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「園城寺先輩……!」

「ごめん、私はここまでや……せめてあんただけでも、逃げてくれへん……?」

「……そんなこと、できません! それに京太郎が……!」

「あの子にも、悪いことしたな……でもせめてあんただけでも逃げてくれへんと……あの子はきっと喜ばへんから」

「――ッ、断ります! そんなの、絶対に! 京太郎なら、きっと!」

「……はは、辛いなぁ――生きるのって」

「園城寺先輩! 早く――」

「――でも、生きれんのはもっと辛いなぁ」

「先輩……」

「ごめんな、行こか……心臓破裂するまで、走らんと」


 そう、二人手を取った瞬間――巻き起こる爆発。吹き上がる爆炎。襲い来る爆音。

 須賀京太郎の残ったその方向。
 彼が、襲い掛かってきた怪物を相手にしていた――そんな方向。
 つまり、それは……。


「京太郎……っ」

「……ッ、これ、あかん」


 絶望が足に纏わり付く。二人の歩みが止まる。
 その時――彼女たちの人生の終焉を意味する、足音が響いた。
 怪人。園城寺怜に襲い掛かった、異形の人型。死の象徴。

 須賀京太郎の姿は勿論――ない。


「よくも……! よくも、京太郎を……!」

「――、穏乃ちゃん」

「先輩! 逃げてください! 私が、せめて私が時間を稼ぐッ!」

「無理や……あんたまで……死んでまう」

「――――ッ、京太郎は、死んでない! きっと、いつもみたいに生きてる! だからッ!」


(……なんでそんな風に、強くなれるん?)


 叫び上げる穏乃の眩しさに、園城寺怜は目を逸らさずにはいられなかった。
 あの須賀京太郎にしてもそうだ。何故、彼は――彼女は――立ち向かえるのだ。こんな化け物に。
 自分がここまで臆病者だとは思ってもみなかったが、同時に彼女たちが何故そうも勇敢で居られるのか不思議で仕方なかった。

 だが、そこで気付く。

 高鴨穏乃の足は震えていた。
 手は白くなり、爪が掌に食い込むほど強く握られていて――その目には涙。
 違う。自分が考えていたのとは違う。
 彼女だって怖くて――それでも、なけなしの勇気を振り絞って、怒りを支えにしてこうして立っているのだ。


「――穏乃ちゃん!」

「うわっ」


 思考がどこか冷めていた――冷静だったからこそ、気が付くことができた。
 或いはその身に宿る、彼女自身も認識していない未知の力からか。
 咄嗟に穏乃の身体を引き倒し、その攻撃の射線から逃れた。

 刹那、背後から襲い来る衝撃。

 怜と穏乃が逃れようとしていたその方向。怪人が放った攻撃が直撃し、車を弾き飛ばしていた。
 人間が耐えられるものではない。そして、車も。
 廃車に残っていたガソリン。気化していたそれが、衝撃で引火。


 即座に作り出された――炎の格子。


 退路を断たれてしまった。
 そして勿論、自分たちがたった今来た方向にも火焔の柱。そしてそれ以上に恐ろしい、怪人。
 二人が生き残れる道理などある筈がない。

 その衝撃に突き動かされるように、少女二人は膝を折った。
 眼前に迫るは絶望。周囲を取り囲むは絶望。
 この場に希望など――ある筈がなかった。祈りを聞き入れてくれる神などいない。


「憧、京太郎……っ」

「……ごめんな、竜華」


 少女たちは涙を浮かべて、親しいものの名前を呼んだ。
 命乞いは、しなかった。
 しても意味があるとは思えないし――何よりも、最期のその瞬間まで屈したくはなかったから。


 ――ひとつ、訂正するとしよう。

 この場に確かに神はいなくとも、人々の願いを聞き届ける者はいた。
 そしてこの場にあるのは絶望だけなどではなく、希望というのも確かにあった。
 そう――希望の象徴というものは確かに存在するのだ。神などが居なくとも。


「――――変身、V3」


 炎が弾けて掻き鳴らす音、空気が膨張して震える音、燃焼した素材の水分が爆裂する音の中――確かにその声は聞こえた。
 まるで、鋼。
 鋼の落ち着きと力強さを孕みながらも――しかし声色に緊張や気負いはなく、吹き抜ける一陣の風が如く静寂を湛えた清涼さ。

 聴く者の心の吹き溜まりを訪れ安心を与える響きに、怜は己の心臓の騒音を忘れた。
 声の元は――炎上する廃車の山。
 既に火勢は業火を為し、炎の壁を作り上げる。逃げられぬと理解するには十分。
 如何な人間とて、生存を許されない灼熱地獄。棚引く黒煙が、彼女の生存を絶望視させる。

 怪人の手から逃れたとて、最早死は免れまい。巻き上がる火の粉が希望を塗り潰していく。
 今更何かと、諦観しか抱かぬ瞳を向け――。


 そして――炎が踊った。


 暴れるのみに留まっていた緋色が統制され、一点目掛けて集中する――刹那、弾けて飛び退く焔の荊。
 それは、炎の覇者だった。


 火の壁を砕いて現れた人型。

 周囲の火炎が、腰のベルト――そのバックルに雪崩れ込む。
 回転する二つの風車=ダブルエンジン/ダブルタイフーン――――二つに連なる暴風を意味する、力と技のベルト。
 風を呑み、炎を食み、そのベルトはエネルギーを精製する。

 循環系/神経節に連動した体内のエネルギーラインを通じて駆け巡るその力が、彼の人型の全身に活力を漲らせた。
 動力の充填に伴い、全身の遺伝改造組織/外科置換人造臓器が駆動を始める。


 身に纏うは黒深緑のライダースーツ=強化皮膚/強化外骨格。

 スマートな四肢とマッシブなボディ。
 盛り上がった胸部は白銀の輝き。燃え盛る炎を寄せ付けない。
 ダークな体色とは対照的に光を放つは、マスクとグローブ。
 手足のグローブとブーツは、焔を弾いて金色/紅色を湛える。


 とりわけ特徴的なのは、その――炎に煌めく赤い仮面=フルフェイスヘルメット。

 赤いマスクを左右に割る、白色のクラッシャー。
 顎先から頭頂まで波形に通った数多のラインは、機械的でありながら生物的。
 額から二本直線的に伸びたアンテナは――――その、髑髏を思わせるマスクの意匠と相俟って、
 何よりも雄弁に、まさしく昆虫と人間の合一を連想させた。

 二条の暗緑色のマフラーが肩から棚引き、そして、二つの複眼が――――緑の光を灯す。


 「何者だ――」と、誰もが問うた。

 有声、無声の違いはあったが――その突然の闖入者に関して思うところは一つである。
 敵なのか味方なのか。そもそも何者なのか。

 アンノウンでなく、オルフェノクでなく――アギトでもない。
 人ならぬ者を殺害する神の遣いか、はたまた人を超えた生きる屍か、神の力を宿した人類か。
 その実、だがどれも不正解だ。


 問いかけに対し、仮面の男は――


「――仮面ライダー、V3」


 ――端的に、そう答えた。
最終更新:2014年04月20日 01:00