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『ある後妻の手記』

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lupinduke

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『ある後妻の手記』
The Second Wife's Tale
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マージ・ダルおよびシンキングサンドで入手できるコレクションです。
全ページがマージ・ダルで入手可能なので、そちらでの入手をお勧めします。
(うち4ページほど、街中のオブジェクトクリックで入手する必要があるようです。)

 『ある後妻の手記』

 マージ・ダルは初代のスルタン、Ahkariが築いた街である。長きにわたり疲れを知らぬ働きぶりを見せたAhkariだが、彼の第2妃を主人公とするこの物語が、初代スルタンの人知れぬ苦悩に一筋の光を投げかけるかもしれない。
 暑い。あまりに暑すぎる。世界の端という端から熱の塊が転がり落ち、地平線は果てしない海と化していました。

Ahkariの手は震えていましたが、差し出されたゴブレットをつかみ取ることはできました。ゴブレットには水がなみなみ溢れています。彼はその水を飲もうと思いました。ところがです。口をつけた途端に水は灼熱の砂に変わってしまったのです。Ahkariはむせ返り、息を詰まらせてしまいました。
「このようなもの、余は飲まぬ!」
スルタンは絶叫しました。その唇は乾燥して割れてしまっています。
「余を誰と心得る? マージ・ダルの統治者なるぞ! 余をこのように取り扱うなど言語道断、もっての他じゃ!」

「親方様、どうか落ち着いて下さいませ」
後妻は彼に声をかけました。今夜は彼女がスルタンの世話をする晩だったのです。
「さては夢を見ておられるのですね。さあ、目を閉じて……お休みくださいませ」

彼女はワインで布を湿らせ、スルタンの割れた唇に優しくあてがってあげました。そして丹念に血を落としてあげました。
 この人はいったい幾つの夜をこのように過ごしてきたのだろう? 後妻は子守唄を歌いながら、Ahkariのこめかみをさすってあげました。彼の呼吸はやがて穏やかになっていきます。やがてAhkariは深い眠りに落ちました。

立ち上がった彼女は手を伸ばし、寝台のカーテンを引きました。それから窓際に進み、外の景色を眺めました。この柔らかな黄色の壁の向こうで。このビロードの夜のどこかで。民たちは貧しさにあえぎ、さまよい歩いているのです。彼女が贅を享受しているこの瞬間にも。

後妻の視線は、寝台を包むシルクのカーテンに移りました。その口元には力ない笑みが浮かんでいました。豪華な暮らしには、それなりの代償があったというわけです。
後妻の立場にあった彼女は、もはや正式な名前を使わなくなりました。ただ「後妻」と、皆にはこの呼び方を使わせるようになったのです。それは正妻の怒りを買わないようにするための知恵でした。

Ahkariの夜が難題の塊になってしまってからというもの、彼女は満足な眠りを得られなくなりました。それは正妻がAhkariと閨を共にすることを嫌い、面倒なことを彼女に押しつけたためでした。

カーテン越しにAhkariのか細い声が届きます。その声は1人にしてほしいというようなことを訴えていました。
「ああ、可哀想な親方様」
そんな言葉が思わず口をつきました。やがて彼女は自分の寝室に辞去しました。
 Ahkariはそれでも心根の優しい男でした。以前、狂気に蝕まれる前、彼は正妻を寵愛していました。そのため彼女はAhkariの姿をあまり目にしたことはありませんでした。

ですがいま、彼は後妻である彼女の存在にすっかり馴れてくれたようです。美しい宝石や異国の香水など、自分の興味のある様々なものを見せてくれるようになりました。それから2人は共に眠るようになり……そして恐怖が始まりました。

夜のオアシスで彼を追い回すものとはいったい何だろう? 彼女は不思議でなりませんでした。夢の泉で、彼をあれだけ渇かせるものとは、いったい何だというのだろう?
朝が始まるとAhkariの容態は快方に向かいました。それでも唇は渇いてひび割れたままでした。

彼があまりに貪欲に水をがぶ飲みしようとするので、後妻は思わず注意しました。
「親方様。そのように一時に大量に飲まれますと、お体に触ります。喉を涸らした荒野のシカも、そのように命を落とすと言うではありませんか」

「余はシカではない:
Ahkariは笑ってみせましたが、その声には耳慣れない調子が混ざっていました。そして彼女の差し出した手をぽんぽんと叩き、こう言いました。
「心配するな。死ぬほど水を飲んだりはしない」
 Ahkariは息子たちの相手(どの子も彼女が腹を痛めた子供ではありませんでした)や街の統治の話をしていました。とても忙しそうな様子です。その間彼女はじっと大人しくしていました。

マージ・ダルはAhkariの街でした。過酷な砂漠を離れ、この地に都市機能を移動させたのは、すべてAhkariの立案なのでした。いまや彼はスルタンとして街を治めるようになったのです。彼の子供たちは親切でした。ですが彼らもまた、この都市の高官たちと同じように、彼女のことを身分の低い者として目していたのでした。

第2妻とはいえ、彼女は後妻です。正妻が生きている限り、権力は彼女とまったく無縁のものでした。
(でも……)
会合の大広間と傍聴席を分かつ金のとばり。そのとばりの奥にいる Ahkari の姿を眺めやりながら、彼女は考えてみました。正妻であるとは、いったいどういう感じなのだろうと。

もしも自分が正妻だったら、彼女もまた、今の正妻のように召使いを呼び出し、夜な夜なスルタンに訪れる不快な出来事を避けるようにはからわせるのでしょうか。

(それとも……)
後妻は思わず目を見開きました。ふと頭に浮かんだ考えに衝撃を受けてしまったのです。もしや、スルタンの病は正妻が仕組んだものなのでは?
 「いえ、そんなことあり得ないわ」
彼女はひとりごちました。この方が苦痛に苛まれることを望む者など、いるわけがありません。

その苦痛のほどは、余人の想像を遥かに超えるものでした。Ahkariは今、声を限りに叫んでいます。長子のAhkaremを呼び、周囲にいるすべての者を裏切り者夜半針しています。Ahkaremがようやく父親の前に現れた時には、スルタンは口から泡を吹いていました。
「陛下の御前に侍らいますは、あなたの息子でございます」
Ahkaremは大きな声を出しました。その声は広間に轟き、父も声の主に気がつきました。

「おお、Ahkaremよ」
スルタンはむせび泣きました。
「お前ならわかってくれるな……あろうことか、このヤシに毒が盛られておったのだ! 下げてくれ! このようなものを持ってきた者をひっとらえ、そやつの首を取ってくれ!」
 
Ahkaremは近衛の兵たちを一瞥し、スルタンの命令に従わないように合図しました。そして父王の腕を優しくつかむと、はっきりとした声で伝えました。
「そのようなお戯れ、重々お慎みください。我らにとって陛下のお言葉は絶対の命令なのですから」
 Ahkariの醜態を目にすることが耐えられず、後妻は部屋から辞去しました。

背を向けた彼女の下にAhkariの声が届きます。その声は普段の調子に戻っていました。スルタンは高らかに笑い声をあげながらこう言いました。
「余の冗談を看破するとは、Ahkaremは賢いのう。このヤシは見事なものだが、余にはいささか香りがきつい。下げてくれ」

父王の声(有り難いことに、普段の調子そのままでした)と息子の声が、部屋中にひびきわたりました。
Ahkariはいつまで現在の地位にとどまっていられるのでしょうか? 王位を継げる歳頃の子は、合わせて4人もいるのです。それに、先だっての出来事が思い出されます。近衛兵たちは誰の命令に従ったのでしょう? 父親である彼のものではなく、息子のAhkaremの命令だったではありませんか。

後妻は急いでスルタンの聖所に向かい、侍女を呼びました。そして次のような指示を伝えたのでした。
「風呂を用意して……そして親方様がお好きなバラの油を入れてさしあげなさい」
 この晩、Ahkariの発案で祝宴が催されました。すべての妻が出席すべしとのことでした。とはいえ、主人とともに上座に就くのは、息子たちや正妻なのでしょう。

後妻の彼女は、Ahkariの孫たちとともにどこか他の席に座らされるはず。それでも彼女は美しくあろうと思いました。直々に贈られた香水やブレスレットを身に着けていれば、主人はそれに気付くかもしれない。気付いた主人は、きっと明るい顔を見せてくれる。そんな些細なことでも彼女にとっては大きな喜びなのでした。大きな音をたてて、部屋の扉が開かれました。スルタンが入場してきたのです。
「余のラクダに、こんなローブを着せるつもりか! こんなもの似合うはずがあろうか!」
Ahkariは声を限りに叫んだ。
「見るがよい! 紫のチョウがついているではないか! 未だかつて誰が紫のチョウなど目にしたことがあると申すのか? 今すぐこいつを取り除け! でないとアリーナ送りだぞ! 我がチャンピオンの餌にしてやるぞ!」

後妻はそんなAhkariのもとに駆け寄りました。
「親方様、恐ろしゅうございます。紫色のローブは、親方様のお気に入りではございませぬか。お気に召さないとおっしゃるならば、別のローブをご用意します」
 Ahkariの視線はしばらく後妻にとどまっていました。彼の内側に狂気がありました。狂気は激しくのたうちまわり、スルタンの心の手綱を握ろうとして暴れていました。

「天国がどこにも見当たらん」
スルタンの声はしわがれていました。
「ここは……。ここは砂漠の真ん中だ……。なのに私のオアシスが……どこにも見つからんのだ」

「親方様。親方様がどこにおいでか、正直わたくしは存じません。ですが親方様のいる場所がわたくしにとっての天国です」
後妻の声は、かろうじて聞き取れるほどのものでした。
「親方様は、今夜、安らぎを得て満足なさることでしょう。わたくしもお供いたします」
スルタンの顔に浮かんでいた緊張感が和らいだように見えました。ほんの束の間、後妻のことを抱きしめると、その髪の毛に口づけしました。
「そなたが余の後を追うことはない。これでもわかっているつもりだ。余を待ち受けているものの正体をな」

「親方様?」
困惑した彼女は尋ね返しました。ですがAhkariはもう一度彼女に口づけをしただけで、それ以上何も言いませんでした。

その晩、宴会はつつがなく進んでいきました。やがて彼女はスルタンが上座から立つところを目にしました。昔のように堂々とした、力強い姿でした。明くる朝、皆が彼の姿を見つけたとき、もの言わぬ彼の唇には穏やかな笑みが浮かんでいました。Ahkariはついに、探し求めたオアシスにたどりついたのでした。


愛憎ドロドロ+ファンタジーは混ぜるな危険、のいい見本です。
お茶に雑巾の絞り汁3割、くらいで止めとくのが円満な人間関係を保つ秘訣です。たぶん。

”閨”は”ねや”。”寝所”あたりで読みかえていいんじゃないかなぁと思います。
”夜半針”は…”よばわり”か何かのタイプミスでしょうか。ちょっと分かんないので原文そのままです。

”余のラクダに…”のくだり、昔はラクダがどうだとか書いてなかったようなのですが、
原文でも"Those robes are not fit for my camel to wear!"とあるので本当にラクダの話をしているようです。

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