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 ――バタフライ・エフェクトという言葉がある。

 発生初期段階では無視できるほどの小さな差が、やがて時間の経過に伴い、大きな差となることである。
 たとえば交通渋滞。
 どこかの車がほんのわずかに速度を緩めただけなのにもかかわらず、やがてそれは廻り廻って渋滞を引き起こす。
 宮永咲――仮面ライダークウガが、グロンギを一体倒さなかっただけ。
 始まりはたったそれだけであった。だというのに……。


「……どうなってるんだ、これ」


 世界は大きく変わってしまった。
 時の列車、デンライナーを下車した京太郎の眼前に広がった光景。
 “あちら”に行く以前と変わらぬ光景であるはずなのに……。
 一点だけ、そこには違和感があった。

 荒鷲のエンブレム、旗、ポスター等等……。
 見慣れない、何かを象徴するシンボルが、街中に飾られているのだ。
 祭り、あるいは何か映画の撮影か。
 そうと思えるほどに――まるで周囲全員が自分を騙そうとしているような、結託した悪意にさらされたかのごとき錯覚を覚える。

 街中に見慣れないマークがある――。
 ただそれだけで、と思うかもしれない。だが、京太郎にとってはそれだけではなかった。
 薄気味の悪いジャケットを着せられているかのごとき、居心地の悪さを覚えたのだ。
 周囲の空気が、違う。自分がまるで異物だと警告されているかのような感覚。
 ここが、見知らぬ土地と思えてならない。そんな違和感だ。

 そして――漠然と肌を覆っていたその言い知れない感覚は。
 次の瞬間、確信となって京太郎を襲った。


「な、なんだ!?」


 街中から飛び出してきたボディ・アーマーをまとった覆面の集団。
 そしてその中心に存在する、白いスーツの男。
 見かけの異様さで言うのならば、ボディ・アーマーの覆面たちの方が上だろう。
 だが、はっきりと――その気配で分かった。

 人間の中に死人が紛れ込んでいるような、そこだけセピア色に切り取られたかのごとき死の気配。
 覆面はまだいい。
 だが、この中心の男は――違った。
 暴力そのものを人間に固形化させたような、無機質の、破壊の感覚を受けるのだ。


「逃げ出したと思っていたデンライナーが、見つかるとは」


 男が口角を吊り上げた。獲物を見定めた獣がごとき笑み。
 知らず、京太郎は身構えた。
 その直後――。


「アポロチェンジ」


 一言ともに高熱が吹き荒れ、男の姿が変貌した。
 太陽神の名を関した亡霊――アポロガイストへと。


「――ッ」


 ガイアメモリの音声は聞こえなかった。
 イマジンとも思えない。ヤミーであるはずがない。
 理解ができない。だが、確信はできる。目の前の男は敵である。

 そう考えた京太郎の行動は早かった。
 即座にオーズドライバーを装着。カザリ、アンクからメダルを受け取り、スキャン。


 ――タカ! ――トラ! ――バッタ!

 ――タ・ト・バ! タトバ! タ・ト・バ!!



「……面白いのだ」


 高らかに歌い上げるオーズドライバー。
 それぞれの王の概念を身に纏った戦士へと姿を変えた京太郎へとかけられたのは、
 しかし、ただの嘲笑であった。


「なんだか分からないけどよ……とりあえず、ブッ飛ばす!」


 意気高らかに、両手のクローを展開する京太郎。
 相手が何者か、分からない。その正体も実力も、今自分が置かれている状況も。
 だが――理解できる。
 相手がこちらに向けるのは敵意であり、そして、ここで戦わぬ選択肢など存在しないという事は。

 踊りかかるオーズの攻撃を、アポロガイストは、静かに見定めた。
 そして――ほんの少し手を動かして、その腕に掲げた盾、ガイストカッターで難なく受け止める。
 腕にかかる重圧に、ほうと息を漏らしそうになるが……。


「ふん」


 溜め息ひとつ。
 盾で腕を跳ね上げると返す刀で一線。オーズの胸部装甲を、切り裂く。
 踏鞴を踏むオーズへと、追撃。アポロマグナムをダブルタップ。さらに押し込められる、オーズ。
 相対する敵の実力を、その一合で理解した。

 基本態――もっともスタミナの消費が抑えられる、タトバコンボであるが……。
 タトバコンボのままでは、目の前の敵には対し得ない。
 亜種、それかコンボが必要。
 そう判断して、カザリとアンクに呼びかけた。
 すぐさま、メダルが京太郎の下へ――。


「無駄だ!」


 早撃ち。
 神業的なその一撃により、京太郎を目指したメダルは、あらぬ方向へと軌道を変えた。
 呆然としたくなる気持ちが鎌首を擡げ――しかし踏みとどまる。
 この相手は、危険だ。

 状況が分からぬ以上(さらに相手が実力者と分かった以上)、この場で戦い続けるのは得策ではない。
 小蒔へと目配せ。
 京太郎が時間を稼ぐ。その間に、なんとか隙を見て逃走をする。
 離脱を念頭に置いた行動。

 だが、それも――。


「仮面ラーイダが、まだいたとは……」


 もう一人の、甲冑を纏った闖入者によって、破綻した。


(新手……ッ)


 京太郎=オーズを睨め下す甲冑の男。
 推定して――実力、眼前のアポロガイストと同等クラス。つまり、強敵である。
 トラクローを構える。一応の、応戦の構え。
 このままやれるとは――何とも考えづらいものであった。


「デストロンが、何の用なのだ?」

「新手のラーイダと、デンライナーが見つかったと聞いたのでな」


 不機嫌そうなアポロガイスト。そして、デストロン――詳細不明――の男は折り合いが悪そうだ。
 何とか、いがみ合うその間に抜け出せぬものか。
 そう考えるが、難しい。
 隙と言う隙を出してはおらず、また、いざ京太郎が逃走を考えた場合、一丸となり妨害に出るだろう。
 結局のところ、危難がより増したに過ぎない。


(どうする……使う、か?)


 アンクとカザリからメダルを受け取る事は不可能。
 となれば――この、眼前の二体とその“お供”を相手するにあたって、使えるのはプトティラコンボのみ。
 京太郎の持つ最恐の、恐ろしき竜の力を宿したコアメダル。
 勝ちきれるかは分からないが、戦況を五分ないしは四分六分に引き戻せるだろう。

 欠点としては暴走の危険がある事。
 そして、このメダルすら打破された場合――本当の意味で、京太郎に後がなくなる事であろう。
 だが、果たして……。


(そんな事、言ってる場合でもないし……使える力が、出来る事があるなら、出し惜しみなんてできない……!)


 京太郎は、一か八かの手段を決断した。


「ムッ!?」

「ぬ?」


 オーズの取った行動に、ドクトルGとアポロガイストは眉を寄せた。
 突如としての、理解しがたい行動であったのだ。

 地面を砕くオーズの拳。そして現れる、斧。
 ほうと、同じく斧を片手に携えたドクトルGは吐息を漏らす。
 その瞬間、斧――メダガブリュー、そして剣――メダジャリバーが、オーズから投じられる。
 ガブリューはアポロガイストへ。ジャリバーはドクトルGへ。

 同時にバッタレッグの脚力を以って跳ぶ、京太郎。
 京太郎は決断した。
 己が取り損ねたメダル。アポロガイストがインターセプトしたメダル。
 アンクが投じたそれに、この状況を打破できる力があると見込んで。

 どちらにしても、メダルを残して逃げられないというのもあるが……。
 未知の相手にプトティラコンボを使用する事より、アンクの眼に賭けたのだ。

 もっともそれは――ある種、言うのであらば。
 紫のメダルの使用と共に、自分の身に起こる何かを無意識的に忌諱していたのかもしれない。
 果たして、結果は……。


「――ぁ、ぐ」

「小癪な奴なのだ」


 オーズの肩と背中から吹き上がる煙。
 アポロガイストのマグナム、そして怪人態:カニレーザーと化したドクトルGのレーザーに被弾。
 たまらず京太郎は片膝を付いた。

 オーズの速度が遅かった、或いは京太郎の狙いが的外れであったから――ではない。
 一瞬、京太郎の動きが止まってしまった原因。
 それは、新たなるプレッシャーを与える存在。強烈な、個としての戦闘能力を発露する第三者の眼による。
 その第三者が――この戦場に降り立つかはともかくとして。
 “彼”の存在が醸し出す圧力が、僅かながらにしろ、京太郎の動きを止めさせたのだ。

 片膝を付いて、タカの視力で――その観察者を睨む。
 透明なカプセルで顔を覆った、白一色の怪人。
 京太郎を値踏みするように、睨んでいた。片手のトランプを、弄びながら。

 すぐさまこの場に介入しようとする意志は感じられない。
 だが、何にしても、またしても見過ごせない危難が訪れた事は確か。
 そして、危難は現在進行形だ。
 一瞬の隙を作り出すために武器を投じてしまい、結果、その博打は失敗に終わったのだから。


(三体目……かよッ)


 否。


「ここに来て、新たなライダーとは」


 もう一つ現れる、影。
 黒いマントに身を包んだ、老人。
 だが、老人と侮る事は出来ない。
 この老人もまた、他の三人に負けず劣らずの強者であると――京太郎の第六感が警告するのだ。

 いよいよ以って、ここに来て、京太郎の運命は決定された。
 そして、決断する。


「……小蒔さん」

「何、でしょうか」


 ――逃げてください。

 呟くや否や、京太郎の中の竜が目覚める。
 放たれる光線、魔弾をものともせず――絶対零度の怒気と共に。
 オーズ・プトティラコンボが。
 窮迫の危難に対し、その咢を大きく広げ、咆哮を上げた。


「……面白いのだ」

「……ほう」

「……なるほど」


 対するは三体(観察者も含めれば四体)の怪人。
 滅びに向かう太陽を思わせる亡霊――アポロガイスト。
 光線銃の銃口を露わにした甲殻類――カニレーザー。
 死を連想させる白色の悪魔――イカデビル。

 どれもが、これまで京太郎が戦ってきた最強の敵に匹敵――或いは凌駕する存在。
 それに対して、立ち向かうのは己一人。
 絶体絶命の危機。神代小蒔を逃げ切らせるかどうかも、危うい。

 しかしそれでも――マスクの下で、京太郎は口角を吊り上げる。


「来いよ。俺が相手をしてやる……!」


 展開した冷気と、プトティラの翼が迫り来る弾丸を撃ち止める。
 覚悟とは犠牲の心ではないと言うが――ここで京太郎が持ったのは、己の命を使い切るという事。
 事情は不明であるが、相手はライダーに対して敵対するもの。
 そして目的としては、デンライナーに何かしらの関心を抱いているという事。

 己が死ぬ事は嫌だと厭いつつ、同時に、どこまでも冷静に――己の命に対しても冷酷に――京太郎は計算する。
 時をかける列車、デンライナー。
 それが敵の手に、悪の手に堕ちる事は何よりも脅威となる。
 京太郎の命とやかくの問題ではなく、全ての時間、全ての人間への不利益となる。
 護りたいと願う、近しい人々の命さえ、その歴史さえ奪われる事になるのだ。


(そん、な……事ッ! 絶対に、許せねえ……!)


 己がこの世界を守ったのではない。
 己は世界を守ると言う大望など抱けてはいない。小さな、目に付く範囲の事しかできない。
 だがこの世界は、宮永咲が――自分の幼馴染が、あの、小さな背中を晒して守った世界なのだ。
 それを壊させる事は、許容などできない。

 故に、己の身を銃火に晒しながら、京太郎は小蒔の離脱を願った。
 首を振り、京太郎に加勢しようとする小蒔だったが――それも、アンクとカザリに押し止められる。

 すまない。
 そう思う京太郎の背中に、二人のグリードから声がかかる。


「僕のメダル、ちゃんと拾っておいてよね」

「ここで降りるなんて、言えると思ってないよなァ?」


 振りかえれない。それほど、火線は苛烈だ。
 そして、生き残れるとも――これまでの戦い以上に――思えない。
 だから二人に、頷き返す事など出来なかった。

 それを答えとして取ったのか、あるいはそもそも京太郎の返答を期待していなかったのか。
 それきりグリードは小蒔を連れて、デンライナーへと乗り込んだ。
 主たちの帰還に、デンライナーがレールを発現させる。

 動きを止めようと、アポロマグナムの銃口がデンライナーへと向かうが……。


「させッ、る、かよ……!」


 身を焼く赤熱を、冷気で急速冷凍。
 無理やりに己の躰のダメージを誤魔化した京太郎が、割り込んだ。
 そのまま殴りつけ、同じく砲火を交えようとしたカニレーザー目掛けて、殴り飛ばす。
 先ほどまでとは比べ物にならぬ圧力に、流石のアポロガイストも、その防壁ごと吹き飛ばされる事を余儀なくされた。

 そのまま、顕在したティラノサウルスの尾撃を以って、行動を封殺。
 反動を加えて、上空へと飛翔。
 握りしめた拳で追撃。更に、二体の怪人の肉体へと打撃を叩き込む。

 空中からの急襲に対抗しえぬのか、踏鞴を踏み火花を散らすカニレーザーとアポロガイスト。
 もう一体が行動を起こす前に――と、京太郎はオースキャナーをベルトにスライドさせる。

 《SCANNING CHARGE》。

 ベルトが吼えた。
 全身に冷気を纏ったオーズが、二体の怪人を爆殺せんと攻撃を繰り出し――


「……!?」


 音速。
 それ以上の速度で迫る何かを背に受け、墜落を余儀なくされた。
 何が起きたかと、理解するよりも早く。

 次々と打ちつけられる、熱を帯びた“何か”。
 衝撃で体を揺さぶられつつ、その攻撃の正体を睨んだ。
 岩――赤黒く燃え盛る岩が、遥かなる上空より、京太郎目掛けて飛来しているのだ。

 隕石。

 そう考えるころには、遅い。
 イカデビルが引き寄せる無数の隕石が、オーズの装甲を、強かに打ちのめしていた。


 京太郎は知る由もないが……。
 死神博士の怪人態、イカデビルにはとある能力――機能があった。
 頭部に設置された誘導装置により、隕石を引き寄せるのである。

 隕石。
 その速度は実に、音速の50倍近くに達する。

 如何に京太郎――オーズ、プトティラコンボが超音速で飛行できるとしても、
 その速度差は、明白であった。


「……が、ァ」


 大気圏外から飛来する隕石。
 地表と大気圏との距離の分、速度で劣るとて、オーズにも回避は可能だ。
 尤もそこには、万全の状態ならばという注釈が付きまとう。

 不意の一撃により、体勢を崩された京太郎。
 そこへと降り注ぎ続ける、隕石。まるで釣瓶打ちだ。
 己の身に起きた現状の把握までに少なくないダメージを負い、
 そして、把握したときにはすでに遅い。逃げ切れるだけの体力など、残っていなかった。

 体の各部から、煙を上げて膝を突く京太郎。
 見上げた先には、三体の怪人。どれもが幹部クラス――最強の敵。
 周囲を、隕石が作り出した爆熱が覆っている。
 陽炎の向こうの、敵。あまりにも遠い。


「ふん、余計な真似を……礼など、言わぬのだ」


 オーズの急襲による危機を脱したアポロガイストの声色に、感謝の響きはない。
 それを受ける死神博士=イカデビルも同じだ。
 別段、礼を言われぬことへの不満などはない。
 助け合う仲間、などという認識は、悪の組織――それも複数の組織が合一した――には存在していないのだから。
 そしてカニレーザーも我関せず。静かに斧を、構えた。

 殺される――。

 己に迫る、濃密な死の気配を京太郎は認識する。
 だが、絶望などはしない。
 むしろある意味、感謝していた。
 この恐ろしい隕石の攻撃が――自分ではなく、デンライナーへと向かわずに済んで、よかったと。

 口腔から血を漏らしながら、京太郎は静かに笑った。
 自分が死ぬ。きっとすぐにでも死ぬと、彼は理解した。
 恐怖は、漠然と薄れていながら強かった。
 それは死そのものに対するものというより、死が齎す/奪うものへの恐怖であるが。

 神代小蒔――きっと気に病んでしまうだろう。
 江口セーラ――悪いけど、先に逝きます。
 大星淡――ごめんな。約束、守れそうにない。
 新子憧――悪い。戦い、手伝えそうにない。
 白水哩と鶴田姫子――この先まで、相乗りできずにすみません。
 染谷まこ――先輩を残していく後輩です。ごめんなさい。
 片岡優希――部活メンバー、また少なくなっちまうな。
 カザリとアンク――約束、破っちまった。


 死ぬのは嫌だ。
 まだやりたいこともある。約束だってある。
 誓いだってあった。咲が守った世界を――咲が為したこと守っていくという誓いが。
 でもそれはもう、不可能だろう。

 恐怖に体を震わせることもできない。
 指先ひとつ、動かせないのだから。

 そして、そんな京太郎目掛けて、斧を手にしたカニレーザーが迫る。
 断頭せんと足を踏み出すのだ。
 それに殴りかかることもできない。本当に、体がもう、動かないのだから。


(だけど、なぁ――)


 瞬間、突風が巻き起こった。
 たじろぐ怪人たち。あまりの暴風に、カニレーザーの体が泳ぐ。
 一方の京太郎は翼を展開した。
 吹き寄る暴風へと乗り、そのまま自分目掛けて迫るカニレーザーへと突撃する。

 直後、影が重なった。

 体勢を崩したカニレーザーのボディに突き刺さる、黄色の突角。
 ワインドスティンガーが、カニレーザーの体を、食い破っていた。


「な、ぁ……」


 暴風を予想できず、斧を掲げた瞬間を狙われたカニレーザーと。
 暴風を予期し、そしてさらに加速したオーズのどちらが勝つかなどは、明白であった。

 ふむ、と死神博士は地面を見やった。
 京太郎の前方。そのあたりが、凍結していた。
 そして周囲の、隕石が齎した爆熱。
 これが今の突風を生み出したのか――と冷静に分析する。

 風がなぜ起こるか。それを端的にこの場で再現したのだ。
 暖められた空気――つまり体積が増加した空気が、冷やされた空気――体積が減少した空気目掛けて殺到した。
 たったそれだけのことだ。
 隕石の熱は空気を暖め、そして対照的に、目の前のライダーは空気を冷やした。

 指先ひとつ動かせない状態での苦肉の策だったのだろうが、なかなかどうして面白い。
 そう、好機の視線を向けると――目の前のライダーは、翼で体勢を立て直しながら、言った。


「どう、した……?
 まさか、俺が――仮面ライダーが、この程度の怪我で諦めるとでも思ってたのかよ……ッ」


 満身創痍。
 まさにそんな様子にもかかわらず、男は、構えを取る。
 ただの鼬の最後っ屁程度の気力かは知らないが、立ち上がったのだ。


「来い、よ! 相手ェ、してやるぜッ」


 自然と頬が吊り上った。同様の気配を感じる。
 離れた場所からこちらを見張るジェネラルシャドウも、同様の感傷を抱いたのだろう。
 アポロガイストは忌々しそうにしているが、二人は違った。
 己の忌々しい敵でありながら、ある種の執着すら抱く好敵手である仮面ライダー。
 自分の知っているそれとは負けず劣らず、目の前の男はライダーであると。

 メダルの事もある。殺すにも惜しい。
 捕まえて、実験室に連れて行こうか――などと思案をしていた。

 そのときで、あった。

 爆音と聞き紛うばかりの排気音を響かせた、バイクの疾走を認識したのは。


 意気高く叫びを上げたものの、実際、京太郎にはもう戦えるだけの体力は残されていない。
 限界を迎えつつ――否、既に限界に達していた。
 今の彼を支えるのは精神力だけ。
 気を抜けば次の瞬間には途切れてもおかしくない、か細い糸。

 張りつめきって、無理やり己の身体を引き上がらせる操り糸。
 手足は人形が如く硬く、ふらふらと覚束ない。
 故に気付かない/気付けない。
 己達の戦場目掛けてひた走る二輪の駆動音に。

 内臓が裏返るような焦燥感を覚えながら、疲労で崩れそうになる両足を支える。
 握力を失なおうとする拳を叱咤。
 食い縛った歯の横から漏れる、湿っぽい吐息の感触だけを頼りに、眼前の仇敵を睨めつける。
 ひくつく頬が、マスクの下の残忍さを浮き彫りにする。

 今の京太郎は餓狼や手負いの獣に等しい。
 己が追い詰められている/死に向かっていると自覚しているからこそ――引ん剥いた歯牙を納めない。
 絶命への恐怖も、人生への未練も、蓄積した疲労も、鬱積した憤懣も――何もかもが爪牙と変わる。

 それでも、ただの獣に身を窶さないのは――。
 これまでの戦いを通して形成された、矜持というにはあまりにも惨めで悲しい代物。
 それに――ちっぽけな意地に、無意識でしがみ付いているからだ。

 立ち上がるのをやめたら、これまで自分を信じてくれた皆を裏切る事になるから。
 自分を認めてくれた人に、託してくれた人に、共に歩むと誓った人に、胸を張れなくなるから――。
 そうやって、誰かを裏切りたくはないから……。

 だから、立った。
 勝算などとうになく、ただ立ち上がることしか――倒れないようにすることしかできないにしても。
 ほんの小さな一分のためにだけ、踏みとどまる。
 近寄った奴と、刺し違えてやる――と。


 だが果たしてそれは、結果として正着であった。
 倒れぬからこそ、死神博士もアポロガイストも、京太郎を連れて直ぐさまに離脱できなかった。
 鬼気迫る京太郎の様子に、踏み込めば、決死の一撃/窮鼠の噛撃が来ると感じたのだ。
 互いに、己がその矢面に立つことを厭った。
 連立組織――同じ組織内でも決して円満とは呼べぬ悪の組織が組み合わさったそれに於いて、
 そんな不穏当な輩の前で、己の窮態を晒したくはないと、考えたのである。


 であるが故に、バイク――新たなるライダーの介入は達された。
 停車。持ち上げられたヘルメットから零れて波打つ金髪。
 鈴を鳴らすような声が、響いた。


「時間稼ぎお疲れ様でーす♪」


 追い込まれ逼迫した京太郎であっても、その声は――その声の主は認識できた。
 やはりというか気持ちと、まさかという気持ちが綯い混ぜになる感覚。
 安堵と共に、膝が笑いそうになるのを堪える。
 果たして振り返ると――そこにいたのは。

 京太郎のよく知る、金髪の少女。
 大星淡が、そこにいた。


(おい、おい……。タイミング良すぎだろ……!
 俺が女だったら、惚れてるぞバカ野郎……ッ)


 後で何か奢ってやろう――などと、今しがた自分が置かれた危難を忘れ、小躍りしそうになる心を諫める。
 彼女が来たおかげで、この、死しかあり得ない状況も打開できそうだ。
 そう、努めて冷静に現状打破を考える京太郎を前に、
 大星淡は、直方体の箱を取り出し――タップした。


 ――《ETERNAL》!


 地球の囁きが“永遠”を告げる。
 大星淡の肉体が、白一色に染め上げられた。
 現れる、永劫の虚空――宇宙を顕す漆黒のマント。
 赤より尚熱く全てを苛む青の炎。
 そして、無限を象る黄色の複眼。

 永遠を司るエターナルメモリ。
 その顕在、仮面ライダーエターナルが、そこにいた。


「時間稼ぎとは……何様のつもりなのだ!」

「そのライダー、殺すには惜しいものだが……」


 忌々しげに漏らすアポロガイスト。
 伺うように言いつつもその実、引くつもりはないと言う雰囲気を隠さないイカデビル。
 そんな両者を見やり――大星淡は小さく溜め息を漏らして、それから笑った。

 知ったことではない。
 いや、むしろ機会があるのならば、命を奪ってやるとでも告げるべき態度。
 それに、京太郎は違和感を覚えた。瞬間的に脳裏を過る数々のロジック。
 だが――遅い。

 その感覚が身体へとフィードバックされるよりも先に。
 オーズの背中に、片刃のナイフが突き立った。
  肩甲骨の間、肋骨をすり抜けて――肺へと、侵入。
 片肺の空気が漏れ出し、入れ替わりに、突き破られた静脈血が肺へと流れ込む。
 だが更に、息吐く間も地上で溺れる間も与えず――ナイフが吼えた。

 ――《HEAT》! 《MAXIMUM DRIVE》!


 京太郎の肺臓へと雪崩れ込む超高温の灼熱。
 肺胞を焼き付くし、更には遡り気道を、胸腔を、頭部を熱滅せしめんと翻る焔。
 絶命の一撃。
 攻撃の後、可及的速やかに敵対対象の生命を停止させるべく放たれた必殺である――。


「――か、ァ、ッあ」

「あれ?」


 だがそれより先、京太郎は抱いた悪寒を頼りに、己の内臓を凍却していた。
 ただの直感であるが馬鹿にできない。
 現に――直接熱射を受けた左肺はともかく――一命をとりとめることに、成功したのだから。

 熱気と冷気の相殺により生まれた結露に溺れそうになりつつ、展開したTレックスの尾撃を見舞う。
 だがしかし、マントをはためかせ跳び退くエターナルには、通じない。
 勢いのまま一回転。エターナルに向かい合う。


(痛ッ、熱ッ、苦ッ――!?
 ガ、ぁ……糞っ! 今ッ、アイツ……! 何、を……やりやがっ――)


 貫かれた肺が、こひゅうと鳴った。
 膨らむ片肺は慮外の穴からも空気を吸い寄せ、
 しかし肺胞が焼かれてしまったために、いくら取り込もうが酸素が肉体に回る事はない。
 口から黒煙が漏れるような錯覚。片側のエンジンを完全損壊。
 しかしそれでも目線強く――いや、先ほどよりも強い力で睨む。


(ッた――じゃ、ねえッ! なんだ、“何があった”!?
 淡がエターナルなのはともかくとして、なんでこっちを狙ってくる……!?)


 己が受けた攻撃の内容もさることながら、“何故己が攻撃されたか”……。
 いや、正確には――大星淡が須賀京太郎を攻撃するに至った経緯、
 彼女の身に如何なる事態が降りかかってこんな状況になってしまったのか――が、
 何よりも強い疑問として、頭を支配する。


 明らかなる異常事態だ。
 自惚れが過ぎるかも知れないが、大星淡が須賀京太郎を攻撃する事態など、億に一つもありえないと断ぜられる。
 つまりは……。


(偽物? 記憶障害? 洗脳? 別になんか事情がある?)


 偽物――メリット不明。そもそも目の前の怪人たちと京太郎に面識はない。
 記憶障害――可能性はあるが、デネブはどうしたのか。二人同時に記憶障害とは考え難い。
 洗脳――一番あり得る。やった奴は潰す。
 何か事情がある――にしては、先ほどの攻撃に殺意がありすぎる。

 結局、状況は不明だ。

 ただ、淡がこの身体にナイフを突き立てた。殺そうとしてきた。
 それは事実だ。痛みが疼く片肺のように、紛れもなく現実。
 その、焼かれて尽きた肺腑の痛みより尚強く、京太郎の胸を突く痛み。

 ――淡に攻撃された。 

 自分が、淡に攻撃されたのである。
 どんな事情かは知らないが、淡から一撃を受けた。
 満身創痍。状況は最悪。気力、体力共に限界だが……。


(ふざけ、やがって……!)


 心はかつてないほどの熱量で、燃え上がりを見せた。
 自分の負った痛みを、刃に変えて立ち上がる。

 八つ当たりと言われるかもしれない。
 だが、怒りを向ける先は目の前の敵しかいないのだ。
 淡が狂った――そうとしか思えない。
 その原因には、およそ十中八九、怪人が絡んでいるはず。
 然るに、この場で須賀京太郎がとるべき行動はたった一つ。実にシンプルな事だ。


「かは――は、は、ハハハハ」

「なにこいつ?」

「……」

「降参するなら、早くするのだ」


 突如、濁った笑声を上げた京太郎へと向けられる怪訝そうな瞳。
 それを受けても、京太郎は笑い続けた。
 笑えば笑うほど、高まる殺意。

 こんな現実など認めない。
 暴いてやる。暴ききってやる。
 一切合切何もかもを砕き尽くし、全てを粉々に変えてやる。

 有象無象の区別なく灼熱へと追いやらんとする氷点下の殺意を湛えて、プトティラは翼を広げる。
 あまりの殺気に、二体の怪人と一人の少女は瞠目した。
 先ほどまでの、追い詰められて戸惑って牙を盾にしていた姿はそこにはない。

 眼前にいるのは――人間大の恐ろしき竜である。


「カ、はッ……! つまりはテメエらをブチのめして――。
 そんで、止めェ刺す前に……話、聞けばいいんだよなぁ……ッ!」


 今にも崩れ落ちそうな身体から発せられるとは信じられないほどの圧力。
 やるといったらやる――。
 その凄味が、そこにはあった。漆黒の焔が灯る二つの瞳が、あった。


 翼の巻き起こす暴風に加算される冷気。

 一般的に、体感温度というのは――。
 空気の温度が体温よりも上ならば、風速分が気温に上乗せされ、
 体温を下回るならば、風の速度と同じだけマイナスされる。

 たった今、プトティラが発した猛る風は、絶対零度を超える低温を感じさせる。
 立ち塞がろうとした戦闘員が次々と凍り付き絶命。
 おのが熱を以て耐えるアポロガイストと、クロスさせた腕で堪えるイカデビル。

 どちらが容易いか。

 瞬間的に吟味。
 同時に、イカデビル目掛けて戦闘員の死体を吹き飛ばし、怯ませる。
 掲げたメダガブリュー。
 四肢を両断し、五体を引き千切ろうと疾走。
 しかし、それも阻まれた。


「――ッ! 淡、邪魔を……する、なよッ」


 すべからく外敵を防ぎきるエターナルローブ。
 プトティラが撃ち放った冷気も全て遮断。
 極黒の外套をはためかせて舞い降りるエターナルに、京太郎の攻めては中断を余儀なくされた。
 奔走するナイフを、戦斧で辛くも受けのびる。

 やはり――。

 やはり、目の前のエターナルは……その実力は……。
 須賀京太郎のよく知る、大星淡であった。
 変身対象の差、獲物の差こそあれ――その動きが、息遣いか、淡なのだ。

 故に、尚更信じられない。
 今、こうして淡と真贋なく刃を交えねばならないという事実が。
 彼女に殺されかけているという現実が。
 何もかもが、悪夢的であった。


(なんッ、で……だ、よッ! どうしてお前と――)

 ――《UNICORN》! 《MAXIMUM DRIVE》!

 そして起こる死刑宣告。
 気流を纏った蒼青の腕。打ち込まれようとする拳。
 しかし、勝負を急ぐその分、エターナルにも少なくない隙が生まれる。

 相手は徒手。
 リーチの差がある。レンジが異なる。武装が違う。
 カウンターは可能だ。

 相手が淡だとしても、ここで黙って負ける理由はない。
 いや、むしろここで敗れてしまったのなら状況は最悪と化す。
 経緯は不明だが、正気を失っているとしか思えない。
 彼女の事情を知り、快方するためにも……須賀京太郎は敗北してはならない。

 故にここは、攻撃をいなし淡を行動不能にさせる。
 それこそが、京太郎のやるべき行動。進むべき正しきなのだ。
 そんな思いで、柄を砕けんばかりに握り締め――。


(無、理……に……。決まって、ン、だろッ!)


 吸い込まれるかの如く、胸部を抉るエターナルの拳。
 変身を解除された京太郎。転がるオーズドライバー。
 淡に手を伸ばす。
 しかし、ドライバーを手にした彼女には背を向けられるだけ。
 虚空を切った手が、虚しく砂利を掴んだ。

 誰の手を掴むことも出来ず 、京太郎はここで潰える。
 正に絶体絶命。
 ここが運命の終着点であると告げるような、砂の感覚。
 唇から滲んだ血が、戦闘で砕けたアスファルトの砂利を打った。
 反撃のための武装もない。気構えもない。
 どちらも、淡に奪われてしまったのだ。


「さて……この男を、どうするのだ?」

「……好きにしたらいいじゃん」

「ならばこの身体、我らがショッカーの素体として預かろう」


 遠ざかる音界。白澄む視界。
 これ以上どうにもならない。そんなところまで、来ていた。
 怪人――イカデビルの指揮の下、押し寄せる戦闘員。


 両脇から抱え上げられる。
 抵抗を試みるが、不可能だ。
 それは京太郎が万全だったとて、変わらないであろう。

 戦闘員の持つ力は、常人の三倍から五倍にあたる。
 握力にすれば、およそ二〇〇キロオーバー。
 如何に京太郎がオーズの変身者とて、正面からでは勝ち目がない。
 そう――正面からでは。


「は……な、せッ!」

「イーッ!?」


 小指。掴んで、折った。
 五指を相手に勝てないのなら、一指を粉砕すればいい。
 実にシンプルな理論だ。

 戦闘員の身体が跳ねる。同時に失われる握力。

 握るという行為に於いて、小指が締める役割のウェイトは高い。
 切り落とされたのなら、武術など困難というほどに――事実それを罰として扱う事例が厳然と存在する――。

 痛みに怯む戦闘員の腕を掴み、小手を極めて捻る。
 腱を苛む苦痛に身体が派手に跳ねるのを見逃さず、体を崩して転がした。
 あとは、その頸椎目掛けて足を踏み抜くのみ。


 ただし。

 勿論それは……。


「く、ぁ……!」


 身体が動けば、の話だ。

 魂だけが先行し、肉体が置き去りにされた感覚。
 気勢はあるが、動きは伴わない。
 頭部をストンプしようと足を掲げ、同時、逆の膝が曲がる。
 結果、巳で戦闘員は踏みつけを回避。勢いそのまま、京太郎はつんのめった。


 戦闘の技術という意味では、京太郎は並の武芸者を凌駕している。
 弱い故に、臆病であるが故に、相手を害する攻撃に余念がない。
 場数も踏んだ。死線をいくつもくぐり抜けた。
 その戦闘能力は、ある種野生動物的な鋭さを見せ、躊躇いない獣性と凶暴性が発露する。
 しかし、明確に真っ当な武道家との違いが――欠点が存在する。

 それはスタミナ。

 基本的に一撃必殺の急所攻撃。
 相手を制圧し、圧倒し、葬り去る戦法を取ってきた。
 一対一、多対一であっても変わらない。必要に応じて研かれた殺人術。
 格技と違い、ある技術水準のために肉体を研鑽するのではなく、
 今ある京太郎の肉体から最適で繰り出されるための殺法。

 故に、戦闘続行能力は――同等の技術を持つ戦闘者に比べて、低い。


 そして、体力が尽きたのなら、如何なる技術も意味をなさない。
 弾薬のない小銃は鉄の棒切れでしかなく、燃料のない戦車はただの棺桶だ。
 同様に京太郎はただの人形同然に、戦闘員に組伏せられた。

 組み敷かれる生娘同じく、それは抵抗の体をなさない。
 もがいてももがいても拘束は弛まず、ただ体力が浪費されるだけ。
 滲み出る汗。虚しく漕がれる足。口から溢れる血泡。
 伸ばした手は、誰も掴めない。そう――誰も。


「粗削りだが……なかなか、面白いではないか」


 かつての宿敵、仮面ライダーを思い返して笑う死神博士。
 生身ながらに怪人と戦った一文字隼人。改造人間となる前から、その在り方は強靭だった。
 くつくつと笑い、不機嫌そうなその他二人に目を向ける。
 いいのか、と問いかける。


「……別に。私は、知らない」


 プイと顔を背ける淡。
 だが、その挙動にはどこか動揺が現れていた。

 拾い上げられるメダルと、淡の手の内で弄ばれるドライバー。
 怪人2体に会釈1つせず、バイクに跨がり走り去る淡。
 勝ったのはあちらだと言うのに――その様は、逃げ出すようであった。

 一刻も早く。耐えきれないと。
 背負った罪に後押しされ、それから逃れるように。


(待、て……よ……!)


 もう一度、伸ばした手は虚空を掻いた。
 何も掴めない。
 変身する道具を――戦う力を失った自分を、思い知らされるかの如く。


 そのまま――須賀京太郎の意識は暗転した。
最終更新:2014年03月02日 16:20