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       Interlude 「アンクと少女と無理心中」






 ――トリさんが赤いからかな。青くないとだめなんだね……。






 いつの日か、そう言われた事を。
 アンクは、ハッキリと憶えている。

 グリードは夢など見ない。思い出す事はあっても、人のように夢などを見やしない。
 だからこれはアンクの、記憶に明確に刻まれた言葉なのだろう。


「……俺は」


 現代に目を覚ましたグリード=アンクは、まず戸惑った。

 コアメダルを奪われて。
 決して満たされないグリードとしてこの世に現れてから。
 かつて存在していた美しい羽は失われて、アンクの体はごつごつとした、見る影もない醜悪なものと化していた。

 岩を砕くどころか何を啄む事もできなくなった嘴。
 美しいものを収める事すらできない瞳。
 太陽まで羽ばたく事ができない羽。

 どれも屈辱だった。悲しかった。以前のような己の姿とは違うそれが。

 だが――しかし。
 今の彼は、それよりも酷い。
 そんな嘴や目すらなく、翼と言うなら手の甲にあるただのシンボルがごときそれのみ。
 鳥の王ですらなく、おまけにグリードですらない。
 アンクは、ただの右腕だけの存在としてこの世に復活したのだ。


(なんだ……これは。俺は、どうしたんだ……)


 怒りよりも戸惑いが勝った。
 グリードの姿を気に入っていた訳ではない。むしろ、不満しかなかった。
 それでもこの――今の身体に比べるのなら、遥かにマシであろう。

 どうすればいいのか判らない。
 何故己の身にこれが起きたのかさえ知れない。

 ただ一つ、言える事がある。
 王によってコアメダルを奪われ封印されたアンクは、何らかの要因でこの世に舞い戻った。
 然るに、他のグリードも目覚めるであろう。

 今のこの体では、他のグリードに対抗はできない。
 裏切り者。彼らはそう考えているはずだ。アンクの事を。
 アンク自身はそもそも誰に加担した訳でもないと考えているが、同時にまた、己が裏切り者である事を自覚している。
 ただ、だからと言ってのうのうとやられる訳には行かない。

 セルメダルをすべて失って、仮初めの肉体が崩れ去ったとしても。
 アンクたちグリードは死ぬ事がない。そもそも生きてはいないのだから。
 ただ、その一枚のコア。意識が宿ったコアの内で。
 永遠に欲望が満たされる事のない悪夢――地獄を見るだけとなる。


(そんな事は、御免だ)


 故に手近に存在していたメダルを数枚掴むと。
 アンクは、他のグリードが目覚めるよりも先に、その場から逃げ去る事を決意した。


 アンクがその場にいない事で。
 別のグリード内の裏切り者、カザリに対する糾弾が起き。
 そしてその過程で、隠されていたアンクのコアが目覚め。新たなる人格が誕生した事など、知る由もない。
 ただ、アンクは逃げ出した。
 それだけだ。

 他のグリードに見つからないように息を潜めながら。アンクは、己自身の事を考えた。
 他のコアがどこにあるのか。それが分からない。
 それでもせめて、セルメダルさえあれば、あの体になれるかもしれない。

 そう考えて、ヤミーを作ろうか。
 試してみたが、それも上手くはいかない。
 炎を出す事もままならない。翼など、言わずもがな。
 どうやら――アンクの持つ大半の機能は、使えなくなってしまっているらしい。


 かつて奪われた己の力に比べるのならば。
 こんな事は、些事である。どちらにせよ満たされないグリードである事には変わりない。
 ただ、今のアンクは脆弱そのものであった。

 己のコアメダルを取り戻す。セルメダルを集める。
 そうは考えたものの、具体的な手段など思いつかない。
 オーズの力があり、或いはその装着者がいるのなら別だろうが。
 アンクが気付いたその時には、他のグリードの復活も開始されていた。
 故に、オーズのベルトを持ち去る暇さえなかった。


(俺は……)


 落とす肩すらもない。
 ただの右手。己は今やそれでしかないのだ。
 惨めだった。
 かつて大空を翔け、すべての鳥類から尊敬と畏怖の眼差しを向けられた――そんな姿など、どこにもない。
 この、大きく変化した環境の中。
 アンクは、一人で放り出されたのだ。脆弱なグリードとして。


「……トリさん? お化け? 右手?」


 そんな時だった。
 唐突に、声がかけられたのは。
 幼い声であった。見れば――この姿でもものを見れる――そこに居たのは、赤い髪の少女。
 小さい。
 元々少女であるというのもあるが、十分な栄養を与えられていない。
 そう判断するに足るものである。

 アンクに怯える訳でもない。
 目を輝かせて。どちらかと言えば、興味深々と言った様子で。
 馬鹿な人間なのだろう。ただ、目は見えているようだ。


「……俺は鳥じゃない。お化けでもない」

「じゃあ、右手のトリさん?」

「……うるさい。あっちへいけ」


「ちょっと、モモ! どこいってるのさ……って、化け物!?」


 もう一人。その少女を探して現れた、勝気な目の少女。
 髪の色から察するに、アンクに声をかけた少女の姉であろう。
 こちらは、アンクを見て驚いていた。これが正常な反応だと思った。
 それにしても、騒がしい。


「あんた……あたしの妹に、何する気なんだよ」


 それからその少女はアンクから妹を遠ざけるように間に立ち、その背に庇う。
 グリードという事は知らなくとも、化け物を見たのだから、これが当然の反応だろう。
 それにしても、やはり人間と言うのは煩わしい。
 それでも今の自分では、こんな人間一人の相手をするのも不可能に近いであろう。


「俺に用はない。お前の妹から話しかけてきたんだ」

「う、腕が喋った!?」

「……俺は腕じゃない」


 噛み殺すようにそう呟く。
 だが実際、今のアンクはただの腕だ。
 羽ばたく事もできず、天に上がる事もできず、ヤミーも作れず、炎も出せない。
 ただの右腕だった。
 王でも、グリードですらもない。


(なんなんだ、俺は……。俺は、どうなっているんだ)


 頭の中で繰り返しても、答えなどない。
 ただ、今のアンクは弱い。それは確実である。
 このまま、この場に居たのなら――目の前の少女に、破壊されるだろうちっぽけな存在。

 立ち去るか。

 逃げてばかりと言うのが、アンクのプライドに障る。
 だが、以前の王の如きプライドがあってもしょうがない事だし。
 自分自身、その点では後先を考えない人間を見習ってもいい――そう過去に考えていた。
 ここでまた、コアだけの存在になっても仕方がない。
 故にアンクはその場を後にしよう。そう思った。

 その時だった。


「トリさん、お家がないの?」

「ちょっと、モモ……!」

「だったら、一緒に来ない?」


 先ほどの少女から差し出される、右手。
 しばし考えて、決めた。今の自分では――逃げ惑うのすらうまくいかないのだと。


 彼女の姉は渋ったものの。
 それでも妹が引かない事を見るに、やがて折れた。

 自分たちの前以外では決して姿を現さない。

 それを条件に、アンクは彼女たちの家へと連れて行かれる事になった。
 勝手なもんだ、バカバカしいとも思う。
 それでもこのまま他のグリードから逃げ続けるのも難しいので、精々利用してやろう。そう考える事にした。


 この時代の基準と言うのは分からないが――。
 アンクから見て、その家は貧しい家だった。
 昔過ごしていた時代の下級民の暮らしとそうは変わらないような生活。
 あの二人が痩せているのも道理である、そう思った。

 どうやら、この家は教会であるらしい。
 ただ、寂れていた。
 かつてアンクと他のグリードが、あの“王”と戦った場所のように。


 そしてやはり人間は愚かだな、と思った。
 この姉妹の父親は、とんでもない愚物であったのだ。
 人の世を憂いて、新たな教義を追加した。それが故に、元の教会から破門になったらしい。
 実に愚かで――詰まらない悪人だ。

 アンクは鳥の王であった頃、全ての鳥を束ねていた。
 弱き者は生きるために、強き者の庇護を必要としていたのだ。
 そしてアンク自身、それに大して不満はなかった。彼らを護る事に。

 この姉妹の父親と言うのは、無自覚の悪人であった。
 ただのそれよりも、なお性質が悪い。言うなれば、この世で最も邪悪であろう。
 自分は正しい事をしていると思っている。
 そしていつか自分が報われる――今、何故、そんな自分が報われないか――とも考えている。
 くだらない類の、屑だ。


 王である――或いは仲間で在ったり、父親であるのならば。
 まずは、己の下の者を護るべきなのだ。己を必要とするものを。
 故に王は民を護る。盟約を誓ったものを護る。
 もしアンクに子供がいるのなら、王としての責務と同時に、その子供を全力で守ったであろう。

 だが、この男は違う。
 己を求めているとも限らない人々の為に、勝手に思い込んで行動をする。
 挙句に――真に自分を必要とする、子供や家族を置き去りにして。

 自らが蒔いた種に手を加えず踏みにじり、それ以外に――己のやりたい事にばかり目を向ける。
 それでいて善人面をしているのだ。
 これまで見た人間の中でも、最上級に愚かしい類の存在である。
 悍ましさこそ覚えはしないが、心底この男を、アンクは侮蔑した。


(やはり、人間は愚かだ)


 それを信じる家族も。
 ただの、馬鹿の集まりとしか思えなかった。
 実際、洗脳でもされているような阿呆の類なのだろう。

 親を選べない――子供を除いては。


「どうしたの、トリさん? お腹すいたの?」


 かと思えばこの子供のように。
 自らが飢えて居ながらも、その食物を差し出すものがいる。
 こちらは、自分に責任はない。もっと救われたいという欲望を抱いても、良いのではないだろうか。
 そう思うほどに。
 人間は不思議だな、と思った。


「……いらん。お前が食え」

「トリさん、お腹すかないの?」

「俺に食事は必要ない」


 それは真実であった。
 グリードは、何を食べても味と言うものが感じられない。
 味だけではない。光も、音も、臭いも、感触も……何もかもが狂っているのだ。
 故に満たされない。
 永遠に満たされる事がない存在、それがグリードなのだ。


「ふーん。じゃあ、お腹すいたら言ってね」


 幼いのか、理解していない風に感じる。
 そんな少女を眺めながら、やはりアンクは、己が満たされない存在となった事。
 今やそんなグリードですらない事を、恨んだ。

 夢で見た――かつて満たされていたときに――風景を手に入れる。己が失ってしまったものを取り戻す。
 アンクは、改めて自分自身にそう誓った。
 そのためには少なくとも己のコアメダル。セルメダルが必要だった。


(かならず、手に入れてやる)


 右手を握りしめる。
 まずはこの世の中に対応しなければならない。
 そして、いるのならオーズを。或いは、オーズのベルトを手に入れなければならない。
 あのような王ではなく。アンクのメダルを集めを助けるような存在を。



 それからアンクは調べた。
 オーズがこの世に再び出現した事。
 それを行ったのは、あのカザリである事。
 どうやら、カザリと協力して奴のメダルを集めようとしている事。
 そして――己のコアメダルが、新たな人格を持ったグリードを成立させている事。

 あの姉妹の家で雨宿りをしながら、アンクは、そんな情報を集めていった。
 ある日だった。


「お前、何か欲望はないのか?」


「欲望?」

「……やりたい事や、欲しいものなんかだ」


 ある夜だった。
 しきりに話しかけてくる少女に辟易しながら、アンクは問いかけた。

 もし自分がヤミーを作り出せるようになったのなら。
 その時は、この少女の欲望を叶えてやってもよいかもしれない。
 一宿一飯の礼と言う訳ではないが、そんな風に思っていた。


「えーっと……ね」

「なんだ?」

「お姉ちゃんとかお父さんの話してること、むずかしくてよくわからないけど……」

「……」

「また、みんながお腹いっぱい食べれて。それで、みんな笑ってくれたらいいな」

「……そうか」

「うん、トリさんも一緒だよ? りんごとか、食べようね」


 こんな状況でまで、他人の心配か。
 そう思ったが、口には出さなかった。

 ヤミーを作れるようになったのなら、この少女の欲望を叶えてやろう。
 今度は失敗などしないで。
 望むだけ、腹いっぱいに食わせてやる。
 アンクは、己自身に誓った。


(その為にも、コアが必要だ。俺のコアが……)


 それからアンクは、少女たちの家を離れて。
 己のコアを探す事に集中した。

 あのオーズ。カザリが何故未だ素直に従っているのか分からないが、鍵はあのオーズだ。
 これまで以上に、オーズへの注意を深めた。
 奴と出会う人間、その全てに注目する。
 そうしていればもしかしたら、己のメダルに巡り合う機会が増えるかもしれない。


「カザリ、だから半分持ってくれって」

「君が買ったんでしょ? 僕は食べるなんて一言も言ってないし」

「そりゃあ、そうだけどよ……お前、まだ気が向かないのか?」

「そうだね。君がもっとメダルを集めてくれたら、分からないけど」

「あー。分かった、分かったって」


 買い物袋を抱えて歩く、カザリとオーズ。
 オーズは、相変わらず間抜けな面をしている。先代のオーズ――“王”とは大違いだ。
 だからこそカザリの事を、信用している風でもあるのかもしれない。

 カザリも何故、おかしな行動をしないのか気になった。
 だが、きっと、アンクと同じ理由であろう。そうでなければオーズの復活など許すはずがない。
 カザリは慎重――言い換えれば臆病なのだ。
 よほど追い詰められた。であるがゆえに、オーズの封印を解除した。

 恐らくは。
 そのメダルが十分に集まりきったのなら。
 オーズを殺して、他のグリードのコアメダルを奪う。それぐらいはする奴だ。


(その前に……なんとしても俺のコアを集めなければ)


 ますますアンクの置かれた立場は悪くなった。
 カザリのコアが集まる前に、自分のコアを集める。
 しかし、あの別の自分は――グリードの群れの中に入っている。

 どちらにしてもオーズが必要だった。
 なんとしても自分のコアを手に入れ、カザリのコアメダルを得て復活を阻止し、そして、オーズと交渉しなければならない。


 あのオーズが出会っていた人間を辿り、また後を追って……。
 何枚かのついでと一緒に、ようやく、自分のコアメダルを1枚取り戻した。
 そんな日の事だった。

 アンクは上機嫌だった。
 自分のコアのみならず、カザリのコアや他のグリードのコアも手に入れられた。
 うまく使えば、オーズとも交渉ができる。
 あとは、タイミングだ。

 そして、しばらくぶりにあの少女たちの家に戻った。
 心なしか、いつもよりも雰囲気が明るい。
 食卓に並ぶ料理の数も、いつもより遥かに多い。
 何があったのか、そう思った。


「あ、トリさん……どこ行ってたの?」

「……別にお前には関係ないだろ。それより、どうした?」

「えーっとね、お父さんの話を聞きたいって人がいっぱい来たんだー」


 不思議な事があるものだ。

 この時アンクは、そう思った。
 ただ、オーズを調べるうちに分かったのだが。やはり人間の欲望と言うのには変わりないし。
 また、時代が変遷するにして、悩みと言うのも様々になったらしい。

 逆に、この少女のような欲望の持ち主は、珍しいだろう。


「はい、これトリさんの分」

「……なんだ、これは」

「りんご。おいしいよ」

「……俺の事はいいから、お前が食え」

「ううん。わたし、いっぱい食べたよ?」


 確かに言われてみれば血色がいい。
 どうやら本当に、満腹になったのだろう。
 そして、アンクの返答に関わらず、押し付けられるリンゴ。


「どう?」

「……ふん、まぁまぁだな」

「そう? おいしいと思うけどなー」


 味など分かるわけがないのだから、食べても意味がない。
 だが不思議と、不快な気分にならなかった。

 自分が欲望を叶えてやろう。

 そんな風に考えてはいたが――どうやらその必要はなくなったらしい。
 だとしても、だ。
 結局アンクのやる事に変わりはない。
 己のメダルを集めて、オーズに協力させ、まずは完全体になる。
 そこから先は――。


(俺は、力を取り戻してやる)


 あの、夢のように。どこまでも、どこまでも大空へと羽ばたいてやる。この星を超えて。太陽にまで。
 そうしたら、その時は。

 あのときの少女と――この少女を。
 背中に乗せてやっても、いいだろう。
 その時は、背中いっぱいに、リンゴを持って行ってやろう。

 あの美しいものをまたこの目に収める。
 アンクはその手を握りしめる。


 ドーパントだの、イマジンだの。
 メダルを奪い返したときに、そんなものが資料としてあった。

 厄介だ。
 これでは欲望の奪い合いだ。

 そうであるがゆえに、他のグリードも様子を見計らっているのだろう。
 逆に言うならこれは、チャンスかもしれない。特に今、明らかに不利なアンクにとっては。
 そしてあのオーズはそれらとも戦っている。

 だから。その時を見計らって、オーズに取り入る機会もある筈だ。
 奴らとて、メダルが必要なのだから。

 そんな風にオーズたちを監視して帰った――ある日であった。


「……なんだこれは」


 燃え盛る、炎に包まれた教会。
 その外で一人佇む、少女の姉。
 その顔には力がなく――全身には、返り血を浴びていた。


「おい、お前……なにがあった!」

「あたしの……せいだ。あたしが、あんな事を願わなかったら……」


 茫然自失の様態で。
 膝をついて、涙を流す少女。
 ぽつりぽつりと、言葉が語られる。それはアンクがこの家から離れていたときの出来事。


 彼女は化け物に……白い化け物に、「皆が父の話を聞きに来て欲しい」とそう頼んでしまった。
 やがてその化け物は――繭や卵のようなものから孵って、人の「関心」を集めてきた。
 そうして彼女の家は、食べ物に不自由しないほど潤った。
 父の手前、そんな化け物を自分の欲望が生み出したなどと言える筈もない。
 なるべく家に寄りつかせずに、暮らしていたが……。

 それがついに、露見してしまったとの事だ。

 そうして、彼女の父親は狂った。
 目の前の少女を化け物を従える魔女と罵り、妻ともう一人の娘を道連れに――自殺した。

 その化け物とは、ヤミーだ。
 アンクが本来ならば生み出せる、鳥のヤミー。

 おそらくは向こうもこちらを感じて――コアメダルを探して。
 アンクの気配が残るこの家に来て、そのついでにヤミーを生み出したのであろう。


「……おい、離れるぞ。このままじゃ、お前も燃える」

「あたしが……あんな事を願わなかったら……。そうすれば父さんも母さんも……モモも」

「……おい! いいから離れるんだよ!」


 そう、アンクが怒鳴りつけた、その瞬間であった。
 自らの宿主の危険を察知した――コンドルヤミーが。
 己の主人のコアメダルを持つアンクを見つけて、襲い掛かってきたのは。

 ――糞ッ。

 舌打ちをするが、回避は難しい。
 コアが二枚。ただの右腕の体では。
 しかし――アンクは、そのコアを奪われる事はなかった。


「お前……!」


 目の前で放心していた、その少女が。アンクを庇うように前に立って、胸を貫かれていた。
 直後、ヤミーの体がセルメダルへと変化し始める。少女が、親が、死に向かっている為である。



 腕が引き抜かれた。
 赤い――赤い宝石のような穴が穿たれた少女の胸。鼓動が、小さくなっていく。

 このままなら、少女は死ぬ。
 咄嗟にアンクは、少女の体に憑依をしていた。
 そうすれば辛うじて死ぬ事はないし、また、アンクとしても入れ物を得る事になる。

 セルメダルに変わろうとしているコンドルヤミーが、少女と融合したアンクを前に戸惑う。
 それ目掛けて手刀を繰り出し、ヤミーの体をただのメダルに変えた。
 元々弱っていた。
 だから、こんなアンクでも倒す事が出来たのだ。


 足元に転がっていた、リンゴを拾い上げる。
 歯を当てて食いちぎり、飲み込む。
 人間の体を得たアンクは、同時に味覚を得るのだ。

 だが――この食べ物は。
 思っていたそれよりも、心なしか味気ない気がした。




 それから。


 アンクは今、オーズを観察している。
 ドーパントの一人と、生身で戦うオーズ。
 カザリが傍にいない――何を企んでいるのかしらないが――為に、変身はできないらしい。
 それでも必死に、異形の怪物相手に食い下がっている。

 これは、またとないチャンスだ。そう思った。
 同時に、ここでオーズに死なれたら困るとも考えた。

 自分自身のメダルをすべて集め。そしてその後、他のグリードのメダルも手に入れる。
 完全体になってもやはり、感覚は乏しい。
 だが――すべてを集めたのならば。完全体のその先になれば、より高く。より速く羽ばたける筈だ。

 そんなオーズが、怪人の攻撃を受けて跳ね飛ばされる。
 アイス――あの後食べた。気に入った――をほおばりながら、アンクは木から飛び降りた。


 やや離れた茂みに、オーズである少年は居た。
 全身が擦り切れて、口からは血を流して。
 ただ息をするのも辛いと――そんな様子で、横たわっている。

 これはひょっとしたら、不味いかもしれない。
 立ち上がるその体は小刻みに震えており、命の危機を思わせる。

 故にアンクは、半ば焦りながら声をかけたのだが……。
 男はアンクを一瞥すると、ぎょっと顔を歪めた。

 アンクがグリードで、この機に襲撃を懸けられるとでも思ったのか。

 そう考えたがどうにも、その先の言葉を考えるには、違うらしい。
 あげく、何を思ったのだか。

 アンクを庇うように、前に立った。
 どこかで、誰かがやっていたのと――同じように。  


 それから男――少年が。
 歯を食いしばって、笑顔でアンクに呼びかけた。


「任せとけって……お兄ちゃんはな、ヒーローなんだよ。だから――悪いやつには、負けないのさ」


 こいつは馬鹿だと思った。
 どう見ても満身創痍で、このまま闘えば死ぬだろう。
 オーズに変身したところでもどうなるか判らない。
 だから、カザリと行動を共にしているのかもしれない。


(……今、お前に死なれたらこっちが困るんだよ)


 自分の方が大変だと言うのに、それでも誰かを心配する。
 そんな姿は、愚か以外の何物でもない。
 やはり人間の中には、その手の馬鹿もいるらしい。

 仕方がない、と。
 ここでお前に死なれては困るのだと。

 そんな気持ちが不機嫌さとなって現れて。
 アンクは――少年、須賀京太郎に呼びかけた。






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            l: : :\,| \;               {:...::::j:::ノ 〃´l /: : :/: : :/   は? お前馬鹿か?
           ,′: : : :ハ             ,        ̄ ̄   /:イ: : イ: : /    やっと見つけたオーズを前に、誰が逃げるか
         l : : : : : : :\                      /´ノ:/: !: /
         l: : l : : : : : : i :ー 、     ─ 、             /イ:/: : : : /
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                                                   ――了/或いは始まり
最終更新:2014年03月02日 15:42