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  「狭いとこが落ち着くのってなんだろうねあれって言葉があるけど
   そう言えば温泉とかプールも落ち着く方だよね。つまり……」


「……恐ろしい力だ、ロッカー・ドーパント」


 LOCK。つまり施錠を意味する地球の記憶。

 ロッカーを自在に生み出したり、ロッカーに物体を閉じ込めたり、そしてあらゆる物体を施錠したりするドーパント。

 そのドーパントの影響で。

 ロッカーの中に、二人、須賀京太郎と淡は閉じ込められていた。


 死んだと思っていた竹井久が、まさかのガイアメモリ使用者で。

 不意を突かれた京太郎と淡は、ロッカーに閉じ込められていた。

 暗い。狭い。蒸し暑い。

 そこに二人である。推して知るべしであろうか。

 正直なところ、オーズの力とゼロノスの力を合わせたら、脱出できるかと思っていた。

 が、そう上手くはいかない。攻撃が全部跳ね返ってくるのだ。

 それで、ただロッカーがガタガタ動くだけ。虚しい。

 必殺技を使えば――と思ったが、

 それで突き破れなかった場合、なんというか恐ろしすぎる。

 電波も当然遮断されているが、事前に江口セーラに連絡を取っていた。

 それで――とりあえず、京太郎と淡は彼女に任せる事にした。


 現在、更衣室。

 その中にある掃除用具のロッカー。

 なんというか、果てしなく心細い。淡がいてくれて、良かったと思う。

 コインロッカーベイビーという言葉があるが。

 この、薄明かりしか入らない――決して出られないロッカーに閉じ込められ続ける。

 ともすれば、気が狂うかもしれない。

 ロッカー・ドーパント。竹井久。

 恐ろしい敵だと思う。いや、本当に。


「お前が居てくれて、本当によかったよ」

「んー?」

「一人だったら、寂しくて死んでた」

「なら、開くまでおしゃべりしてよっか」

「そうだな」


 腰を下ろす事もできない。立ち続けだ。

 そう言えば中学校の頃、みんなで中村君をロッカーに閉じ込めた事があった。

 そのまま入口をひっくり返して壁側に。

 授業中ガタガタ動くロッカーと、イジメに関わりたくないと思ったのか、見て見ぬふりを決める教師。

 なんともシュールな光景だ。

 ちなみに言っておくと、別に中村君は虐められていた訳ではない。

 なんとなくその頃、ロッカーに人を閉じ込める遊びが流行っていたのだ。

 かく言う京太郎もロッカーに閉じ込められた。

 昼休みの間に、思いっきり扉を蹴り飛ばして反動で脱出したが。

 まあ、頭を打った。言うまでもないだろう。


「それでね、菫先輩がねー。ショーケースの前でじっとケーキ見てるの」

「……あの人か。というか、ファンシーもの好きでお菓子大好きだったなんて」

「見かけによらないでしょー? しかも、体重計気にしててあんまり食べないから超ウケる」

「そういうお前は?」

「私、体重計を気にした事なんて一度もないよっ! へへん!」

「また、世の中の女性を敵に回したな……」

「私くらいの可愛さなら、既に世の中が嫉妬と羨望で敵だらけだよ!」

「……ああ、バカがいる。おもちない癖に」

「むっ! この、このこの!」

「よせ! 暴れんな! 暴れんなよ!」


 ロッカーがガタガタと揺れる。

 下手に倒れたら、死ぬ。頭を打って死ぬ。ロッカーにエネルギー跳ね返されて、フルの衝撃で死ぬ。

 まさかのロッカーで脳挫傷。ダサすぎる。最悪だ。

 肘でつついたり、デコピンをしようとして来ようとする淡を宥めるのに、一苦労だ。


 そんなとき、だった。


「う、温かいけど……さ、寒くなってきてる……うぅ」


 声がした。ここは更衣室だ。

 そう、体育の授業が終わったのなら、着替えに来る。

 今回の授業は三年生だったらしい。くわっと、目を見開いた。

 ……が。


「……淡、手を退けてくれ」

「駄目」

「退けるんだ。俺にはやらなくちゃならない事が出来た」

「絶対ダメ」

「頼む、退いてくれ。俺は男としてやらなきゃいけないんだ」

「駄目絶対」

「これが、俺のやりたい事なんだ……! だから、なぁ――道(そこ)を、退けッ」

「ここで手を伸ばさなかったら絶対に後悔する。
 きょーたろーが人として駄目になる。だから、私がきょーたろーを守る!」

「悔、しい……! こんなにも、悔しい……っ! 見れないのが、悔しい……ッ!」


 目の前に突き出された淡の小さな手。それが、京太郎の視界を遮っている。

 声の主はおそらく松実宥である。すばらなおもちの持ち主である。

 なんとしても見届けなくてはならない。彼女の“生き様(おっぱい)”を――。


 まあ、ちょっと魔がさしただけだ。

 だってきっと誰だって同じ事を思おう。おもちがある。自分だけがそれに届く。

 それなら、手を伸ばさない事の――目を見張らない事の理由になんてならないのに。

 だが悲しきかな。淡のガードは、全盛期のゴール下の桜木花道を超えているのだ。

 結局、京太郎は諦めた。

 そこまでがっついては、なんというか自分の品位を下げる事になる。

 あくまでも事故、あくまでも不可抗力だから許されるのだ。


「……これなら一人で閉じ込められたかった」

「何か言った?」

「……なんでもないです。すみません」


 と、寸劇を繰り広げて、京太郎も諦めたその時だった。


「……今、何か音が」


 淡のディフェンス。

 その衝撃によって、ロッカーが揺れた。

 或いは、わずかながらに声が外に漏れているのか分からないが。

 怪訝そうな声が、した。


「やべえ、淡、静かにしろっ!」

「ふぇ!? ん、むぐ……」


 咄嗟に、淡の口を塞いだ。

 そして、自分の傍に抱き寄せて軽くしゃがむ。

 ロッカーの覗き穴から、中が覗かれるかもしれない。

 こちらから見えるという事は、向こうからもまた然りという事だ。

 そのまま、息を潜める。

 万が一見つかったらどうなるのか。ロッカーを外に投げ出されるかもしれない。

 そうなったら、下手したら死ぬ。そんなのは御免だ。


(う、お、おぉぉぉ――っ)


 そして、淡の口を塞いでしばらくの辛抱の後に。

 松実宥は、どこか合点が行かないと言う顔で戻っていく。

 ひょっとして、ロッカーの認識阻害効果もあるのかもしれない。

 恐るべし、ロッカー・ドーパント。きっとロッカーを放置して中で衰弱孤独死させるつもりなのだろう。怖い。

 まあ、それはともかくとして。

 京太郎の眼には桃源郷が飛び込んできた。そう、桃源郷。

 目の前を覆う大星淡の手がなくなったのだ。すなわち、桃源郷であろう。


 先ほど話題に上がっていた、弘世菫も来た。テンション急上昇。

 おお、さらには石戸霞もいるではないか。なんてこった。ここは幻想郷なのか。

 宮守麻雀部の彼女たちもいる。素晴らしい! ハッピーバースデイ!

 宮永照は……ああ、うん。可哀想に。どっちが背中なんだろうねあれ。


 彼女たちが、ジャージのジッパーに手をかける。

 心臓が跳ね上がった気がする。

 なんとしても見たい。見たい――が。


(あ、淡にあそこまで言われて見るのも……なんかな)


 結局は踏みとどまった。

 仮面のヒーロー。正義のヒーロー。

 それがバイオレンス・ジャックではなくピーピング・トムになるのは色々と拙い。よくないのだ。


 そのまま、地獄の時間が過ぎるのを待つ。

 目の前には天国がある。少し目を開けば、それを享受できる。

 自分はもう一週間もものを食べてない獣だ。

 それで、目の前には最高の食糧がある――だというのに、お預けを喰らっている。

 自分の意志一つ。ちょっとぐらい開けばそれを味わえるのに。

 だが、味わってはならないと自制する。禁断の果実だ。

 衣擦れの音、女性の嬌声――どちらも抜群のソテー。

 大きさ比べ――最高のシャンパン。甘露。


 なんというか、興奮が止まらない。興奮と書いてロマンティックと読む。

 逸らそうとしている首が元に戻ろうとする。薄眼を開けそうになる。

 だが、堪える。なんとか堪えるのだ。


(人はパンのみで生きるにあらず、人はパンのみで生きるにあらず、人はパンのみで生きるにあらず)


 でもこのロッカーの外の人たちはパン1だよね。

 いやブラはつけてるだろうけどさ。

 ほら、見ちゃっていいんじゃないかな。これは全部ドーパントが悪いんだから、不可抗力だよ。

 そんな悪魔の声が囁きかける。

 『なにがパンのみで生きるに非ずだ、パイパン舐めろこらー!』

 とても聞き覚えのある天使が、悪魔を蹴り飛ばした。でも言っている事、余計に酷いよこれ。


 悪魔も天使も、同じ事だ。

 そう言えば、「天使のような悪魔の笑顔」って歌もある。超懐かしい。堂本光一出てたよねアレ。

 ……いや、じゃない。というか今関係ない。

 「悪いやつらは、天使の顔して心で爪を研いでるものさ」って歌もある。そうだ。悪魔の囁きに耳を貸してはならない。

 だけど、男ならぐずぐずするなとも言っている。そうだ。若さだ。


 ――若さってなんだ? 振り向かない事さ。


 そう、振り向くのはアウト。なら、目をあけるのはセーフだ。そういう意味だろう。

 これは愛だ。おもち愛。躊躇わない事が大事だ。


(耐えろ……耐えろ、俺……ッ!)


 結局、京太郎は耐えた。

 口を押さえられて唸りを上げる淡。

 もし見たら、彼女は暴れ出すだろう。そうなったら、ロッカーが倒れて死ぬ。

 曽根崎心中ならぬロッカー心中。多摩川に飛び込もうとしてた太宰治もびっくりの心中。

 それだけは御免だった。結局、耐えた。


 ……が、訪れる再びの地獄。

 今週も京太郎と地獄に付き合って貰おう。そう言わんばかりの追い討ち。

 そう、着替えが終わったのなら……つまり授業が終わったのなら。

 今度は、別のクラスの体育の授業である。


「沢村さんの、おもち……!」

「ちょ、ちょっと……」

「松実さん、それはあかんって……」

「む、愛宕さんのおもちもすばらしいですね!」

「んー、みはるん。それなに読んでるのー?」

「『もしも京太郎がセーラの嫁だったら』。凄いオススメだよ!」

「にゃ゛!? い、いい……華菜ちゃんは遠慮しとく……」

「次は京セラでロッカーもの書くって、渋谷さんが……」

「しかも、書いてる人そこに居るし!?」


 外から聞こえる会話。京太郎はいきり立った。

 歯を食いしばって耐える。すぐさまロッカーをぶち抜いてその場に飛び出したい欲求に駆られる。

 でもそんな事したら、多分退学になる。人生終わる。

 あばよ学生、よろしくニート。

 正直洒落にならない。仮面ライダーと言っても、高校ぐらい卒業しないと不味い気がする。

 必死に耐えた。それはもう、ひたすら必死に耐えた。

 地獄の時間だった。プトティラが体内で暴れまわる。正直ブチ破ってもいいんじゃないかってぐらいに。

 しかもこの後、まだあるのである。彼女たちが戻ってくるとき、再び地獄が訪れる。

 正直、この地獄を楽しんじゃっていいのかなって気がする。


「だから、俺は見てないって……ちゃんと耐えてるから」

「……」

「本当に、耐えたからって! だから、機嫌治してくれよ!」


 あれから更に時間が立って、三度目の地獄を乗り越えた須賀京太郎は。

 大星淡に平謝りしていた。

 兎に角、不機嫌だ。口を開いてくれない。

 スカートの裾を握りしめたまま、俯いている。なんというかその表情に、こう、来るものがあった。

 正直なところ、さっきの生殺しで大分来ていた。

 ちょっとぐらい、いいんじゃないか。何がちょっとかは知らないが。

 それにこう、もう十数分も口をきいてくれない淡に対しても、ちょっと文句がある。

 熱い。狭い。立ち続けて辛い。

 二人いるから会話できて、まだ救われる。それなのに、一人が黙っている。

 これでは意味がないではないか。一人で入っていた方が、まだ広くてよかった。


「そーかよ、そうやって無視すんのかよ」

「……ぃ」

「いいぜ、だったら俺にも考えがある」


 覆いかぶさるように、淡の耳に息を吹きかける。

 そのまま追撃。脇腹のあたりをぐりぐりと擦る。

 そして、首筋に鼻を埋める。ちょっと、汗の匂いが強いが、いい匂いだ。

 抵抗と言うのは、もぞもぞと逃れようとするだけ。意地でも、京太郎と口を利きたくないというのか。

 いいだろう。ならば戦争だ。


「お前が、ちゃんと口をきいてくれるまで、擽るのを、やめないッ!」

「……や、ちょ、ちがっ。やめっ」

「ホーラホラホラホラホラ! C・F・H・S(クスグリ・ファイヤーハリケーン・スペシャル)、かわせるかーッ!!」

「やめっ、ホント、やめてよっ……! やっ、ぁっ、言うから! ぃ、ぁ、言うから、止めてっ!」


 右手を関節ごと左回転。左手を関節ごと右回転。

 その力で、相手の脇腹を擽る技だ。流石の淡も耐えられなかったらしい。


 だけれども、それは既に遅かった。

 思えば――何かに耐えるように、淡が俯いていたのも。

 ひたすらに口を利かなかったのも。

 そういう事であったのだろう。須賀京太郎は、気が付かなかった。

 そして、決壊した。京太郎が止めを刺したのだ。


「……ぁ。ぁ――見ないで」

「えっ」


 最初、理解できずに淡の顔を覗き込んだ。

 真っ赤にして、目に涙を浮かべる。それから、ロッカーに滴り落ちる水音で気が付いた。

 スカートから出た、脚が濡れていた。ソックスも、湿っている。

 これは……もしかして……。


「うぅぅ……ぁ、ぁああ……」

「……」


 なんと言っていいものか。言葉を失った。

 代弁者は、この場にはいない。(しかも漏らしたのは小なだけに。なんちゃって)

 気まずくなって、ひたすらに黙るしかない。

 謝るべきか。そう思ったが、余計に淡の傷口を抉る行為に思えてならない。


「ぐすっ、ばか……きょーたろーの、ばか……。やめてって、言ったのに……うぅ、ばか」

「……すまん」

「こんなの……最悪だよ……。ばか……きょーたろーの、ばか……っ。うぅ、うぅぅう……」

「……悪い」

「高っ、校っ、一年生にもなって……こんなの、やだ……もう、やだよぉ……! うぅ、うぅ……」

「……百年生じゃなかったっけ」

「ばか……黙れ、ばか……ッ! もう、やだ……こんなの、さいてい……! うぅ、ひぐっ、う、うぇ……」


 スカートを握りしめて、ひたすらに涙を流す淡。

 『上も下も泣いてるね!』そんな言葉が口から出そうになるが、なんとか抑える。

 多分言ったら、ロッカーの壁に頭を打ちつけて死ぬだろう。

 京太郎も殺される。絶対殺される。確実に殺される。

 そんなくだらない言葉が浮かんでくるぐらいに、京太郎は狼狽していた。


 正直、どうしたらいいのか分からない。

 同学年の女の子が粗相をしてしまった。ロッカーの中で。

 しかもやったのは須賀京太郎である。ロッカーの中で。

 女の子は涙ながらに俯いている。ロッカーの中で。


 これも何もかんも、ロッカー・ドーパントが悪い。

 京太郎と淡をロッカーに閉じ込め、外に出さず、

 あまつさえ、淡の膀胱を決壊させ、その原因を京太郎とした。

 閉じ込められなければ、淡はちゃんとお手洗いに行けただろうし、

 ロッカーの中でフラストレーションがたまっていなければ、京太郎も淡を擽らなかった。

 つまり、全てはロッカーが悪い。

 許せん、ロッカー。流石ドーパントだ。ロッカー殺すべし。慈悲はない。

 竹井久、悪魔の女である。流石は悪待ち。汚い、ロッカーきたない。

 いや確かに、たった今現在進行形で淡の小水がブチ撒けられているので汚いんだけどね。ロッカー汚い。


 ……などと現実逃避をしても仕方がない。

 現実淡に止めを刺したのは、まぎれもない京太郎だ。

 とりあえず、泣き止む彼女をどうにかする。そして謝る。掃除する。

 これをしなくてはならないだろう。

 幸いにもここは、掃除用具入れである。雑巾はある。


「悪かった。本当に、悪かった」

「うぅ……もぉ、やだよぉ……。うぅ、うっうっ、最低だよぉ……!」

「最低ってのはさいこ――ごめん、ホント俺が悪かった。
 な、俺、最低だから。ほら、でも、気持ち悪いだろ? な、掃除、するからさ……ほら」

「うぅ……ぅ、ぅぅぅぅ」


 何とか淡に、謝り倒す。

 未だ泣き止まずに涙目だが……一先ずはある程度、落ち着いてくれたらしい。


「絶対、こっち向かないでよ?」

「ああ、判ってる」

「……んっ」


 背中を向けたその先で、濡れそぼったショーツを脱ぐ淡。

 濡れたままでは気持ちが悪い。彼女がそういうのだから、そうなのだろう。

 片足を上げて、よろけた彼女の背中が京太郎にぶつかる。伝わる、熱。

 衣擦れの音が聞こえた。

 チラリと後ろを見ると汗で房となった淡の髪の毛。

 後れ毛。

 吐息を漏らしながら、何とか下着を脱ごうと格闘する淡。

 それを見て――須賀京太郎の理性が決壊した。


「淡……すまん」

「ふぇっ!?」

「正直、お前可愛過ぎる」

「ちょ、ここロッカー……! や、ばか、人来るから……っ、ぁ、や、だめ……! ぁ……」


 ちなみにLOCKという英単語の意味、錠前以外にもいくつかある。

 監禁であったり、仕舞い込むであったり――そして中には、こんな意味もある

 しっかりと組み合わせる.とか、抱きしめるとか。

 或いは髪の毛の房(おさげとかモロだね)とか。

 何が言いたいかと言えばつまり、要するに、人を閉じ込めて、入れられた人間の思考を狂わせるメモリである。

 これがロッカーメモリの効果。実に恐ろしいものである。

 のちにT・Sさんがこのメモリを使って、男同士をロッカーに閉じ込める〝事件〟を起こしたとか起こさないとか――。

 まあ、それは別の話。

                 ――了
最終更新:2014年03月02日 15:52