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決戦 - (2008/08/18 (月) 02:09:13) のソース

**決戦 ◆1qmjaShGfE


雨足の音が強くなる。 
木々は所々削れ、薙ぎ払われ、鳥居に至る石畳も随所が砕け、無残な姿を晒している。 
激闘の爪跡は戦闘が行われた周辺に留まらず、十数メートル先の大木の幹までが醜く剥げ落ちている。 
この場において最も重要な施設である社も、その被害を免れ得なかった。 
壁面が貫かれ、漆喰の隙間から壁全体を支える柱がむき出しになっている。 
それを為した片割れである大男、ラオウは一時手放した意識を取り戻す。 
頭を振り、意識をはっきりとさせる様は何処にでも居る普通の人間と変わらない。 
しかしその身に刻まれた無数の傷跡が、彼とそれ以外とを大きく隔てる証拠となっている。 
こんな傷を負って意識のある人間など居るはずがない。 
しかるにラオウは、何事も無かったかのように立ち上がり周囲を確認する。 
「……村雨はまだ来ぬか」 
たった今激闘を終えたばかりだというのに、既にラオウの興味は次の戦いへと向けられている。 
ラオウの体に降り注ぐ雨粒は、彼の体に触れる事無く煙となって消えうせる。 
劉鳳との戦いの熱がまだ覚めやらぬせいだろうか。 
否、もっと単純な理由である。 
悲鳴をあげているのだ。彼の体が。これ以上の酷使には耐えられぬと。 
それがわからぬラオウではない。 
そして、それを理由に目前にまで迫った戦いを放棄するようなラオウでもなかった。 
首だけを曲げ、真上を見上げる。 
覇気を少しだけ抑えると、まっすぐ天より降り注ぐ雨粒がラオウの顔で跳ねる。 
その心地よさを僅かに堪能した後、薄く目を開くと、雲の切れ間に微かに星が見えた。 
刹那、衝撃がラオウの全身を突き抜ける。 

「馬鹿な……ありえぬっ!? このラオウの頭上に死兆星だと!?」 

すぐに雨雲が天を隠す。 
これで再び天にその意思を問う事も適わなくなった。 
苦痛も悩みも、抱えていた全ての物を激情が塗りつぶす。 
何人が拳王を倒しうるというのか。 
ラオウの脳裏に浮かぶ数多の猛者達。 
その中でラオウが絞った二人の男。 
勇次郎、ケンシロウ。 
何故かすぐにケンシロウがその候補から外されてしまう。 
どちらとも手合わせしたラオウは、二人が優劣付け難い強敵である事を知っている。 
ケンシロウの用いる無想転生さえなければ。 
ならばラオウの死に最も近い存在はケンシロウであるはずなのだが、不思議とラオウはケンシロウをその存在として考えられなかった。 
それは、無意識の内にケンシロウの死を察していた故の心の動きであったのだが、今の怒りに震えるラオウには気づけない。 
ただ猛り狂う心の赴くままに、鳥居の上へと飛び上がる。 
降りしきる雨の中、これが天への返礼だと言わんばかりにラオウは声を張り上げた。 

「勇次郎おおおおおおおおおおおおおお!!」 

天がラオウを望まぬのなら、この拳にて天をも打ち砕く。 
そんな彼が選んだ道は、最強の死出への使者を倒し、死の運命にすら抗う事。 
溢れ出んばかりの覇気を身に纏い、今ラオウは運命に挑む。 

小癪な手で逃げおおせた覚悟、独歩ともう一人。 
覚悟は良かった。存分に楽しめるだけの男であった。 
しかし、かつて戦った時の覇気を失った独歩。 
勇次郎を前にしながら、車などという道具を用いてまで必死に逃げ惑う独歩。 
彼は唾棄すべき存在になり下がっていた。 
それが勇次郎には残念でならない。 
「殺す価値も無くなっちまったな。人食い愚地もこれまでか……」 
珍しい事でもない。 
勇次郎の成長速度についていけず、脱落していった男達の数などそれこそ星の数程居た。 
かつて勇次郎の食欲をそそった相手が、ほんの少しの間に出来た天地程もある実力差に恐れおののく。 
そうやって堕ちた相手が、再び勇次郎の前に姿を現す事は無い。 
期待をかけていた分落胆もあるが、それに拘る勇次郎でもなかった。 
当然目の前に居たらバラバラに壊しているのだが、わざわざ追いかけてまでという気にはなれなかった。 
降りしきる雨を見上げる勇次郎。 
「水差されちまったか」 
色々と小細工してくれたあの小生意気な小僧ももう居ない。 
となると物足りなく感じるのは、勇次郎という人間の貪欲さであるが、 
この場にはまだまだ楽しめる者が存在する。 

声が聞こえた。 

ほら、すぐに次が来てくれやがった。 
コイツだ。コイツは覚悟程甘くもなく、独歩のように逃げ出したりもしない。 
最後の最後まで付き合ってくれる極上のディナーだ。 
アーカードの時のような……いや、あの化物のような珍味ではない。 
もっと俺に近い、俺の好む味を魅せてくれる。 
わざわざ俺を呼ぶなんざ乙な事してくれやがる! お前はやっぱり最高だ! 

ビルの谷間を蹴りあがり屋上へと昇る勇次郎。 

「ラオオオオオオオオオオオオオウ!!」 

向こうの声は微かに、そうほんの僅かに鼓膜を揺らした程度であった。 
だからこちらもそうであろうと思ったが、これがラオウに届く事を勇次郎は露ほども疑わなかった。 

伝えるべき事を伝えた勇次郎はまっすぐに道を往く。 
期待に胸を膨らませ、恋人に会う為帰路を急ぐ女のように。 

当然ある、そう思っていた返礼があった事に満足するラオウ。 
遂に天がこの手に届く所まで来ている。それが証が死兆星、そして狂獣勇次郎。 

二度も拳を交え、決着の付かない男なぞ生まれて初めてだ。 
お前、いいぞ。お前はとてもいい。これからの時間を思うだけで股座がいきり立つ! 

貴様こそが天への最終関門、悩み迷う全てに決着を付ける好敵手よ。 
死兆星輝くも当然。このラオウの道はとうの昔に天の望みを外れておるわ! 

踏み出す足に力が篭り、知らぬ内にアスファルトを踏み抜いている。 
そんな勇次郎の意思に応えるように、その赤髪が燃えるように逆立つ。 

知らず漏れる闘気が通り過ぎる窓ガラスを砕き、電柱、信号機をくの字に曲げる。 
吹き荒れる闘気により巻き起こる嵐、雨すら彼を恐れているように見える。 

そして、二人は巡り合う。 

車の中で覚悟が突然目を覚ます。 
その様子を敏感に感じ取ったヒナギクは助手席から嬉しそうに声をかけるが、 
それには応えず身を起こす覚悟。 
「覚悟君?」 
締め切った窓の外をまんじりともせずに見つめる覚悟。 
「……鬨の声が聞こえる」 
「え?」 
覚悟の言葉の意味がわからないヒナギクは怪訝そうな声を出すが、 
覚悟はやはりヒナギクの方を見ようともせず運転席に居る独歩に声をかける。 
「止めてくれ独歩。私は行かなければならない」 
「あん? 行くって何処にだよ」 
バックミラーで覚悟の表情を見る独歩。 
彼は常と変わらぬ真顔でこう答えた。 
「戦だ」 

服部、ジョセフの二人は汚れてすすだらけになった服のまま、道を走る。 
ジョセフは不愉快さを隠そうともせず大声で喚く。 
「やってらんねー。何だってこんなド下手の運転に付き合うハメになったんでしょうかね~」 
これで四度目になる反論を服部は口にする。 
「アンタが調子に乗って後ろの席に立つからやろ! 挙句バランス崩して落っこちそうになったんフォローしたの俺やで!」 
「何がフォローだ! 結局コケちまったじゃねえか!」 
「頭からアスファルトに突っ込まんで済んだ事! ちっとは感謝したらどうやねん!」 
つまり、ジョセフがバイクの後席で何を思ったか面白半分で立ち上がり、 
バランスを崩したのを服部がフォローすべきハンドルを切った所、 
縁石に乗り上げて更に大きく体勢を崩し、正面に迫るコンクリの壁から二人揃って跳んで逃げた。 
そういう事である。当然バイクは大破している。 
コールタール塗れではマジシャンズレッドもニアデスハピネスも使いづらいと、 
適当な店で見つけた新しい衣服に着替えた矢先の出来事である。 
バイクは大事な足である。 
強敵と偶発的に遭遇してしまったとしても、これさえあれば逃げるだけなら何とかなる。 
むしろこの足無しで危険地帯に飛び込むのは無謀極まると言っていい。 
幸いフレームは曲がってなかった事から、服部はこれの修理を試みたのだが、そこである事実が判明する。 
服部が自分でバイクを組み上げた際、燃料計の接続をミスっていたのだ。 
まだ余裕があると思われていたタンクの中を確認すると、案の定残量は微々たる物。 
止む無くバイクは放棄する事としたのだ。 
花火が上がってから既に結構な時間が経っている。 
二人は何かに急かされるように先を急ぐ。 
そこに、勇次郎の雄叫びが聞こえてきた。 
込められている圧倒的なまでの存在感に身震いする服部。 
「……何やコレ?」 
同種の存在感に覚えのあるジョセフは視線を鋭くする。 
「さあな。だけど、コイツはやべぇ気配がぷんぷんしてきやがる……急ぐぞ服部」 

村雨は後ろに乗るかがみを気遣うようにしながら、クルーザーを走らせる。 
目指す神社まであと1キロまで迫った所で、二人はラオウの叫びを聞いた。 
そこに込められている感情を何と形容すればいいものか。 
敵意、殺意、害意……ありとあらゆる攻撃的な衝動が交じり合う。 
ただ、一つだけわかる事は、それが敵への呼びかけであるだろうという事。 
村雨は背中に当たるかがみの体が、小刻みに震えている事に気付く。 
「かがみ、大丈夫か」 
歯の根も合わないかがみは、それでも気丈を声を絞り出す。 
「ご、ごめん村雨さん……で、ででででも、震えが、止まん、ない……」 
震えが収まる間も無く、すぐさま勇次郎の咆哮が木霊する。 
それを聞いたかがみは、今度は呼吸が荒くなり、苦しそうに村雨の背中にしがみつく。 
「かがみ!」 
「だ、大丈……夫。はぁ……こ、こんなの、全然……うはっ、大丈夫、だか、ら」 
クルーザーを止め、かがみが落ち着くのを待つ村雨。 
「かがみ、君はここで休んで……」 
「大丈夫よ! だから行きましょう!」 
振り返った村雨の目に映る、顔中を脂汗まみれにしているかがみの姿からは、 
とてもではないが、大丈夫なんて言葉は出てきそうにない。 
「無理は駄目だ。何があったのかは俺が確認するからお前は……」 
「絶対駄目! 私も行く!」 
「聞き分けろかがみ、そんな状態じゃとてもじゃないが連れてはいけん」 
ガチガチと歯を鳴り合わせながら、全身から汗を噴出すかがみ。 
「今逃げたら私もう二度とこの声の主と戦えなくなる! だから絶対に駄目!」 
平凡な女子高生でありながら、たった一日の間に様々な経験を積んできた柊かがみ。 
恐ろしい敵との遭遇、仲間との永遠の別離、戦闘、片腕欠損…… 
危機に敏感になっている彼女の感覚が告げているのだ。 
あの声の持ち主に近づいてはならないと。 
目を瞑り、ゆっくりと三度深呼吸をするかがみ。 
再び目を開く時には、震えも汗も止まっていた。 
「行きましょう村雨さん。あの声、あれを放っておいちゃ絶対に良くないと思う」 
そう言うかがみの目は強い輝きを宿し、ほんの少し前の怯え動じる姿は微塵も感じられない。 
「……大丈夫、か?」 
「もちろん!」 
村雨はかがみが一体どんな魔法を使ったのか聞いてみたくも思ったが、 
それを問うのも無粋な気がしたので、それ以上は問わずにクルーザーを発進させる。 
走りながらクルーザーに括りつけた零が呟いた。 
『銃後に置くには惜しい女子よ』 
後席に座りながら、完全に調子を取り戻したかがみが陽気に答える。 
「あら、ありがと」 
しかし、零は相変わらずの堅苦しい口調のままだ。 
『良よ、一つ聞きたい事がある』 
「何だ零?」 
『お主はかがみを好いておるか?』 
村雨、かがみの双方共がバランスを崩してクルーザーから落ちかける。 
「いきなり何て事を言い出す零!」 
「何でそんな話になるのよ!」 
持ち主に似た何処までも本気な口調で零は続ける。 
『もし良がかがみを嫁にと考えておらぬのなら、覚悟の嫁に相応しいと思ってな。どうなのだ良よ』 
二人共、零の言葉には無言でお返事。 
『良よ、これは大事な事だ。かがみからも言ってやってくれぬか、これは良の意思が大切なので……』 
零なりの結婚観とやらも把握出来た二人は、やはり無視してやる事に決めたのだった。 

そこは繁華街の外れに位置し、片側二車線の大きな国道になっている。 
道幅は大きく取ってあり、上下線を区切る縁石以外これといった障害物も無い。 
その中心で、二人の漢は対峙していた。 

短く揃えた髪、見上げんばかりの巨体、発達した全身の筋肉は不自然なまでに圧縮し凝縮され、他に類を見ない程の硬度を誇る。 
眉間に刻まれた深い皺は、自らに、そして他者に厳しく生きた半生を現している。 
彼は越えるべき壁を前にして、口の端を上げる。 

獅子の鬣を思わせる程無造作に伸び散らかした毛髪は、彼の歓喜を表すがごとく波打っている。 
おおよそ苦労という感情と無縁であり続けた不遜な半生は、 
彼の顔から謙虚さや慎ましさといった物を根こそぎ奪い去ってしまっている。 
極上の食事を、彼はこれ以上無いという満面の笑みで迎え入れる。 

お互い気になる事もある。問いたい事もある。 
だがそれ以上に、一刻も早く、この男に拳を打ちこみたくて仕方が無いのだ。 
「勇次郎おおおおおおお!!」 
「ラオオオオオオオウ!!」 
同時に拳を振り上げ、二人は激突する。 
双方共に頭部を狙った一撃を、すんでの所で首を捻りかわす。 
両者の剛拳が唸りを上げて空を切る。 
勇次郎は絡み合った腕を抜く間も惜しみ、残った腕でラオウの脇腹へと拳を叩き込む。 
それをラオウも残った手で拳を握り、勇次郎のそれへと叩きつけることで防ぐ。 
最初に放った拳を勇次郎はすぐに抜き、次なる打撃に備えるも、ラオウはその状態のまま勇次郎の襟首を掴み取る。 
そのまま片腕のみで勢い良く勇次郎の巨体を持ちあげる。 
振り回した反動で勇次郎の下半身が大きく後ろに振られるが、 
勇次郎はその際大地を強く蹴り、ラオウが望む勢い以上の回転を付け、真上からラオウ目掛けて足を振り下ろす。 
ラオウはその勇次郎の動きを見るなり、左の拳を大きく引く。 
かわす動作はしない。それ以上の打撃を与える好機であるのだから。 
頭頂に振り下ろされる勇次郎の蹴り。 
それをラオウは全身の力を込めて耐え、蹴りの反動で一瞬動きの止まる勇次郎に向けて渾身の左拳を放つ。 
空中で為すすべの無い勇次郎の胴中央に、ラオウの拳が炸裂する。 
もんどりうって倒れる勇次郎。 
その口からは黒とも赤ともつかない液体が吐き出される。 
しかしそれを見下ろすラオウの頭部からも、額を伝って赤い筋が零れ落ちていた。 
『構えていて尚この衝撃か』 
『俺の蹴りを堪えて反撃とはな』 
ラオウは勇次郎に右の拳を振り下ろす。 
勇次郎はそれを半身になるだけでやり過ごして右の裏拳を放つ。 
軽く仰け反るだけで勇次郎の拳をかわしたラオウは、左の掌打にて勇次郎の脇腹を狙う。 
右膝を上げ、ラオウの肘を叩く事でそれを外させた勇次郎は、上げた右足をそのまままっすぐ上へと伸ばしてラオウの顎を狙う。 
既に引き戻した右腕で軽く真横を叩くだけで勇次郎の蹴りを外すラオウ。 
こんなやりとりをほんの数秒の間に何度も繰り返す。 
少しづつ、勇次郎の速度が上がっていく。 
不意にラオウが技の切り替えし速度を跳ね上げる。 
勇次郎はその速度に僅かに対応が遅れ、ラオウの蹴りを受けた体勢のまま大きく跳ね飛ばされる。 
「……勇次郎。相も変わらず、まずは手を抜くのが貴様の流儀であるようだな」 
煩わしそうに髪から滴る水滴を払いながら、勇次郎は立ち上がる。 
「そうしねえと、すぐに終わっちまうじゃねえか」 
そんな勇次郎の不遜な態度も、ラオウの機嫌を損ねるには至らない。 
むしろ勇次郎らしいと、そんな事をラオウは考えていた。 
「馬鹿が、相手は選ばぬか」 
「そうだな。お前に殴られると無性に腹が立つんでな、俺もさっさと全力でやらせてもらうわ」 
そもそも勇次郎が殴られるという事自体まず無いと言っていい。 
ならば腹が立つのも当然なのだが、それに気付かぬ程に、勇次郎は興奮していたのだ。 

「馬鹿な事言わないで覚悟君!」 
覚悟の言葉を聞くなりヒナギクが大声を出す。 
当然であろう。 
たった今必死に、コナンを見捨ててまで逃げてきたあの場所に覚悟は戻るというのだから。 
独歩も覚悟の言葉には賛同しかねた。 
「覚悟よぉ、もう少し落ち着いたらどうだ? どの道その怪我じゃロクに戦えやしねえだろ」 
説得する二人を覚悟は見ていない。 
「零も……」 
「あん?」 
「先に行っているであろう。あれはそういう漢だ」 
ヒナギクが癇癪起こして怒鳴りだす。 
「何言ってるのか全然わかんないわよ!」 
覚悟の様子がおかしいと思った独歩は一度車を止めると、振り返って覚悟の顔をじっくり眺める。 
そして悟った。覚悟は既にこの場に居る何者をも見てはいない。 
勇次郎とやりあった時に見た、戦士の顔で彼方を見やっていた。 
『コイツにとっちゃ、生き死になんざどうだっていいんだろう……ただ戦って死ぬ。それしか考えてねえって顔してやがる』 
武術の世界に身をおいて長い独歩であるが、こんな顔を簡単にしてみせる男など見た事が無い。 
そんな覚悟を決めた上で、心底戦いを楽しみにしている。 
技術の優劣を競うだの、どちらが強いかを知りたいだの、そんな次元の話ではない。 
覚悟の頭の中では何時でも戦争をやっているのだ。 
百人居たら生きて帰れるのが十人に満たないような戦争、そこに怯えず平常心で赴く為の心構えを常日頃から用意してあるのだ。 
「死ぬ気か?」 
独歩は我ながら馬鹿な事を聞いてると思った。 
「必勝を期されたこの身なれど、必ず生きて戻ると確約しきれぬが戦なり。ただ……」 
そこで覚悟は初めてヒナギクを見た。 
「それでも私は戦い、勝利し、生きて戻る。そう信じてくれる者が居る限り」 
突然話を振られたヒナギクはきょとんとした顔で覚悟を見返している。 
「え? ……う、うん。信じる。覚悟君は絶対死んだりしないって……信じてる……」 
死を覚悟した戦士の顔が、その言葉を聞き僅かに綻ぶ。 
が、ヒナギクがそんな言葉で説得されるはずもなく。 
「でもそれとこれとは話が別でしょっ! 私は絶対に反対よ!」 
そう言って反対するヒナギクだったが、覚悟はそんなヒナギクから顔をそらす。 
「……始った」 
「何がよ!」 
怒り顔でそう言うヒナギクに、覚悟はそちらを見たまま答える。 
「おそらく勇次郎という男とラオウ……二人の戦だ。これはまだまだ大きくなる……」 
まるで見てきたかのような確信を持って覚悟はそう言う。 
憧れるような、羨むような、そんな覚悟の横顔を、ヒナギクは理解出来ずにいる。 
それでも、何を言おうと彼が行ってしまうだろう事だけは彼女にもわかった。 
ヒナギクはそれを認められずに居る。 
「関係無いわよ! そんなの戦いたい人だけやらせておけばいいわ!」 
言葉の語尾に重なるように、独歩の笑い声が聞こえてくる。 
「何笑ってるのよ独歩さん! 笑い事じゃないでしょ!」 
膝を叩いて笑う独歩は、覚悟に問うた。 
「零が先に行ってると言ったな。そいつは村雨達もそこに向かっているという事かい」 
「然り。探し人の事あれど、ラオウとの決戦を望む村雨殿がこの機会逃すはず無し」 
息を呑むヒナギク。 
「なあヒナギクの嬢ちゃん。そろそろ俺達の感覚で覚悟を縛るのは止めてやろうや」 
「え?」 
「コイツは優しい奴さ。今までずっと俺達の人死が珍しい世界に合わせてくれてたんだろうよ」 
「…………」 
「だがな、ここは違うんだよ。六十人も居た人間がたったの一日で1/3にまで減っちまうような場所だ」 
覚悟は黙ったまま独歩の言うに任せている。 
「ここじゃ死んじまうのが普通だ。男も女も老いも若いも関係無くみんな死んじまう」 
ここでたくさんの死を見てきたヒナギクには、独歩の言に返す言葉が見つからない。 
「なら、そんな世界に生きてきただろう覚悟に……」 
独歩は既に笑ってはいない。 
「俺達が合わせるべきなんじゃねえのか」 

搾り出すようにヒナギクは問う。 
「……私達にも死ねっていうの」 
「嫌も応も無く死んじまうって言ってんだ。 
 だから、生きて帰る事なんざハナから諦めちまえば、随分と出来る事増えるんじゃねえのか」 
そこでようやく覚悟が口を挟む。 
「独歩、それは彼女には……」 
独歩は覚悟の言葉に首を横に振る。 
「一緒だ。ヒナギク嬢ちゃんが戦おうと戦うまいと、 
 勝やシェリスやナギやさっきの小僧がそうだったように死ぬさ。 
 だったら死に方ぐらい選ばせてやってもいいんじゃねえのか」 
尚も独歩の言葉を認めたくない覚悟は、大きく被りを振る。 
そんな覚悟に独歩は言い放った。 
「いい加減認めろや。この場に安全地帯なんてありゃしない。全部が戦場なんだよ。 
 俺も、ヒナギクの嬢ちゃんも、お前もここで死ぬしかねえんだ」 
そして独歩が一番問いたい言葉を覚悟に向ける。 
「だとしたら、お前はどうやって死ぬんだ覚悟?」 
「無論戦って死ぬ」 
覚悟の即答を受けた独歩は、今度はヒナギクに問う。 
「嬢ちゃん、あんたはどう死ぬ?」 
いきなり死に方なぞ問われ、即答出来る者など一握りのみだろう。 
ましてやヒナギクは、覚悟と違う平和な生活を十年以上営んで来た人間だ。 
事故や病気などではない死など、想像もした事が無い。 
それでも、この場に来てからの二十四時間が、彼女に答えを指し示してくれた。 
出会ってロクに時間も経ってない見ず知らずの自分を守る為、命を落とした小五郎。 
自らの正義に従い、ラオウに立ち向かい倒れた本郷。 
川田を想い、死の間際まで彼の為に出来る事を探し続けて逝ったつかさ。 
大切な物を守る為、恐れる気も無く強敵に立ち向かい倒れたハヤテ。 
ヒナギクの眼前で倒れた仲間達が、ヒナギクの進む道を教えてくれた。 

「……みんながそうだったように、私も戦って死ぬわ」 

それは覚悟の望み、倒れていったみんなの望みとは違った道であろう。 
それでも、それ以外の道をヒナギクは選ぶ事が出来なかった。 

ヒナギクの言葉を聞いた覚悟は、それ以上何も言わなかった。 
自らの感情がどうあれ、戦士を侮辱するような事を覚悟は決してしない。 
独歩は二人の返事を聞き満足したのか、前を向いて車を発進させる。 
「どうせ死ぬんなら仲間と一緒がいいやな。まずは村雨達と合流するぜ。ケンシロウは来るかね」 
「一流の戦士ならば、この戦の気配を見逃すはずがない。 
 エレオノールという女を倒しているのであれば、きっと駆けつけるだろう」 
「そうかい」 
それ以上は覚悟もヒナギクも口を開かない。 
重苦しい空気が漂う中、それを壊したのは最初にその空気を作った独歩であった。 
「さて、堅苦しい話はこのぐれぇにしてだ」 
いきなり口調を代える独歩。 
「もし万が一、何かの間違いで生き残っちまったら、俺っちは浴びる程酒飲んでやろうかと思ってるんだが二人も一緒にどうだい?」 
それにはヒナギクが不満そうに答える。 
「一応私未成年なんですけど」 
「構う事ぁねえだろ。門下生1万人ぐれぇに周囲見張らせてりゃ後の事なんざ考えなくてもいいだろうしよ、どうだい覚悟は」 
顎に手をやって僅かの間考えた後、覚悟は静かに語る。 
「握り飯……」 
「あん?」 
「酒は嗜まぬが、握り飯ならいただこう。戦の後の握り飯は、きっとこの世の物とは思えぬ程に美味であろうから」 
ハンドルを握ったまま独歩が大笑いする。 
ヒナギクも手を叩いて喜んでいる。 
「そいつはいい! 間違いなく滅茶苦茶うめえぜその握り飯は!」 
「うん! 私もそう思う! 絶対そんな時のおにぎりはおいしい!」 
二人の好反応に、覚悟からも笑みが零れる。 
「んじゃうまい握り飯の為に気張るとするか!」 
「おー!」 
「応っ!」 

頭部が完全に失われたコナンの亡骸の前で、服部が両膝を付いたまま俯いている。 
「こんなん嘘や……何で誰も殺さんと頑張ってる工藤が死んで、俺が生きてんねや……おかしいやろ」 
服部の衝撃の受け方に、ジョセフは覚えがある。 
信頼する友を失った時の、頼れる仲間を失った時のそれだ。 
しかし今は時間が無い。 
花火が上がり、それをやったと思しき者の叫び声が聞こえてきた。 
あの声からはそう時間が経っていない。 
「服部、悪いが俺はこれをやった奴を追うぜ。落ち着いたら追いかけて来いよ」 
コナンの遺体から目を離さないまま服部は即座に答える。 
「何処に行ったか見当は付いてるんか?」 
「そりゃ……わかんねえけど、まだ近くに居るんだしよ……」 
ゆっくりと立ち上がる服部。 

「そこらのアスファルト見てみ、あちこちにヘコみがあるやろ。 
 恐らく戦闘の後や、それも相当に重量ないしパワーのある連中がやりあってる。 
 でもなきゃこないにへこむなんてありえへんやろ。崩れたブロック壁も一緒や。 
 そして殺された工藤、こいつは殺し合いを止める為やったらどないな無茶でもやってのける男や。 
 工藤にアスファルトへこますような真似は出来ん。 
 だったらこのヘコみは工藤をやった奴と、そいつと戦った誰かが付けたものや。 
 そしてそこに二箇所見える車のタイヤが滑った跡。 
 一つは止まる時のもの、もう一つは急発進の時についたものやろ。 
 以上の事から、この場には最低で工藤を含む四人以上の人間が居た事になる。 
 アスファルトにへこみ作る程の脚力を持つ奴が、車なんぞ必要とするとは思えへん。 
 もし必要とするのなら、守るべき誰かを抱えて逃げる必要がある人間だけや。 
 せやから俺はここに居た人間の内、最低三人は殺し合いに乗ってへんかったと推測する。 
 その三人以上の誰か達は殺し合いに乗った男、仮にAとしとくわ、そいつに敗れた。 
 三人以上なんてややこしい言い方しよるのは、そこの壁に突き刺さった剣のせいや。 
 それが何を現すのか、もう一人の存在か、既に居る三人によるものかは判断つかへん。 
 低い可能性やけど、殺し合いに乗ったもう一人の存在があるかもしれんが、まあ置いておくとするで。 
 ともかく、このAと戦ったA同様アスファルトにへこみ作れる程の男Bは、Aとの戦いに敗れ、 
 車に乗った男Cの助けを得て逃亡した。その戦いの最中か、逃げ遅れるだかした工藤はAに殺された。 

 遺体を見るに、首の前方付け根辺りに付いている傷と、後頭部下に付いている傷の向きが違うねん。 
 これは、まず顎周辺を引っ張って引き千切り、その後、頭部に前から衝撃を与えたんやと思う。 
 幾らなんでも戦闘中にそないな手間かかる事せえへんやろ。 
 以上のような遺体の状態と工藤の性格から察するに……多分工藤が足止めを買って出て、 
 それを為しえた工藤を、怒り心頭のAが殺害、顎を引き千切った段階で 
 既に死が確定しているはずの工藤にトドメの一撃を放った。こんな所や。 
 もうちょい戦闘跡調べられれば具体的な人数も絞れるやろけど、今はいらん。 
 重要なのは、この殺し合いに乗っている男Aがどんな人間かや。 

 俺達に聞こえた声。 
 あの聞こえ方は、低い場所から建物の隙間を縫うように響いてきた声ちゃう。 
 それやったらもっと複雑な反射してどの方向から来たかわからんようになるぐらいでないとおかしい。 
 あのまっすぐ俺らに届いた声は、障害物の少ない何処か高い所から発した声に違いあらへん。 
 それは何処や? 
 そこに見える一際大きくへこんでいるアスファルト、それが鍵や。 
 男Aは近くの建物の上に登ってあの声を発した。 
 ラオウと聞こえたあの声、参加者名簿にもある名前や。 
 そいつに呼びかけた後、建物から飛び降りてその大きなヘコみの所に着地する。 
 でもな、そこについた足の向きが変なんや。 
 普通建物から飛び降りたら、その建物に対して直角に足は着地するはずやろ。 
 にも関わらず、足は建物とは並行な形に着地している。 
 空中で向きを好きに選べる奴やったら、その向きは行くべき方向を向いてるはずなんちゃうか。 
 つまり、Aはこの足型の先の方へと向かったということや。 
 そしてAの能力や。常人にはありえへん程の膂力を誇ると俺は見てる。 
 その上で同じぐらいの力を持つBを圧倒する何かを持っている。 
 それがスタンドや核鉄によるものなら、おそらく俺やジョセフの持つような物ちゃう。 
 もっと単純で、純粋な力に似た何かやと思う。 
 それ以外である痕跡がまるで見当たらへんからな」 

澱みなく、暗記していた原稿を読み上げるように語り終える服部。 
頭の回転には自信があるジョセフであったが、これだけの情報からここまでの推理を組み立てる事など出来ようはずもない。 
しかも服部は彼が工藤と呼んだ少年を見るなり彼に駆け寄り、周囲を調べた様子も無かったのである。 
雨で夜などという悪条件すら、服部には通用しないようであった。 
「お前、いつの間にそこまで見てたんだよ……」 
少しだけ悲しそうな顔をして。 
「職業病や。すまんジョセフ。もう俺は大丈夫や、先を急ぐで」 
服部は推理によって脳を活性化させる事で、冷静さを取り戻した。 
しかし、ジョセフはそれでもその場から動こうとしなかった。 
「ジョセフ?」 
「一つだけ聞かせろ服部」 
何時ものふざけた雰囲気は何処かに消えうせている。 
「そこまで出来るお前が、どうしてシンジを誤解した。お前ならあの状況も見抜けたはずじゃねえのか」 
二人の間の空気が固まる。 
ジョセフは覚悟を持ってこの問いを発している。 
返答如何によっては、タダでは済ますまいと。 
そして服部も、この理由を気安く語って聞かせるつもりもない。 
流れる沈黙の時間は二人の真剣さを確認する為の物。 
「……言い訳でよければ、聞いてもらえるか……」 
「ああ、聞きてぇな」 
自分の右手を見つめながら、服部は静かに語る。 
生まれて初めて人を殺した事。 
それまで人殺しを忌避し、決して許さない立場にあった事。 
それでも今は必要だからと人を殺した事。 
そして冷静さを欠いたせいで人生最大のミスを犯してしまった事。 
自虐的にそれを語り終える服部。 
「シンジも……そうだったのか。あいつも何かショックな事があって、それで動揺して誤解してたのか」 
「どんな人やったんや?」 
「頭は悪くねえよ。色々と出来るみてえだし、器用なタチだったんだと思う」 
言う程長い付き合いでもない。 
最初に出会ってから別れるまでの間にあった事を思い出すジョセフ。 
「今にして思えばかがみが暴走した時、あの前辺りからシンジも落ち着きが無かったしな……」 
ふと気が付いて手をぷらぷらと振るジョセフ。 
「っと悪い、それは別の話だな。急ごうぜ、さっきも言ったがあの声からは嫌な予感しかしてこねえ」 

ジョセフは服部の話に納得してくれた。 
だからこそ、三村信史の話もしてくれたのだろう。 
こうやって話し合い、お互いを解りあう時間が取れてさえいればあんな事にもならなかっただろう。 
服部にとって、そんな状況を立ち上げる事が出来なかった我が身の未熟さが、何よりも悔やまれてならなかった。 
大きく息を吐いて、ネガティブな思考を頭の中から追い出す。 
あれが出来ていれば、こうしていれば、そんな事全てが終わってから考えればいい。 
『工藤、悪いが今は置いてくで。お前は嫌がるやろけど、いずれ俺もそっち行くから詫びはその時にな』 

打ち込む拳が飛沫を上げる。 
ラオウや勇次郎程の技量の持ち主になると、拳一つ打ち込むにも全身の筋肉を用いる事になる。 
まっすぐに突き出した腕が、引き手となる逆腕が、捻りを加えた胴体が、大地を蹴り出す両足が、 
際限無く纏わり付く天の恵みを都度跳ね飛ばしている。 
『拳王の真の恐ろしさ……その身で味わえ勇次郎!』 
突如助走も何も無しで真上に跳びあがるラオウ。 
天から獲物を狙う鷹のような俊敏さと鋭さを持ってラオウは勇次郎に迫る。 
『動きが変わっただと?』 
ラオウの動きが、流れるような所作と円を基調にした動きから、より直線的で鋭角的な動きに切り変わる。 
その鋭さに反撃の猶予を持てず、髪一本分の差でラオウの蹴りをかわす。 
「愚か者が!」 
その蹴りが中空で変化し、切り裂くように真横に振るわれる。 
後退を嫌う勇次郎をしてそうせざるを得ない程の速度に、大きくラオウから距離を取る勇次郎。 
ラオウはそれを許さず、着地するなり両腕を広げ、全身を回転させながら勇次郎に迫る。 
『この動きはっ!?』 
遠心力を味方に付け、大きく勢いを増した両腕を、勇次郎の眼前でSの字に交差させる。 
全てをかわしきれず、胴の前部から血を噴出す勇次郎。 
「てめぇ……まだ技隠してやがったか……」 
両手の指を鳴らし笑うラオウ。 
「貴様の動き、この拳王が見切れぬと思ったか」 
ラオウは、勇次郎を強敵せしめている理由を見抜いていた。 
それは圧倒的なまでの反応速度。 
一度見た技は、例えそれが北斗神拳であろうとほぼ通用すまい。 
これまでの手合わせで幾つかの奥義を見せてしまってはいるが、彼は拳王とまで呼ばれた男。 
カサンドラクロスなどという牢獄まで造り、数多の奥義を習得したラオウにとって、 
技の引き出しなどそれこそくれてやる程持ち合わせている。 
「トドメは北斗の技で刺してやる。それまでせいぜい足掻くがよいわ!」 

クルーザーは走る。 
声が発生したと思しき場所は神社と西の方角。 
どちらに向かうかで迷ったが、村雨達はまず神社へと行く事にした。 
そこには、一人の男が立っていた。 
何があったのかは見ただけでわかる。 
全身至る所に残された傷跡、にも関わらず微笑んだまま絶命する男。 
散の言葉が思い返される。 
『散り際に微笑むのは、見事な奴……だったな』 
無残さに息を呑むかがみと、その姿の余りの誇り高さに胸を打たれる村雨。 
「これ程の男をよくも…………ラオウッ!!」 
怒りに任せてクルーザーに跳び乗る村雨。 
『待てい良! 行ってはならぬ!』 
それを零が止める。 
「何故止める零!」 
『笑止! 自らの様がわからぬというか! それほどの男を前にしながら自分が晒している醜態に気付かぬとぬかすか!』 
「何だと!」 
捻りかけたアクセルから手を離し、零に向き直る村雨。 
『怒りに任せ蛮勇を振るうなぞ犬畜生にも劣る所業! それがわからぬお主でも無かろう!』 
その言葉で思い返されるのはハヤテと最後に共闘したラオウとの戦い。 
あの時、村雨は怒りに任せて動きすぎ、ハヤテの死の原因を作る事になってしまった。 
「なら……ならどうすればいい! 怒るなだと!? これを見てそんな真似が出来るか!」 
『否! 存分に怒るがいい! それがお前の力となる! だが……それを決して表に出してはならん!』 
それこそが村雨に必要な事だと、零は信じていた。 
それさえ乗り越えられれば、村雨は覚悟と並ぶ戦士になれると。 
『怒りでその身を動かしてはならぬ! 悲しみに心砕く事も許さぬ! それらは全て己が身の内に収めよ!』 
出来ない、言葉でなく表情でそう語る村雨に、零は尚言い募る。 
『ハヤテを思い出せ! 奴の最後は怒りと共にあったか!? あの男は悲しみながら逝ったというのか!?』 
最後の瞬間まで主を想い、案じ続けていたハヤテの姿を忘れられるはずがない。 

だが、この俺にハヤテのような真似が出来るのか? 
決して拭えぬ罪を背負ったこの俺に、今も噴出しそうな怒りに身を焦がしているこの俺に。 

ぽんと村雨の肩を叩く者が居る。 
「出来るわよ、村雨さんなら。だって私知ってるもの、本当の村雨さんはとっても優しい人だって」 
目線を降ろした村雨と目が合うと、彼女は…… 
「ねっ」 
そう言って笑いかけてくれる。 

俺はどれだけこの人に救われただろう。 
千の言葉を重ねても感謝の想いを伝えきる事など出来やしない。 
どうしてこの人は、一番支えて欲しい時にこうして支えてくれるのだろう。 
そして、俺が間違えそうになった時、まっすぐに叱咤し、必死に正そうとしてくれる零。 
何度も期待を裏切ってきた俺を、それでも信じ言葉をかけてくれる。 
こんな仲間、何処探したって見つかるものか。 

「わかった、やってみる……ありがとう二人共」 

『うむ!』 
「うん」 

村雨とかがみの二人は並んで、立ちながらにしてその命を終えた戦士に一礼すると、クルーザーに跨る。 
『良よ、移動中で構わぬので少しお主の体を見させてはもらえぬか?』 
「構わないが、何かあるのか?」 
『損傷箇所と度合いを正確に把握しておくだけでも違うものだ』 
「わかった、よろしく頼む」 
クルーザーを発進させるのと同時に、零である鞄から触手のような物が伸び、村雨に絡みつく。 
「……ねえ零、もうちょっと……何とかならない?」 
村雨は気にもしていないが、見ていてあまり気分の良い物でもないので、かがみはとりあえず抗議してみる。 
『ならん!』 
こんな時まで全力で答えなくてもいいのに、とかがみは内心ため息をつくのだった。 

突然ラオウの見せた技は南斗の技。 
秘孔により内部からの破壊を考える北斗とはまるで技術体系が違う。 
ラオウが嘲笑うようにしながら繰り出す数々の技は、 
全てがそれぞれの流派における奥義と呼ばれるもの。 
ただの一つたりとて容易くかわせるような技など無い。 
手を鋭い剣の切っ先に見立て、斜め下から振り上げる。 
勇次郎はその振り上げられた手に合わせ、こちらも腕を振り下ろしそこに叩きつける。 

ギィン! 

まるで金属同士がぶつかりあったような音が響く。 
「ぬ!?」 
ラオウの腕は振りぬかれ、勇次郎の腕は大きく弾かれるも、ラオウは攻撃の手をそこで止める。 
腕をぶらぶらと振りながら、勇次郎は小首をかしげる。 
「おっと、少し甘かったか?」 
ラオウは勇次郎のその奇跡の技に驚きを禁じえない。 
勇次郎は、南斗の技を見続ける中で、自らそれに類する技を編み出してきたのだ。 
それが奥義に足る技である事は、ラオウの刃と化した腕を止めてみせた事からも明らかだ。 
「良し、もう一度来い」 
次こそはと自信満々で待ち構える勇次郎。 
ラオウは、怒りよりも半ば呆れたような顔で勇次郎を見ている。 
「つくづく……貴様という男は……」 
「何でぇ、せっかく後一息って所なんだから攻撃の手止めるんじゃねえよ」 
右手の肘を軽く曲げてみせるラオウ。 
「肘の加減だ。間合いはそれで良い」 
それだけで意図が通じたのか、勇次郎は試みに腕を振るってみる。 
勇次郎の振るう腕の後に、光の軌跡が流れるように続く。 
「……お前、教師の才能あんじゃねえのか」 
「戯れだ。地獄の鬼にでも見せてやるがよい」 
ラオウは構えを北斗の構えに戻す。 
「良かろう、余興はこれまでとする」 
「けっ、結局てめえだって本気を小出しにしてやがるじゃねえか」 

ジョセフ、服部の二人は建物の影からラオウ、勇次郎の二人を覗き見ていた。 
「声と前後の状況から察するに、あの赤髪が容疑者A、コナン殺った男やろ」 
服部の見立てにジョセフが追加する。 
「金髪の方も、相当嫌な雰囲気漂うな~……正直に言わせてもらうと、どっちともお近づきにゃなりたくないね」 
金髪の巨漢は、おそらくコナンから伝え聞いていた病院を襲った男ラオウであろう。 
「どっちも敵や。常套手段で行くなら二人のどちらかが潰れた後に手出すんが正解やろけど……」 
拳を交える二人を、ジョセフは一瞬たりとも見逃すまいと凝視している。 
「生き残った片方をしとめるってのも、至難を極めるぜ。 
 スピードは、ギリギリついていけるかどうかって所だ。パワーは……ここからだけじゃわからねえな」 
あれを前にしてジョセフからそんな台詞が出てくる事に驚く服部。 
確かに鍛えぬいた逞しい体つきをしているが、あの人外世界に踏み込むのはまた別の話だ。 
「ほな……これ使うか?」 
服部は手に核鉄を握る。 
ジョセフはそれを見て、いたずらを仕掛ける子供のような顔をした。 
「OK乗ったぜぇ~。お互いが居るせいで身動き取れない内に、二人まとめて吹っ飛ばすのが最高だ」 


[[(中編)>決戦(中編)]]

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