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 Interlude「変身学生 江口セーラ」



「あー、書類仕事とか面倒やなー」


 どうして自分がこんな事をしているのだろうと、江口セーラは伸びをする。
 元来的には、自分は前線配置。
 担当と言うのは戦闘であり、あくまでも警察の非公式、或いは民間協力者となっている。

 そんな自分が何故書類担当なのか。涙が出る。
 考えたりチマチマするのは嫌いだ(苦手ではない)。書類書きなど猶更。
 こういう地道で地味な作業に、自分は向いていないのだ。


「フン。口を動かしてないで、さっさとやれ」

「笛吹のおっさんは細かいなぁ……神経質やと、禿げるで」

「なっ」


 実質的な上司に当たる笛吹警視をからかうように笑って、書類に向き直る。
 憂鬱である。激しく面倒だ。
 それでも頼まれて、これが必要な事だと判っている以上、江口セーラは投げ出さないのだが。

 そんな彼女の人となりを知っているからか、笛吹直大も、眼鏡を直して口をつぐむ。

 本気でやる気がない訳ではない事。
 あまり口うるさく言わなくても、彼女は本質の部分で真面目である事。
 そして――そもそも彼女には、民間人であるのに協力させてしまっている事。
 (笛吹の感性からするなら、これはよろしくない事態であった)。

 それらが彼の追撃を止めさせたのだ。


「ミュージアムが潰れても、まだまだガイアメモリ犯罪は終わらへん……か」

「既に生産された分が、裏で取引されている。忌々しい事だが……この間の一斉逮捕のどさくさに紛れて、横領した人間もいるようだ」

「……なんちゅーか、難儀なもんやな」


 横領犯については目下捜索中であると、笛吹警視は不機嫌そうに額を抑える。
 法と秩序を守る筈の警察官がそのような事をするなど、彼の中では到底許されざる事であろう。
 嘆かわしいと、唸っていた。

 そんな事をした犯人は着実に追い詰められて、相当の恐怖をする事になる筈だ。
 警視庁キャリア組、その肩書きに恥じないほどの優秀さを持つ笛吹直大を敵にするのだから、当然だ。
 まあ、自業自得である。セーラの知った事ではなかった。


「そんで、メモリがどんな効果だか纏めればええっちゅー事やったよな」

「ああ。出来るだけ詳しく、適切に。我々警察官で、対処ができるほどの情報が欲しい」

「そんな面倒な事せんでも……俺がおるやん? 別にわざわざ、生身で危険な事をせんでも――」


 そう、セーラが呟いたところだった。
 ドン、と。笛吹が机を強く叩いたのだ。
 予想だにしなかった事に、セーラは身を跳ねさせた。


「本来は、それは、我々警察官の任務だ!」

「……そんなに怒鳴らんでもええやないか」

「これは、民間人が……ましてや学生が関わっていい事態ではない! 現状のままでいい筈がないだろう!」


 激昂する笛吹を尻目に、セーラは内心、「お堅いなぁ……」と漏らした。
 自分とさほど変わらぬ慎重の笛吹警視が声を荒げるのを、頭の後ろで腕を組んで眺める。
 彼の付き人同然となっている筑紫に目を向けるが、黙ったまま。

 長くなりそうだし、止めてくれないかと訴えてみるが……。
 答えはノーコメント。
 黙って彼の話を聞けという事らしい。筑紫も、笛吹と同じ考えなのだろうか。


「そもそも警察官というのは、自らが治安の維持にあたると志願して職業を選んでいる。
 我々は皆、多かれ少なかれ、決心してここにいる。
 正義を守るため……この街や市民をを守るため……自分の生活を守るため……何かを守る為に、警察に入っている」


 故に、と笛吹は続ける。


「国民の生活を守るのは、市民の安全を守るのは……我々警察官の職務だ。
 “それ”は、我々がしなければならない。我々がやらなければならない。
 我々が誰かに頼り切ってはならない。我々が誰かに任せ切ってはならないのだ!」


 だから、と笛吹は言った。


「今、戦う力がないからと言って諦める理由にはならない……。
 ましてや、部外者の女子高生に丸投げするなどというのは、以ての外だ!」


 その為に、笛吹は情報を欲していた。
 仮面ライダー一人に背負わせるのではなく、自分たち警察官が戦えるように。
 単に、唯一対抗する力を持っているからという理由で、民間人に戦わせてはならない。

 今は勝てなくてもいい。現実的に見て、それは然るべきである。
 だが、それで「仕方ない」などという言葉は決して吐くつもりもない。
 その言葉を言ってしまった時点で、警察官は、警察官としてのプライドを失ってしまうのだから。
 そんな事は許されない事であった。


 江口セーラには、江口セーラの人生がある。
 彼女は本来、職業という面から見るなら……社会的な面から見るのならば、庇護されるべき立場である。
 仮面ライダーというのは彼女の肩書であって、職業ではない。
 職業と言うのは責任を求められる。責任があるからこその職業だ。
 その職務を遂行すると決心したその時から、責任は発生する。
 それは選んだ自由への対価だ。

 江口セーラは選んだのかもしれない。
 でも彼女への見返りはない。責任と対になる概念がない。
 いわばボランティアも同然だった。プロフェッショナルである自分たちとは異なる。
 そんな少女に何かを背負わせ続けるという事は、笛吹にとっては我慢のならない事であった。


「ふーん、ま、分かったわ」


 つまりさっきから書類を急かしているのは、セーラを一刻も早くこれらの件から遠ざけようと思ってなのだろう。
 言い方は傲慢、或いは高圧的に聞こえるが……こちらを思いやっての事。
 なんだかむず痒いと、セーラは苦笑する。

 それでも――と。
 それだからこそ――と。
 セーラは思うのだ。

 確かに、江口セーラにはライダーである事への因縁はない。

 誰かのように、悪の組織に攫われた訳ではない。
 セーラしか変身する資格を持っているという訳でもない。
 未来の自分に頼まれたとか、そういう契約でライダーをやっているとか……。
 他に替えが効かないほどの特異な資質を有している訳ではない。

 セーラがライダーである事に、特殊な事情など存在していないのだ。
 (後からガイアメモリへの精神耐性というものを聞いたが……以前は知りもしなかったし、テラーを倒した今、特段の意味はない)
 しかしセーラはそれでも、戦っている。


 その理由は、実に単純だ。

 この笛吹たち警察官にしてもそう。
 或いは京太郎や哩などもそう。

 その誰もが、セーラにとっては死んでほしくない人間であるのだ。


 一緒に仕事をしていれば、笛吹たちの人となりが分かる。
 先ほどの言葉にしてもそうだ。彼らは皆、熱い思いを胸に仕事に当たっている。
 そんな人間を――心地いい人間を目にして、「手助けしたい」と思う事は自然であろう。

 自らの躰のみならず、その尊厳を破壊された。
 更には友人や仲間を囚われるといった苦境に於かれた白水哩と鶴田姫子。
 そんな辛い境遇の人間を前にして、「何か力になりたい」と思う事は何ら不思議ではない。

 人の痛みを止める為に、自らが痛みを背負う。
 過ぎてしまった何かを取り戻すために、怯えながらも今で足掻き続ける須賀京太郎。
 放っておけばどこかで果ててしまいそうな人間を、「護りたい」と思う事は当然の事だ。

 だから、セーラは戦っている。
 自分の心に従って正直に、ライダーとして戦っていた。


 別に際立った過去なんてなかった。
 特段、常人離れした思考回路を持っている訳でもない。
 自分がやれなければ、他にやるものがいないという事もない。

 それでも、セーラはライダーとして戦っている。

 自分が好ましいと思った、この街とそこに住む人々を守るために。
 この都市や住民を穢そうとする、我慢ならない悪人相手に。


 そこには特殊な事情なんてない。

 普通に。一般的な人間として。自分がやりたいから、誰かを守りたいから――戦うのだ。
 江口セーラは、普通の人間だ。
 それでも彼女は、仮面ライダーなのだ。


「……ま、そこまでおっさんが言うなら素直に従っとくわ」

「フンッ! それとだから、私はおっさんなんて年じゃないと何度言ったら――!」

「女子高生からしたら、二十歳超えはみんなおっさんかおばさんって相場が決まっとるわ」

「ぐっ」

「それに確か、笛吹さんは31歳やろ?」

「そうだが……」

「なら完全におっさんやん。三十路やアラサーはもう色々辛い年齢やって」


 年相応に見えんけどな、と鞄を手に取り立ち上がる。

 まあ、休ませてくれると言うのならそうしよう。
 幸いにして、あれほどの大事件があったばかりなので、ガイアメモリ犯罪に目立った動きはない。
 笛吹ならば、そういう時こそ油断せずに準備をしておくもの……と言うだろうが、
 まあ、今日のところは許してもらおう。

 最近、碌に部活に参加できていないのは確かだ。
 これは笛吹の言う通り、江口セーラの生活を台無しにしてしまっていると言っても過言ではない。
 ライダーにかまけて、仲間の心を踏みにじる。
 それをやってしまったら、本末転倒に違いない。


「ところで思ったんやけど……」

「何だ?」

「わざわざ俺が書類に纏めんでも、口頭で伝えたらええやん」

「……。……確かに、そうだったな」


 警察のお仕事というのにはどうにも書類が絡むようで、ついその癖に従ってしまったとか。
 なんというか、肝心なところで間抜けてるなぁ……と思う。
 実は可愛いもの好きらしいし、ブラックコーヒー飲めないらしいし。
 愛嬌があると言えば、あるのだろう。


「それじゃあそういう事で……とりあえず俺、今日は帰るわ」

「部外者はさっさと失せろ」

「江口さん、くれぐれもお気をつけて」

「はは、そっちこそな」


 鷹揚に笑って、警察署を飛び出す。
 途中すれ違った警察官に、会釈をする。
 すっかりと顔見知りになっていた。表向きは――スマートブレイン学園の情報提供者、だったか。

 いずれは本当にそうなるかもしれない。
 彼ら誇り高き警察官がいるのならば、近いうちに自分はお役御免となるはずだ。
 それは、とても喜ばしい事である。ライダーの力が必要なくなると言うのは。


(あいつも――そうなったら、ええけどなぁ……)


 グレー一色の空を見上げて、セーラは思う。
 須賀京太郎も、自分と同じように、いつの日かその力を必要とされる事がなくなればいいと。
最終更新:2014年03月02日 05:24