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 ――長野。雪原。


「京ちゃん……私ごと、お願い」


 その言葉に、須賀京太郎は瞠目した。三つの意味で。

 一つ――京太郎に、ン・ダグバ・ゼバを殺傷する技があると、気付いていること。
 二つ――ン・ダグバ・ゼバを撃破する役目を京太郎に託したこと。それも万感の信頼を寄せて。
 三つ――ン・ダグバ・ゼバを倒しきる技を確信しているのなら、そうならば、ダグバを背後から拘束した状態の宮永咲=仮面ライダークウガはどうなるのか。

 それを彼女は理解して、その上でまさに彼女の言葉通り――敵の首魁を己ごと打ち砕けと要求していた。


「――――ッ、そんなの……!」

「お願い、京ちゃん……。私の中の“泉”が枯れちゃう前に……お願い」


 この言葉にどれほどの覚悟が込められているかなど――考えずとも、即座に理解できた。
 ライダーとしては短くとも、この少女とは長い付き合いなのだ。
 お互いにこんな身体になる前から――宮永咲と須賀京太郎は、友人だった。

 彼女の臆病さは知っている。争いを好まない穏和さも、柔和で心優しき性根も。
 然り気無く頑固なところも、親しくなっても遠慮がちなところも、根暗ではなくそれなりに負けん気が強いところも。
 押しに弱いところも、なんだかんだと付き合いが良いところも、豊かな表情を見せてくれるところも――何もかも。


 だから、どれほど彼女が戦いに心を悼めていて――――どれだけ恐怖を抱いているか、どんなに彼女が死にたくないかだって、当然。

 きっと、仮面の下では泣いている。
 視ずとも聴こえずとも、造作もない。それぐらい判る。
 ライダーの力なんかに頼らなくとも、十二分に。

 それでも――――言った。自分ごとやれと。
 ならば、その覚悟――受け取るのみ。それしか己にできることなぞない。


「判った。……絶対にお前を――咲を一人になんか、しないからな」


 言って、京太郎=V3は跳び上がった。

 石火、マスクの中央のランプが灯る。
 次いで、胴体中央を走るレッドボーンが輝き、ダブルタイフーンがフル回転。ベルトのランプに、光。
 雪原に咲く赤の花。森林限界を超えるかはともかく、花などないこの時期に開く光の花弁。

 Type:Masked Rider Version 3――V3は。
 その身体に備えられたエネルギー精製/充填/増幅装置=ダブルタイフーンの力によって、吹き荒ぶ風や燃え広がる炎を己のエネルギーとして変換/使用する。
 ならば――逆に言うなら。
 己のエネルギーを、風や炎という形に、再変換するのも可能ということ。


 複眼が、一際強く光を放つ。
 宛らその仮面の内にある心と命の燈し火が、燃え盛るのに呼応するように。
 否――事実として京太郎は、己の命を燃やしていた。最後の、その一片までもを。

 蝋燭の急速なる燃焼。一気火勢の大花火。
 身に蓄えられた灼熱が陽炎を為し、大気を歪めて叫びを上げた。
 上昇するV3に呼応して、温度を上げる機械の身体。加速度的/或いはそれを超えて産声を上げる灼熱の激情。
 膨張した大気が炸裂し爆風を巻き起こす。V3を中心とした一つの台風。


「あはは……!」


 死に迫らんとする必殺の気配を感じ取ったン・ダグバ・ゼバの動きは早かった。
 己の身は封じられてしまっている――が、まだ武器はある。
 超自然発火能力――物体を構成する分子に干渉し、プラズマ化。或いは超短周期に高震動させることで発火させる。

 同等の能力を持つ、クウガ・アルティメットフォームを前には相互に打ち消しあって通用しないが――それ以外のものなど、一睨みで発火/絶命せしむる最強の魔眼。
 そう、事実三万人ほどこの力で容易く焼き尽くした。

 だというのに――――。


「――――――――ッ」


 返ってきたのは雄叫びのみ。
 ン・ダグバ・ゼバは歓喜と共に、驚愕を覚える自分を認識した。
 この改造人間は、まさにリントがグロンギに近付いた証明。その証。
 それにしても通用しない――、それとも耐えきっているか。

 しかし、答えはそのどちらでもない。

 実際、V3の身体には自然発火現象が巻き起こり、彼を執拗に攻め立てている。
 そして無論、V3は、ダグバやクウガのごとき他者を一目で殺傷せしむる能力など持ち合わせてはいない。


 ならば――何故。


「これで、終わりだ……。咲、ずっと一緒だからな」


 答えは単純。

 身体が焼け付くその傍から、エネルギーとして吸収され、そして再変換されV3の炎となるから。
 京太郎にとっては幸いなことに、ダグバにとっては不幸なことに――。
 ダグバの攻撃は呪いが如く須賀京太郎の肉体を蝕み――翻って、己を死に追いやる破魔の嚆矢となる。


 ――火柱キック。


 通常とは真逆の動力経路でV3の持つ全エネルギーを、炎として放つ大技。
 まさに全てのエネルギー――生命維持に関わるエネルギーすらも使用する。
 何より、V3自身がその熱量に耐えられないのだ。

 白熱状態から、更なる高温を帯びるV3の肉体。
 空中で両拳を腰だめに握った身体は、一つの炎――一つの恒星と化した。
 まさに命懸け。命と引き換えに放つ、必殺技であった。

 死ぬなら同じ時、同じ場所で――――彼女を一人にしない。
 孤独な戦いを強いられた彼女と、せめて最期は。
 脳改造を受け、彼女と敵対してしまった事実は消せない。その行為が宮永咲をどれほど苛んだかも、覚えている。

 でも――そうだとしても。叶うなら彼女の隣で。彼女の傍で。彼女と共に。


「京ちゃん……!」

「咲――もうお前は、一人じゃないから」


 太陽に及び、或いは凌駕するほどの熱と光を孕むV3=京太郎の蹴撃が、ン・ダグバ・ゼバの胸に叩き込まれた。
 衝撃だけで周囲の地形が変形する。
 大気が爆裂し――それよりも大声で咆哮を上げる腰のベルト/二つの風車。

 巻き上がる火柱は、一つの戦いと二つの命の終わりを意味していた。


 ◇ ◆ ◇


 雪が――――いや、土も岩も草も全てが蒸発した荒れ地の内。
 一人の少女が、倒れた少年に寄り添っていた。
 舞い落ちる雪は放射する熱に煽られ、雨となって少女の頬に降り注ぐ。


「京ちゃん……。起きて、京ちゃん……」


 髑髏を思わせる赤い仮面を外して、その少年に呼び掛ける。
 しかし、瞳は閉じられたまま。返事もない。
 白貌が更に色を失い、瞼は僅かも動かない。

 余程の大技を持っているのは察していた。闘いに挑む態度から鑑みれば、それは自明であった。
 長い付き合いなのだ。こうなる前からの。


「……向こうで一緒って言ってくれて、嬉しかったよ。
 今まであんまり素直になれなかったのに……変だよね、こんなときだなんて」


 彼と一緒に居られると――自分のことを一人にしないと言ってくれて、嬉しかった。
 戦いは辛いものだったけど、最後で一つ……優しい思い出が生まれたのだ。
 それだけで、幸せな気分だった。

 だけど――。


「でも、京ちゃんは生きてなきゃ……。
 V3は――、仮面ライダーV3は――――死んじゃ駄目」


 ――やっぱり彼には、生きていて欲しい。

 たとえこの命と、引き換えでも。
 彼に、仮面ライダーという名を背負わせてしまうことになったとしても。
 それでも、須賀京太郎の命が失われるのには耐えられないのだ。


 己の腹部のバックルに手をやる。

 霊石アマダムを納めたクウガのベルト――の下のアマダムに、指をかける。
 既に砕けかけている霊石だが、まだ最低限の働きは期待できそうだ。……こうして自分が未だ生きていることが、何よりの証左。
 指先に、力を込めた。


「好きだよ……。…………ずっと、言えなかったけど」


 腹腔を貫き、自分の神経に絡み付いた霊石アマダムを引き抜いた。
 絶叫せんばかりの激痛を堪えて、そのままアマダムを京太郎の腹部に押し当てる。
 同時に、クウガの持つモーフィング機能――――物体の分子を操作する能力を発動。

 彼の体内に、ほぼ損壊状態のアマダムを組み込んだ。
 これで、十全でなくともアマダムの力が多少なりとも働けば……。
 少なくとも彼は一命をとりとめ、意識を取り戻すだろう。


「――大好き、京ちゃん」


 そして口付けの態勢のまま、宮永咲は須賀京太郎に重なり倒れる形で絶命した。








「……俺、は?」


 数多降りしきる雪が、二人を静寂の下に押し込める。
 やがて――痛みに呻き、動き出す一つの影。
 己に身を預けた死体を抱いて、男は慟哭した。仮面は涙を流さない/涙を流せない。


 これが――不死身の男、仮面ライダーV3誕生の物語。

 既に終わってしまった一つの戦いと、一つの悲恋と、一人の英雄に関する物語だ。
最終更新:2014年04月20日 01:02