世界は無慈悲に廻るだけ(トルテ視点)

 それは本当に、たまたまだった。
"労働"が終わった後、いつものように食堂で昼ご飯を食べていた。
以前よりも力を入れて従事していたせいか、特に今日は疲れていたので、
気分を変えて、今日はチキングラタン。
でも三口目辺りで飽きてしまって、悪戯にマカロニとクリームを掻き回していた。
そんな時に、店員に相席の話を持ちかけられてそっけなく返事を返す。
すると、見知った"相席相手"がそこにいた。

「あ」
「………お」

 少しくたびれた服に紫眼、包帯で片目は隠されていたけど、
その人が友人のガウェインだと分かってしまった。

 ボクが"労働"をするようになってからで考えると、だいぶ長い付き合いの方だと思う。
ボクより年上だけど、"労働"に年齢は関係無い。元々人懐っこかった(自分で言うのもアレだけど)から、
ボクからガウェインに声を掛けてたと思う。
施設以外の友人というのも多分彼が初めてで、色々と話をしていた。
けど、労働現場での事故があって別れてから、今まで会わなかった。
…自分の事で精一杯なのもあったから、記憶のどこかにいっていたかもしれない。

「……久しぶり」
「・・おお。生きとったんやね」
「まあね」

 あんまり思い出したくなくて、短く返事を返して、またチキングラタンに視線を戻した。
ガウェインはポテトフライを注文し、水を飲んだ。会話が続かなくて、沈黙が生まれる。

「……目」
「んぉ?」

 なんとなく、居心地の悪さを感じてつい声を掛けると、マヌケな返事が帰ってくる。

「その目、どうしたの」
「ああ、これ。抉られたんよ。」
「ふーん」

 ものもらいとかじゃないんだ、……事故で、かな。
あの後、自力で帰ってきたから現場がどうなったかは知らない。帝国軍が救助に向かって、
作業員は助けられたという話は聞いたけど、あの光景を目の当たりにしたボクには到底信じられなかった。
思い出せば、胸が苦しくなる。

「最近仕事来なかったのは、そのせい?」

 そう尋ねてグラタンを口に入れる。
対してガウェインは、首を横に振った。

「んーにゃ、ちゃうよ。もう俺、仕事せんことにしたん」
「……は?」

 あくまでマイペースに、緩い調子で告げる。
でもそれは、貧民層では到底考えにくい事実だった。

「何馬鹿なこと言ってんの。労働しないでどうやってここで生きていくつもり、」
「ええんよ」

 喧騒に紛れずはっきりと、ガウェインはボクの言葉を遮るように言い切った。
…昔から、ガウェインには壁がある。なんとなく察していたし、許せる時には遠慮なく飛び込んだ。
今は、越えて欲しくないのがはっきりと分かる。

「………」

 言葉を続ける気にもなれず、また沈黙が流れる。

「…もう、ええんよ。」

 今度は絞り出すような声で、ガウェインがそれを破る。

「疲れたんよ、仕事すんのに。あの人らの奴隷でいんのに」

 前なら、もっと気の利く言葉が掛けられただろうか。
別にガウェインがどんな理由から"労働"しているのか知らないわけじゃなかった。
まだ思考が幼いボクは、それで何度もマーマに相談した事もある。
けれど応えてくれなかった、それが不甲斐なくて、

「………」

 無意識に、唇を噛む。どうしようもない思いが巡る。
結局自分は、身内には甘いのだ。

「こう見えて貯蓄はあるねん。しばらくはふらっふらへらっへらしてても、餓死はせぇへん」
「……あっそ」

 これ以上は、追求出来ないしさせないだろう。
どうしてボク達は、誰かに振り回されなければならないんだ。

(…ムカつく…)

 黒い靄のような感情が蠢く。
その気持ち悪さを誤魔化すように、クリームの重たいグラタンをかっこんだ。

「あんがとなぁ、トルテ」

 ガウェインの気遣いだろうか、しかし今のボクにはそれすら不愉快で、

「別に」

 ただそっけなく返すことしか出来なかった。

「……ごめんなぁ。でも、俺があの人らから解放されるんは、もうこれしか方法がないんよ」

 そう言って、ガウェインはポテトフライを摘んで食べると、席を立つ。
頼んだ料理はまだ、半分以上も残っていた。

「おい、これどうすんの」
「トルテにあげるわぁ。お金は払っとくから、遠慮せぇへんでな」

 遠慮するな、と言われてもグラタンで割とグロッキーになってるんですけど。
しかしそのまま「じゃあなー」と笑って、店を出てしまう。

「あ、おい…!」

 あとに残されたのは、ボクと残ったポテトフライだけ。

「………。どうすんだよこれ…」

 お持ち帰り、できたっけ…ここ。

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最終更新:2015年08月05日 22:52