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 コツ、コツ、コツと。


 骸が歯を打ち鳴らしていた。

 上下の顎が着いては離れ、着いては離れ。

 何も見えない仄暗いその眼孔で、京太郎を嘲笑っている。


 京太郎の行動により宮永咲は不幸な結末を迎えた。

 それにより多くの人々は苦しみ、死んだ。

 それが故に、怪人に改造された人間もいる。


 惨事を引き起こしたのはひとえに京太郎の行動による。

 未確認に殺される人を助けた/クウガが倒すべきはずの怪人を殺した――。

 それが、何かの歯車を狂わせた。


 ――いや。


 そもそも、自分は本当に人を助けようとしたのだろうか。

 やり場のない怒りを、憎しみを……あのとき持ち得なかった暴力で叩き付けたかっただけではないか。

 本当は、他人などどうでも良かったのではないか。


 ただ、未確認を殺したかった。

 自分が加わる前に既に終わってしまった物語に介入し、
 憎悪をぶつけようにも全てが終わっていなくなってしまった仇へと、
 晴らしようがなかった怨嗟を、他ならぬ自分で叩きつける。


 それがしたいだけじゃあなかったのだろうか。


 ――そうだ。


 だから、自分は今罰せられている。

 そうだ。自分勝手な悪人だから、苦しむのだ。

 自分は罪人だ。裁かれるべき悪行を犯した。


 故に、こんなことは不思議でもなんでもない。



 そもそも、父母を殺したのだ。

 その応報が今になって訪れただけ。

 結末は最初から、決まっていたのだ。

 これまでの幸福な夢は、このために存在していた。


 積み上げるだけ積み上げて京太郎を絶頂まで押し上げると、静かに周囲を切り崩す。

 そうして、墜落する様を眺めるのだ。それこそが罰であると。

 過去という轍は周囲に這い寄って来ていた。

 その穴を深め、京太郎を突き落とす算段を作り上げていたのだ。

 準備はできた。さあ、今だ――と。


 すっかりと囲い込まれていた。

 それから遂に、それは起きた。

 漸く過去の罪は、清算のときを迎えた。


 ――だから。


 これが京太郎の終焉だ。

 この悪夢は然るべき報いなのだ。

 これは理不尽ではない必然であるのだ。


 諦めて受け入れよう。

 苦しみに疑問はない。傷みに当惑はない。辛さに不明はない。

 これは、こういうものなのだ。


 悩むのはもういらない。

 ただ黙って苛まれればいい。


 悩みなど必要はない。

 だって自分はそれだけの罪を犯したんだ。


 悩むべき理由はない。

 もう、考えることをやめてしまおう。


 昏睡状態にて繰り返される悪夢において、京太郎はそう結論付けた。


 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲が自分を殺しにくる。

 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲が自分に殺される。

 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲が自分の前で殺される。

 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲に殺されている。

 大星淡が、神代小蒔が、江口セーラが、新子憧が、白水哩が、鶴田姫子が――宮永咲を殺してしまう。


 談笑中に、戦闘中に、食事中に、遊戯中に――。

 教室で、街中で、野外で、居室で――。

 黎明に、早朝に、日中に、夜間に――。


 繰り返しそれは起こった。
 終わりない慟哭。果てしない悪夢。切りがない痛苦。
 嘆いても、怒っても、恨んでも、頼んでも、祈っても終わらない。


 リピート。リピート。リピート。

 リロード。リプレイ。リバース。

 リセット。リトライ。リターン。

 リピート。リピート。リピート……。


 何度も仲間の死に様を眺めた。
 幾度も友人の死に顔を看取った。
 今度も恋人の死に体を抱えた。

 手は届かない。
 決して、届かない。


 そんな、永劫とも思える責め苦に、京太郎の精神は軋み上げる。

 今度はどこから来るのだろうか。
 今度は誰が死ぬのだろうか/誰を殺すのだろうか。
 今度はどんな最期を迎えるのだろうか。

 答えなど返るはずもない。ただただ、悪夢が再演されるのみ。


 再会の瞬間、怪物だと吊し上げられ五体を裂かれる宮永咲。

 デート中、水底に沈められる大星淡。

 登校の最中、自分を庇って刺殺される神代小蒔。

 逃亡の末、凶弾に倒れる江口セーラ。

 見せしめだと、両断された半身を継ぎ合わされた白水哩と鶴田姫子。


 あるものは遺言を残して/あるものは会話の暇もなく殺される。

 須賀京太郎と共にいるから殺される。

 守るべき人々に殺される。


 無辜の民衆など存在しない。誰もが石と棒で彼女たちを糾弾する。

 数の暴力の末に、唯一絶対の判決を下す。

 人数に任せて悲鳴を塗り潰す。怒声に懇願が消されていく。


 味方など誰もいない。

 全てが、敵だった。

 守るべき人々なんてもういない。

 誰もが京太郎に刃を向けた。



 髑髏が、京太郎に手を差し伸べる。

 ――助けるな。
 ――庇うな。
 ――守るな。
 ――救うな。

 あれは敵だ。大事なものを奪おうとする敵だ。
 助けたっていいことなどない。どうせ裏切られるだけだ。
 庇う必要なんてない。彼らは君より痛みを知らない。
 背後から刺し殺す機会を狙っている。守ろうとするだけ無駄だ。
 救う理由などあるわけない。そのまま引き摺り込まれて沈む。


 ――あれは紛れもない敵でしかない。

 ――協力して奴らに立ち向かおう。

 ――奪われる前に全てを奪おう。

 ――自分の心だけを守ろう。


 なるほど確かに、そうだった。
 仲間を殺されてなお、それをした人々の守護など考え付かない。
 むしろ、仲間が殺される前に奴らを殺してしまおうと思える。

 髑髏の言葉は甘美な誘惑であり、正当なる主張であった。


(ああ――それも、いいかもしれないな)


 無限とも思える地獄の果てに乾ききった京太郎の心に、染み渡る提案。
 普段なら一顧だにしない囁きにすら心が傾き始めていた。

 自分が狙われるなら、自分がいるせいで彼女たちまで排除されるなら。
 ならば、誰からも鑑みられず、触れ合うことのない最悪となればいい。
 どうせこれ以上堕ちようがないのだ。


 そうすれば彼女たちは襲われない/そうしようとする存在など皆殺しにできる。

 それを可能とする力が――自分にはあるのだ。


 京太郎は静かに手を差し出した。
 灰褐色の骸骨が応えて、手を伸ばす。

 髑髏は密かに、筋肉も皮膚もない顔でほくそ笑んだ。
 これにて、洗脳は完了した――と。

 だが、


(だけど……お断りだ。
 お前は、笑ってた。皆が死ぬ様を笑って眺めてやがった)


 想いを潜めていたのは京太郎とて同じであった。

 幾度となく与えられる仲間の無惨な最期、理不尽な結末に心が削れきっていたのは事実だ。
 心の筋力は萎え、骨を砕かれ、腑抜けにされたのもまた然り。
 戦う意思などとうに削れ、守るべきものを見失った。
 心は諦観に支配され、ただの虚無感だけが存在する。立ち上がる気力など、もうなかったのだ。

 それでも――最後に怒りは残っていた。


 踏みつけ嬲られ虐げられ、それでも/それだからこそ――憤怒は消えない/生まれる。

 仲間を守れない自分。何もできない自分。最悪を呼ぶ自分。
 全てを奪う運命。理不尽な世界。不可避な結末。
 残虐な殺傷。凄惨な殺害。無惨な死体。

 微かな反抗心が芽生えていた。
 その先のことなど見通してはいない。
 単純に、どこかに目掛けて奥底にへばりついた負の感情をぶつけたかったのだ。

 やるせない憤懣が、哀惜の感嘆が行き場を求めていた。
 こんな光景など肯んじられない――とにかく、否定してやると。
 繰り返される惨状の圧力に、心の底へと圧しやられた情感は、ここで噴出する。

 その対象が――矛先が現れたことによって。


 或いは、逆に言うのであれば……。
 須賀京太郎は、これほどまでの理不尽を負いながら、己以外に牙を向けはしなかった。
 己を苛む少女たちや、仲間を害する民衆たちに……苛立ち嘆き苦しみこそすれ、刃を向けようとはしなかったのだ。

 そこへ口実を伴った外敵――髑髏がが現れたのだから、反抗するのも道理であった。


(誰が――そんな奴の手をとるかよ)


 握り締めた拳で、差し向けられた腕を弾き飛ばす。

 同時、頭の中で、火花が弾けた。
 それは雷となり、京太郎の全身を打った。

 金属が掻き鳴らす音を聞きながら、京太郎は覚醒する――。



「――」

「ひっ……」


 そして、目覚めたその場に居たのは、怯えた目を向ける白衣の中年。

 自分が、相手の手を振り払った形となっていたらしい。
 そこで気付いた。
 両手両足を塞いでいた鎖の拘束が解けている。
 そして、頭部には大仰なヘルメットがごとき機械。

 頭がやけに重い。そして、気だるいのだ。


「洗脳が……。間に合わなかったの、か……」


 男の言葉に、思い至る。
 なるほど、自分の頭に装着されたこれは――洗脳装置だったのか、と。
 先ほどまで自分が受けていた/その渦中にあった現実(ユメ)も、こいつが見せていたのだ……と。

 そう認識した瞬間、その装置を地面に叩き付けていた。


 最悪過ぎる映像。
 どこまでも現実としか思えない光景。
 京太郎の“人生(これまで)”を優に上回るほどの時間の体験。

 悪夢は全て、京太郎の自責の念からではなかった。
 どこからどこまでかは知らないが、この機械が生み出している部分もある。

 京太郎は、地面との接触により破損した機械を、もう一度蹴りつけた。
 カラカラと音を立て、ヘルメットは部屋の暗闇へと消えていく。
 いくらか火花が跳ねた。
 人間が息絶える直前の痙攣に似ているなと、他人事のように思った。

 すると、


「た、立てるかい? 時間がないんだ……早く、ここから離れないと……!」


 京太郎の様子を眺めて胸を撫で下ろした白衣の男性が、それでも恐る恐ると手を伸ばす。
 顔面と同じほど手には冷や汗が滲む。

 逡巡。

 そこで、周囲の異変に目を向ける余裕が京太郎に生まれた。
 赤い非常灯。それと、警戒を告げる報知器。
 第三者の手により解除されたであろう拘束。
 目の前の男性以外、誰もいない手術室。

 果たして京太郎は、僅かに停止したのち――男の手を取った。


  ◇ ◆ ◇


「ほら、抑えてって……小蒔ちゃん」

「で、でも……!」

「あの場に僕たちが残っても、出来る事なんてなかったんだからさ」

「でもそれなら、余計に京太郎くんは――!」


 声を大にする神代小蒔を宥めつつ、ウラタロスは息を漏らした。
 先ほどからずっとこの調子だ。
 助けたい、戻りたいという小蒔を相手に説得を続ける。

 あの場に残っても皆がやられただけだ。
 京太郎が取ったのは最善でなかったとしても、最悪を避ける行動だった。
 そんな彼の頑張りを無駄にしてはいけない。

 兎に角彼女の感情論を、理性的な言葉と論理を以って沈下していく。

 釣りは得意だが、鎮火と言うのはどうにも苦手だ。性にあっていない。
 まあ、女性から――それも美少女から――熱っぽい視線を向けられて詰め寄られるというのは悪くない。
 それも、こんな状況でなければ。


 助けに戻りたいと思うのはまた、ウラタロスとて同じであった。

 ――須賀京太郎。

 そこまで関係が深いという訳でもないが、幾度となく顔を合わせ、言葉を交わし、
 ライダーとして共に戦ってきた。
 仲間とか友人とか、そういう言葉はあまり好まないウラタロスであったが……それでも、彼と自分の関係を言い表すのなら、
 いわゆる仲間というのに近いのではないだろうか。

 モモタロスもなかなか彼を気に入っており、キンタロスも同様。
 リュウタロスは懐いていて、小蒔は大層ご執心である。
 勿論、ウラタロスとて彼を悪くなど思っていない。

 どこか歪ではあるが、須賀京太郎も、彼の本来の主人である野上良太郎のような分類側に回る善人だろう。


 それを置き去りにした。
 ただ一人、たった一人、敵のど真ん中に。
 確かに彼は強かった。自分たちの仲間内で最強に近い。だから、戦うとしたら彼が適任。
 そして、あの状況で自分たちが加わったとしても良い事になるとは思えない。

 故に、彼が残るのは妥当だった。感情論を抜きにすれば。


 いくら強いとは言っても――あの並み居る化け物すべてを相手にするなど、不可能だ。
 よしんば勝利したとしても、少なくない傷を負う。
 勝っても死にかねない。負けたら当然生きる筈がない。運が良ければ、逃走できるだろう。

 そんな場に、彼を置き去りにした。
 彼がそうしろと言ったとしても、それを決断したのは紛れもなく自分たちであった。

 そんな、ある種仲間と呼べる少年を死地に送る行為に、平然としていられるほどウラタロスも冷血ではない。

 彼は、全員を生かすために自ら死へと身を投じた。
 投じさせたのは、彼を含む全員だ。


(……せめて、生きててくれたらいいんだけど)


 であるからして、ウラタロスは考える。
 自分があの場でできなかった事の代わりに、やるべき事がある。
 それは、ただの感傷かも知れない。都合のいい言い訳かも知れない。
 直接的に、彼の助けにはなり得ない行為だ。

 でも、最後の彼の言葉を頼りに、ウラタロスは静かに決心した。
 己がここでやる事は、彼の意志を尊重し小蒔の身の安全を確保し、
 そして電王として、この事件の解決を図る事だ――と。

 故に、小蒔を止めなければならない。ウラタロス自身、それは自分の責務だと解釈している。


 だから、やれやれと息を漏らした。

 この事件をどう解決するかなんて要するに――情報を収集するしかない。
 正しい穴の形をしって、ピースを集めて、絵を完成させる。
 今まではいつだってそうやって来た。この世界に囚われる前からそれは変わらない。
 どこまでも、地道な作業だ。

 情報を収集するにはどうするか?
 決まっている。またあの時間に向かうのだ。
 しかしそれが躊躇われた。
 あそこは未知過ぎる。そして今度は、須賀京太郎がいない。
 万が一もう一度あの連中と遭遇したら、そこで詰みかねないのだ。

 虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言うが――。

 流石に何の安全策もなしに地雷原に突入するほど、ウラタロスは向う見ずではないのだ。


(さて……どうしたものかな)


 今にも助けに行こうと言いたげなリュウタロスと、小蒔。
 本心では助けに行きたいのだろうが、京太郎の覚悟もあって強く言い出せないモモタロス。
 腕を組んで、セーブ側に向かうキンタロス。
 そして、残りのリアクションを取らない人物たち。

 静かにそちらに目を向ける。
 いかに頭脳労働が得意と言っても、何の下地もなく結果を齎せるほどウラタロスは万能ではない。
 せめて、何かしらヒントでもあれば――と、オーナーを見やる。
 すると、彼は口を開いた。


「これは……大変よろしくないですねぇ」


 それから、続いた言葉。
 せめて何かしらのヒントさえあればという目線を向けただけだったが、
 思いのほか、ヒントどころではなく答えを提示された。
 まあ、その可能性はウラタロスも考えた。どころかそれは、本命以外の何物でもなかった。

 須賀京太郎の行動――未確認生命体を撃破した事――が、時の筋道を狂わせたと。
 本来ならば、その時間軸のライダーによって倒されるはずだったのだ。
 それがそのライダーの戦闘経験となり、ウラタロスたちのきた小蒔のいる時間軸へと繋がる。
 だが、京太郎がそれを結果として妨害してしまった為に、巡り巡って、世界は容貌を変化させたのだ。

 元々、この世界の時間と言うのは酷く歪で不安定であった。
 それは、ウラタロスたちイマジンが、閉じ込められている事によっても分かる。
 故に、ほんの少しの行動が、大きく筋道を狂わせてしまうのだ――と。


(……しかし、彼もツイてないね)


 やれやれと、もう一度息を漏らした。

 あの場で彼が行ったのは、人を助ける行為だ。
 確かにそこには未確認生命体への憎しみもあっただろう。だが、彼はそれだけで戦えるほど、チャチな男ではない。
 人が嘆いているから、故に、拳を握ったのだ。

 本来ならそれは称賛されるべき行為だ。
 野上良太郎がその場に居ても、きっと、同じ事をしたであろう――おそらくは。
 事実幾度か、時の結果を異ならせてしまうと知っていながら、良太郎が人助けというルール違反を行った事だってあった。
 そう見れば、京太郎の行為はそれと同じだ。

 ただ違うのは。

 不運である良太郎よりも、京太郎は運命に嫌われているかの如く行動が裏目に出たという事だ。
 世界は、彼に対して厳しい。厳しかったのだ、今回は。
 些細な、誰かがほんの少し前を向ける結果などへの改編ではなく――全てが負に向かうような、異常な変革を齎された。
 それが、オーナーの言う「よろしくない」事。

 良太郎の行ったもの程度ならば、苦言を漏らしこそすれ、オーナーは飲み込んだ筈だ。
 だが、今回はそうも行かない。
 京太郎が行った行為は奇しくも、己たちの敵であるイマジンのそれと同等となってしまったのだから。


 故に――。
 ここで、ウラタロスたちがすべき解決とはたった一つ。
 たった一つの、シンプルなものだ。


「……おい、ふざけるなよ」

「そうなったら、京太郎はどうなるのかなぁ……?」


 オーナーから導かれた答えに、しかし、グリード二人が異を唱えた。

 京太郎のとった行動がイマジンと同じで、その結果も正しく同様なら――。
 ウラタロスたちがすべき事は単純だ。
 イマジンによる破壊を止めるのと同じく、京太郎が過去に於いて行った事を妨害する。
 そして、時間軸を正しいものに戻す――というものだ。


 だが、ここには問題がある。

 特異点が一つの場所に存在する事は、過去も例にあるように、問題ではない。
 だが、その他の人間についてのタイムパラドックスはどうなるのだろうか。

 過去に於いて戦う須賀京太郎を止める場合――こちらには「京太郎が戦った場合のカザリとアンク」がいる――。
 その二人は、時間軸が正常に戻った場合、いかなる事になるのだろうか。
 また、そして何より――正常な時間軸への帰還において、
 『あちら側の世界』に残された京太郎とメダルは、一体どのような扱いとなるのか。


 本来の時間軸には、「戦いを止められた京太郎と一同」が戻るだろう。
 だがその場合、彼らがその時間の住人となるなら、こちら側の「戦った場合のアンクとカザリ」の存在が重複する。
 そうしたら、この二人はどうなるのか。

 また、置き去りにされた京太郎は?

 果たして正常に帰還するのか?

 それとも、切り離された時間と共に消滅するのか?

 或いは、別の平行世界と言う形で――向こうで永遠に生きる事になるのか?


(それに……前の良太郎のときは、良太郎が被るっていうのは『予め起きた事』だったから問題はなかった。
 良太郎が知らないだけで、それはちゃんと起きていた――だからパラドックスは発生しない。
 でも、今回僕たちは誰にも止められていない。だから……前とは違う)


 そして、自分たちはどうなるのか。
 以前行ったそれとは違い、今回のは明らかなる矛盾を引き起こす事である。
 その、時の齟齬に――自分たちが如何なる影響を与えられるのかも、未知なのだ。

 故に、簡単にそのシンプルな結論に飛びつく訳にもいかなかった。


(さて……本当に、どうしようか)


 京太郎を切り捨てるのならば、この場で一戦交える事も辞さないという構えのグリード二体。
 相変わらず何を考えているのか分からないオーナーに、
 今すぐにでもやはり助けに行こうと飛び出しそうな小蒔とリュウタロス。
 悩んでいるモモタロスとキンタロス。

 どうにも、この場で冷静に物事を考えられるのは自分しかいないのだ。

 さて――本当に、どうしようか。


(ちょっとこれは、釣った魚が大きすぎるかな……?)


 顎に手を当てて、ウラタロスは嘆息した。


  ◇ ◆ ◇


 白衣の男に連れられて、京太郎は走る。
 互いに無言だ。
 男は長らく運動していないが為か息も絶え絶えであり、京太郎もまた、体調が万全でない為ふら付いている。
 そのまま、誘導灯に導かれての逃避行。

 最中、夢から醒めない心地の――自身の人生に等しい体感時間の悪夢――京太郎は、それでも周囲を確認する。
 それは半ば、習性じみていた。
 己の進むべき方向も判らない。照らしてくれる光などない。
 目的がない。結末が思い描けない。ただ京太郎は、状況に流されるまま走っていた。

 非常呼集と非常灯――何らかの危難がこの建物に訪れている事。
 自分はそれに乗じて逃げ出している事。
 先導する男は、迷う事ない足取りから、おそらくこの組織の科学者である事。
 男は自分の拘束をとき、助け出そうとしている事。

 頭の中で状況を整理しつつ、京太郎は漸く口を開いた。


「……あの」

「何、かな」

「どうして――俺を助けるんですか?」


 それでは男は、裏切り者になってしまうだろう。
 よくわからないが、きっとこの組織は恐ろしい組織であったはずだ。
 裏切りが露見した場合、平穏無事では済まされない事は明らかである。

 そういう意味の問いかけであったが、その実……。
 その言葉には自分に助ける価値はあるのか――と、そのようなニュアンスが含まれていた。
 京太郎自身は、無自覚であったが。

 そんな京太郎の問いかけに、男は困ったように笑った。


「はは、やっぱり覚えてないか……」

「……なにが、ですか」

「私は――君に助けられたんだ。あの、オーズとしての君に」


 それから、男は言った。
 長野県のあの場所でかつて、自分は未確認生命体に襲われていた。
 そのとき、仮面の戦士に命を救われた。
 礼を言う暇もなかった。逃げるのに、必死だったからだ。

 そして時間が過ぎ――今となって。

 彼は、その戦士と巡り合ったらしい。死神博士が齎した映像に、その戦士は居た。
 そうして、彼は、その戦士の仮面の下の素顔を知った。
 それが京太郎だった。

 であるが故に――彼はこうして今、京太郎を助け出そうとしているのだと。


「あの時は言いそびれたけど……ありがとう。本当に――助けてくれて、ありがとう」

「……」


 ようやく礼が言えたと笑いを零す男に、背中越しに顔を歪ませた京太郎の様子に気付ける筈がなかった。
 男の言葉と共にリフレインする映像。
 怪人に変えられた人々。感謝を口にする化け物の群れ。血塗られた己の両手。
 込み上げる不快感を、空気と共に吐き散らそうとする。
 が、消えなかった。


「あの時の恩返しと言うのはおかしいけど……それが、理由だろうか」


 男は小さく、笑った。言い訳じみた微笑が零れる。
 その瞬間、京太郎は理解した。

 この男は、己の罪を――つまりは己が務める組織が行ってきた行為を、罪として認識していると。


 ギリ、と奥歯が鳴った。

 半ば亡者のように覇気を失った京太郎であったが――。
 その牙を向ける対象を目の前にして、殺気が生まれるのを自覚した。

 この男は、罪人であった。
 己が犯した罪を認知している。
 ショッカーが行った非道を、理解している。

 ――その上で、どうしてこうも平然と笑えるのか。


 それは八割方が八つ当たりに等しい。

 いや、正確に言うなら精神が均衡を保つために行われる、攻撃だった。

 洗脳装置が齎した悪夢の中、京太郎に残ったただ一つの感情が怒り。
 京太郎を人間足らしめる、最後のパーツ。
 怒る事さえ失ったのならば、京太郎は心を砕かれ、ただの人形と化す。
 故に彼の精神は、無意識的に、怒りの矛先を探していた。

 或いは時間が経てばそうでもないのだろうが……。

 元々の穏健な気質に似合わぬ、戦いの日々。
 刻まれた幾多の痛苦と恐怖の傷跡。
 繰り返される知人の死と言う悪夢のヴィジョン。

 京太郎はまさに――手負いの獣よろしく、攻撃的になっていた。
 それ以外に彼は今、人間としての心を保つ術を持たぬのである。

 そんな京太郎の思いを知ってか知らずか、科学者の男は続ける。


「あれから――私は、考えたんだ……君に助けられて。
 ここで生かされたんなら、きっと私の人生には意味があるし――意味があるものにしなくてはならない、と」


 故に彼は続けていた、研究の開発を急いだ。
 それは本来、事故などで身体を欠損した人々を助けるための技術。
 作られれば、いずれ身体に障害を持つ人々も健常者と変わらぬ生活が出来る、そんな代物。

 だが、その研究は行き詰っていた。

 どうしても解決できない問題があり、そして、開発資金に限界が来ていた。
 そんな中彼は、己の原点に立ち返ろうとあの場所に戻ったらしい。
 皆が楽しそうに泳いでいる中、寂しそうにそれを見ていた一人の車椅子の友人の事を。

 彼の問題を解決する手段は、提示されていた。
 軍事への転用。
 或いはパワードスーツであったり、傷痍軍人の再兵役化だったり、SFよろしくのサイバネティック兵士であったり……。
 そちらの方面での開発も行うのであれば、資金を援助するとの言葉。

 彼は悩んだ。
 己の持つ技術は、誰かを救うためのものだ。
 戦争の是非は問わない。軍事の云々は語らない。
 だが、そちらに使用されてしまうのは――彼の理想とは違っていた。

 彼はそのとき、決断を迫られていたのか。

 あくまで多少高性能な義肢として、自分の研究を打ち止めるのか。
 それとも、死の商人と手を取ったとしても、高次元の技術を開発するのか。


 そこで――。
 あの事件に巻き込まれて、辛くも一命を取り留めた彼は、続けようと決断した。
 達成の為の手段がどうであっても、己は解決をするべきだと。
 助けられた命として、精一杯、その事に報いなければならないと。

 それでもまだ彼は、直接的に軍事技術に介入しなかった。
 自身の理論を基に、誰かがそれを軍事に転用をする事に目を瞑りこそはすれ、
 自分自身が、その先兵として働く事だけは肯んじなかったのだ。


 だが――それも、破られた。

 迫る未確認の脅威を前に、彼はついに己が研究の戦闘転用を首肯する。
 そして組まれた、各分野のスペシャリストを集めたチーム。
 それを統合する組織――ショッカーの一員と、なったのだ。


 彼は苦悩した。
 己が作り出した理論は、人々の幸福と安全の為であった。
 だがそれが結果として、血を生んだ。

 脅威と戦うためには、相応の力が必要だ。

 その事は嫌でも理解していた。
 理想論だけで何かを守れるほど世界は甘くなどなく、如何なる主張を以っても武器を持たぬという事は、暴力によって容易く踏みにじられると。

 それでもまだ、大義名分があった。
 あの未確認生命体を暴れ回らせる事は、それは間接的に人々を殺している事と同じである。
 だから、彼はそれに対抗する改造人間の製作にも携わった。
 それが平和の為になると、誰かの笑顔の為になると思って。

 そう、そこまではよかった。
 だが、それからが問題であった。

 未確認生命体4号を撃破した後のショッカーは、日本を掌握した。
 平和や、ともすれば人類の希望の為であった改造人間は、悪の尖兵と化す。
 彼の生み出した技術も同じく、血に濡れた。


 組織から離れるには、浸り過ぎた。
 今更裏切られたと嘆くには、手を汚し過ぎた。
 家族の為にも、ショッカーの手を断る事は出来なかった。

 彼は、己が大罪人だと理解した。
 しかし、死ぬには勇気がなかった。
 死は恐ろしいし、遺された家族のその後を思うと、死を選ぶ事などできなかった。
 嘆きながら、ますます深みに嵌る日々。


 でも――ここで。そんな絶望の日々の中で、彼は再び希望と出会った。

 その身が、過剰なほどの傷跡に苛まれる少年だという事は理解していた。
 己がどれだけ残酷な事を行おうとしているのかも、どれほど情けないのかも認識していた。
 しかし彼は“それ”以外に、出来る事がなかったのだ。

 故に、彼は危険を知りながら、京太郎を助けた。

 単なる善意からではない。
 少年を希望に仕立て上げるという残忍さ。
 誰かに自分の荷を押し付けると言う傲慢さ。
 少しでも自分が悪に染まりきっていないという証明欲しさに行う卑劣さ。

 その事をハッキリと彼は知っていた。
 知りながらもしかし、彼に出来る手段はそれしかなかった。
 選べるものが悪と最悪だけであった。
 更なる犠牲者を生むのか、それとも、一人の少年に希望を押し付けるのか。
 どうしようもない、二択であった。


「だから――済まない。私は卑怯者だ。結局こうして、勝手な理屈で君に背負わせようとしている」


 故の謝罪。
 或いはその謝罪も、単なる言い訳にしか聞こえないだろうと、彼は考えた。
 それでも、謝る以外はなかった。
 自分が弱い人間であると知りつつも、そこに胡坐を掻くしか、他ないのだ。

 対する京太郎は、


(……)


 無言であった。

 普段の彼ならば、ここで男を勇気づける事をしたかもしれない。
 軽口の一つでも叩くか、それでも自分が改造されずに済んで良かったとか、危険を知りながらもこうして行動しただけいいとか、
 何かしら彼への慰めを口にする余裕もあっただろう。

 だが今の京太郎に、そんな心の余裕などはない。

 ただ事実として、男の言葉を受け入れていた。
 また、同時に思った。
 男が自分に謝罪をすべきではない――と。

 そもそもこの最悪の発端は、己が起こした行為に因るのだから。


 再びの沈黙。
 ただ、二人は駆けた。騒乱で浮足立つ、基地の中を。
 途中、戦闘員一人にも出会わなかったのは幸運だろう。
 勿論、科学者の男はその事を計算に入れた上で行動をしていたのだが、それでも万一というのはあった。

 そうなったとき、希望は完全に潰える。
 科学者である彼に戦闘能力などなく、戦力となる京太郎はその精神が戦闘可能な状態ではないのだから。
 よかったと、科学者は嘆息した。


「ここの角を曲がれば――」


 そしてすぐさま、吐いた以上の空気を吸い込んだ。
 「ひっ」と、喉が鳴る。
 何故、こいつがここに居るのだろう。

 確かに彼が属するショッカーと、大ショッカーという括りで結ばれた組織の一員。
 だがしかしその折り合いは悪く、こうしてショッカーの基地をうろついている事などないであろう存在。
 死神じみた純白さを身に纏った、カプセルの内にするどき眼光を潜ませる怪人。

 その名を――


「これからのお前たちの行先を、占ってやろう」


 ――ジェネラル・シャドウと言う。


 その手には二枚のカード。
 どちらにするのか選べと、そう告げられているらしかった。

 科学者の男は、自分の心が挫ける音を確かに聞いた。
 ジェネラル・シャドウの戦闘能力は、イカデビルに匹敵――或いは凌駕するであろう。
 人である自分が対せられる相手ではなく、病み上がりの須賀京太郎でもそれは難しい。

 ましてや今彼は、オーズとしての力を失っているのだ。
 まさに、絶体絶命であった。


 それが崩壊の足音に聞こえた。
 己のような大悪人に向けられた、罰であると考えた。
 希望を胸に進んだ先に待っていたのは果てしない絶望で、その底を彷徨ううちに僅かな光と巡り合った。
 その光を手にして、進もうとした矢先に――最大級の絶望だ。

 やはり、都合がいい話などこの世界にあるわけがない。
 これはきっと、因果が応報されたのであろう。
 数々の改造人間を作った己が、こうして改造人間に処分されるのなど、実に諧謔が効いていた。

 だけれども……。


「……下がっていてください」


 そう、折れそうになる男の眼前に広がる背中。
 須賀京太郎が拳を構えて、二人の間に割り入っていた。
 対するは最強の魔人。己の手には何も持たない身であるというのに――だ。

 その身一つを盾にして、強大な砲弾を受け止めようとしている風でもあった。
 そんな様子に、ジェネラル・シャドウはどことなく満足げな吐息を零し――


「……なるほど、スペードの3か」


 そしてその後、侮蔑に等しいほどの声色を、須賀京太郎に向けた。
 否、それは明確なる侮蔑であった。或いはそこには、失望の響きが含まれているだろう。
 ジェネラル・シャドウの人となりを、男は知らない……だが、その声色にはどこか、須賀京太郎への好意や興味がにじみ出ていたのだ。
 しかしそれも、消えていた。


「今のお前に、俺は何の関心も持たない……。そんな目をした奴が、仮面ライダーであるものか」

「……何を、好き勝手」

「行くがいい。今のお前には、戦う価値もない」


「……」


 対する京太郎は己へと振りかかる憮然とした言葉の、真意を探っていた。

 眼前の怪人の意図はなんなのか。
 油断させるつもりなのか。だが、油断などさせずとも自分たちを捉える事は容易ではないのか。
 ここで怪人の言葉に従うべきだろうか。その方が安全か。
 だが、目的はなんだ。
 ここで自分を見逃す理由は何だ――と。

 そんな京太郎の様子を、ますます詰まらなそうに、ジェネラル・シャドウは一瞥する。


「今の貴様と戦っても、得られるものはない。何より、気に入らん」

「……そう、かよ」


 顎でしゃくって、出口を指すシャドウ。
 その先に気配はない。
 科学者の計画通り、そこが穴となっているのか。それともシャドウが人払いをしたのかは不明だが……安全と言うのは確かだった。

 今の京太郎には、怒りや闘志より戸惑いが勝った。
 ただでさえ、色々な事があり過ぎた。己を見失っていた。
 そこに来て、これだ。よく意味の解らない敵の幹部。合理的とは思えない行動。
 混乱が増すばかりだ。

 ならここは――見逃してくれると言うのであれば、それでいい。

 どうせ、実は嘘だったとしても結果には変わりが無いのだから。
 須賀京太郎は、どちらにしても死ぬ。
 宣言を覆したジェネラル・シャドウに刃を向けられても、ここでシャドウに立ち向かっても。
 だったら、どうなっても一緒だった。

 目を閉じて、一歩を出す。
 同時に抜き放たれるサーベル――シャドウ剣。


「……ただし、お前には残って貰う」


 その切っ先は、京太郎と科学者の間。
 彼我の間を正しく分裂させんと、振るわれていた。
 白衣の男は、自らの眼前に晒された暴力の象徴に悲鳴を漏らした。
 京太郎は、拳を握りしめて、改めてシャドウを睨み付ける。


「貴様には用はない。だが、まだこの男は必要だからな」


 端的に答えると、もはや京太郎の事を意にも介さぬと顔を背けるシャドウ。
 握りしめた拳に、力が籠る。


 馬鹿にされる事は、いい。
 自分が弱いのは真実である。敵がどう思おうと、関係ない。
 だが、ここで自分一人だけが逃げると言うのは、一体どうなのか。
 残された科学者はどうなるか。
 処刑は――されないだろう。必要であると、シャドウが言った。
 しかし、だからと言って残していくのか。戦う力を持たない男を、敵の言葉に従って。
 それは果たして、正しい行動だろうか。自分自身、後々、許せる行動だろうか。

 などと考え――しかし、その思考の炎が掻き消える。


 今の自分がすべき事は何か。
 それ以前に、出来る事など存在するのだろうか。
 実はただ、理由を付けて反抗したいだけなのではないか。
 そもそも、正しさとはなんだろうか。これから先の己など、あるのか。

 迷っていた。鈍っていた。濁っていた。くすんでいた。

 京太郎は今、戦うことも出来なかった。
 そんな気概すら、削がれているのだ。精々が、瞬間的に何かが沸騰し、すぐさま冷めるだけ。
 己がやりたい事も、出来る事も一切が分からない。
 己の心で決断をする事も、決断に心を従わせる事も、決断に用いる基準もない。

 ただ、迷っていた。


(――――)


 逡巡した。
 いつもならここで、一も二もなく人を守る事を選んだだろう。
 そうして誰かを犠牲にして生きながらえても、後々その後悔が自分を押しつぶす事を知っているから。
 だから、たとえ身一つでも、一秒でも長く科学者の彼が逃げ出すまでの時間を稼ぐ。
 そんなつもりで、戦いに臨むはずである。

 しかし、今は別だ。

 心の表情は削がれて、目玉を潰された。
 絶え間ない慟哭に耳は破れ、嗄れた喉は声を出せない。
 かつてないほど、京太郎は無力であった。

 カザリを庇ったときよりも。
 小走やえを止めようとした時よりも。
 イマジン相手に盾にしかなれなかった時よりも。
 血反吐を吐いてもヤミーと戦った時よりも。
 Wに恫喝された時よりも、ドーパントに命を奪われかけたその時よりも。

 目指す先がないというのは、方向性を失ったというのは、これほどまでに人を弱くさせるのだ。

 そして、京太郎が答えを出さんと悩む間に――。


「――分かった。それに元から、私は残るつもりだった」


 白衣を翻して、中年男性はそう答えた。
 思わず息を飲む京太郎。
 止めようと、無謀だと手を伸ばそうとして――それも止まる。

 そう言って、それからどうなるのか。
 今の自分に、この男性へとかけられる言葉など何もないのだ。
 その資格も、ない。


「君に背負わせてばかりじゃあ、申し訳ないんだ……。
 だから私も、戦う。何とか君の力を取り戻せるように、やってみる」

「……あ、の」

「これしか取り戻せなかったが……。残りは――メダルも、私に任せてくれ」


 そう、京太郎へと荷物を手渡し、背中を押す科学者。
 一歩二歩、その勢いのまま体が泳いだ。足に力が入らず、踏みとどまる事ができない。
 手術着とは違う、元々京太郎が着ていた衣服。
 大切なドライバーを欠いた、装備品。
 それを押し渡され、自分を気にせず先に行け――と言われてしまったのだ。


「君には……残酷な事を押し付けてしまっている。直接戦うのは、君だから……。
 私は酷い臆病者だろう……だから、気にしないでいいんだ。
 それよりも、君は……無事に逃げ出してくれ。君は、人類の希望なんだ。私の希望なんだ」

「……俺、は」

「済まない……勝手な期待を押し付けてしまって……」


 何も、言い返す事が出来なかった。
 勝手な期待は辛いと、普段なら思ったろう。
 或いはその期待を裏切らないようにしようと、そう思っただろう。

 だけれども今は、ただ空虚なだけだ。

 どんな言葉を懸けられても、心を上滑りしてしまう。
 何をすればいいかもわからず、ただ相手の言葉を聞くにとどまってしまう。


「恨んでくれてもいい。君は……生き延びて、くれ」


 剣を境に、男は笑った。
 それは笑みと呼ぶにはあまりにも弱弱しく、情けない。引き攣っただけの笑い。
 それでも――今の自分の表情とは、比ぶるべくもないほど、輝いていただろう。


「そんなこと、言われて……ハイそうですかなんて……」


 強い語気はない。
 それでも何とか否定しようとして――言葉を選んでいるうちに、口を紡ぐ須賀京太郎。
 基盤を失っている彼では、誰かに響く/自分に響く言葉を発せられる訳がない。

 それでも、まだわずかに残った人間性が、男を見捨てていく事を拒否するだろう。
 しかしそれでは、話が進まない。
 シャドウの目的は達成されない。

 であるがゆえに――。


「トランプ・フェイド」


 ジェネラル・シャドウは、科学者を連れて姿を消す。
 これ以上ここで話していても、何も進む訳がなかった。
 遺された須賀京太郎。
 再び、虚空を掻いて彷徨うその手。

 あの時ほど力を入れている訳ではないが……。
 それでも、また掴み損ねたのは、事実であった。


「……俺は」


 そう項垂れると、須賀京太郎はその場を去った。
 幾度も未練がましく振り返り、拳を握りしめ……。
 それでも己に出来る事などないのだと頭を垂れて、この基地を抜け出した。

 そこに、人類の希望となるべき戦士の姿はない。
 力を持たず、目的を失い、気概を無くして――重荷に潰されそうな少年がいるだけだ。
 向かうべき先を持たぬから、悪戯に浪費していく。精神を、肉体を。

 確たる一歩を踏み出す力はなく、歯を食いしばって耐える心もない。
 過酷な運命に翻弄される、ただの生ける屍だ。



「……ふ」


 さて――と、ジェネラル・シャドウは考える。

 スペードの3。

 それは“切り札(ジョーカー)”にはなり得ない。“王たち(キング)”の力も持たず、“最強(エース)”でもない。
 まさに、唾棄すべきカードである。
 それだけを見るのなら、彼の未来は暗い。最弱や最低を運命づけられているのに等しい。


 だが、限定的な条件・状況ならば――だ。
 それは時に、“切り札(ジョーカー)”を凌駕する事さえ、あり得る。

 果たして彼の運命は、ただのブタ札で終わるのか。
 それとも、ジョーカーをも打破する札となるのか。
 今のままの濁ったの瞳では、ジェネラル・シャドウと相見える事はないだろう。

 スペードは剣。スペードは力。スペードは勇気。

 あり得るのならば、もう一度。
 初めての邂逅のときのように、彼がライダーとしての精神を取り戻す事を――。
 己の好敵手として相応しい存在となる事を、願おう。


「――ほう」


 そして、戯れに占ったその先。
 頬を釣り上げる道化師=ジョーカーのカードが、少年の旅路を示していた。

 シャドウは、静かに笑いを零した。
最終更新:2014年03月02日 16:26