「……どこを、どうして欲しいのか、ちゃんと言わないと分からないな」
男はでっぷりと太った体格に似合わない爬虫類の目つきでそう言うと、濃紫に白レースがあしらわれた下着姿の葉月の反応をじっと観察していた。
男は真性のサディストだった。女を嬲り、服従させ支配することに長けていた。そのためなら、相手に合わせ、プレイスタイルを変えることすら厭わない。
「……」
葉月があえて応えずにいると、男は薄く笑って手元のリモコンのスイッチを押した。軽い振動が葉月の下腹部を刺激する。声は上げなかったが、ツボを心得た男の配置の巧みさに身体が反応してしまう。軽く身をよじらせ、表情が切なさをたたえたものに変わる。
ベッドの上、両腕は拘束されていた。と言っても、抜こうと思えば抜ける。あくまでも、プレイの小道具としての拘束だった。分かっているもの同士のお約束であり、女に安心感を与えるための罠でもある。
震えて、開かれていた両膝が閉じかける。男は視線でそれを制した。のろのろと、震える脚を開く。
葉月の濃紫のショーツが再びむき出しになった。ショーツの中、葉月に官能を強制するもののふくらみがはっきりとして、存在を主張する。そのあたりに、葉月の官能のしるしを見つけて男はほくそ笑んだ。
「随分と強情なようだが……」
男は葉月の両膝を掴んでさらに開かせ、震える葉月をのぞき込んだ。
身体の奥底からわき起こる感覚に身をよじり、頬を紅潮させてそれに堪える葉月の反応を男は楽しんでいた。じわじわと嬲って服従させるためならどれほどの時間がかかろうともかまわないのだ。
「感じているのだろう? 君の身体はそう雄弁に語っている」
「……っ、は、はい……」
堪えきれず、葉月はかすれた声で声を漏らした。男とのプレイによる刺激だけではなく、ようやく”クスリ”の効き目が現れたのだと実感した。
性的な刺激を受けることで分泌される体内物質に反応して効果を現す催淫剤。そう説明された。だから、ただ飲んだだけでは効果を発揮しないのだと。
男の視線が自分を嬲る感覚に葉月は狂おしいようなもどかしさを感じはじめていた。同時に、自分の秘所が熱くたぎり溢れんばかりに潤ってくるのがはっきりと分かる。
「……んぅ……あぁぁっ」
ビクンッと身体を震わせて葉月は小さくうめきを漏らした。男がリモコンを操作して、葉月のショーツに納められたローターの振動を強くしたのだ。
小刻みに震える身体と、荒くなる息づかいが徐々にシンクロしてくる。そのまま官能の海に飲まれ、意識を溺れさせるギリギリのところで男はリモコンを操作し、それを中断させる。
責める者を焦らし、高ぶらせるテクニックを男は当然のように使いこなした。そうすることで責める者を虜にし、どこまでも服従させるのだ。
「……ぁん……、おね、がい、もう……焦らさない……で……ああんっ!」
”クスリ”の効果が言わせるのか、男のテクニックが言わせるのかは分からない。けれど、懇願の言葉をついに葉月は口にしていた。
「いかせ……て、くださいっ……もぉ……がま……でき……あああっ」
振動が一段と激しくなり、葉月の欲望を満たすレベルで稼働し始めた。そしてまた、頂点に達しようというところで止められる。
「お願い、します、わたしを、イかせてっ……イかせて、ください、お願い……」
無我夢中でつぶやくように言う葉月の言葉に男は満足げに笑みを浮かべた。
「いいとも……いい子だ」
葉月の官能のしるしが染みてはっきりと分かる形で浮かび上がったローターを男はショーツから抜き取った。そのまま、葉月の鼻先に突きつける。淫らな粘液がまとわりつき鈍く光るそれを直視させられて葉月は一瞬視線を逸らした。
「見なさい。コレが君の淫乱のしるしだ」
「……ち、ちがいま……す」
葉月の否定を男は鼻で笑った。
「出会ったばかりの男の前で、こんな風になる君は立派な淫乱だと思うがね」
葉月が応えずにいると、男はローターとリモコンを放り出してスラックスのジッパーを下ろした。でっぷりと太った身体と比較しても巨大に見える自分自身の欲望を取り出し、見せつけるように晒す。
「コレが欲しくはないかね。欲しいのなら、どうすればいいか君自身の行動で見せなさい」
男の言葉に葉月はのろのろと両腕の拘束を解いた。軽くひねるだけでするりと抜けるようにされている。
男の前に跪いた葉月は膨れあがった男の欲望そのままに体現された男の分身を捧げ持つように手のひらに包みこんだ。熱く、固い男のものの感触が葉月のメスの本能を刺激する。葉月はそっと目を閉じて手の中にあるものに口づけた。まるで愛おしむように何度も。
自らに服従したかのように見える葉月の行動に男は口元だけで笑った。そして、下腹部に沸きおこった快感に軽く眉をしかめた。
艶めかしく動く葉月の舌が男のものに絡みついていた。上から、下に。下から、上に。いっては戻り、いっては戻りする葉月の舌先の動きは男に必要以上の満足感を与えていた。呆れ、感嘆するほどに。
葉月の与える快楽に刺激され、脈打つほどに膨れあがった男の分身を葉月は唇でくわえ込み、飲み込んだ。微妙にうごめく舌の動きと合わせるように、葉月が頭を上下させる。
「ん……」
口元から動きに合わせて漏れる淫らな音の響きと、葉月の唇が自らに与える快楽に男はいつもなら忘れない欲望のコントロールを忘れていた。そのまま、快楽の海に溺れてしまっていた。
”たまには、いいだろう”
傲慢な男の意識はそれを許容した。自身の精を与えることでさらにメスの本能を刺激できると。
それは男の勘違いだった。葉月の巧妙な舌の動きに魅了されていることに、男は気付いていなかった。男の分身が膨れあがり、数回震える。
ねっとりとした舌を強く絡めて、吸う。そして、その瞬間を葉月は狙っていたのだ。
アップにまとめられている髪を留めている髪留めに素早く指先を伸ばした。滑らせるように引き抜いて、スナップをきかせて振る。仕込まれていた刃が鋭く伸び、まとめられていた髪が広がり落ちるその刹那、男ののど笛を切り裂いて、斜め上に走った。返す刀で、頸動脈を切断し、葉月の手のひらでくるりと回転した刃は男の左肋骨の隙間を縫って正確に心臓を貫いた。
主がその人生を終えるのとほぼ同時に、男の分身はその欲望の塊を吐き出していた。首から吹き出す男の血に混じって、白いものが葉月の顔にまき散らされる。声も上げずに男は床に崩れ落ちた。
むせかえるような血の匂いの中、ゆっくりと立ち上がって葉月は男の死を確認した。男の心臓を貫いている髪留めを引き抜くと、血まみれになった下着を脱ぎ捨てバスルームに入ってシャワーを浴びる。顔にこびりついた男の白いしるしと真っ赤に染まった身体を洗い流しながら、葉月は両の乳房を持ち上げるように揉みしだき、固く尖る先端を指先で転がした。均整の取れたCカップの胸がいつもよりも熱く、張っているのが分かる。
「んぅ……」
欲望にぬかるんだ自らの股間に指先を伸ばした。シャワーの湯とは違うぬめり気を指先に絡め、指で転がす。
「んっ、あぁぁ……んっ」
声を漏らしながら潤いすぎるほどに潤った自分の秘所に指を滑り込ませ、かき混ぜる。焦らされ、欲望を高ぶらされた身体を鎮めるためには、今は自分で慰めるしか手はなかった。血の匂いのせいなのか、”クスリ”の効き目がまだ残っているのか分からぬまま葉月は身体が求めるうずきを自らの指先の動きに任せた。
シャワーの音にかき消されて耳には聞こえないが、身体の中から伝わる淫らなぬめり気をかき混ぜる音が葉月を高ぶらせた。血が洗い流されるのにあわせて、指を締め付ける自分の肉の震えが強くなっていく。
脱力して、へたり込んだ。滝のように降り注ぐシャワーの中、葉月はひとり四つんばいになって腰を突き出し、淫らな自分の指先の動きに溺れた。腹の底から出る獣のような泣き声を自分で聞きながら、葉月は数回、小さく達していた。
「あああっ……! あっ、あっ、ああっ!」
それだけでは満足できないとでもいうように、熱く固く尖った秘心をつまみ、転がす。ぬるった中指と人差し指の間に秘心を挟みこんで力を込め、滑らせる。いとも簡単に、わき上がる大きな官能の波に葉月は呑まれ、身体を何度も震わせて官能の頂点に達していた。
身体をきれいに洗い流し終わると、バスルームを出て、身体を拭った。洗面所で髪を乾かして、ブラッシングのあと、血と脂を洗い流した髪留めで元通りアップにしてベッドルームに戻る。むせかえるような血の匂いはそのままだった。血にまみれ床に転がる男だったものをちらりと一瞥しながら、葉月はクロゼットを開けた。レースと花柄の刺繍が全体にあしらわれたサックスブルーの新しい下着を取り出し、ブラからつける。こういうフェミニンなデザインの下着が、葉月は一番好きだった。
男と出会ったときに着ていた派手なスーツではなく、むしろ地味な白いセーターに袖を通す。ブーツカットのジーンズに、焦げ茶のフェイクレザーのショートコート。メイクも仕事中とは違って、ほとんどノーメイクと言っていいほど軽く施し、ごく淡い色のリップを塗ってから葉月は居間の電話に手を伸ばした。なめらかな手つきでダイヤルをプッシュする。きっちり3回目のコールで相手が出た。
「わたしです。終わりましたので部屋を出ます」
『わかった』
受話器を置くと葉月はクロゼットの中の自分の小さなトートバッグを肩にかけて部屋を出た。すぐに、待機している処理班が、何事もなかったかのように部屋を綺麗に”清掃”するはずだ。そして、早ければ今日の深夜にでも男が病死かまたは事故死したというニュースがマスコミに取り上げられて終了する。
男の素性に葉月は何の興味もなかった。いままでも、そしてこれからも。
エレベータを使わずに、階段をゆっくり降りる。晩秋の寒気がまとわりつく感覚に葉月は小さく身体を震わせた。外はすでに夜の闇に包まれている。時間は21時を少し回ったあたりだった。鞄から手袋を出すとそれを着けて、1階の駐輪場に停められたごくありふれた27インチの自転車に跨り、葉月はマンションを離れた。
葉月がこの仕事をするようになったのは、生まれたときから宿命づけられたものだった。というより、そういう風にごく幼い頃から育てられたのだといった方が正しい。優秀な兵士や殺し屋の遺伝子を実験室の中でこねくり回され、いくつもの人種の複雑な混血に生まれた葉月は物心付いた頃からずっと訓練を受けて育った。
いくつもの言語や殺人術、そして必要な様々なスキルとありとあらゆるセックスのテクニックをたたき込まれた葉月が初めて”仕事”をしたのは16の時だった。基本的には、その美貌と抜群のプロポーション、そして卓抜したセックスのテクニックを用い、ターゲットを骨抜きにしてあの世に送り込む。
疑問を感じたことは一度もなかった。殺した相手が誰だろうと葉月には何の関係もない。いままでがそうだったし、そしてこれからもそうだろう。そうやって”仕事”を続けて10年が経っていた。
その複雑な血ゆえに、葉月は髪の色と目の色さえ変えればどの人種なのか分からなくなる。何もしなければアジア系で通るが、ウィッグを着け、カラーコンタクトを入れるだけで全く別の人種に化けることができた。だから、初めて”仕事”をしたときはアメリカだった。それから、世界各地を転々として、今は日本で仕事をすることがほとんどだった。
自分を”飼って”いるのがCIAと呼ばれている組織であることも葉月は知っていた。CIAの海外特殊工作セクション。朝鮮戦争の直後発動された”ドール・プロジェクト”と呼ばれる暗殺と特殊工作のための人間兵器養成計画。CIAの暗黒面が色濃く表れた極秘計画の成功例が葉月だった。
自分の他に、同じように育てられた”ドール”がいるのかどうかは葉月は知らない。多分、いるのだろうという想像はしているが、そのことが知らされることはきっと無いだろう。おそらく、自分に命令する”ハンドラー”でさえ知らないはずだ。
5分後、マンションからほど近い私鉄の駅に着いて、葉月は駅前の駐輪場に自転車を入れた。新宿方面に向かう電車に飛び込んで、ドアのそばにもたれかかり目を閉じる。等間隔に伝わる振動を感じながら、人気が多く少しむっとした車内の空気にとけ込みだした頃、車内に響くアナウンスに目を開けた。きらびやかな新宿のネオンの輝きが車窓越しに葉月の視界を刺激した。
ホームに降りてすぐにバッグから携帯を取りだし、電話をかける。
「もしもし……わたし。今、新宿に着いたところ」
『あ、ちょうど良かった。僕も、今仕事終わったとこ。いつものとこで、待ってる』
耳に飛び込む青年の声に葉月は言いようのない安堵感を感じていた。
「やぁ。お疲れ」
数分後、いつも待ち合わせる書店の前にたどり着いた葉月を待っていたのは、葉月より10センチほど高い位置にある青年の朗らかな笑顔だった。
「ごめん、なさい。待った?」
葉月が息を弾ませ、顔が紅潮しているのは駅から少し走ったせいだけではない。
「走ってきたの?」
「早く、会いたかったから」
青年に抱きつきたい衝動を抑えて、葉月は息を整えた。少し驚いた表情の青年は、すぐに笑顔を浮かべて鼻をかいた。
「そんなこと言うと本気にするよ」
「ウソじゃないよ」
真剣な口調でそう言うと、青年は一瞬、神妙な面持ちになった。
「……ありがと。おなか、空いてない? ご飯食べよっか?」
青年の誘いに応じて、葉月は無言で頷いた。
青年の名は李潤雄と言った。年は葉月と同じ。香港で生まれ、中国返還の少し前から、日本で生活し始めたのだという。
潤雄と葉月が初めて出会ったのは3ヶ月前のことだった。”仕事”を終え、家路に急いでいた葉月は、新宿の夜の闇の片隅で酔漢に絡まれたのだった。”仕事”以外でその戦闘力を発揮するわけにもいかず、困り果てていた葉月を助けてくれたのが潤雄だった。礼を言った葉月に見せた潤雄のはにかんだような笑顔が、心に染みついたように感じられた。そんな風に、他人のことを考えたのは、葉月にとって生まれて初めてのことだった。
日常生活で他人との必要以上の接触はハンドラーから禁じられていたが、葉月は初めてその禁を破った。お礼という言い訳で連絡先を聞き、数日後に食事に誘った。それから時折連絡があっては会うということを繰り返していたが、今では”仕事”が終わるたびに潤雄の笑顔を見たくて自分から連絡をするようになっていた。それがどういうことなのかという自覚はある。けれど、一人になるたびに潤雄の顔を見たくなってしまう誘惑から、葉月は逃れられないでいた。
終夜営業のファミリーレストランは平日にもかかわらずごった返していた。たまたま空いていた一番奥の席に座り、セットメニューを頼んだ。
「仕事、忙しいみたいだね」
不意に潤雄がそう言った。
「どうして?」
「少し、疲れてる顔になってる。僕の気のせいかな」
「そう、かな。でも、そうかも知れない」
なぜか赤面して、葉月はぽつりとそう言った。真面目なときの潤雄の瞳はとても聡明でクールに見えて、何もかもが見透かされているような錯覚を感じる。けど、いくら潤雄でも葉月の正体を見破ることはできないだろう。普通の、ごく普通の生活をしている人間には想像することすらあり得ない。
潤雄には小さな会社の事務の仕事をしていると言ってあった。潤雄はと言うと、警備の仕事をしていると言っていた。だから、不規則な時間でも会うことができると、冗談めかして言われたことがある。
「食べないの?」
「えっ、あっ、うん、食べる……」
いつの間にか、潤雄に見とれていた。頼んだものが運ばれてきていたことも気付かなかった。
ボローニャ風スパゲティを口元に運びながら、葉月は耳まで赤くなった。潤雄といるといつもこうなる。不可解な自分の状態に困惑しながら、潤雄の方をちらりと見る。目が合った。
一瞬怪訝そうな表情をした潤雄が葉月を見てくすりと笑った。
「……葉月ってさ、とてもクールに見えるのに時々そうじゃない顔、するよね」
「えっ」
どぎまぎとしてフォークを落としかけた。
「あはは。可愛いってことだよ」
「からかって、いるのね」
どう切り返していいか分からず、ありきたりのことを言って葉月は潤雄を見た。
「本気だよ」
さらりと言う潤雄に何も言えず、葉月は視線を落として食べることに集中した。”クスリ”の効き目はもう切れているはずなのに、身体が熱くなっていることが不思議だった。
”仕事”の時にこんな感覚を覚えたことはなかった。歯の浮くようなほめ言葉を聞き流し、惑わせ、誘うことになれている自分が潤雄が相手だと何もできなくなる。
今まで自分と潤雄の関係を定義づけて考えたことはなかった。時々会って話をし、食事をしたりして別れる。それだけでよかった。潤雄もそれ以上踏み込んでは来なかった。あくまでも、潤雄と自分はただの友達だ。そう自分に言い訳をして潤雄に惹かれている自分を肯定するようにしていた。
しかし、会うたびに潤雄に抱きしめられたい。そういう衝動に飲み込まれそうだった。身体の奥底が収縮するような感覚。身体が、潤雄と一つになりたがっている。潤雄と会うたびに、そういう思いが強くなってきている。
今日も多分、そうなりそうだった。その度にわき起こる、それに反するような恐怖感。熱い感覚と重苦しい恐怖感のせめぎ合いに、葉月はいつも何もできないでいた。
食事を終え、コーヒーを飲んで店を出た。会計は潤雄が払った。財布を出しかけた葉月を潤雄は笑顔で制した。
「……今日は、いいよ。また今度奢って」
「でも……」
口ごもった葉月に潤雄は快活な笑顔を見せた。
「疲れてる葉月に、元気出してもらうためのご褒美だよ。気にしないで」
「ごめんなさい……、ありがとう。ごちそう、さま」
無言で歩き出した葉月の手のひらを暖かいものがさらって握りしめた。はっとして潤雄の方を見る。潤雄の手のひらが自分のそれをそっと握りしめている。身体がとろけそうな感覚に葉月は力が抜けそうだった。目が自然と潤んで、顔が熱くなる。
二人はそのまま無言だった。街の喧噪が収まるには、まだ、時間がある。家路を急ぐ人々の群れに紛れて、二人は淡々と歩き続けた。
いつも別れる改札口に着いた。いつもここで別れ、潤雄は違う電車に乗って帰って行く。
「葉月。もうすぐ、電車が来そうだけど……」
困惑したような潤雄の言葉を聞いても、葉月は手を離せないでいた。手を離して、いつものように自分の世界に戻る時間が来ていたが、葉月はそれを決心できないでいた。
「……潤雄。わたし。わたしね……」
言いかけて、葉月は口ごもった。何を言おうとしているのか、自分でも分からない。その先を言うことの恐怖感に苛まれ、心が震えていた。
偽りの仮面を被って潤雄に会っているだけなら、まだよかった。仮面を被ったまま、思いをぶつけようとしていることに自分が怯えているのだと、気付かされた。葉月が潤雄に抱いている思いは真実だ。しかし、葉月の真実を告げることはすべての終わりを意味することなのだ。
俯く葉月の身体を、暖かいものが包み込んだ。潤雄のがっしりとした腕が葉月を抱きしめていた。
「ごめんよ。ずっと、我慢していたけど、今日は、我慢できなくなった」
潤雄のささやきに葉月は反射的に抵抗しかけた力を弱めた。むしろ積極的に身体を潤雄に預けていた。
「ごめんなさい。わたし、自分でも、どうしたらいいのか、分からない」
抱きしめられ、潤雄の身体を実感しても葉月の戸惑いは消えそうもなかった。その心情が口をついて出る。
「無理、しなくてもいいんだよ」
優しい口調で潤雄が言った。
「……葉月が、何かを怖がってるのは、気付いてた。だから、それがなくなるまで待てと言うなら、僕は、待つよ。葉月がイヤでなければ」
潤雄のささやきが葉月のすべてを包み込んだように思えた。震えて、凍り付いていた何かが熔けていく気がした。
「潤雄。わたし、潤雄と離れたくない。このまま、一緒に、いて欲しい」
恐怖を乗り越える言葉を、葉月は口にしていた。自分を抱きしめる潤雄の力が強くなったことに、葉月はこの上ない幸福感を感じていた。偽りの仮面を被ったままでも、今はかまわない。求めているものを手に入れる幸福を逃したくなかった。
熱に浮かされたような朦朧とした気分のまま、葉月は潤雄のアパートに向かっていた。ほどよく混み合った電車の中、ぴんと張りつめた夜の寒気漂う街並みが、ぼんやりとしか記憶に残っていない。
気付いたとき、葉月は潤雄の部屋にいた。
ショートコートを脱いで振り返る。後ろ手にドアを閉める潤雄の顔があった。玄関口の白熱電球がともすオレンジ色の光が、静まりかえった室内に暖かい空気を呼び込んでいるように感じた。
部屋の明かりをつけず、ほの暗い中で葉月は上着を脱いだ潤雄に抱きついた。モスグリーンの綿シャツの胸に顔を埋め、見た目よりもがっしりとした感触にそっとため息をつく。
「……わたしも、ずっと、我慢していた」
葉月のささやきに潤雄は暗がりの中で怪訝な表情になった。
「何を?」
「わたしも、ずっと、こうしたかった。潤雄と」
体臭というのとは違う、潤雄の男の香りをかいで、葉月はまたため息をついた。
「ため息をつくと、幸せが逃げるって、言うよ」
「いい。わたしは、今幸せだから」
歌うようにささやく葉月に潤雄は少し苦笑して、葉月を抱く腕に力を込めた。小さな子供をなだめるように、頭を優しく撫で、軽く胸に押しつけるようにする。
「僕もそうだよ。今こうしていることが、信じられないくらい」
葉月は潤雄を見上げた。優しい瞳が潤んで、揺れているのが暗がりの中でもはっきり分かる。
葉月は自然と瞳を閉じた。何故そうしたのかは分からない。大きく、けれど柔らかい手のひらが葉月の頬を優しく撫でて、そして持ち上げる。かすかな潤雄の吐息を感じてすぐ、潤雄の唇が葉月の唇に触れた。確かめるような優しいキス。そして、再び唇が触れ、強く吸い上げられる。
「っん……」
唇をかき分けて侵入してきた潤雄の舌先が、葉月の歯茎や上あごの裏を撫で回す。その感触のくすぐったさに身を震わせながら、葉月も負けじとばかりに自分の舌先を潤雄のそれに絡める。舌と舌が触れ、絡みつく心地よさに心が溺れる。息が苦しくなるほどキスをむさぼり合う。
「……っはぁ」
新鮮な空気を求めて、自然と唇が離れた。喘ぐように息をする葉月の首筋に潤雄の唇が触れ、滑った。時折、印を付けるように小さな音を立てて吸い付いた。
「んんっ……」
くすぐったくも心地よい感触に軽く葉月は身をよじる。首筋をなぞる潤雄の唇が、徐々に移動して葉月の耳たぶを責め始めていた。ちろちろと舌先が這い回り、吐息が耳孔をそよがせてくすぐる。脚の力が抜け、立っていられなくなった身体を支えるために、潤雄にしがみつく指先に力が入る。
「可愛いよ、すごく。葉月のそういう顔が、ずっと見たかったんだ」
耳元でささやかれる潤雄のいつもより 少し低めの声が、葉月の全身をとろけさせた。頭が痺れたようになって、何も考えられなくなる。
”これが、恥ずかしいという気持ちなのだろうか”
生まれて初めて感じた、訳の分からない感情に自分の中でそう結論づける。
背中に回った潤雄の手のひらがセーターの上からブラのホックを外していた。耳や首筋を責めながら、葉月のセーターを徐々にめくりあげ、晒していく。潤雄のなめらかな手つきはブラも一緒にめくりあげてしまい、葉月の美麗な、つんとした胸をひんやりとした部屋の空気の中に開放していた。
不意にわき起こった開放感にも似た感覚に葉月は少し身震いした。暖かな潤雄の手のひらが包み込むように葉月の右胸を持ち上げ、揉みしだく。つんと尖った先端も、指先で転がすようにつまみ上げられ、弾かれる。
「やっ……ん、あっ、だ、め、あぁっ!」
流れるような潤雄の愛撫に葉月は翻弄されていた。弾かれたようにびんと背筋が伸び、身体が震える。漏れる声は明らかに1オクターブ跳ね上がり、大きくなりつつあった。
堪えきれず、葉月は潤雄の首筋に腕を回し、抱きついた。脚が震え、立っていられない。もう一方の潤雄の指先が、葉月のジーンズに伸びる。ボタンを外し、ジッパーを降ろす。大胆に動く手のひらが、ぴったりとした葉月のジーンズを足下にすとんと落とし、あっという間に葉月はめくりあげられたセーターと下着だけにされていた。
「脚を抜いて。転んじゃう」
耳元でささやかれ、葉月はのろのろと脚を動かした。そしてジーンズから足首が抜けた次の瞬間、膝の裏をひょいと抱えられ、抱き上げられる。不意に失われた重力に慌てて首筋に巻き付けた腕に力を込めた。
部屋の奥のベッドまで運ばれ、ゆっくりと降ろされる。ひんやりしたシーツが火照った身体に心地いい。ベッドに腰掛ける形になった葉月のセーターを、潤雄は相変わらずのなめらかな手つきで脱がせていく。
「寒く、ない?」
葉月と同じように腰掛けた潤雄がささやいた。無言で頷く葉月の頬をそっと手のひらで触れ、そして優しくキスする。目を閉じながら、今度は、葉月から積極的に深くキスする。舌先で潤雄の唇をかき分け、舌先に舌先を絡め、強く吸う。最初葉月の積極的な動きに戸惑っているように見えた潤雄も、同じくらい積極的に舌先を絡めて、唇を強く吸った。
「ん……ふぁ……っはぁ」
呼吸ができなくなり、唇が離れて、声が漏れた。完全に力が抜けた葉月をゆっくりとベッドに押し倒す。覆い被さる形になった潤雄の瞳が、情熱的にきらきらと輝いているのが見えた。
潤雄の視線に戸惑いを覚えて、葉月は視線を逸らした。潤雄の顔を見ることができない。
「顔を見せて」
「ダメ……見れない」
早口で言って葉月は口をつぐんだ。どうしていいか自分でも分からない。
「恥ずかしい?」
笑いを含んだ表情でそういう潤雄に葉月は無言で頷いた。
「……恥ずかしがること、ないよ。すごく……綺麗だ」
おごそかな口調の潤雄に、ゆっくりと息を吐きながら葉月は視線を合わせた。
心臓の鼓動が耳を支配する感覚に一人息を呑む。潤雄に見られている。そう意識しただけで、葉月の身体の奥底が収縮し、熱いものがあふれ出す。意識せずに、葉月は内ももをこすり合わせるように動かしていた。
「すごく、綺麗だ、葉月……」
繰り返すようにささやいて、潤雄は両手の平で葉月の熱く張った胸を包み込んだ。中指と薬指の間にすでに固く尖った先端を挟み込むようにして、ゆっくりと、壊れ物でも扱うように揉みあげる。
「んっ……く」
じわりとわき起こる鈍い快感にも、葉月は堪えきれなくなっていた。望み焦がれた相手との睦み合いが、これほどまでに自分の官能を揺さぶるものだとは、想像すらしたことがなかった。
「んぁあっ……あん……」
潤雄の指先がなめらかに動いて、葉月の敏感な先端を弾くように刺激していた。優しくつまみ上げ、転がすように押しつぶす。固く尖りきって、敏感になっている先端が、一見荒々しいが丁寧な愛撫によってさらに固く尖って、どこか痛みにも似た痺れるような快感が溢れこぼれる。
「くぅん……っ」
暖かく、柔らかな何かがその敏感にされた先端を包み込んでいた。そして、なめらかなぬめり気を伴ったものがくるくるとなぞるような動きをしてさらに刺激する。
快楽の中、朦朧とした葉月に赤子のように胸にしゃぶりつく潤雄が見えた。その間も、潤雄の指先が忙しく動いて、もう一方の葉月の敏感な先端を翻弄し続けていた。
「あ、あ、やっ……ああんっ」
声が漏れ、身体が伸び上がる。ぴんと張った背筋が、葉月が快楽に溺れていく様を如実に物語っていた。
代わりばんこに、葉月の胸を責め続けていた潤雄の片手が、徐々に下半身へと伸びていく。脇の下をくすぐるように滑っていく指先が、骨盤のあたりを強くなぞるように刺激して、ショーツの裾に沿うようにうごめく。
「んぁっ……あっ!」
ビクン、と大きく葉月の身体が震えた。そうすることが当然のように潤雄の指先が、葉月の内股の奥に滑り込んでいた。突然わき起こった股間への圧迫感に反応して身をよじり、脚をきゅっと閉じる。
しかし、潤雄の手のひらがそれをこじ開けるように広がって、より密着するように押し当てられる。
「んん……」
葉月の眉がひそめられ、表情が切ないものになった。押しつけられた指先がうごめいて、葉月の秘所の一番敏感な部分をショーツの上からひっかいて、撫で回す。ショーツにあしらわれたレースや縫い目の細かな凹凸に爪先が引っかかり、発生するかすかな振動が絶妙な刺激になって葉月を翻弄するのだ。
「やっ……ぁぁんぅ……っ」
潤雄の指が動くたびに発生する快感に抗えず、腰をくねらせ、震える脚が葉月の意志とは関係なく開かれていく。潤雄の指先は、そのだらしなく開かれた葉月の脚をも責め立てた。触れるか触れないかのかすかな接触で、指先をかすかに震わせて内股から、つま先の方へ指先が這っていく。
「くぅんっ!」
くすぐったくも巧妙な愛撫に葉月は子犬のように泣き声を上げてうごめくことしかできなかった。荒く呼吸させられながら、犬のような自分の息づかいに戸惑い、溺れていく。繰り返し、強弱をつけて脚とショーツを行きつ戻りつする潤雄の指先に、葉月の身体は完全に支配されていた。
官能の頂点に達するところまではいかない。だが、それがかえってもどかしく、焦燥感を葉月に味合わせることになった。身体の奥底がうずき、熱いものがはっきりと溢れてショーツを汚しているのが自分でも分かる。
”仕事”でこうなることは何度もあった。しかしそれは所詮”クスリ”の効き目があってのことだ。その効果も切れた状態でこんな風になることなど、葉月の過去の経験には、なかった。
「葉月……。すごく、濡れてる。感じてくれて、うれしいよ」
耳元でささやく潤雄の感嘆の言葉に葉月は目を閉じた。声が出せなかった。身体に力が入らない。
ややあって、葉月はゆっくりと目を開けた。慌ただしく自分の服を脱いでいく潤雄の姿が目にはいる。靴下も脱いで、トランクスだけになった潤雄の逞しい肉体に、思わず目が奪われる。引き締まり、均整が取れた厚みのある胸板に、顔を埋めたい。彼の、すべてを自分のものにしたかった。
衝動に突き動かされるままに、葉月は再びベッドの上の人となった潤雄の腰にのろのろとすがりつくように顔を寄せた。トランクスの上からでも、はっきりと分かるほどに逞しく隆起した潤雄の分身に、頬擦りするようにそっとキスする。
「えっ……葉月?」
困惑したような潤雄の声も今の葉月には届かなかった。熱く、固くなった潤雄のオスの象徴を身体が、欲しがっていた。
そっと、潤雄のトランクスを引き下ろす。弾かれるように飛び出した潤雄の分身が、赤黒く、鈍く光って葉月を魅了する。何か、神々しいものでも捧げ持つように手のひらで包み込み、そして、今度は直接唇を這わせた。息をゆっくり吐きながら、唇をなぞるように這わせ、先端からにじみ出た先走りのきらめきを舌先で絡め、舐めとる。
「ん……」
潤雄のうめきに、葉月は潤雄の表情を確かめるように見た。切なそうに眉をしかめた潤雄の顔が、とても愛おしいものに感じられる。もっと、その顔を見たい。艶めかしく舌先をうごめかせて、潤雄の分身に絡みつけ、なぞる。かすかに香る潤雄のオスの匂いが、葉月の鼻孔をくすぐり、刺激した。
先端を舌先で転がすようにねぶる。裏筋から、付け根のあたりを目指して、蛇行するように舌先を這わせ、唇で挟み込んで軽く力を込める。その間も、付け根からぶら下がる袋の部分を指先でそっと揉むように転がした。
「んぅ……、は、葉月……気持ちいい……けど、そんなにされたら……」
潤雄の声色に切ないものを感じて、葉月はさらに熱を帯び、硬度を増した潤雄の分身をくわえ込んだ。そのまま、唇で挟んで吸い込む。舌全体を押しつけるようにして、潤雄が頂点に達するのを待ち望む。溢れかえる唾液を絡めて、包み込んだ。
そして、じわじわと上下させる。
「んっ……ぅ、葉月……、ごめんっ……」
何度か繰り返すうちに、どこか慌てたような潤雄の声が耳を打った。葉月の口の中ではねるように震え、青臭く苦みを伴った塊が溢れていくのが分かった。
噴き出す潤雄のオスのしるしを、葉月は舌の上で受け止め、そして呑み込んだ。すべてを吸い尽くす勢いで、強く吸い込むようにする。
「ううっ……はぁ……」
目を閉じ、葉月の唇にされるがまま、身体を身震いさせてから、潤雄がため息混じりの吐息を漏らした。
葉月の口の中の潤雄の分身は、余韻のように時折震えて、残り物の精を滲ませる。
それも残さず舐めとって、葉月はまだ固い潤雄の分身をつるりと吐き出した。
「ふはぁ……」
大きく息をついて、葉月は髪留めを取った。ばさりと広がり落ちた髪を指先ですく葉月の頬に、潤雄の手が触れた。
唇の端に溢れこびりついた葉月の唾液をぬぐい取って、汗ばんだ前髪を撫でつける。そのまま、葉月の顎を持ち上げるようにして軽いキス。
「次は、葉月の番だよ」
ささやいて、葉月の答えを待つことなく、その身体を優しく押し倒す。
「んっ……」
相変わらず、なめらかな手つきであっという間に葉月のショーツをはぎ取ってしまう。
息を呑んで、葉月は潤雄を見つめた。ずりあげられまとわりついているブラを除いて、ほぼ生まれたままの姿になった葉月を、じっと見る潤雄の視線を感じて、訳も分からず胸が高鳴るのを感じた。
膝の裏を抱え上げられ、持ち上げられる。優しく、しかし強引にそのまま開脚させられて、葉月の潤みきり溢れかえった秘所がむき出しにされた。
「……」
くっきりとしたアンダーヘアと、対照的にあでやかな色合いに色分けられた葉月のその部分は、しっとりと鮮やかに色づいて潤雄の視線を釘付けにした。
そんな潤雄の反応だけで、葉月はさらにその部分が溢れてしまうのが分かった。見て欲しくないような、そんな緩い拒否感と、それとは裏返しに、潤雄にすべてを見て欲しい。そんなアンビバレンツな感覚がせめぎ合って、葉月の胸をさらに高鳴らせる。
「すごく……きれいで……とてもいやらしい。葉月」
ささやく潤雄の吐息がだんだん近づく。そして、暖かく柔らかな潤雄の唇が、葉月の秘所にくちづけた。唇全体で吸い付き、荒々しくうごめく舌先で、舐め、しゃぶる。
「んぁ、あ、あっ、あっ! や、やんっ!」
例によって荒々しいが、しかし丁寧な潤雄の舌使いに、葉月は絶叫にも似た泣き声をたてるしかなかった。
固くしこり腫れ上がった葉月の秘心を、潤雄の舌がなぞり、そして唇が挟んで吸う。そのコンボが何度か続いたあと、えぐるようにその舌先が葉月の溢れた秘壺に差し込まれ、かき回される。
その責めから逃れようとしているようにも見える葉月の身体のうごめきを、力強く押さえ込む潤雄の手のひらが許さない。
「あっあっ、ダメ……そんなに、されたら、あ……っ!」
堪えきれず、葉月は何度か達してしまった。ビクビクッ、と震える葉月にかまわず潤雄の舌先はさらに葉月に責めを負わせるがごとく、激しさと優しさを取り混ぜて、ひたすらに葉月を責め続けた。
ずっと、そうされることを待ち望んだ葉月の身体が、過剰反応しているかのように官能のるつぼに落ち込んでいく。
「あ、あ、ああんぅぅっ!」
大きく絶叫して、何度目かの絶頂に達した葉月の秘所から、すっ、と潤雄の唇が離れる気配があった。しかし、責めはそれで終わりではなかった。代わりに鈍く固い何かが潤みきった葉月の秘所に差し込まれ、かき混ぜるように動き出す。
「んん……っ!」
収縮した葉月のその部分が締め付けるようにうごめく。続いて葉月を責め始めたのは、潤雄の中指だった。軽く折り曲げられ、奥底や出口の一番感じるポイントを探り当てるように、震えて、かき混ぜる。
ぬめり気のある液体をかき混ぜるような淫らな音と同調するように、潤雄の指が優しく、緩やかに葉月の絡みつく肉をえぐりこむ。時に小さく震え、奥底を探りあてて執拗に押しつける。
淫らな音がするたびに、葉月は1オクターブ上がった泣き声を絞り出させられていた。
「んんぅ……、あっ、ああっ、あっ、あっ、やっ、あぐぅ……っ!」
髪を振り乱し、何度ものけぞって潤雄の愛撫を受け止める。朦朧とした視界の中、熱のこもった表情の潤雄の視線を感じるたび、葉月の肉が激しく顫動して潤雄の指先に絡みつき、そして身体が痙攣するかのように震える。
「気持ちいい? 感じてる顔が……すごく可愛くて、いやらしいよ、葉月……」
「んぁん……、いやぁ、そんな、こと、いわないで、ゆんふぉんぅ……、ああんっ!」
葉月はうわごとのように潤雄の名を呼び、羞恥の拒絶をしてみせた。計算や理屈ではなく、葉月の身体が口走っているのだった。
一番感じる奥底と、出口のあたりを繰り返し刺激されて、葉月は狂ったように声を上げ続けた。抑えが効かないほど身体が震え、腰をうごめかす。縛り付ける重力が消えたような感覚と、痺れるような麻痺感が来る。白い光が視界を支配したとき、葉月は遠くの方で獣のように叫ぶ自分の声を、聞いた。
「あ、あ、ああ、ああああっ……!」
すっ、と静かになり、力が抜ける。短い、断続的な呼吸音が自分のものだと気付いたとき、葉月はゆっくりと目を開けた。
「ん……」
「葉月?」
ふわふわした感覚から身体が抜け出せない。それでも、朦朧とした視界の中に潤雄の顔を見つけて、葉月はそっとため息を漏らした。
「可愛いよ、葉月」
潤雄は優しい口調でそういうと、葉月の汗ばんだ額にそっとキスした。
「……なにがなんだか、よく分からない……」
ため息混じりにささやく葉月の言葉に、潤雄は優しく笑って、そして、残酷にも思える宣告を葉月に告げた。そしてそれは、葉月がずっと待ち望んだ瞬間だった。
「いいんだよ。もっと、分からなくなるまで、葉月をイかせてあげるから」
葉月の返答を待たず、潤雄は力なく投げ出された葉月の両脚を脇で抱えて葉月に覆い被さるようにした。ずれたトランクスから飛び出すように隆起している自分の分身をそっと葉月の秘所にあてがう。
熱く固い潤雄の分身を感じて、葉月はうっとりとした目つきで潤雄を見上げた。
「来て……。わたしも、潤雄に、めちゃめちゃに、されたい」
「葉月……。ずっと、こうしたかった……」
身体が求める欲望をかなえる盟約の言葉をささやきあって、深くキスする。それと同調するように、潤雄の分身が、葉月の中にゆっくりと押し込まれた。
「んんっ……」
「んぅぅ……っ! んっ、んんぅぅぅ!」
重なり合った唇から、お互いの歓喜のうめきが漏れる。お互いの肉体が混じり合う歓喜と官能の叫び声に、身体が反応してうごめき合う。
「……あっんっ、あ、ああ、あああんんんぅ!!」
潤雄の腰がゆっくりと、抽走を始めた瞬間、離れた葉月の唇から歓喜の嬌声が漏れた。熱く固いものが、葉月の絡みつく肉をえぐりとる。時に強く押し込まれ、奥底をぐっ、と刺激して離れない。
かと思うと、荒々しく出入りを繰り返し、身体全体が揺すぶられ、突き上げられる激しい責めに葉月は身をよじり、動物のように声を上げさせられた。
「あぁんっ、ああ、ああ、あ、あ、あ、あ、いや、あああっっっ!!」
溢れすぎて音もしない葉月の秘所に、葉月がずっと待ち望んだものが出入りしている。その実感が葉月の心と肉体をさらに高ぶらせ、そして官能の極みに達するまで、そう長い時間は必要としなかった。潤雄にしがみつく葉月の指に力が込められ、のけぞる白い喉がむき出しになる。
絡みつく肉が幾度も震え、収縮する。意識が遠くなって、弛緩する身体から重力が失われた。
だが、潤雄との肉体の邂逅はまだ終わってはいない。つながったまま、ぐったりとした身体を抱きかかえられ、上半身を起こされる。腰のあたりをがっちりと掴まれそのまま再び突き上げられ、揺さぶられる。
「んぅ……、んっ、あぅっ、あ、あ、ああっ……」
遠ざかった意識が引き戻され、そしてまだ官能のまっただ中にいるのだと認識させられた。のろのろと潤雄の首に腕を巻き付け、もたれかかる。汗ばんだ潤雄の身体の感触と、揺れるたびに身体の奥底からわき起こる快感が葉月を酔わせ、溺れさせる。
「ゆ……ん、ふぉん、だ……めっ、やっ、ゆんふぉんっ……」
潤雄の荒い息づかいが葉月のつぶやきに応じるように加速していく。シンクロして突き上げられる鈍い痛みを伴った快感が、葉月をまたも官能の頂点に導いた。
潤雄の分身に絡みつき、収縮して締め上げる葉月の肉のうごめく回数分だけ、達する。ビクビクン、と震えて、切ない表情の葉月の顔が何度ものけぞった。
「んぁああっ、あんぅ……っ!!」
何度達したのか分からないくらい頂点に導かれ、葉月の意識と身体は真っ白な世界にとけ込んだような錯覚に包まれていた。全身が麻痺したような感覚の中、潤雄とつながっている部分だけが熱い。
再び押し倒されて、覆い被さる潤雄の切なそうな顔が朦朧とした視界に飛び込んでくる。
「は、づき、僕も、もう……」
遠くの方で潤雄の限界の声が聞こえた。膨れあがり硬度をさらに増した潤雄の分身が葉月の中で痙攣するのが分かった。
「き……て、ゆんふぉ……んっ、来て、ゆんふぉんが、欲しい、あ、ああ、あああっ」
ひときわ大きく葉月は絶叫していた。潤雄のオスのしるしを受け止めたい。身体が反応して葉月の腰が鋭く震え、肉が顫動する。葉月の脚が潤雄の腰に絡みつき、固定するように締め付ける。
「くぅ……っ! 葉月、葉月、ああっ!!」
「ゆんふぉん、あ、あ、ああ、ああああっっ!!!」
葉月の中で、潤雄の熱い塊が放たれた。身体の奥底で、熱い何かがはじけるように広がっていく。
そして、静寂が二人を包み込んだ。真っ白になった世界の中で、葉月は自分の奥底に潤雄のオスのしるしを感じて、そして小さく震えた。
「ん……」
暖かいものに包まれている感覚の中で、葉月はゆっくりと目を開けた。
すぐ側に、潤雄の優しい笑顔があった。
「ゆんふぉん……?」
にわかに自分の今の状況が分からず、葉月はぼんやりとしてつぶやいた。潤雄の腕の中、毛布にくるまれて抱きしめられている。
「……ずっと寝顔、みてた」
「えっ、あ……」
潤雄の言葉に我に返って、葉月は訳の分からない戸惑いとともに赤面した。
「なんだか……」
「恥ずかしい?」
頷きながら、潤雄の胸に顔を押しつける。”仕事”で”クスリ”を使ったときでも、気絶するほど感じたことはなかった。
「こんな、風に、なったの、初めてだから……」
葉月のささやきに潤雄はくすりと笑って葉月の髪を指先で撫でつけた。
「僕はうれしいけど。気を失うほど、感じてくれて」
潤雄の言葉に葉月はさらに赤面した。少しだけ、身体の奥が思い出したように収縮する感覚があった。
「わたしのこと、普通じゃない、って思った?」
「なんで? 思わないよ」
葉月の言葉に意外そうな表情を浮かべる。
「でも、わたし……。自分から……」
潤雄のものを進んで唇で求め愛撫してしまったことをうまく言えず、口ごもった。潤雄は、その葉月の表情を見て、そして得心がいったという顔をして、しばらく口をつぐんだ。
「……少し、びっくりした。でも、そういうことができる分だけ、イヤな思いや哀しい思いをしたんだろうな、って。僕はそう思った。だから、気にしなくても、大丈夫だよ」
笑顔で、しかし真剣な眼差しで潤雄は葉月を見つめた。
「……ありがとう、潤雄」
訳の分からない衝動が走って、目頭が熱くなるのが分かった。なぜこんなに涙が溢れるのか分からなかった。ぼやける視界の中で、潤雄の笑顔が揺れた。
「でも……でもね、わたし、本当に、好きな人と……すきなひととこんなふうになったの初めてなの。潤雄の、ゆんふぉんのことが好きだから……」
葉月は慌ただしくつぶやいた。溢れる涙のせいで、声が詰まってそれ以上喋れなくなる。
「……僕も君のことが好きだ。愛してるんだ。君が、過去に何をしてたって、僕には……関係ない。だから、もう泣かないで」
ささやきながら、潤雄の腕が力強く葉月の身体を抱きしめた。
「ゆん……ふぉん……」
葉月は声をあげて泣いた。生まれて初めて、心を揺さぶられて涙を流したのだと分かった。
そして、暖かい潤雄の腕の中で、葉月は眠りに落ちるまで泣き続けた。
(AugustMoon 第1話 終)