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Ver3.5 |
Ver3.5 |
現在の人の姿の身長 |
1.61[meter] |
現在の人の姿の体重 |
48[kg] |
現在の生息地 |
赤眼の戦士の居る場所 |
好き |
静かな夜の水辺 |
新たな友 |
モハーナ |
迷い |
断ち切った |
イラストレーター |
lack |
フレーバーテキスト |
――from “ver 3.5 モハーナ”
「――今のあなたは、本当にあのお方の戦士たりえているかしら? あなたの心の水面には、何が映っていて?」
水精は、水の上を優雅に舞いながら尋ねる。
蛇はその問いに言い淀み、苦しげな顔で下を向いた。水精はさらに続ける。
「仕える主人を裏切ろうとする戦士を、わたしは見過ごすことはできません。そのような戦士の魂はすべて、わたしの主人、インドラ様のもとへお運びしなければならないわ。それがわたしの役目――」
あの夜、水精は、湖の水面の上を優雅に舞いながら蛇に語った。
「――ならばいいでしょう、もう少し、わたしはあなたの行く末を見守ってみることにします。でもね、ただ見守るだけでは済まさないわ。わたしはあなたに力を与えましょう。その力を持って、あなたは運命の戦いで勝利を勝ち取るのよ――」
「……?? それは……どういう……」
「それではこれを受け取りなさい!」
その言葉と共に体が眩い光に包まれ、蛇は思わず目をつぶる――そして、体に不思議な力の漲りを感じつつ目を開けたとき、水精の姿は既に消えていた。
* * * *
「今だアナンタ! もぐりこめ!」
「……わかった」
蛇は短く答えると、矢のような速さで前方へ踏み込んだ。そして無防備になっている敵の懐に滑り込み、そのまま両の手に構えた短剣を振るう。
青白い光が走るとともに斬響が奏でられ、敵の巨体がどうと地に倒れた。その衝撃に砂塵が舞う中、蛇は舞踏のように美しい動きで短剣を下ろす。
辺りに静寂が戻ると、赤眼の戦士は剣を納め蛇のもとへと歩み寄った。
「悪くないね、いい動きだアナンタ」
「いいや、お前の的確な指示があってこそだ。私一人ではどうすることもできなかったよ」
そう答え、清廉な微笑みを浮かべる蛇。
赤眼の戦士は少し驚いたような表情で、まじまじと蛇を見つめた。
「君は……変わったな」
「ああ、言っただろう? ある者から力を授かって――」
「いや、そうじゃない。以前の君はいつも何かに悩んでいるような顔をしていた。だが、今はとても柔らかで、色々な表情を浮かべるようになった」
「……そう、なのか?」
「自覚はないのかい?」
「そうだな――そんな私は……その、お前から見て変だろうか…?」
何かを怖がるようにおずおずと尋ねる蛇に、赤眼の戦士は背を向けて言った。
「フン、言ったろう?――悪くないよ」
「……!」
赤眼の戦士の言葉に妙なざわめきを感じ、蛇は戸惑いを覚えながらもか細い声で「……そうか」とつぶやいた。
その夜、蛇はどうにも落ち着かず、眠る仲間たちの元を抜け出した。
行くあてもなく辺りを歩きまわり、辿り着いたのは小さな泉――。
その水面には、あの水精に出会ったときのように満天に輝く星空が映っていた。
「――――」
蛇が胸元をぎゅっと押さえ、小さな声である名前をつぶやく。
同時に湧いた不可解な胸の苦しみに耐えかねてゆっくりと深呼吸をしたその時、ふいに泉の表面が揺れ――妙に演劇じみてヒステリックな声があたりに響いた。
≪どうして……おかしいわ! 言いようの無いもやもやとした、そんな心を陰らせる波紋を感じる……! このわたしが力を与えたというのに――『主人の夢』という儚い世界を愛してしまった、そんな悲しきあなたに戦う希望を与えるために!≫
次いで水面がさざめき、光が一点に集まったかと思うと眩い白光と共に弾ける。
見ると、その中心にはあの水精が佇んでいた――仁王立ちで。
「ヴィシュヌ様の随獣アナンタよ――いったいどういうことかしら!!?? あなたは今、わたしのおかげでそれはもう絶好調に戦えているはずよ?? それなのにその心のもやもやはいったい……!?」
水精はそうまくしたてながら、キッと蛇の方を睨んでぱしゃぱしゃと近寄ってくる――が、唖然とする蛇の顔を見たとたん、不思議そうに頭を傾げた。
「……あら、思ったより良い顔をしているわね。なんというか……以前よりずっと落ち着いてるし、何やら豊かなものを感じるわ……」
水精は顎に手を当て、「おかしいわね……確かにあなたに心の陰りを感じたのだけれど……」と呟きながら、まじまじと蛇の顔を覗き込む。対する蛇は突然の水霊の来訪に呆けていたものの、ハッと我に返ると、その手を勢い良く握った。
「あなたはあの時の……! あの時は何が起こったのか良くわからずろくに礼も言えなくて……その、本当に何と言えば良いか……」
「あ、あぁそうね、お礼なんていいけど……何かしら、あなたってそんな元気な感じだった……?」
興奮した様子の蛇を見て、水精はさらに首を傾けた。
いつしか力を授けた時、蛇はこんなにも表情豊かに話したりはしなかった。心に小さな細波を抱えてはいたものの、悠久の時を生きる者らしく、とても静かな冷たさを纏っていたというのに……一体何が――。
「……でもとりあえず、わたしが贈った力はいい方向に働いているみたいね。その後、あなたにどのような変化があったのか聞かせてくださる?」
水精が問うと、蛇は静かに頷いた。
「……あなたに力を授けられて以来、私は赤眼の戦士のより近くで戦い、それまで以上に彼の背中を守ることができるようになった。彼や仲間の役に立つ喜び、共に勝利を分かち合う喜び――そういったものをより強く感じるようになってゆき……私は無限の輪廻の中で味わったことのない、自分が今ここに存在することができる幸福を知った――」
蛇の頭に主人の姿が浮かぶ――。
悠久の眠りにつく主人の夢でもあるこの世界――その世界でどんなに仲間と強い絆を結ぼうとも、主人への忠誠は変わりはしない。そして夢はいつか醒めるものであり、やはり、その目覚めは蛇の意志ごときに否定されるものではないのだ。この世界も、仲間たちも、いずれは主人の目覚めとともに消えて滅ぶのみ……そう、だからこそ――。
「――そして、思うようになった。悠久の時を生きる私に、初めてそのような幸福を与えてくれた仲間たち――私は、彼らと運命を共にしたい……ヴィシュヌ様が目覚めるその時まで、私はこの世界で戦い続けたい……そして、滅ぶときもまた、一緒だと――これが悠久の果てに得た、今の私の答えだ」
蛇は迷いのない瞳でそう言った。
「それが、力を得たあなたの決断なのですね?」
蛇が穏やかな表情で再び頷くと、水精は微笑んだ。
それは、ヴィシュヌの随獣としてではなく、仲間への敬意と愛情を持った一人の戦士としての決断だった。自身の内に芽生えた「心」に惑い続けた蛇――しかしもう、彼女が迷うことはないのだろう。
「わかりました、悠久の蛇アナンタよ。あなたは決してヴィシュヌ様を裏切ったのではない……ヴィシュヌ様が目覚めるその時まであの者たちと共にこの世界を守る、そう決めたのですね――たとえその結末が滅びへと繋がろうとも……。あなたは力を得ることで自らと向き合い、本当の戦士として魂に最も正直な決断をした。ならば、わたしは立ち去りましょう。あなたの魂が乳海へと還る、その時まで……」
偉大な戦士をまたひとり導くことができた……水精は満足げに立ち去ろうとした――が、ピタリと足を止めた。
「……いえ、でもちょっと待って? おかしいわ……やっぱり感じるのよ、あなたの心にもやもやとした陰りを……」
「……陰り?」
「そういえばあなた、さっき物憂げな顔で泉を見つめていたじゃない? あの時いったい何を考えていたの?」
「……ああ、いや……近頃、赤眼の戦士のことを考えると、どうしてか胸が苦しくてな……」
「……ム……ネ??」
「うん……決して嫌な感覚ではないのだが、妙な動悸がして顔が火照ってしまうのだ……酷いときには彼が視界に入るだけでそうなってしまう……これが、なんだかだんだんと悪化してきている気がして……」
「……そ……それってあなた……」
「あぁ……折角あなたが力を授けてくれたというのに、こんなことではダメだと思っている。戦士として早くこの病を治し、主人の世界を――そして彼の想い人を、一刻も早く救わなければならないのだ」
「……お……おお、想い……人ぉ!?」
水精はワナワナと震えながら後ずさり、顔を覆った。
「……む……無自覚系片思い――ですってぇ!? 『心のない悠久の時を生きる竜の乙女に、人の心が芽生え始めて惑う』という立派な設定がありながら、ここにきて更にキャラを濃くしようというの!!?? しかも相手には想い人……このままじゃ悲恋になる可能性が極めて高い……! いけない……いけないわ! 折角わたしの素晴らしいアシストで迷いを断ち切りハッピーエンドへと向かおうとしていたというのに……これじゃわたしの活躍がふいに……!!」
「……?? あの……すまない、何を言っているのかよくわからないのだが……」
顔を覆ったまましゃがみ込み、ぶつぶつと何事かをつぶやく水精を、蛇が恐る恐る覗き込む。
水精はしばらくそうしていたが、突然顔を上げ、拳を握り立ちあがった
「フフフ、いいでしょう……わたしは負けないわ……その恋の結末がどうあれ、新たに迷うあなたを導いてあげましょう。なぜならば、わたしはこの舞台における『善良なガイドキャラクター』――いいえ、ここからは『主人公の恋を応援するいいとこ取りの親友キャラクター』に昇格よ! 見ていなさい、四六時中イベントを起こしてお世話を焼きまくってみせるわ!」
「いや……だから私はただの病で特にもう迷ってはいないのだが……でも、そんなことを言われたのは初めてだ。あなたがそう言ってくれるなら――」
何やら決意を新たにする水精の横で戸惑う蛇は、
「――友になろう」
そう言って、まるで人の子のように笑った。 |
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