこなら、君が欲しがっている薬が手に入るかもしれないね。とシズが言った。
 そうかな。伊里野が言った。
 病院には行きたくないのだろう。シズが訊いた。
 ……うん。伊里野がしばらく溜めてから頷いた。
 とんぼ返りというのも気まずい。シズが言った。
 おんなじ。伊里野が言った。
 ひょっとしたらこの子は、あの二人の知り合いなのかもしれない。シズは思った。

 百貨店の中に入って、いろいろと探してみた。
 食べ物がいっぱいあった。少しもらって食べた。
 洋服がいっぱいあった。気まぐれで試着してみた。
 玩具がいっぱいあった。燃え滓のようなものがあった。
 人はいなかった。でも人がいた形跡はあった。
 百貨店は広かった。伊里野が迷子になりかけた。
 伊里野が鳥篭を開けた。インコちゃんが一回脱走した。
 シズがインコちゃんを捕まえた。伊里野がインコちゃんを叱った。
 インコちゃんは喘いだ。インコちゃんはかわいかった。

 くすり、なかったね。伊里野が言った。
 そうだね……やはり病院に行くかい。シズが訊いた。
 ううん。伊里野が首を振った。
 それじゃあ、診療所のほうに行こうか。シズが提案した。
 そこに、くすりある。伊里野が訊いた。
 あるかもしれないね。シズが言った。
 あるといいね。伊里野が言った。

 そういえば、二人は殺人者だった。
 シズは女を二人、伊里野は男を一人、殺していた。
 けれど、百貨店には誰もいなかった。
 殺すべき相手もいなかった。

 出発する前に、インコちゃんに餌をあげようか。シズが言った。
 インコちゃんもおなかすいた。伊里野が言った。
 オ……オナ、カ、スイイ、タ。インコちゃんは言った?

 百貨店の案内板を見たが、ペットショップはなさそうだった。
 その代わり、二階の日用品売り場にペット用品が置いてあるようだった。
 伊里野は鳥篭を抱きかかえながら、鳥の餌を探し出した。
 インコちゃんに餌をあげる伊里野は、少し楽しそうだった。

 そろそろ行こうか。シズが言った。
 うん。伊里野が頷いた。

 二人並んで、エスカレーターで一階に下りた。
 乗ってきたバギーは、一階の入り口に停めてきた。

 しまった。シズが向かう途中で言った。
 どうしたの。伊里野が訊いた。
 鍵が差しっぱなしだ。シズが言った。
 大丈夫かな。伊里野が言った。
 どうだろう。シズが心配した。

 一階の入り口から、外に出た。
 停めておいたバギーがなくなっていた。
 代わりに、見知らぬ人間が三人いた。

 白い服を着た綺麗な顔の男だった。
 眼鏡をかけた優しそうな男だった。
 紬の上にジャケットを着た女だった。

 奇妙な三人組だった。
 白い服の男が言った。

「こんにちは。ここに停めてあった車は君たちのものかな?」

 シズも伊里野も、挨拶を返さなかった。
 挨拶だけでなく、答えも返さなかった。

 てき。伊里野が言った。
 ああ、敵だね。シズが言った。
 ころす。伊里野が訊いた。
 ああ、殺そう。シズが答えた。

 三人の敵意は、確かなものだった。
 特に白い服の男が発するそれは、敵意を越えて殺気と取れた。
 ああ、この三人は同じなんだ。二人してそう受け取った。

 シズが刀を抜いた。
 伊里野が鳥篭を抱えたまま拳銃を構えた。

 待った。シズが言った。
 どうしたの。伊里野が言った。
 あっちは三人、こっちは二人だ。シズが言った。
 うん。伊里野が言った。
 工夫をしよう。シズが言った。
 くふう。伊里野が首を傾げた。
 こういうことさ。シズが言って、伊里野の腕を引っ張った。

 シズと伊里野が、百貨店の中に戻っていった。
 それを見て、三人が話し始めた。

「ふむ。どう見る、“少佐”?」
「篭城戦……でしょうか。数の上で不利と感じ、地の利を活かす魂胆なのでしょう」
「彼らの足であったろう車も、今は少佐のバッグの中だしね。逃げの一手もなし、と見るべきかな?」
「ええ。彼らもまた、我々と同じ殺人者のようです。こちらの敵意にもすぐに応えてくれましたしね」
「武器は刀と銃……他にもまだあるのかな? お嬢ちゃんが抱えていた、あの珍妙な顔の鳥も気になるが」
「ただの小鳥と見るには、些か珍奇な顔立ちでしたね。生物兵器……というのは、さすがに考えすぎでしょうか」
「あの鳥篭が噂に聞く『小夜啼鳥(ナハティガル)』だとしたら厄介だが――それならそれで、蒐集するまでさ」
「新たな“燐子”の調達に舞い戻ってみれば、早々に次なる獲物というわけですか」
「“少佐”と二人でいた頃には、遭遇も稀だったというのにね。これも“和服”の恩恵かな?」
「かもしれませんね。この百貨店を再び拠点にするというのも、一つの手かもしれません」
「相談はいいが、どうするんだ? あの二人、明らかにこっちを誘ってたぜ」
「愚問だね、“和服”。無論――狩るだけさ」

 眼鏡をかけた優しそうな男は、“少佐”だった。
 紬の上にジャケットを着た女は、“和服”だった。
 そして白い服を着た綺麗な顔の男は、“狩人”だった。

 三人は殺人者だった。
 逃げた二人も殺人者だった。
 だから当然のごとく、三人は二人を追った。
 もちろん、二人も三人を迎え撃つつもりだった。


 ◇ ◇ ◇


 【2】


 悪路にも影響を受けない浮遊車両はさすがにすいすい進むもので、目的地まではあっという間だった。
 途中、親睦会を兼ねた昼食を取ったものの、大した時間のロスにはなっていない。
 まだ日は暮れていないし、次の放送にも間があった。
 それに――例のメッセージもまだ、次弾はない。

「飛行機はあるが、どれも燃料は空っぽか。期待させやがって、なかなか陰湿な真似してくれるじゃねえか」

 ホヴィー(注・=『ホヴァー・ヴィークル』。浮遊車両のこと)の運転手を務めていた男が、そうごちる。
 場所は飛行場、格納庫。ハリボテ同然の飛ばない飛行機を前にして、クルツ・ウェーバーは頭を掻いていた。

「ま、どうせ飛ばせたってあの壁は越えらんねーだろうし……と、壁じゃないんだったか?」

 どっちにしろ変わらねーけど、とぼやきながら、その場を離れていった。
 格納庫の隅では、同行者たちが輪を成して情報交換をしている。
 今はちょうど、白井黒子浅羽直之から懲りずに事情聴取をしているところだった。

「では、その飛行服は間違いなく伊里野さんのもので……しかしその寄せ書きの意味は、話すことができないというわけですわね?」

 白井黒子が灯台で発見したという、寄せ書きだらけの白いパイロットスーツ。
 遠目から見れば、寄せ書きではなく呪文だらけとも思えるその衣装については、いろいろと考察ができる。
 あれがAS(アームスレイブ)に対応したものとは思えないが、クルツとて軍事関係者だ。
 本来の持ち主――それを着ていたという伊里野加奈なる少女の素性についても、類推できてしまう。

「AFF-FCS開発チーム、ブラックマンタにニューロハザード対策班……ねえ」

 浅羽直之、白井黒子、ティー黒桐鮮花、そしてシャミセンから成る、四人と一匹の輪に加わるクルツ。
 パイロットスーツを抱える浅羽の隣に、どかっと腰を下ろした。

「おい直之。そのスーツがなんなのかは詳しく話さなくてもいい。だが、もっと重要なことがあるだろ?」
「もっと重要なこと……?」
「ばっかおまえ、伊里野ちゃんのことに決まってんだろ。で、どうなんだ――その子、かわいいのか?」

 ずびし!
 鮮花のチョップがクルツの脳天に炸裂した。

「この状況下で、他に訊くことないんですか?」
「おおう痛っ……まったく手厳しいな、鮮花ちゃんは。俺はただ、場を和ませようとだな」
「はいはい。それはそうと、射撃訓練のほう。よろしくお願いしますよ、先生」
「へ~い」
「で――白井黒子さん」

 鮮花の鋭い視線が、今度は白井黒子へと転じる。

「あなた、いつまでここにいるつもり? まさか、ずっとわたしたちのことを見張っている気じゃないでしょうね」
「ご心配なさらずとも、すぐに『黒い壁』の調査に取りかかりますわ。幸い、飛行場の敷地内にもかかっているようですし」

 この場にいる五人の関係は、仲間と呼ぶにはあまりにも歪で、統制の取れていないものだった。
 白井黒子とティーは、『黒い壁』の実地調査を目的とし、北を目指していた。
 クルツと鮮花は射撃訓練のため北にある飛行場を目指し、向かう方角が一致した二組は、ホヴィーでの集団行動を選択した。
 浅羽直之は、白井黒子の拾いものである。捨て置く理由も今のところはないので、同行を許している。
 つまりこのグループは、五人と称すよりは『二組と一人』と称したほうがしっくりくる関係なのだ。

「まあ、そろそろ夜に備えて寝床を考えなければいけませんし……しばらくはここにいることにしましょうか」
「……どうでもいいけど、わたしたちの邪魔だけはしないでよね」
「それもご心配なさらず。わたくしたち、そんなに暇ではありませんので」

 なにやら視線と視線の間で火花を交わし合う二人だった。
 黒桐鮮花と白井黒子、この二人は一度やり合ったと聞く。因縁も深いのだろう。

「しかし……寝床か。不眠不休で動くにも限界があるだろうし、ここいらで一旦、腰を据えておくべきなのかもな」
「あの狐面の男も、取れるものは取れるときに取っておけ――なんて言ってましたね。けど、わたしは――」
「いやいや、身体は休めないと復讐もままならんぜ鮮花ちゃん。となると、そうだな……布団くらいは欲しいよな」

 クルツは荷物の中から地図を取り出し、飛行場の周囲に置かれた施設を確認し始める。

「近くにデパートがあるな。ちょうどいい機会だし、こっからいろいろ調達してくるか」
「……それ、誰が行くんですか?」
「そりゃもちろん、俺でしょ。ホヴィー動かせんのは俺だけだし」
「射撃訓練は?」
「射撃訓練にだっていろいろ準備は必要だろう。的になるもんもこっから調達してくるさ」

 あからさまに不満そうな表情をする鮮花に、クルツは苦笑しながら説いた。
 この『飛行場』という施設は、大多数の現代人が思い浮かべる『空港』のそれとは大きく用途が違う。
 しかもこの飛行場は随分とレトロな仕様で、飛行機用の格納庫と航空路、最低限の照明灯くらいしか配備されていない。
 ターミナル管制室もなければ、もちろんレーダーなんて気の利いたものもなかった。

「ライト兄弟が初めて飛行機飛ばした時代のもんじゃあるまいに……誰かさんの趣味なのかねぇ?」
「射撃訓練に必要なものは、なにより的でしょう? それくらいなら、そのへんの資材で十分じゃない」
「おいおい。鮮花ちゃんが復讐を誓ったのは、そのへんの『動かない的』なのか? 違うよな。ああ、全然違う」

 クルツは、既に指導員の気持ちで鮮花に接していた。
 鮮花が復讐せんとする対象は、『ケモノ』と称されるほどに俊敏な身体能力を持った男だ。
 動かない標的に銃が当てられるようになった――では、意味がない。
 叩き込むならみっちりと、実戦で活用できる技術を。それがクルツ教官の方針だった。

「ってなわけでだ。俺はデパートで、なにかしら動く的になるようなもんを探してくる。急くのはわかるが、もう少し辛抱しててくれ」
「……はい」

 不承不承といった感じに、鮮花は頷いた。
 他にもう反対派はいないか、とクルツが聞いてみたところで――今度は浅羽が、控えめに手を挙げる。

「あの、でも、一人だと危険じゃないかな……?」
「誰が一人って言った。おまえも来るんだよ、直之」
「……え? ええ、ぼくも!?」

 まったく予想していなかったのか、大声を出して動揺する浅羽。
 クルツは馴れ馴れしく、彼の肩に腕を回して言った。

「こういうのは男の仕事だろうが。本当ならかよわい女の子三人にガードをつけたいところだが……ま、ただの中学生のおまえじゃな」

 いつの時代も、力仕事と雑用とトイレ掃除は男の仕事である。クルツは男の美学的に、そう考えていた。
 また、浅羽はこのグループの中では一番の足手まといでもある。
 白井黒子のように能力が使えるわけでも、黒桐鮮花のように魔術を放てるわけでも、
 ティーのように平然とした顔でRPG-7がぶっぱなせるわけでも、クルツのように狙撃の腕に長けているわけでもない。
 こちとら事前所業の保護活動ではないのだ。つまり、働かざるもの食うべからず。

「それによ」

 クルツは浅羽の耳元に顔を近づけ、女性陣には聞こえないように囁いた。

「男なら、だ。守りたい女の行方くらい、自分で見つけてみろ」
「……!」

 クルツの囁きで――浅羽の表情に、微かな変化が見えた。
 口元の緩みと、眉根の高さと、瞳の輝きと、頬の強ばりが、ほとんどクルツにしかわからないくらいに――変わった。

「さて、と。そうと決まれば善は急げだ。暗くならない内に仕事をしてきますかね。いくぞ~、直之」
「あっ……う、うん!」

 クルツは立ち上がって、格納庫の入り口に停めておいたホヴィーへと足を進める。
 浅羽も慌てた挙措でそれに続く。
 そしてティーも立ち上がった。

「……ん?」

 立ち止まり、クルツが後ろを振り向く。
 浅羽がついてきていた。
 ティーもついてきていた。

「……ううん?」
「ちょっと、お待ちくださいまし! ティーは行かなくてもいいんですのよ!?」

 寡黙な少女の思わぬ行動に、同行者であった白井黒子が止めようとするも、

「いっしょにいく」

 ティーは簡潔にそれだけを言って、たたたっとホヴィーのほうに走っていってしまった。
 それで納得などできるはずもない白井黒子は、『空間移動(テレポート)』でティーの前に移動し、説得を続ける。

「一緒に行くって……『黒い壁』を壊すのではありませんでしたの?」
「こわす」
「なら、ここまで来たのですから『黒い壁』の実地調査を――」
「まかせる」
「ま、任せるって……まさか、人類最悪の解説を聞いて考えを改めてしまったんですの?」
「ちがう」

 傍目から見ても、埒が明かない会話だった。
 どういうわけか、ティーは白井黒子との実地調査を蹴り、クルツたち物資調達班に加わろうとしている。
 口数が少なく、表情にも乏しい彼女からは、行動の真意がまるで読めなかった。
 それは、クルツよりもいくらかはつきあいの長い白井黒子にも同じようで、愕然とした様子を見せている。

「ふむ――まあ、この子はこの子で、感じるものがあるということなのだろう」

 不意に、この場には相応しくない、老獪のような声が響き渡った。
 それは飛行機の影から音もなく忍び寄り、いつの間にかティーの足下に。
 その正体――世にも珍しいオスの三毛猫が、白井黒子に話しかける。

「キミがこの子のことを心配する気持ちは、猫である私にもある程度は察することができる。
 同様に、この子がなかなかに強情な少女であるということもキミに取っては既知のものだろう。
 ならば下手な説得など無為というものだと、私は考える。とはいえ、これはキミにとって猫の意見となるのだが。
 そこでどうだろう。私は猫だが、このように人語を介することはできる。もっとも、これもキミたち人間の認識だ。
 はたして私は人語を正しく話せているのだろうか。私はそうは認識していないのだが、会話は成立しているようにも見える。
 またこれは私の私見なのだが、彼女には一種のシンパシーのようなものが得られたのやもしれん。
 共鳴とはキミたちが言うところの動物、私のような猫の得意とするものだが、言ってしまえば人間とて動物の亜種だ。
 話が逸れたが、彼女には私が同行しよう。飼い猫ならば飼い主の身の安全くらいは守ってみせよと、以前の主人に教えられた。
 いや、猫という動物は愛玩動物でもなければ、ましてや番犬でもない。だとすれば私の発言は出すぎた真似だったと言えようか。
 そもそも私はキミたちに飼われているという実感が皆無に等しいわけで、その理由を考えてみれば結論は明白。
 未だ餌を与えられたことがない。糞の世話もされたことがなかったな。このままでは飼い殺しにも等しいが、あえて主張はしない」

「わたくし、猫とのお喋りは苦手だと今この瞬間に改めて自覚しました」

「私もだ、お嬢さん。キミと正しい意思伝達が行えているかどうか、私には確信が持てない」

 シャミセンは「にゃあ」と猫らしく鳴き、白井黒子はため息をついた。

「……わかりましたわ。では、こちらはこちらで『黒い壁』の調査を進めておきます。それと、クルツさん」
「なんだい黒子ちゃん?」
「決して。いいですか。決して、ティーに淫らな行為をなさりませんように」
「…………」

 結局のところ、白井黒子の一番の心配というのはそれだったらしい。
 ともあれ、話は済んだ。
 クルツはホヴィーの運転席に、浅羽は助手席に、そしてティーとシャミセンはデッキに、それぞれ乗車する。

「猫……」
「あん?」
「猫、本当に喋るんだ」
「ん……ああ。なんだ、案外リアクション薄いな」
「いや、驚いてるけど……頭の中がいっぱいいっぱいで」

 今更、喋る猫一匹くらいで混乱してはいられない――ということらしい。
 この浅羽という少年、クルツの目から見ても、随分と余裕を失っているようだった。

 伊里野加奈という少女を守りたい――口にする決意は確かなものなのだろうが、秘め事も多い。
 例の寄せ書きだらけのスーツのことや、ここに至るまでの道程で起こったこと、その他の交友関係、
 身に負った怪我の原因はなにかなど、こちらがいくら質問しても浅羽は答えようとはしなかった。

 ホヴィーのエンジンをかけながら、クルツはふと、例のメッセージについて考える。
 摩天楼に行け――という、意図も目的も不明な、何者かからの指令。
 メッセージの送り主は、あの巨塔でクルツにいったいなにをさせたかったのか。そこはまだ判然としない。
 あそこには三時間ほどいたことになるのだろうが、クルツの行動ははたして、送り主の意にそぐうものだったのだろうか。

 得られたものは銃器くらい――と、漠然と思っていた。
 が、よくよく考えてみればそれは正答ではない。
 摩天楼で得たものは、他にも三つ――否、『三人』ある。
 即ち、白井黒子、ティー、浅羽直之の、『三人』である。

 理知的に動く白井黒子はともかく、ティーと浅羽。この二人には正直、得体の知れないところが多い。
 普段から寡黙で、シズという男と喋る犬と諸国を旅していたということくらいしか語らない、ティー。
 常に切羽詰った様子で、半ば脅迫でもされているように『伊里野を守る』と宣言し続ける浅羽。
 あのメッセージの意図が、クルツに三人の内の誰かを拾わせることだったとするならば。
 この二人は特に――要監視対象だ。

 そういう意味では、この人選にも疑心を感じてしまう。
 浅羽はクルツ自身が連れ出した。ティーは明確な理由も語らずそれについてこようとした。
 クルツと浅羽とティーの、三人きり。図ったような組み合わせだ。
 ここからなにかが起こるのかもな――と、クルツは内心でのみ警戒を強める。

「ま……いちいち悩んでたら足下掬われちまうしな」
「え、なにか言った?」
「なんでもねぇよ」

 思考を中断、ハンドルを握り、ホヴィーの車体が浮いた。

「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ。二人とも、留守番よろしく頼むぜ」

 残った二人に愛想よく手を振り、クルツはホヴィーを発進させた。
 浮遊車両であるホヴィーの発進音は静かなものだった。
 格納庫にぽつんと立つ、二人――白井黒子と黒桐鮮花は、黙ってそれを見送る。

「…………」
「…………」

 互いに、無言。
 ホヴィーが見えなくなっても、それはしばらく続いた。
 さて、よくよく考えてみればこの二人、それほど仲がいいというわけでもない。
 むしろ一度は衝突した間柄、犬猿の仲といっても言いすぎではないのだが、どういう因果か二人きりになってしまった。

 会話が弾むはずもない。
 会話が弾むはずもないのだが、このままここでシーンを切るわけにもいかないので、白井黒子は仕方なしといった具合で、鮮花に話しかけた。

「……どうします? 二人でリリアンでもいたしますか?」
「しないわよ」



【B-5/飛行場/1日目・午後】


【黒桐鮮花@空の境界】
[状態]:強い復讐心
[装備]:火蜥蜴の革手袋@空の境界、コルトパイソン(6/6)@現実
[道具]:デイパック、支給品一式、包丁×3、ナイフ×3、予備銃弾×24
[思考・状況]
基本:黒桐幹也の仇を取る。そのためならば、自分自身の生存すら厭わない。
1:クルツたちが戻るまで飛行場で待機。白井黒子の調査活動につきあう?
[備考]
※「忘却録音」終了後からの参戦。
白純里緒(名前は知らない)を黒桐幹也の仇だと認識しました。


【白井黒子@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康
[装備]:グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、地虫十兵衛の槍@甲賀忍法帖、鉄釘&ガーターリング@現地調達
[道具]:デイパック、支給品一式、姫路瑞希の手作り弁当@バカとテストと召喚獣
[思考・状況]
基本:ギリギリまで「殺し合い以外の道」を模索する。
1:『消滅したエリア』の実態を間近で確かめる。また『黒い壁』の差異と、破壊の可能性を見極める。
2:クルツたちが戻るまで飛行場で待機。他二人はともかく、ティーのことが心配。
3:“監視”という名目で鮮花とクルツの動向を見定める。いつまで行動を共にするかは未定。
4:当面、ティー(とシャミセン)を保護する。可能ならば、シズか(もし居るなら)陸と会わせてやりたい。
5:できれば御坂美琴上条当麻と合流したい。美琴や当麻でなくとも、信頼できる味方を増やしたい。
6:伊里野加奈に興味。浅羽が隠していただろう事柄についても詳しく知りたい。
[備考]:
※『空間移動(テレポート)』の能力が少し制限されている可能性があります。
 現時点では、彼女自身にもストレスによる能力低下かそうでないのか判断がついていません。


※預かっていた浅羽の荷物を返却しました。


 ◇ ◇ ◇


 【3】


「デ、デェ……パァートッ!」

 インコちゃんが甲高く喋ったので、今は喋っちゃだめ、と伊里野が叱った。
 叱られて嬉しそうに顔を歪めるインコちゃんが、ちょっとかわいかった。

 シズと伊里野は、デパートの八階、つまり最上階まで逃げてきていた。
 八階は飲食店街になっていて、シズと伊里野は主にピザなどを出すイタリア料理の店に潜伏していた。
 窓越しから通路の様子が窺える位置に座り、二人で今後の対策を練る。

「敵、来るかな」
「来るだろうね」

 シズには確信があった。
 確信の理由は、殺気だった。
 それだけで十分に、あの三人が自分たちと同じような『利用し合う』関係であることがわかった。

 シズと伊里野という獲物を前に、彼らが見逃すはずもない。見逃すようなら殺気など放ってはこない。
 問題は、『三人』でいる彼らが『二人』でいるシズと伊里野に対し、どう攻めてくるかだ。
 長く居座っていただけあって、デパートの地の利はこちらにあると考えていい。
 遮蔽物の有無や各フロアの特徴を頭に入れれば、各個撃破もしやすい。

 ただ、三人まとめて来られると面倒ではある。
 三人まとめてとなると、向こう側に『連携』という攻め手が生まれてしまうからだ。
 あの三人の実力がどれほどかはわからないが、連携されるとなると、数で劣るシズと伊里野では対処が難しい。
 なにせ二人は、利用し合って間もない。二人で行う戦闘はこれが初めてだ。
 下手にコンビネーションなど戦術に盛り込もうとすれば、お互いに足を引っ張り合うことになるかもしれない。
 そう考えると、結論は一つしかなかった。

「作戦を考えた。聞いてくれるかい?」
「うん」
「相手は三人。こちらは二人だ」
「インコちゃんは?」
「数には入れられないな。インコちゃんは鳥だから、戦えない」
「そっか」
「だからこうしよう。俺が一人、君が一人、相手をする。一人につき一人ずつだ」
「もうひとりは?」
「もう一人に当たったほうは、運が悪かったということにしよう」

 それはとても作戦と呼べるような代物ではなかったが、伊里野は頷いた。
 と同時に、二人の耳が一人分の足音を聞きつけた。
 階段の方角から、ゆったりとした歩調で誰かが追ってきている。

「来たようだ。ここは俺が引き受けよう。君は反対側の非常階段から降りて、他の一人か二人を相手してくれ」

 伊里野は頷いて、音を立てないように店から出て行く。インコちゃんの鳥篭を抱えたまま。

「さて」

 シズは物々交換で手に入れた太刀を鞘から抜いた。
 振ってみた感じでは、以前の大太刀よりも軽くて扱いやすい。
 やはりあれは儲け話だったな、と心に思い、気づかれてはならないので声には出さなかった。

 敵の接近を待つ。
 足音だけで、距離を測る。
 カツン、カツン。
 革製のブーツかなにかだろうか。
 足音から警戒の匂いがする。
 デパートは広い、だから一人なのか。
 他の二人は別の階を探しているのだろう。
 向こうも連携は苦手な関係なのかもしれない。
 カツ、カツ、カツ。
 足音が、店のすぐ外の通路までやって来た。
 シズは傍にあった椅子の足を持つ。
 するとその椅子を、窓から店の外に向けて投げ放った。

 盛大な音。
 窓が割れて、破片が飛び散り、足音は消えた。
 突然の奇襲に驚き、なんらかの反応をしたことだろう。
 シズは椅子に続いて、割れた窓から店外に飛び出した。
 通路のすぐ先に、敵はいた。
 和服の上に赤いジャケットを着た女だった。
 武器はナイフだろうか。
 右手に持って、窓ガラスの破片を振り払うようにしている。
 隙ができていた。
 シズは握った刀に力を込め、斜めに薙いだ。

 和服は避けられなかった。
 避けられなかったので、別の対応をした。
 床に足を滑らせ、散乱したガラス片を宙に蹴り上げる。
 きらきらと光る破片が、シズの視界いっぱいに広がった。
 破片が目に入りかけたところで一瞬、瞼を下ろす。
 そのまま刀を振るった。
 一瞬とはいえ目を閉じた状態で振るった刃は、和服には届かなかった。
 和服はガラス片を撒き散らすことでシズの斬撃を遅らせ、これを避けたのだ。

 ガラスが散らばった床に、シズが立つ。
 その前方、五メートルほどの距離を取って、和服が立つ。
 二人ともガラス片が肌についたくらいで、ほぼ無傷だった。
 両者ともに、奇襲は失敗に終わった。
 確認するのに、一秒。

「……!」

 挨拶もなしに、シズが駆け込んだ。
 正面から、斜めに横に、刀を振っていく。
 和服は手に持ったナイフでそれを弾き、徐々に後退していく。
 シズは一度、刀を胸元の位置まで引き戻し、床に対し垂直に構えてこれを放った。
 斬撃の中でも捌くのが難しい、刺突だった。
 和服はそこは無理せず、きちっと反応して、後ろに跳んだ。
 驚くことに、後ろ向きで三メートルほど跳んだ。
 しかも着地してからすぐに、また三メートルほど跳んだ。
 さらに着地してから、また三メートル。
 シズと和服の間に、九メートルほどの距離が開いた。

 そこでシズは気づいた。
 和服が手に持つナイフのようなものは、よく見ればナイフではない。
 軍用ナイフか鉈と見間違うほどに大きく、無骨な――鋏だった。

 殺し名序列一位『匂宮雑技団』が分家、『早蕨』の長兄である『紫に血塗られた混濁』早蕨刃渡の太刀。
 対。
 『零崎三天王』が一人、『二十人目の地獄』こと零崎双識の愛用品『自殺志願(マインドレンデル)』。

 奇妙な縁だった。
 そんな縁は、シズも和服も知らない。
 ともあれ。

 和服は鋏遣いだった。
 対して、シズは刀遣いだ。
 パースエイダー遣いよりは幾分かやりやすい。
 だが、先の動きは見逃せない。
 シズの刺突を、容易く回避してみせた足捌き。
 接近戦向きの身体能力。
 リーチの優位があれど、強敵だ。

「いい刀だな、それ」

 和服が、シズに喋りかけてきた。

「『殺す』には惜しい刀だ。なあ――その刀、おまえを殺せたらオレにくれよ」

 シズは承諾しなかった。
 代わりに、茶化すような言葉をかける。

「そっちはおもしろい武器だな」
「ふざけた武器だろ」

 二人揃って、笑った。
 笑って、二人揃って前に駆け出した。
 シズのほうが若干、速かった。
 先ほどと同じ刺突の型で、和服の顔を狙う。
 和服は腹の位置から鋏を斬り上げ、挟み込むように刀を払った。
 払いきれなかった。
 刀はほんの少し軌道をずらしただけで、和服の頬を撫でる。
 頬に血の線が走ったが、構わない。
 和服は刀を鋏で固定したまま、さらに詰め寄った。
 シズの懐にまで達し、腹に蹴りを入れる。
 シズの身体が吹き飛んだ。
 吹き飛ぶ過程で、鋏から刀が抜ける。

 三歩分の後退でシズは踏み止まり、横薙ぎに一閃。
 和服は低い姿勢でこれを避け、さらに踏み込む。
 鋏を、シズの顎めがけて突き上げた。
 シズは顎を逸らし、皮一枚というところでこれを避ける。
 そしてお返しとばかりに、和服の腹に蹴りを叩き込んだ。
 和服は吹き飛ばず、半歩後退する程度に留まった。
 それでも隙は生まれた。
 シズが上段からの袈裟斬りを放つ。
 間合いがまだ詰まっていると見て取るや、和服はもう半歩踏み込む。
 刀を握るシズの手に、鋏のハンドル部分をぶつけた。
 シズは刀を手放さなかったが、斬撃は止まった。
 攻撃を無効化して隙を作り、和服はシズから離れる。
 シズもすぐには追撃しなかった。
 生じた猶予で、和服が喋る。

「駄目だな。やっぱり」

 やれやれと言わんばかりに、和服がため息をついた。
 そして、鋏を連結している中心の螺子に手をやり――がきん、と。
 一本の鋏を、二枚の刃へと分解した。
 一方を右手に、もう一方を左手に。
 両手に一本ずつ、刃を持った。

「外れるのか、それ」
「あんなふざけた武器で戦えるか」

 どうやら、和服は鋏遣いではなくナイフ遣いだったようだ。
 元々が大きな鋏だった『自殺志願』は、分解すると二本のナイフになる。
 大小の些細な違いはあるが、どちらも刃物としては一級品だろう。
 先程の斬り合いで、あの鋏の刃がどちらも両刃であることは見て取れた。
 ならば和服の今のスタイルこそが、あの鋏を武器として扱う最適のスタイルに違いない。

 一本の刀対二本のナイフ。
 身体能力は拮抗、いや、和服のほうがわずかに上か。
 シズは一考し、戦略を練り直す。

「よし」

 一秒も経たず、それは決定した。
 構えを解き、しかし刀は鞘に納めず、そのまま後方へ逃げた。
 和服もすぐさまシズを追う。
 シズは通路の角を折れ、その先にあった店に入る。
 ファミリーレストランだった。
 先程のイタリア料理店とは違い、通路と店の間に壁が設けられていない。
 あるのは跳んで越せるほどの敷居程度。
 侵入も離脱も容易ということだった。
 座席はすべて座椅子で、テーブルの上には食べかけの料理が並べられている。
 まるで、つい最近まで誰かが食事をしていたようだった。
 シズはそんなことなど意に介さず、刀でテーブルの上の料理を薙ぎ払う。
 もちろん、後ろから追ってきている和服のほうに向けて。

 冷めたハンバーグが皿ごと、和服の顔面に迫った。
 和服は右のナイフを一振り、ハンバーグを両断する。
 『自殺志願』にデミグラスソースが付着した。
 皿は和服から逸れ、床に落ちて割れる。
 シズはテーブルとテーブルの間を縫うように移動していた。
 また別のテーブルに置かれた料理を刀で薙ぎ、和服に飛ばす。
 今度は備え置きの調味料やらも一緒に飛んでいった。
 和服は進行の邪魔になるものだけを瞬時に見極め、ナイフで払っていく。
 『自殺志願』にお酢が付着した。
 『自殺志願』にしょう油が付着した。
 『自殺志願』にマスタードが付着した。
 『自殺志願』にミートソースが付着した。
 『自殺志願』にミネストローネが付着した。
 『自殺志願』がコショウの入った小瓶を斬った。

「――っ!」

 和服が顔を顰めた。
 目と耳と鼻に、コショウが入ってしまったのだろう。
 進む足がほんの少しだけ止まり、シズはその隙を見逃さなかった。
 すぐ隣のテーブルに飛び乗り、さらにそれを踏み台にして跳躍。
 後方の和服へと、飛びかかるように斬りかかる。
 超上段からの体重を乗せた斬撃。
 受けるには重すぎる一撃だった。
 店内は狭いから、避けるのも難しいだろう。
 和服の後ろには別のテーブルが置かれている。
 後ろには跳べない。受けるしかない。

 ザン――。

 シズの刀が、和服の胴体を縦に斬り裂いた。
 それだけでは終わらない。
 着地とともに体勢を立て直すや否や、続けざまに横斬り。
 和服の腹が、その色鮮やかな着物ごと裂かれた。
 縦の裂傷と横の裂傷。
 重なれば重傷に至る。
 もう一撃で、トドメだ。

 が――。

 シズは刀を止めた。
 トドメを刺すまでもなかったからだ。
 和服は今の二撃で、既に死に絶えてしまった。
 床に倒れ、儚げに喘ぐ様が、なによりの死の証拠だった。

 シズはそんな死体には、目もくれない。
 終わったことにはもう、注意を払ってなどいられない。
 次なる敵が、目の前に現れていたのだから。

「おやおや……案外あっけなかったものだね、“和服”」

 新たな敵は――店員の案内を待つ客のように、店の入口に立っていた。
 白い長衣に、端整な容貌。
 手には、大型の片手剣。
 纏う表情は、笑み。
 三人組のリーダーと思しき、白い服の男だった。

「なるほど。それがおまえたちのやり方か」
「うん……? どういう意味かな?」
「仲間を容易く囮にする、という意味だ」
「ああ、そういうことか。うふふ、そうだね。我々はそういう関係だ」

 悪びれもせず言う男に、シズは警戒を強めた。

「なにはともあれ、これで“和服”は退場――と。短いつき合いだった。時間にして、そうだね。五分あったかなかったか」
「……おい」

 シズと男の会話に、誰かが口を挟んだ。
 和服だった。

「おまえ、とことんまで性格悪いな」
「おや。人間はこういうとき、感謝を口にするのではないのかな?」

 シズと殺し合っていたほうの、和服だった。
 床には、回避不可能と思われたシズの斬撃を『代わりに受けた』ほうの和服が、死んでいる。
 いや、朽ちている。
 シズには見えていないが、胸元に灯っていた薄い白の炎が――今、フッと消えた。

 必殺の一撃が入る瞬間、シズと和服の間に、見知らぬ女が割り込んできた。
 割り込んできた女はそのまま、シズによって斬り殺された。
 身代わりのおかげで、シズと殺し合っていたほうの和服は生き長らえることができた。
 割り込んできた女は、『和服を着たマネキン人形』だった。

「いつかの人形をけしかけてきたのは、おまえか」
「ほう。私の“燐子”と相対しながらに生き長らえたのは君か。“和服”とやり合っていた腕前を見れば、納得だがね」
「おまえ……覗き見してやがったな」

 和服が男に悪態をついた。
 なんのことかな、と男はしらを切る。
 シズは、刀を和服ではなく男に向けて構え直した。

「おもしろいね。では“和服”、もう一人のお嬢ちゃんは君に任せるよ」
「……は?」

 怪訝な顔をする和服に、男が続ける。

「交代しよう、ということさ。どうやら彼は、私と相性が良いみたいだからね」

 殺気の篭った視線が、シズに突き刺さる。
 薄ら笑う男の容貌には、得体の知れないものがあった。
 どこか――人間のそれとは違う印象を受ける。

「……しらけた」

 和服は不服そうに呟き、背中を向けてしまう。
 あれだけ鋭く尖っていた殺気は、もう感じられない。

「ま、いいさ。そいつ、オレとは違うみたいだしな」

 シズにも男にも理解のできない捨て台詞を残し、和服は店内から、ついには八階のフロアからも、姿を消してしまった。
 取り残された二人の男が、ため息混じりに向き合う。
 得物は互いに刀剣。腕前の差が勝敗を決するというのであれば、シズに不利などないはずだった。
 が、シズの足下には和服を着たマネキン人形が転がっている。
 和服の窮地を救ってみせたマネキンが――いや、和服の窮地を救うよう命令された、マネキンが。

「“狩人”フリアグネ――それが私の名だ。ここから先は、私と『彼女たち』の舞台だよ」

 ずらずら、ずらずら。
 どこから湧いてきたのか、フリアグネの背後に、何体ものマネキン人形が集まってくる。
 様々な衣装に身を包んだそれはすべて女性型で、包丁やアイスピック、電子レンジに高枝切りバサミなど、それぞれ武器になるようなものを持っている。
 どれもこれも、デパート内で手に入るものばかりだった。
 シズと伊里野が八階まで逃げ対策を練っている間、もしくは和服がシズを引きつけている間に、この男は戦闘準備を整えていたらしい。

「狩人か」

 人形遣いの間違いだろう。シズは言った。
 俺のほうが運が悪かったか。シズは思った。
 苦手なタイプだ。シズは直感した。


 ◇ ◇ ◇





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