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 Interlude「ある世界線の記憶」



「俺は、仮面ライダーオーズ――須賀京太郎だ」


 先ほどまで淡の前で見せていた、超人的な姿はそこにはない。
 怪物の爆散。同時に零れ落ちるメダルの山。
 街灯に反射するそれは――淡には、満天の星空に見えた。

 その中で、手を差し伸べる金髪の少年。

 戸惑う自分に向けられる、困ったような笑み。
 あの、戦いの中の――淡が身震いを憶えるほどの姿はない。
 彼は、優しい少年だった。

 どう続けていいものかと悩んだ彼は、こう言った。


「なんていうか……よろしくな?」


 これが彼女にとっての、始まりだった。
 思い返すには近く、手を伸ばせないほど遠い場所。
 既に失われてしまった世界の、記憶である。


 助け起こされた淡は、スカートを払って少年に問いかけた。
 自分に襲い掛かった先ほどのアレは、なんなのか。
 オーズとは何か。どうして少年がそれに姿を変えるのか。
 それから、何故自分を助けてくれたのか。

 見れば、少年の躰にはいくつもの傷があった。
 そして、淡が取った手は、恐怖に震えていた。

 助けられたのもあるが……。
 それ以上に、おかしな男だと思った。
 自分だって戦いが怖い癖に、戦いに飛び込んでいくのだから。

 余程の事情があるか。
 それとも何も考えてないか。
 頭が半分くらい壊れているのか。

 失礼だが、そこまで思っていた。
 とても強そうには見えない。勝負事とは、無縁そうな穏健な風貌なのだ。


 という、淡の問いに対して、少年は困っていた。
 事情を打ち明けるのを、躊躇っているようであった。
 ただ、最後の質問にだけは――彼ははっきりと答えた。


「目の前で誰かが襲われてたら……助けない理由なんてないだろ?」


 自分だって怖いくせに。
 でも、その答えには――好感が持てた。


「っていう訳なんですけど……話しても、いいんですかね?」

「んー……まあ、しゃあないやろ。知らん方が危ないって事もあるし、ここまで来たらな」


 その少年、京太郎は。
 淡にその場を立ち去る事を求めた。そして、今日見た事を忘れるようにも、と。
 それに淡は、異を唱えたのだ。

 そんな危ない怪物がいるなら、教えてくれ。
 事情が分からなければ、また出会うかも知れない。
 自分の知人だって危ないかもしれない。少しでも知りたい。

 そう、食い下がっている時であった。
 その場に新たに訪れた、一人の少女(最初は少年だと思った)。
 京太郎の戦いの師匠にあたるというその少女――江口セーラは、淡の主張を受け入れた。


 この街には、今二つの危機がある。

 一つはドーパント。
 ガイアメモリと呼ばれるガジェットを用いて、人間が怪物に様変わりするもの。
 その持ち主には、生体コネクタと言われる入れ墨が刻まれている事。

 一つはヤミーとグリード。
 八百年の眠りから目覚めたその怪物たちは、人間の欲望を喰らうのだと言う。
 その怪物が人にメダルを投じる事で生み出される怪人が、ヤミー。
 鳥・獣・昆虫・水棲生物・重量系動物。
 さまざまな種類のヤミーがいるのだと、知った。

 前者は注意できるが、後者は注意不可能だ。
 せめて、様子がおかしな人間には近寄らないようにする事。
 事実、事前対処というのは難しいと言っていた。


 ならば、と淡は提案した。

 それなりに自分は顔が広い自信がある。
 その方面で何か協力はできないか、と。
 淡としても、ライダーの傍に居た方が安心できるし、京太郎たちも探索の手が多い方がいいだろう、と。

 セーラは難色を示した。
 京太郎など、最後まで渋っていたほどだ。

 それでも最終的に、淡は、彼らの協力者となった。



 それから、色々な戦いがあった。
 淡が知らない戦いだってある。当然、危ないからと遠ざけられたのだから。
 詳しい事情を話されなかった事も多い。
 それでも京太郎たちの手伝いをしていたし、なんとなくの状況は把握していた。

 そう言えば一時、こんな事もあった。


「……なによ、これ」

「何やけったいなオカルト持ちか……」

「ふふーん」


 新子憧=仮面ライダーバースの装着者。
 江口セーラ=仮面ライダーアクセルの変身者。
 須賀京太郎=仮面ライダーオーズの資格者。

 彼らと、卓を囲む機会があったのだ。
 どうせなら普段自分は一般人と見られて軽んじられているところもあるし……。
 ここらで盛大に一発、自分だって凄いのだと見せようとしていたのかも知れない。

 実際、渋い顔をする憧と目の色を変えるセーラを見て、淡はほくそ笑んだ。
 どうだ、と思った気がした。何がとは言わないが。
 それから、当の須賀京太郎に目を向けた。
 彼の反応が、一番気になるのである。

 だけれども……。


「……ん、どうかしたのか?」


 彼は、非常に涼しい様子だった。
 すわ、彼は淡の絶対安全圏を無効化する能力でも持っているのかと感じた。
 男子でその手の能力を有する者は数少ない。
 いたとしても、大概は表舞台に出ない。インターハイなどよりも、早い段階でプロにスカウトされるか。
 それとも地下に潜るか、である。

 京太郎は、オーズに変身するものであるし。
 その手のオカルトを保持していても、何らおかしくないのかと考えたが……。
 真相は、実に単純明快であった。


「いや、5シャンテン6シャンテンとか……いつも通りだし」


 彼は、常時淡の「絶対安全圏」を喰らっているのと同じ配牌だと言う。
 なんだそれと思った。
 これほどまでに不運な奴が、この世に居るのかとも驚いた。

 しかしそれでも、彼は変わらない。
 手配がどうであろうとも、オーズで戦う時と同様、諦めずに進んでいた。

 ……尤も、仲間内で打つ時は普通に最下位であったが。


 本当に、色々な戦いがあった。
 過酷だっただろう。凄惨を極めただろう。
 戦いが終わるたびに、傷を作って戻ってくる京太郎。

 また彼と、生きて再会できるのか。
 会話を交わす事が出来るのか。
 笑いあう事が許されるのだろうか。

 戦いに赴く彼らを、淡は常に気が気でない気持ちで見守っていた。
 心細かった。
 どうして自分が、直接的に彼らの力になれないのかと、恨んだりもした。


 あるとき、江口セーラが重傷を負った。

 曰く、京太郎に不死身を分けてやったそうだ。
 淡は、セーラに縋り付いて泣いた。
 待つ事しかできない己を、呪ったりもした。


「……ま、そーゆーなって。お前が待ってるって考えたら、やっぱり力になるんやから」


 実に気障ったらしい台詞だったが、京太郎が言うよりも、セーラが言う方が様になっている辺りが不思議だ。
 次の麻雀なら負けないと、彼女は笑う。
 打つ為にも、早く回復させないとな……とも。
 そして事実、セーラの回復は早かった。これには、淡も驚いた。


 ある時は、新子憧が傷付いて帰ってきた。
 グリードの総攻撃により、バースの鎧を通してもなお、少なくないダメージを受けたのだ。
 同じ女として他人事とは思えないほど、背中に刻まれた瑕が痛々しかった。

 それでも憧は、笑うのだ。


「あたし自身が、やりたくてやってるから……気にしなくていいって。心配かけて悪いとは思うけど」


 そんな風に。
 彼女が戦う理由は、鴻上財団と交わした何らかの契約によるもの、らしい。
 そのあたり、無償で戦うセーラや京太郎と違うのだと、どこか引け目を感じている風だった。

 そんな事はないと、淡は言う。
 どんな理由だろうと、誰かを守ろうと戦っている事には変わりがないと。

 憧は、困った風に笑ってから、照れくさそうにしていた。


 その戦いの果てに、世界の全てが崩壊する。
 宙に浮かんだ、巨大なオブジェクト。
 世界をメダルとして吸い上げる悪魔の器。

 京太郎たちからの呼びかけで、人々の非難は完了していた。
 それを手伝った淡は今、京太郎と二人きりだ。

 京太郎と淡の眼前には、その世界を滅ぼす欲望の器。


 勝てないと思った。
 この、あまりにも絶望的な光景に。
 絶対に、生き残る事は不可能だと思えたのだ。

 戦いは熾烈を極めた。
 メダルを取り戻していくグリードを相手に、京太郎たちは苦戦を強いられたのだ。
 傷付いていく仲間たち。加速する戦禍。齎される破壊。

 ましてやそれに、ほぼ全てのメダルを取り込んだ器が相手など――。


 絶対に、無理だと思っていた。
 勝てるはずがないと。生き延びられるはずがないと。

 だから、淡は――これまで決して口にしなかった事を口にした。

 この言葉を出してしまったのならば、京太郎とは決別するだろう。
 彼は絶対に肯んじない。それに頷きはしまい。
 それでも、それでも淡は言いたかったのだ。
 彼に、死んでほしくないと。生きてほしいと。


「無理だよ……あれは、絶対に無理だってば」

「……」

「あんなのと戦ったら、きょーたろーは……死んじゃうって」

「……」

「だから、ねぇ……逃げよう? どこかに、逃げようよ」

「……」

「きょーたろーは、もう、十分に戦ったから……これ以上戦わなくてもいいよ」

「……」

「それに……世界を喰い尽くすなんて嘘かも知れないし、きっと、ある程度したら収まるって……」

「――淡」


 彼は悲しそうに微笑んで、オーズドライバーを取り出した。
 やはり、止まらない。止まる筈がない。
 言ったところで、彼は戦いを止めないなどとは分かりきっていた。
 だからこそ、自分は惹かれたのだ。


「俺が戦わなくてもいいかもしれない……そうだったら、いいなとは思う。
 でもさ、それでも俺は……戦う。ここで逃げる事なんて、できないんだ」


 ――プテラ! ――トリケラ! ――ティラノ!
 ――プットティラーノ・ザ~ウル~ス!


「……ごめんな」


 結局のところ――須賀京太郎は、生き残った。
 その身に宿したメダルの力を失い、オーズとしての能力を無くして。

 これで平穏に戻れると、淡は安堵した。
 だが、京太郎は止まらなかった。

 ヤミーとグリードの脅威はなくなった。
 ミュージアムも、その根を絶たれた。
 でも、だからと言って、全てが平和になった訳ではないと。


「……なんていうか、こういう性格なんだよな」

「ふーん」

「付き合わせちまって、悪い……」

「別に謝らなくてもいいよ。好きでやってるんだから…………京太郎の事が、ね」

「そう言ってくれると、ありがたい――って、ええ!?」

「……あれ、もしかしてー、気付いてなかったのー?
  あれだけ『逃げよう』って言うって、そーゆー意味って解らなかったの?」

「……マジかよ。おったまげた」


 それでも、淡と彼は結ばれた。

 また彼が、危険に向かって行ってしまうと言うのなら。傷付いてしまうと言うのなら。
 それ以外のところで彼を癒せばいいし、それならそれで思い出を作っておいた方がお得だと思ったのだ。
 終始渋っていたが、結局折れた。

 それから、淡は幸せだった。

 色々なところに遊びに行った。
 二人で星を見に行った。
 銀時計をプレゼントして貰った。
 正式に、男女の関係になった。

 彼は未だに忙しそうではあるものの、幸福な毎日だった。

 このまま、年を取っていくのだろうと――そう考えていた。
 そんな矢先の、出来事であった。



「なんで……こんな事が……」


 空に浮かぶ、黄色の球体。
 その発光体が、空間を埋め尽くしていた。
 同時に、景色が様変わりをする。

 あったはずのビルが消えて、ある筈のない建物が浮かんでくる。
 次の瞬間には、それこそが正しいものだと思えてしまっていた。
 何かが、書き換えられていた。

 欲望の器に負けずとも劣らないその現象に、淡は震えた。


「……大丈夫だ。仮面ライダーが、ここにいる」

「きょーたろー……」

「言ったろ? お前を、護ってやるってさ」


 あの時と同じ優しい笑みを浮べて、須賀京太郎はベルトを装着した。
 ロストドライバー。
 オーズの力を手放すにあたって、片岡優希から受け継いだ、京太郎の新たな力だった。

 そして、京太郎はメモリをタップする。
 叫びを上げる、“地球の囁き(ガイアウィスパー)”。
 切り札の名を持つ、京太郎の運命がそこにはあった。


「……変身」

 ――《JOKER》!

 その眼前には――雲霞の如き、怪人の大群。
 京太郎を封じ込まんと……殺しつくさんと、大量の敵が、そこにはいた。
 今度こそ、生き延びられるはずがないと思った。
 それでも、京太郎は笑うのだ。

 辛い時こそ、苦しい時こそ歯を食いしばって笑う。

 それが本当に大事な事なのだと、彼は言っていた。


「淡……逃げてくれ。俺が道を作る」

「やだ……! そんなの、絶対嫌! きょーたろーなら、分かるでしょ!?」

「ああ、判る……判るよ。でもな……俺は逃げられない。逃げたくない。
 俺がライダーだからじゃない……。俺は、お前に死んでほしくないんだ。生きていてほしいんだ」


 そう言うと、彼は飛びかかってきた怪物を打った。
 あまりの威力に、弾き飛ばされる怪物。
 周囲を取り囲むその人垣に、亀裂が入った。

 それでも淡は、逃げられなかった。
 京太郎に言われても、この場を離れたくなかったのだ。
 そんな淡を守りながら、京太郎は怪物たちを薙ぎ倒す。

 人の身に出せる、その限界までの高ぶりを見せる技能。
 足手まといを抱えても、京太郎の方が圧倒的に強い。
 一つの旋風と化し、怪人を蹴散らす京太郎。

 鎧袖一触。
 歴戦の兵。引き合う運命のメモリ。
 それは、雑多な怪人を一切寄せ付けない。


 このままなら、ひょっとして――と。
 淡がそんな期待を抱いたその時だった。
 そいつは、現れた。


「……ああ、なるほどな」


 小さく呟く京太郎。
 紫色の、恐竜じみた怪物。
 見ただけで、全身が凍りつく。それだけの圧力を、放っているのだ。

 あれが、こいつらの主犯格だ。

 あれこそが、この惨状を生み出している存在だ。

 そしてあれは――。


「淡」

「……な、に?」

「こいつは、俺が止める。だから……逃げてくれ。
 俺の分も――生きてくれ。お前は、幸せになってくれ」


 京太郎が死んで、幸せになれる訳がない。
 そう、淡は首を振った。
 愛するものを失って、その痛みが消えるわけがない。
 ましてやこうして遺されたのなら、立ち直れる筈がなかった。

 そんな淡に、京太郎は困ったような声を出した。
 それから、「じゃあ、言い換えるぜ」と言葉を区切り、淡の手をとった。


「また――会おう。絶対に、生きて再会しよう」


 「約束だ」と呟いて、京太郎は淡に背を向ける。
 それが叶わぬ事だなんて、判っていた。
 でもそれでも――と、思う。

 京太郎は仮面ライダーだ。
 彼が約束を違えた事など、無い。
 この場で淡という足手まといがいるよりは、彼一人の方が、切り抜けられる確率は高いだろう。

 故に淡は、足を踏み出した。

 どんなに絶望的な闇の中であったとしても、仮面ライダーという光は輝く。
 だからきっと、京太郎は約束を破りはしないだろう。
 ここで殺されてはならない。彼の重荷になってはならない。

 そんな一心で、淡はその場を後にした。



「……嘘吐き」


 ついぞ、約束が果たされる事は無かった。
 崩壊する世界で、淡はゼロライナーと出会う。
 自分たちに襲い掛かった存在。その正体。

 イマジンと言う怪物。世界を改変する敵。
 そのイマジンによって破壊されてしまった世界から来たというゼロライナー。
 唯一の解決手段。戦う手段。

 この世界は遠からず崩壊する。
 生き残りは、已のところでゼロライナーに拾い上げられた淡だけ。
 過去を書き換えられて、この世界は消えてしまう。


 淡は決意した。

 彼との約束を守るために。
 恐怖を殺して、戦う事を選んだのだ。
 イマジンを止める。それしか、手段はなかった。

 時のレールが動き出す。
 淡は、過去へと跳んだ。


「私が……守る。今度こそは、私がきょーたろーを守る」


 そこで、誤算があった。
 淡が過去へと跳んだ事、そして、デンライナーが来てしまった事。
 それにより、世界線がズレてしまったのだ。

 どうあがいても、彼とは再会できない。
 ともすれば――もしもチケットを消費しつくしたのであれば、淡も消滅するだろう。
 それでも、交わした約束があった。誓った思いがあった。


「きょーたろーの護った世界を壊させない。平和を壊させない。その為に、私は戦う」


 その為に、大星淡は戦い続ける。
 自分の未来に辿り着かないとしても……。
 この世界は、京太郎が護った世界と同じだ。京太郎が愛した世界と同じだ。

 過去の自分がいる。過去の京太郎がいる。過去の仲間がいる。

 あの時はただ、見ている事しかできなかったけど。
 ただ守られるばかりで、何もできなかったけど。
 今度は、護れる力がある。須賀京太郎を、仲間を、世界を……。


「絶対に、貴方を救ってみせる」


 あの未来のように、イマジンに囲まれて果てる事があってはならない。
 あのイマジンは――直感ではあるが、京太郎と同じものだと思った。
 ゼロライナーの持ち主は、過去のライダーが死んだために未来が変わったと言っていた。
 きっと、あのイマジンは、仲間が死んでしまった方の京太郎なのであろう。

 そんなものは、作らない。
 絶対に、京太郎の心を守って見せる。

 淡は、己の恋人である京太郎と他でもない自分自身に――そう約束した。


                                                   ――了
最終更新:2014年03月02日 14:53