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Ver3.5 |
Ver3.5 |
身長 |
1.22[meter] |
体重 |
23.6[kg] |
赤色 |
格別よの |
黄色 |
まぁ……悪くはないの |
白色 |
う、受け入れてやらなくもない |
気になるもの |
新たな“ゲーム” |
イラストレーター |
Tomatika |
フレーバーテキスト |
episode:【遊】レッドクィーン (from “Ver.KK ~久遠の眠り姫~”)
『ロスト・クィーン』
静かな――。
ひとこと、そう言い現す他に形容のしようが無い薄明るい空間。
白い壁、白い床、白い天井、中央に置かれた木製のテーブルと二脚のアンティークチェア――それ以外、人が生活に必要なものなどは一切見当たらない。
それどころか、その部屋にどうやって入ることができたのか、“扉”すら存在しなかった。 “入ることができた”?――そう、そこには、二人の少女が椅子に腰かけ、テーブルを挟み向かい合っていた。
一人は黒い髪に黒い服。もう一人は対照的に白い髪に白い服。しかしその顔は瓜二つで、二人とも同じく、透けるように肌が白かった。
とは言え、その表情から受ける印象は随分と違う。
“黒い少女”は、この世の全てを拒絶するように顔を下に向け、しかし、怯えたようなその目だけはテーブルの上にじっと向けられていた。一方“白い少女”はこの世の全てを嘲笑うようにふんぞり返り、口角を吊り上げ、目を細めて同じくテーブルへと視線を落としていた。
では、二人の視線の先にあるものは?
それは64マスの市松模様が描かれた板と、32個の黒と白の駒たち――“チェス・ボード”。 不規則に並んだ駒の配置を見るだに、ゲームは既に始まっているらしい。 白い少女が爪で椅子のひじ掛けをトントンと叩きながら口を開いた。 「ふ~ん、黒いお馬さんは楽しく跳ねて<d7>――ね。これでグルーエンフィールド・ディフェンス。ちょっと遅くなったけれど、やっとオープニングが整ったというわけかしら」 「…………」 「良かったわ。あのまま序盤から崩れて、ゲームにすらならなくなってしまったらどうしようかと思っていたの。それじゃ、わたしもこの流れに乗せて頂くとするわね。王様が少し寂しそうにしているから――はい」 白い少女が白い「ルーク」をつまみ、つつぅと盤面を滑らせて自身の「キング」の左横――<d1>につける。 黒い少女は黙ったまま30秒ほど盤面を凝視した後に、僅かに手を震わせながら黒い「ナイト」を<b6>へと動かした。
「ふん」
白い少女は鼻を鳴らして「クィーン」を<c5>に――黒い少女は怯えた目で「ビショップ」を<g4>へ――。
果たして、局面はどちらに有利に動いているのだろうか。 片目をつむって盤面を眺めていた白い少女は、笑みを浮かべて「ビショップ」を手に取ると、顔を伏せる黒い少女の様子をじぃっと窺いながら、その反応を試すようにゆっくりと<g5>へと滑らせた。 黒い少女は変わらず下を向いている。しかし、その目は大きく見開かれ、縦に大きく釣り上がった眉根は、確かな困惑を示していた。そしてしばらく後、すぅと小さく息を吸うと「ナイト」をつかみ、静かに<a4>へと動かした。
「あら」 その「ナイト」は、白い少女の「クィーン」を刈り取れる位置にあった。
「クィーン」とは、チェスにおける要であり最強の駒である。当然それをこのまま取らせるわけにはいかない。
だが同時に、<a4>に置かれた黒の「ナイト」は、<c3>に置かれていた白の「ナイト」の射程にもぴたりと収まっていた。そして今、黒の「ナイト」を守る駒は――ない。
「クィーン」を守ることができ、相手の戦力も削げる。ここは迷わず「ナイト」を取ればいいだろう。なんといっても、それは“タダ”なのだ。しかし、白い少女は顎に手をやり、もう一度盤面全体をよく見渡し、そして気付いた。
<a4>の「ナイト」を取るために白の「ナイト」を動かすこと――それは<c3>から逆サイドへ利かせていた「ナイト」の“睨み”を解くことであり、盤面右半分の均衡を崩し、大きく黒を優勢へと傾ける道筋に繋がっていたのだ。つまり、黒い少女の狙いは、「クィーン」への攻撃で盤面左に注意を引き、一見“タダ”見える「ナイト」を餌に罠を張る――
「……いい、手ね」 しばし考えた後、白い少女は結局<a4>の「ナイト」を取ることなく「クィーン」を<a3>へと逃し、均衡の維持を選んだ。
そして上体を前のめりに起こして両肘をテーブルにつき、組んだ両手に顎を乗せ、黒い少女に微笑みかける。 「どうやらちゃんと勝つ気があるようで安心したわ。この“最奥の部屋”には、もう誰も助けに来られない。そして、ここから出ることができるのは“一人だけ”――勝つしか、ないのだものね」 その言葉が耳に入っているのか、やはり黒い少女は下を向いたまま――ただ、黙って伸ばしたその手は、掛けられた言葉への返事とばかりに<a4>の「ナイト」をつかんで<c3>の白いナイトを奪い、白の陣地へと切り込ませる。
白い少女はすぐさま「ビショップ」を敵陣<e7>へと切り込ませ、先程のお返しとばかりに黒の「クィーン」に攻勢をかけた。逃げるしかない黒の「クィーン」は自陣を離れ、おずおずと前に出て<b6>へと腰を下ろす。 「出てきた出てきた。うふふ。いいじゃない、王様よりも女王どうしの果たし合いが勝利を決める――まさにわたしたちにぴったりの展開だわ」 むき身で前線に顔を出した黒の「クィーン」を見逃すはずはなかった。 敵陣深くに攻め入っていた先程の「ビショップ」は、踵を返して黒の「クィーン」の斜め下<c5>につけ、再び女王の喉元に断頭台の刃を突きつけた。
「さ、どこに逃げても結構よ」 白い少女は楽し気な笑みを浮かべて手を広げる。
黒い少女は相変わらず下を向いたまま張り付くように盤を見つめ、何かに堪えるように肩を震わせていた。 そして、ゆっくりと震える手を伸ばし―― 「……え?」 その指は、左盤面で死に瀕している「クィーン」ではなく、右盤面――<g4>にいた「ビショップ」を掴んでいた。
白い少女は眉根を寄せ、うつむいたままでいる目の前の少女の顔を覗き込む。 黒い少女は構うことなく、そのまま「ビショップ」を中央<e6>へと動かして手を放した。
その後、すっかり顔が見えない程に下を向いてしまったその表情は、もはや窺い知れない。
「ふぅ………」 白い少女は目を閉じて大きくため息をつくと、ためらうことなく「ビショップ」で黒の「クィーン」を取った。
「正直、がっかりだわ。あなたが、自分から“死”を選ぶだなんて。“この部屋にいる”ということは、まだ生きたいと思っていると信じていたのに――“自分のこと”だけに、本当にがっかり」 黒い少女を見つめる白い少女の目――そこには落胆と共に、怒りとも悲しみともとれる色が濃く浮かんでいた。 しかし黒い少女は、その視線も言葉も受け止めて返すことなく、再び盤面に手を伸ばす。
白い少女は顔を歪ませ、
「もういいわ。負けを認めてキングを倒しなさいな(※)」 そう告げるも、やはり反応はない。 そしてその手は――<e6>の「ビショップ」を掴み、
「もういいと言ったわ!! いい加減に――」
<c4>にいた白の「ビショップ」を取った。
そのビショップは、<f1>に鎮座する白の「キング」を守っていたはずの駒だった。つまり、それが意味するところは―― 「………そんなっ!?」
「……“チェック”……」 黒い少女は、か細い声で、確かにそう言った。
思わず白い少女が腰を上げる。
「うそ……『クィーン』を、犠牲にしたっていうの!?」 黒のビショップは、間違いなくその長く伸びた矛先を、敵の「キング」へと突きつけていた。そして、その逃げ道には、序盤で取り逃がした<c3>の「ナイト」と、後方で待機していた<e8>の「ルーク」がしっかりとにらみを利かせていた。更には、「キング」の強固な盾であったはずの味方の駒たちが逃げ道を阻む壁となり、もはや孤高の白王が進める道は<g1>と<f1>のふたつのみ、この間を行ったり来たりする他ない状況に追い込まれていた。
「そう……後はもう、ウィンドミルのようにくるくる回るしかないというわけね……」 まだ結末は迎えていない。しかし、それは容易に想像することができた。 白い少女はどかりと椅子に腰を下ろすと、降参とばかりに両手を上げた。 「ごめんなさい、侮っていたのは私の方だったみたい――見事な『クィーン・サクリファイス』だわ」 黒の少女はやはり下を向いたままで、王手をかけた「ビショップ」を掴んだ手も、そのまま微動だにしない。 「……勝つためには、どんな手をつかうことも厭わない。“女王”を犠牲にしても――自分の身を削ってまっ赤な血にまみれても、“ゲームの支配者”であることを選ぶ。そうして、決して自らに敗北を許さない。それがあなたであり、あなたという“存在”――」 白い少女の言葉が紡がれるに従い、なんと、駒を掴む黒い少女の手が獣のそれへと変わっていく。
真っ黒な髪に赤が混じり、その黒い服に、血が内から滲み出すように“赤”が広がっていく――。
「そうよね?――<赤の女王>、レッドクィーン」
黒い少女は、いつの間にか赤いドレスを纏い、真っ赤な王冠を被った少女へと姿を変えていた。少女は駒を掴む獣の手をゆっくりと引き、手にした王笏のバットを持ち直すと、顔を上げ、赤い瞳を真っ直ぐ白い少女へと向けた。 「よく、妾を見つけたな――“ただ勝たせる”のではない、追い詰め、必死の抵抗をさせた上での勝利を味わわせる。深層に潜った妾を“あぶりだす”には、確かにそれしか手はあるまいよ」 「そうね。“勝利の欲求”を最高に引き出させるこれ以外の方法じゃ、あなたと言う存在を世界に浮き上がらせることなんてできないもの」 「本気で身を隠していたとはいえ、実力は本物だったのだがな。それを容易にやってみせた――さすがは“貴様”というわけか――」 レッドクィーンの言葉を聞く白い少女もまた、いつの間にか姿を変え、ふわりとした白いドレスを纏い、赤い冠を頭に載せて、フラミンゴの描かれたクリケットバッドを行儀よく膝上に乗せていた。
「であろう?――<悪夢の女王>、ダークアリスよ」
ダークアリスはニコリと笑みを浮かべ首を傾ける。しかし、それを受けるレッドクィーンの表情に、いつもの不遜な笑みはない。 「……“あれ”から、どれくらいたった」 「どうかしら……ここには時間の概念なんてないし。ただ、まだ“あちら”の決着はついていないわよ。アリスは最後の戦いに向かったわ。そしてわたしは“こっち”」 「………」 「とにかく、チェスはわたしの負けのようね。おめでとうレッドクィーン。『~久遠の眠り姫~』を永遠の眠りから目覚めさせ、世界を救うために“あの子の夢”になった素敵なあなたは、これで解放されるわ」 「……貴様はどうなる?」 レッドクィーンが目を細める。 「当然、眠り姫の“夢”を無くしてしまうわけにはいかないから、ここに残って代わりに“あの子の夢”になるしかないわね。選手交代というわけ。少し待たせてしまったけれどいいわよね?」 笑みを浮かべたまま、あっけらかんとそう言った。
「……どういうつもりだ。それでは貴様が永遠にこの夢に閉じ込められることになるではないか」 「そうよ。そう言ったつもりだけど」 「ぬぅ……」 レッドクィーンはギリリと歯噛みをし、“黒い少女”のように下を向いた。
その空気は、扉の無い白い部屋に再び重い静寂を呼び寄せる。そして―― 「――妾はここにいる」 そう言った。 白い少女はにわかに気色ばみ、 「ちょっと! あなたが我儘なのは今に始まったことではないけれど、広くて深いこの夢の中を方々探し回ってやっと見つけてあげたのよ? 夢の奥の奥、こ~んな深層に隠れているんですもの! しかも、姿も記憶も失くした状態で! この部屋に入るのにだって、結構な“代償”を払ったんだから!」 「………」 「妾は、目覚めとうない」
「話が違うわね。あなた、この子の夢になるって宣言したとき、『この娘の夢を取り戻す方法を考えよ』って言ってなかったかしら?」
「うるさい……うるさい、うるさい!! そもそもまだ『チェックメイト』も、『リザイン』も宣言されてはおらぬではないか! まだ勝負は終わっておらぬのだ!! 続行だ! 全て終わるまで何があるかわからぬのがゲームよ! 勝利は……ええい、とにかく勝負だ! 終わったら早々に立ち去るがよい」
立ち上がり、王笏を振り回して喚き立てるレッドクィーンの声が、白い部屋に虚しい残響を残す。
釣られて腰を浮かしかけていたダークアリスだったが、その響きを耳にして幾分冷静になったか、「ふぅ」と気を落ち着かせるように息をついた。そして、
「そう言うと思っていたわ。だって――」 寂し気に、こう言った。 「あなたは世界を救うために身を犠牲にしたのではなくて、本当はここに“逃げ込んだ”のですものね」 レッドクィーンの王笏を持つ手に、軋む指の音がこぼれそうな程に力がこめられる。 「貴様に……何がわかる」 「わかるわ。あなた、まともな方法じゃ自分がこの夢から出る術がないことをわかっていて、この選択をしたのしょう?」 「…………」 「さっきの黒い女の子――世界の全てから目を背けて、それでも“勝利”から逃れることが出来ずに苦しんでいる女の子――それが今のあなたの本当の姿、違う?」 「……くっ……」 「わたしはもう一人の“アリス”。あの子の“世界を憎む心”が『悪夢』として形を成した存在だった――あなたは、そんなわたしから生まれてしまったもう一人のわたし。アリスがわたしを認め、わたしもアリスを受け入れた時に、残してきてしまったもう一人のわたしなんだもの……わからないはずがないじゃない」 ダークアリスはバットを静かにテーブルに置き、そこに居ない誰かを思い浮かべるように、悲し気な目で宙を見た。 「アリス――あの子はとっても不思議な子。気づくといつもみんなの中心にいて、誰でも虜にしてしまう。あのへそ曲がりなチェシャ猫も、恐ろしいジャバウォックやバンダースナッチでさえも、一緒に旅をしたみんなは、どんどんあの子を好きになっていくわ。そして、わたしもそうなった。世界を恐れて、憎むしかなかったわたしを、あの子は優しく抱きしめてくれたわ。わたしはそれを受け入れてしまったの。だから、あの子と一緒にいたくて、わたしの一部を捨ててしまったのよ。それがあなた。わたしはね、あなたの存在を認めたくなかったわ。だって、あなたはわたしの大嫌いなわたしなんですもの――<夢の管理人>として光り輝くあの子を、羨ましいと思ったわたし……あの子を邪魔と憎んだわたし……決してあの子に負けるわけにはいかないと、悪夢に誓ったわたし……黒くて、まっ赤に染まった、わたし……。けれどね、レッドクィーン。結局、あなたもわたしと同じだった――」 レッドクィーンは返事をせず、
「――あなたも、あの子を好きになってしまったのでしょう?」 ただただ、ダークアリスの言葉に耐えるように王笏を強く握り続ける。 「でも、あの子への憎しみから生まれたあなたにとって、あの子を好きになることは“負ける”ということ。ゲームをして、勝利する――それがあなたという“存在”なのに、みんなで仲良しこよしなんてできるわけがないものね。だからあなたは、さっきの『クィーン・サクリファイス』のように、自分を犠牲にして、眠り姫の夢に身を隠すことで、“負けないという勝利”を選んだのだわ」 ――ガンッッッ!! 「そうだ……」 レッドクィーンは握りしめた力を爆発させるように、思い切りテーブルに王笏を叩きつけた。 「それがどうした……悪いか! ゲームはな、一人ではつまらんのだ! 対戦相手が、共に語る者がいてこそ楽しいのだ! それを教えたのはお前らだ! このもやもやも、苦しみも、全部お前らのせいだ! もっとお前らと勝負がしたい! もっとお前らと遊びたい! もっとお前らと笑い合いたい! 妾とお前らで何が違う!? だが“無理”だ。わかっておるわ……生まれたときよりどこまでも、妾という“存在”はお前らの“敵”なのだ!! なのに――」 そして癇癪を起した子供のように王笏を壁に叩きつけ、
「お前らのせいだぞ!! お前らのせいで、妾は――お前らを好きになってしまったのではないか!!」 下を向き、肩を震わせて両の拳を握った。 「……それでも、妾は<赤の女王>だ。何者も受け入れぬ、唯一絶対の勝者――“たった一人の女王”なのだ」 レッドクィーンはよろりと力が抜けたように椅子に腰を落とした。 「ならば、これ以上好きにならず、嫌われもしないために、三人でことを成し遂げたあの一番楽しかったときに消えてしまおうと、そう思ったのに……なぜ……」 そのまま椅子の上で膝を抱えこみ、小さくなって顔を膝に埋める。 「……だって、それしかないではないか……」 その声は、常に気丈な彼女の口からこぼれたとは思えない程、か細く、弱く、震えていた。 ダークアリスはレッドクィーンに近づくと、その頭にそっと手を乗せた。 「……いいえ、方法なら他にもあるわ」 「……手をどけよ……憐れむな、忌々しい……」 「本当にある――“見つけた”のよ。確かに、勝利を欲する<赤の女王>である限り“敵”は必要なのでしょうね。だからわたしたちは――あなたの“敵”をやめることにしたの」 レッドクィーンはほんの少しだけ顔を上げ、乱れ、顔に掛かった髪と膝の隙間からダークアリスを見上げた。 「……どういう意味だ。お前たちがどう思っていようとも、お前たちが<夢の管理人>で、<悪夢の女王>である限り、<赤の女王>である妾は決して挑むことをやめぬであろう」 「だから、それを“やめる”のよ」 「それは……まさか……」 「ええ、わたしたちは、<夢の管理人>と<悪夢の女王>を“降りる”ことにするわ」 「なんだと……!?」 レッドクィーンは思わずガバリと身を跳ね上げた。同時に目の端に浮かんだ光や、鼻から少し垂れ落ちようとしている雫を見られていることに気付き、慌てて空中から赤いアルマジロを引っ張り出すと、じたばたと暴れるその腹で顔の汚れをふき取って投げ捨てる。 「なんだその馬鹿馬鹿しい択は!? ゲームにすらなっておらぬではないか!」 「馬鹿とは失礼ね。これはあなたが取った択と同じ、ちゃあんと“負けない”選択なのよ」 ダークアリスは腕を組んで頬を膨らませ、ぷいと顔を横にむける。しかし、レッドクィーンは収まらない。 「どこがだ! それでは“眠り姫”の夢を繋ぎ止めるどころの話ではないぞ! <夢の管理人>が居なくなれば、『夢の世界』が崩壊してしまうだろうに!!」 「だからわかっているわよ。これはその二つを同時に解決できる話なの。世界の為に何百年も眠り続けることになったあの子を、また永遠の眠りにつかせるわけにはいかないもの。つまりね、管理人がいなくなり、誰も居なくなった『今の夢の世界』そのものを“あの子の夢”にしてしまうの。そしてその代わりに『新しい夢の世界』をつくるのよ」 「なっ……新しい『夢の世界』”だと!? そんなことができるわけ……!! ……いや、それならばたしかに……むむぅ……」 レッドクィーンは腕を組み、考えこんでしまう。 「当然問題は山積みよ。『今の夢の世界』にいる住人たちは、強い力をもった子たちから順に“放り出されて”しまうでしょうし、新しい<夢の管理人>も探さなきゃならない。アリスの無事の帰還はもちろん必須。誰も居なくなった『夢の世界』も穴ぼこだらけだから、“あの子の夢”に見合うようにちゃあんとキレイにしなきゃならないわ」 「だがそのような大業、<役職>がなければまともな力など振るえぬぞ」 「そうね。だからわたしが<悪夢の女王>を降りるのはもう少し先の話。当然あなたの力も借りるわ」 「アリスはどうする?」 眉根を寄せるレッドクィーンの顔を見て、ダークアリスは悪戯っ子そうな笑みを浮かべた。 「あの子は――<帽子屋>になるって言っていたわ」 「んん?? それでは、今度はあの<帽子屋>が……」 「あの人は『謎』になるの。この“ゲーム”に参加するみ~んなが目指す謎にね。『謎』が何かはもちろん謎よ。あなたならわかるでしょう? 『謎』の説明をしてしまったら、『謎』が『謎』じゃなくなって面白くないものね。そして、あの人がこのゲームの“最後の鍵”を握ることになるわ」 「……しかし、あの“変わり者”にそんな大役が務まるのか?」 「ふふ、もともと謎めかしい人だったけど、実はね、このアイデアはあの人が言い出したのよ。アリスとわたしだけではここまでのことは思いつかなかった。それであの人に相談したの。あの人の言っていることはいつも突飛で、誰にも理解できないけれど、誰にも思いつけないことを考えるなら、あの人ほどの適任者はいないわよね」 いつの間にか椅子から立ち上がり、すっかり話に引き込まれてしまったレッドクィーンは、腕組みをして思考を巡らせる。 「なるほど……勝算はある、というわけか」 「ええ、これはとても大きなゲームよ。ベットの対象は『夢の世界』。ゲームマスター兼ディーラーはわたしたち。プレイヤーは夢の世界の住人全員。ゴールは『大いなる謎』となる“あの人”。そして賞品は――『新しい夢の世界』」 「……まて、まだだ。初めに貴様は『ここに残る』と言った。あれはどういう意味だ」 「ええ、確かに言ったわね。ここに残るのは本当よ。でも“この部屋”じゃない。まずわたしたちは一緒にこの部屋を出て、『夢の世界』に残って“補修”をするの。ごめんなさいね、『永遠に』といったのは意地悪よ。だって、あなたのわがままには本当に苦労させられたんだから、少しくらい仕返しさせてくれてもいいでしょう? これでおあいこ。ここから、わたしとあなたはしばらく一緒よ」 「………」 「あなたならもうわかっていると思うけど、これはとびきり難しいゲームよ。だから是非、あなたの力も借りたいわ。『ゲームの支配者』であるあなたの力をね」 微笑みかけるダークアリスの視線を、レッドクィーンはもはやそらすことなくしっかりと受け止めていた。
「一つ聞かせよ――なぜ、ここまでする?」 その質問にダークアリスは目を見開き、次いで大きく大きくため息をついた。 「はぁ~~~~。ここまで話していて、まだ言わなきゃわからないの? 本当、あなたゲームこと以外はさっぱりね」 「ぬぅ、なんだその目は! も、もちろんわかっておるわ! だがもし違ったらいかんから、はっきり申せと言っておるのだ!」 ぶんぶんと手を振り言い訳をするレッドクィーンに、ダークアリスはもう一度小さく息を吐くと、 「――あなたは、わたしたちを“好きになった”と言ってくれたわよね。お返しするわ。わたしたちだってそう思ったのよ。だからこうすることにしたの。これはあの子の言葉で、そしてわたしの言葉――」 レッドクィーンの手をとって、にこりと微笑みかけた。
「もうあなたは、わたしたちの大好きな友だちだからよ――三人目の“アリス”」
レッドクィーンは、その言葉にひゅうっと息を飲んだかと思うと、握られた手を勢いよく振りほどき、くるりと背を向けて数歩離れる。ダークアリスは何事かと手を伸ばすが―― 「近寄るな! 妾は今、見せたくない顔をしておる!! あと、拭くものが無い! 貴様の赤いハリネズミを貸せ!!」 「いやよ。……もう、仕方のない“わたし”ね。待っててあげるから、早く準備を整えなさい。そろそろ行かなくちゃ」 しかし、その背は黙したままで返事をしない。
「……わかってるわよ。安心して。ここでのことは誰も見てないし、今のぐちゃぐちゃな顔は、私とあなたの秘密にしておいてあげる。それでいいでしょ?」 ダークアリスが三度目のため息と共にそう言うと、赤い背中は小さくコクリと頷いた。 しばらく後、空中からあれやこれやと取り出して身なりを整えたレッドクィーンは、トコトコと歩いて投げ捨てた錫杖を拾うと、ダークアリスの前に立ち、のけぞり倒れそうな程に胸を張った。 「――ふん、いいだろう! 力を貸してやる!! だが……」 そしてビシッとダークアリスに錫杖を向けた。 「……さっきのことは、本当に言うなよ」 ダークアリスはその先をついとつまんで横によける。 「わかってるわよ。しつこいわね」 「言ったら貴様をまっ白なショートケーキにして、ジャバウォックの白い歯に塗りたくってやるからな」 口から出る言葉とは裏腹に温かな笑みを浮かべた二人は、どちらからともなく歩きだし、再びチェスボードを挟んで対峙した。 「はいはい。それじゃ決着をつけて、行きましょうか――もうひとりの“わたし”」
「うむ、そうするとしよう――もうひとりの“妾”よ」 「わたしたちが本気で組んだからには、絶対負けるわけにはいかないわね」
「ふん、負けるものか。なぜならなら――」
「“妾は『ゲームの支配者』なのだ”――でしょ?」
「ふん、その通りだ。では、プレイヤー共に『悪夢』を見せてやろう」 そして二人は駒がばらばらと倒れているチェスボードに手を伸ばし、お互いに相手の「キング」を掴んだ。
「これで、どちらも勝者というわけね」 「ドローがあるのがチェスではあるが、“両方勝者”のドローとはな……ん? しかしこの部屋からは“一人”しか出られぬはずだが……何か考えがあるのか?」 「今さら!? そんなのあるに決まっているでしょ? 外にはこの部屋にわたしを入れてくれた、“怖い人”が待ってるからズルはできないの。ルールはしっかり守るわ。さぁ、行くわよ」 ダークアリスはそういうと、バットを構えて二回力強く床を打ち、天井に向かって声を上げた。
「お待たせ! 勝者が決まったわ!!」
すると、どこからともなく豪奢なファンファーレが鳴り響き、ゲームの終了を祝福するように天井からはらはらと大量の紙吹雪が舞い散った。
レッドクィーンは「ん?」と顔をしかめて、紙吹雪の一つをつまみ上げる。
「なんだこれは――良く見れば『トランプ』ではないか」
その言葉と同時に、床に落ちた大量の紙吹雪が一斉に立ち上がり、槍を構えた「トランプ兵」となった。トランプ兵たちはわらわらとレッドクィーンとダークアリスを取り囲むように集まっていき、ハートのエースが吹いたラッパの合図と共に一気に二人に飛び掛かった。 「んん? 何ごとだ!? え~い、なんだお前らは!! 離れよ! 妾をどうするつもりだ!! ダークアリス、こいつらを何とかせよ!」 暴れるレッドクィーンなどお構いなしに、際限なく現れては次々に飛び掛かっていくトランプ兵たち。二人は次第にトランプの山に埋もれていってしまうが、にもかかわらず、レッドクィーンとは対照的に至極落ち着いているダークアリスは、もがもがと口まで塞がれて喚きたてているレッドクィーンを見て困ったような笑みを浮かべた。 「もぉ、最後までバタバタと……安心なさい。部屋から出る条件は『勝者であること』と『一人であること』――わたしたちは、もともと“一人”でしょ?」 そうしているうちに、二人の姿はトランプ兵に埋め尽くされ、すっかり見えなくなってしまう。
そして、高く積みあがったトランプの山がぐらりと揺れ、ばさりと一気に崩れたかと思うと、そこにいたはずの二人の姿は煙のように消えていた。
* * * *
部屋の外には、見渡す限り白で埋め尽くされた、さらに大きな空間が広がっていた。
その中にただ一点、豪奢に咲く赤い薔薇に覆われたソファーが浮いている。
退屈そうにそこに寝そべっていた『ハートの女王』は、待ちくたびれたようにひとつ欠伸をすると、億劫そうに身を乗り出して、突然地面に現れた少女に目を向けた。 「やっとですか……“ズル”は、ないでしょうね? わたくしは“ズル”はゆるしませんよ?」 少女はハートの女王を見上げると、微笑みと共に丁寧にスカートの端をつまんでお辞儀を返す。 「ふむ、礼儀は心得ているようですね。最近は随分と忘れられているようですけど、何といってもあなたは『夢の世界』特A級の犯罪者なのですからね。<司法官>であるわたくしが警戒するのも当然というもの。なのでとりあえず“心臓”を取り上げて死刑にしてさしあげたわけですが――」 美しいグリーンの目を細めて、少女の様子をじっくりと見やる。
「――どうやら、“ズル”は無いようですね。もし、あなたたちが間違った選択をしたら、首を切り落としてさしあげようと思って楽しみにしていたのに、とても残念です。いいでしょう、『司法取引』は成立です。心臓を返してあげます――トランプたち」 ハートの女王が指を鳴らすと、どこからともなく集まったトランプ兵たちが綺麗な隊列を組み、次々と長い列を形作っていく。そして、ハートのエースのラッパが吹き鳴らされると同時に一斉に倒れたそれらは、白い空間に長い長い「道」を描いていた。 「それが帰り道です。改めて言っておきますが、アリスがお出かけしている今、<管理人代行>はこのわたくしですからね。わたくしはあの子のように甘くはないですよ? まずは“お代”として、とりあえず虫食いだらけになってる夢の世界を補修してもらおうかしら。それじゃ頼みましたよ――『赤い悪夢の女王』さん」 そう言うと、ハートの女王は眠たげに欠伸をして薔薇のソファーに深く寝そべり、そのままふわふわと飛んで行ってしまった。
その後ろ姿に、少女はもう一度お辞儀をすると、元気に腕を振ってトランプの道を歩き出す。
そしてふと立ち止まると、思い出したように空中から何かを取り出し、
「しばらくは窮屈だとおもうけれど、準備が整うまでは我慢してね」 そう言って、白く美しい髪が流れ落ちる頭に、ちょこんと真っ赤な王冠を載せた。
――fin
※チェスにおいて、「キングを倒す」ことは負けを宣言することになる。
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