If 「少女と笑顔と為せない約束」
――愛してその人を得ることは最上である……愛してその人を失うことはその次によい。
(ウィリアム・M・サッカレー 19世紀英国作家)
「まだ、だ……まだ……俺は」
矢尽きはて、刀折れて。
そんな言葉で表すが等しい状態の京太郎が、唸り声を上げた。
傷付いて半ばから刀身が破損したメダジャリバーを杖代わりに、立ち上がる。
左の腕は力なく垂れさがり、前に突き出てる。肘と鎖骨が折れていた。
過度に使用したメダルの力を抑え込むために精神力を消耗しつくし、体力もごく僅か。
あれほどまでの白色であったスーツは焦げ跡と血しぶきで彩られ、強健さを表した装甲も、欠けぬところがないほど。
共に戦う仲間は既に生身に戻っており、その体にも幾条もの傷跡と打撲痕。
体力も使い果たして、かろうじて状態を起こすので精いっぱいだ。
故に、これは京太郎がやらねばならない事だった。
京太郎が屈すれば、全員が死ぬ。
京太郎が勝たなければ、全員が殺される。
勝ち目がないと分かっていながらも、それでも最早、戦うほかないのだ。
胸骨に罅が入り、脚の靭帯を損傷し、頸椎を捻挫、関節包を破損、眼底を骨折。
髄液出、内出血、火傷、擦過傷などは数えればきりがない。
だからと言って、休む事は出来ない。膝を折る事もできない。
ここで立たなければ、立ち続けなければ、倒れたきり起き上がれなくなるのは目に見えていた。
あまりにも強大な戦力差。
京太郎の手持ちで――仲間内の戦力で、もっとも強いプトティラコンボであるからこそ、かろうじて変身を維持しているだけ。
それ以外なら、藁のように手折られて終わりだ。
己がやるしかない。
己以外、誰もいない。
倒さねばならない。
止めなければならない。
戦わねばならない。
護らねばならない。
そんな義務感で補強された精神を以って、京太郎は幾度となく立ち上がる。
立って、一撃を受けて倒れて、また立って。
その繰り返しだ。ただ、己の苦痛を増やすだけの行為。
しかしそれでも、それ以外に出来る事はなかった。
少しでも時間を稼ぐ。
仲間が、この場を離れられるだけに回復するまで、粘り続ける。
このままなら、そう遠くなく自分が死ぬ事が分かっていても、それでも仲間を失うのは耐えがたい。
命よりも大切なもの。
実に使い古された陳腐な表現であるが、京太郎にとって、仲間とはそういうものとなっていた。
己が死んだとしても。命をどう減らしたとしても。
護る――この仲間だけは、絶対に。
更に半月板を損壊させられた京太郎は、それでもただ一心に身を起こした。
一分一秒、自分が立ち上がる時間が長ければ。足掻ければ。
その分、仲間の命が長らえる。
だからこれはきっと無駄ではないと――そう信じて、京太郎は立つ。
そんな京太郎の行動に辟易したのか。
眼前の敵が、拳を振り上げる。
エネルギーが拳に渦巻く。これまでのどれよりも、殺意と破壊力が込められたそれ。
どうやら、須賀京太郎もこれで終わるらしい。
そう思ったその時に。
「バカだね……やっぱりバカだ。きょーたろーは」
言葉と共に割り込む影。
大星淡=仮面ライダーゼロノスが、京太郎を護る形で、間に立っていた。
ゼロノスが、繰り出された一撃を受け止める。
須賀京太郎の代わりに、装甲を軋ませて。強力な攻撃を一身に受けるゼロノス。
淡のカードの正体と、その代償。
須賀京太郎はそれを知ったときに――尚更に、自分が戦わなくてはならないと思った。
もう、カードを使わせない。淡には戦わせない。
その為ここには、淡抜きの仲間と来ているはずなのに。
そんな京太郎の思いを知りながら、頷きながら。
実際のところ、大星淡はこの場に――ゼロノスとして、参戦した。
「あわ――」
呼びかけようとしたその瞬間。
ゼロノスは耐えきれず、弾き飛ばされて変身が解除された。
京太郎も余波で、変身が解けた。薄れていた猛烈な痛みが、襲い掛かる。
それでも構わず、地面に倒れ込むその少女に声をかけようとして――須賀京太郎は。
目の前の少女の名前がなんであるのか、少女が誰なのか、自分がなんと言おうとしていたのかを忘れた。
開きかけた口のまま、呆然とする。
何故、その場に少女が倒れてるのかが分からない。
見知らぬ少女が、この場に出ている。そして倒れている。
誰かわからずともそれは、京太郎の心を刺激するには十分だ。
再び奮起する。
戦わねば――守らなければならない。
腕が折れても、脚が砕けても、目が潰れても、心臓が破れても、戦わなければならない。
幾度目かの噛み締めで、奥歯が削れる。
それにも構わず拳で――砕けた拳で、身を起こそうとする。
変身して、戦わねば。
そんな京太郎の体を、何かが包んだ。
見知らぬ大男。ごつごつとした手。おそらくはイマジン。
何を、と言おうとした京太郎に。少女が笑いかける。
心配はいらないのだとでも、言いたげに。
「……デネブ。皆を、連れてってね」
「……分かったよ、淡」
事情が見えないが。
この少女とイマジンは、京太郎たちの味方のようだ。
自分たちが足止めを買って出ると、京太郎たちを庇うように前に立った。
ならばやはり戦える力を持ったライダーなのだろうが。
それにしても、敵が強すぎるのだ。
どれほど実力があるか判らないが、単騎で戦うのは不可能に近い。
「あんた、誰だか知らないけど……無理だ……! そいつは、一人じゃ危ない……!」
確りと叫んだつもりのその声は、掠れてひび割れていた。
横隔膜にも障害が残ったのか、胸腔のどこかが歪んだのか、喉がイカれてしまったのか。
理由は分からないが、ただ、思ったほどの大きさにはならなかった。
これで、伝わったのだろうか――と。
何とか瞼を開いて、少女の顔を眺めた。
「――」
複雑そうな顔をして、少女が京太郎を見つめ返す。
それから、少女はどこか寂しそうな笑みを浮べてると、
「大丈夫だよ……私はかーなーり、強いからさ」
自信ありげにそう言うと、問題ないと、京太郎に背を向けた。
伸ばした手が、遠ざかる。
デネブというイマジンに抱えられる形で、その場から引きはがされているから。
他の皆を見た。
京太郎が稼いだ時間は無駄ではなかったのか――辛うじて、本当に辛うじてだが。
牛の歩みと雖も、己の足で立ち上がる事が可能となっていた。
それはよい。
だが――それにしてもこの少女は誰で、一体、何の目的で京太郎たちを助けようとするのか。
そんな疑問に答えが与えられないまま。
京太郎の体は、少女から離されていく。
せめて理由が欲しかった。ただライダーだから助けに来たのではないと思えるのだ。
あの哀愁漂う微笑には、何か意味があると。
「もう憶えてないだろうけど――――大好きだよっ。バイバイ、きょーたろー」
最後にそう、少女が語りかけたのが聞こえた。
混乱が残る。
何故自分の名前を知っているのか。その言葉の意味は何なのか。
口を開いて呼びかけようとしても、声が出ない。
それから彼女は京太郎を一顧だにする事なく、ベルトを取り出すとその腰に巻いた。
そして――赤いカードを取り出し、言った。
「――変身」
さらに、赤のゼロノスカードを切って。
淡は、仮面ライダーゼロノス・ゼロフォームへの変身を行った。
背後で混乱しながら叫びを上げる京太郎を、デネブが引きずっていく。
他のライダーは、京太郎が稼いだ時間のおかげで。一人でも何とか、歩く事が出来る。
マスク越しに背後を確認した淡は、ゼロガッシャーを構えて、再び敵と相対する。
ひょっとしたらという奇跡を願った。
もしかしたら、彼と自分の間には強い絆があって、それで、ゼロノスのカードを使っても消えないのではないか。
そんな奇跡があるのではないかと、そう思った。
だけれども。
この世に、奇跡などは存在しない。
拠り所のない、根拠のない夢などはただ、風に散って消えるだけだ。
そんな事は、願っても無駄なのだ。
この世界はやさしくない。都合のいい奇跡なんて、起こらない。
――だから。
(起こらないなら、起こせばいい。きょーたろーを守りきれば、それは奇跡と一緒なんだ)
あのままでは――淡が割り込まなければ、確実に死んでいただろう京太郎。
それが生きると言うのはまさに、奇跡ではないだろうか。
そんな奇跡を、起こすのだ。この自分が。
都合のいい奇跡なんかじゃない。
大星淡が願って、大星淡が実行して、大星淡がやり遂げる。
そうすればきっとそれは、実態のない奇跡じゃなくて――確固とした運命となる。
須賀京太郎たちが、逃げ延びるだけの。遠くまで逃げて、生き残るまでの時間を稼ぐ。
デネブは京太郎たちを逃がすために共に行った。
故に淡はゼロガッシャー・サーベルモードの柄を握りしめて、単身、眼前の敵へと突撃する。
(悲しいなぁ……忘れられるのは。怖いなぁ……やっぱり、死ぬのも嫌だなぁ)
まだキスもしてもらってない。
抱きしめても貰ってない。
二人でどこかに遊びに出かけたりもしていないし、落ち着いた時間を過ごせてもいない。
あの日交わした、淡の好きなおかずを詰めた弁当を食べる――というのも。
――否。
まだではない。もう二度と、そんな日は訪れないのだ。
ここで淡が生き残ったとしても、京太郎の中にもう、淡はいない。
あの日の淡を知る人物など――存在しないのだ。
だから、残念でならなかった。
彼と結ばれずに、一人っきりで強敵に立ち向かって、静かに死んでいくのが。
でも……。
(嬉しいな――嬉しいなぁ……。うん、嬉しいよ……きょーたろー)
愛してその人を得ることは最上である……愛してその人を失うことはその次によい。
そんな言葉があるが、淡は、言った人間は相当分かってないなと思う。
もっと嬉しい事があるのだ、人生には。
愛した人を――護れる事だ。
それこそがこの世で最も満たされた行為だと思う。
故に、淡の心は死地と言うのに、晴れやかだった。
自分が消滅してしまうその事よりも。
須賀京太郎を護れるという事が――ただ、嬉しいのだ。
彼の為に時間を稼ぐ。
それがなんと――嬉しい事なのだろうか。
幾たびもの切り結びの末に変身が解けても、淡は、生身で敵に食い下がる。
(……きょーたろー、私の事を忘れてくれててよかったなぁ)
もしも彼が淡の事を忘れないで、この場に残っていたのならば。
きっと深く、傷付くはずだ。京太郎が傷付くのは嫌だ。その心も、体も。
赤の他人が自分の代わりに死んだという事にも――きっと彼は涙するだろうが。
それでも赤の他人な分だけ、マシだ。
それと、もう一つ。
ここまで無残に傷を負った自分の姿を、京太郎に見せたくはないという乙女心。
髪は乱れ、爪は割れ、手首は折れ、肌には青痣、顔だって晴れている。
こんな姿、やっぱり好きな人には見せたくないのだ。
まだまだ心残りはあるけれど。
それでも本当に――京太郎を護れて良かった。
彼と出会ってよかった。
彼と話せてよかった。
彼を好きになってよかった。
彼を失わなくてよかった。
「きょーたろーが忘れても……私はきょーたろーの事が大好きだよっ」
彼を護れて――本当に良かった。
そう笑顔を見せた大星淡は。
その笑顔ごと、頭部を踏み砕かれて絶命した。
砕け散るゼロノスカードと同じく、道路の赤い錆となって。
時を同じくして。
大星淡と契約したデネブが消滅した事で。
須賀京太郎は、自らの身代わりになった、見知らぬ少女の死を知った。
彼女の言葉の真意を、知る事なく。
――了
最終更新:2014年03月02日 15:47