- 3.5フレーバー
ひゅんと風を切る『打神鞭』。鞭先が空気を斬る度に、宙より飛び出す矢のような水弾がマッドオークを跳ね飛ばす。
「やれやれ面倒だねえ… 何でまたこんなときに悪鬼どもにでくわしちまうんだか」
数刻前、川で話をしているうちに、気づくと姿を消してしまった竜吉公主を探して、太公望は川辺を下流へと下っていった。そこで、怪物の群れに出くわしてしまったのだ。
「こんな調子じゃあ、あの人の願いを叶えるのも、思ったより難儀なことかもしれないねぇ」
太公望は、自身をこの世界へといざなった紅い瞳の女人の言葉を思い出しひとり苦笑する。
「…っと、これじゃあきりがない、それ!」
長い竿のようなの鞭先が地面を叩くと、そこから大水が勢いよく溢れ出し、太公望を囲むマッドオークたちをまとめて押し流していく。しかし、どれだけの群れにあたってしまったのか、木立の奥からさらに怪物が飛び出してくる。
ここ最近、こうした悪鬼に出会う頻度が増えているように思える。今この世界は、思ったより悪い方に傾いているのかもしれない。竜吉公主にしても、この程度の悪鬼どもにやられることはそうそう無いだろうが、いつまでも一人にしておくというのも考え物だ。さっさと片付けて、迎えに行かなくては――
そう思い、再び宝貝を振りかぶったその時、群れの奥から、素っ頓狂な声があがった。
「ひゃああ…! 何よあなたたち、私を誰と心得ますか! うぅ…お腹がすいてなければあなたたちなんて…あなたたちなんて…誰か…助けてーーーー!!」
助けを求める女人の声。すぐさまそちらへと向かい、再び大水をおこして群がる怪物を一掃する。水が掃けた後を見ると、そこには白い衣を纏った、なんとも神々しい女人が、きゅうと目を回し倒れていた。
* * * *
「…んぐんぐ… ふう、助けてくれてありがとう。か弱き美女を捨て置けぬ、あなたの正義を称えます。そしてこのお魚も…もう一尾ほど頂けたりすると、もっと称えてあげられるのだけれど」
目を覚ました白い衣の女人が、焚き火の前で、太公望が釣った魚を両手に数尾持って食べている。
「あいにく魚はそれきりなんだが… 何にせよ、怪我がなくて良かったよ。それはそうとお嬢さん、こんな所でいったい何をしてたんだい?」
「お嬢さんではありません。私は正義の天秤の女神アストレイア… (グゥ…) はぐっ、はなはのせーひをほいにひはのほ(あなたの正義を問いに来たのよ)」
アストレイアと名乗った女神は、魚をほおばりながら言った。
「――ふむ、あんたは、あのドゥクスという人の知り合いなのかい?」
「あぁ… そうね、知ってはいるわ。でも、今回の話はそれとは関係ないの…全くなくもないけれど… でも、ドゥクスを知っているなら、話は早いわね」
全ての魚を食べ終わった女神は、居住まいを正し話し始めた――世界の命運にかかわる話を。
――この滅びへと向かう世界の裏で、ある企みが進んでいること――その企みを止めるには、13人の、闇を打ち払う『剣』となる者たちの力が必要であること――女神は、その者たちを集めており、太公望にこそ、その資質があるということ――。
「――なるほどねぇ… そりゃあ難儀だ」
「そうなのよ! ほんとに、世界のあちこち飛び回って、なんだか一筋縄じゃいかないやつらばっかりでね… 本当に、みんな正義をなんだと思ってるのかしら?」
「そうかいそうかい、あんたも大変だねぇ」
「まぁね。それでも着実に『13の剣』は集まってるわ。さぁ、それでは行きましょう!」
「うん、あたしはお断りさせていただくよ」
太公望はにっこり笑ってそう言った。女神は耳を疑った。
「…へ? ちょっと待って… あなた、太公望さんよね? 本人よね? あの仙界大戦の大功労者の…」
「功労者かどうかはしらないが、いかにもあたしは太公望だね」
「じゃあ、なんで…」
太公望は立ち上がり、広げた荷物を仙力でひょいと小さな巾着にまとめると、すました顔で焚き火の始末を始める。
「あたしはあのドゥクスって人に声をかけられてこの世界にきたが、それだけじゃあないんだ。あたしには、ここで他にもやらなきゃならないことがあってね」
「やらなきゃならないこと?」
「うん――あたしはきっと、ある人を泣かせてしまったんだよ。それでね、あふれた水が、盆にかえらないか、もう一度ためしてみたいのさ」
長い黒髪がさらりと顔にかかる。その表情はうかがい知れない――。
「……あるお人って、誰なの?」
「う~んそれを正義の女神さまには言えないねぇ… 言うなれば、世界を滅ぼそうとした悪~いお人だ」
「………ならますます」
「ごめんよ、お嬢さん。そもそもね、あたしは別に正義の仙人とか、そういうのじゃあないんだ。その悪い人と同じでね、結局あたしも自分の好きなことしかしない。ただ、それがちょいとばかり、良いことの方に傾いているだけなんだよ」
アストレイアは立ち上がり、太公望に厳しい視線を送る。
「本心から言ってるの? ――きっと、後悔するわよ」
「あぁ… そうだね。確かにあたしは後悔しているよ」
女神の言葉に、太公望はそう答えた。しかしその言葉と共にある笑顔は、とてもさみしげで、悲しみに満ちているようにも見えた。
「けど、だからこそ、あたしはあんたんの企てには乗れないんだ。さて、そろそろあたしの封神を進めないといけない」
「そんな…」
「ごめんよ、向こうさんもきっと力をつけているから、ちょいと仲間をあつめなきゃいけないんだ。竜吉さんも探さなきゃいけないし。ナタの坊やとの待ち合わせ場所にもいかなきゃあいけない――そうそう、もちろん、ドゥクスさんのお願いはしっかり果たさせていただきますよ。あんたのお話は――そうだね、こっちが全部終わって、それでも間に合うようなら聞かせておくれ。それじゃ、頑張ってくださいな」
そう言うと、太公望は、胸元からとり出した笹の葉を、ポンと打神鞭でひと叩きした。すると笹の葉が人が乗れるほどの小船へと変わる。小船は、すすぅっと宙へと浮かび上がり、後ろ手を振る太公望を乗せて消え去った。
身長
知ってどうするんだい
体重
好きに決めていいよ
酒飲み友達
竜吉公主
昼寝友達
太上老君
釣り友達
楊戩
義兄弟
哪吒太子・武吉
Tomatika -- (記録屋) 2016-09-23 20:40:38
最終更新:2016年09月23日 20:40